【完全解説】日本人だけが誤解する「デザイン」の正体

2019/2/4
今ほど、ビジネスにおける「デザイン」の大切さが叫ばれている時代はない。
デザイン思考、サービスデザイン、そしてデザイン経営…。
世の中には「デザイン」という言葉が氾濫しており、スマートフォンのアプリなど、デジタルサービスの普及によって、その重要性は日増しに高まっている。
しかしその一方で、日本人はデザインに弱く、その本質を理解している人は極めて少ない。そもそも日本では、デザインという言葉が、グローバルスタンダードとは異なる意味で使われているのが現実だ。
なぜ日本人にはデザイン音痴が多いのか。一体、デザインとは何物か。
NewsPicksはこの難題を解き明かすべく、日本のデザイン研究の第一人者を直撃した。東京大学の山中俊治教授は、日本で数少ない「本質」を語れる人物だ。
どんな本よりもわかりやすい日本人のためのデザイン論を、独占インタビューでお届けする。
山中俊治(やまなか・しゅんじ)/東京大学生産技術研究所教授。1957年愛媛県生まれ。東京大学工学部を卒業後、日産自動車デザインセンター勤務。フリーランスや東京大学助教授などを経て、2013年より東京大学教授。Suica自動改札機の開発では、実用化のキーパーソンとなった

デザインは「Suica」から学べ

──山中先生は、Suicaを普及させたインダストリアルデザイナーとしても知られています。
ちょっと唐突ですが、皆さんSuicaの改札機がどんな形をしていたかパッと思い出せるでしょうか。電車で通勤されている人は、今日の朝も通過してきたかもしれません。
でも、それがどんな形をしているかを鮮明にイメージできる人は、実は多くないでしょう。
そして、Suicaの改札機にこそ、「デザイン」の本質が隠されているというと、ちょっとびっくりされてしまうかもしれません。
「デザイン」という不思議な言葉は、一体、何なのか。まずはSuicaの事例で紐解いてみたいと思います。
──Suicaの話がデザインと繋がるのは、とても意外です。
今から1990年台後半、Suicaを導入しようとしていたJR東日本は、相当に頭を悩ましていました。
今やほとんどの人が、Suicaで改札を通っているため、もう忘れてしまっているかもしれませんが、それまではわざわざ切符を買って、電車に乗っていましたよね。
そのため全ての改札機に、購入した切符を入れる専用のスロットがついていました。
でもSuicaを導入すると、切符ではなく、ICカードをかざして改札を通過する仕組みになります。JR東日本は当然、改札機を作り直さなければいけませんでした。
でも、どうすればいいかがわからない。どんな見た目にすれば、ユーザーがSuicaを正しく使ってくれるかを見いだせなかったのです。
ユーザーからすれば、ICカードそのものに触れたことがないため、そもそもどうやって改札を通過すればいいのかわかりません。
切符というフィジカルな方法から、いきなりFelicaという電子テクノロジーに変わると、戸惑ってしまうからです。
(写真:tetsuomorita/iStock)

JR東日本は「お手上げ」

──今では当たり前ですが、当時はまさかカードをかざすだけで改札を通れるとは、想像できませんよね。
わかるわけがないですよね。
触れるのか、かざすのか、どれくらいの距離なら反応するのか。とにかく何も情報がないわけです。
そうした状況で、JR東日本は改札機を作り直さなくてはいけませんでした。
一見、簡単そうに聞こえますが、これが実は難しい。JR東日本が最初に試作品として作ったのは、真っ平な所に、Suicaの絵が描いてあるだけのもの。それでテストを行っても、もちろんユーザーは正しく使ってくれませんでした。
そもそも、ICカードを「かざす」という概念がありません。そして、仮にかざそうとしたとしても、次はどこに当てればいいかで迷います。
すごく勘の良い人で、絵の位置にICカードを持っていったとしても、どれくらいの距離で反応するのかで戸惑ってしまう。
行列ができた状態では、10人に1人でも止まってしまうと、致命的な混雑が生じてしまいます。
JR東日本が作った試作品では、世界一と言われる東京の通勤ラッシュを耐えられるとは、到底思えませんでした。
──その状態から、いかにしてSuicaの改札機は今のデザインに決まったのでしょう。
私に相談が来たのは、JR東日本が試作品で失敗して頭を悩ませていた時でした。