ポケモンのアジア展開を担うプロデューサーたち

2019/2/4
『Pokémon GO』の世界的なヒットにも表れるように、「ポケットモンスター」は誕生後20年以上経った今でも子どもから大人まで愛されるモンスターコンテンツだ。
しかし、意外なことにアジアでは、国や地域によって認知度にバラつきがあり、2018年に発足した「アジア事業部」は、道を切り拓きながらまさにこれから市場を作っていこうとしている。アジア事業部で活躍する2人に焦点を当て、ポケモンのアジア事業の醍醐味と可能性を探る。

本格始動したポケモンのアジア事業

ゲームボーイで初代『ポケットモンスター』が発売されたのが1996年2月。それから23年がたち、ポケモンは世界でもっとも強力なコンテンツのひとつとなった。
最近では、2016年にリリースされた『Pokémon GO』が世界的なヒットに。2018年11月、台湾南部の台南市で開催された「Pokémon GO Safari Zone in Tainan」では、5日間で100万人を動員している。
ポケモンGO台南サファリゾーンイベント(主催:ナイアンティック、協力:ポケモン)
「そうはいっても、日米欧と比較すると、多くのアジア地域で『Pokémon GO』の熱狂は早めに落ち着きました。
なぜだろうと思っていたのですが、実際、現地に行ってみて疑問が解けました。そもそも、暑いから外に出ないとか、自家用車やバイクを使う機会が多くて外を歩く文化がないとか、通信量の上限が低くて、ある程度プレイすると通信費がかさんでしまうとか……」
そう話すのは、株式会社ポケモンのアジア事業部ディレクター伊澤景勝氏だ。
中国本土は中国事業部が担当し、韓国には子会社がある。そのほかの広く「アジア全域」を担当するアジア事業部だが、実は誕生からまだ約1年。2016年にアジアビジネス推進室が組織され、2018年の2月に正式な事業部になったばかりだ。
現在、直接ビジネスを仕掛けている地域は、インド、インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、台湾、香港。
しかし、アジア事業部のメンバーは13人という小所帯。当然、できることは限られてくるので、どの地域で、どんな分野にリソースを投下するかを判断しなければいけない。
「アジア全体を眺めてみると、ポケモンの認知度にはバラつきがあります。台湾はいろいろなメーカーからポケモンの関連商品が発売され、日常生活でもポケモンを目にする機会が多い。
他の地域でもこんな仕掛けをできればと思うことがいくらでもありますが、我々の部署のリソースではニーズに応えきれていないのが現状です」(伊澤氏)
日本だと当たり前のようにポケモンのアニメが毎週放送されているが、アジアではまだ放送されたことがない国もある。そういった地域では、テレビ局へアプローチして、アニメ放送を安定的に実施するところから始める。
アニメ放送をフックにキャラクターを認知してもらえるようになれば、次は現地のビジネスパートナーとなる企業にライセンスを付与して、現地でのポケモンのグッズ展開を行う。
地域によって、仕掛けている状況や人気の大小は異なるものの、ライセンスビジネスの大方のスキームはできてきた。
「次に展開する商材として選んだのがポケモンカードゲームです。アニメ放送やライセンスビジネスとは異なり、自分たちで製品を製造・営業し、事業を展開していく。2018年はその実現に邁進した1年でした。
購買力や現地のパートナーの影響力などの観点から、まずはタイで展開することにしました」(伊澤氏)

タイでの切り札は累計257億枚のポケモンカード

「ポケモンカードゲーム」は96年10月に発売と、アニメ『ポケットモンスター』以上に長い歴史を持つ。多くのシリーズを重ね、全世界での累計出荷枚数は257億枚にのぼる(2018年3月末時点)。
しかし、これまで東南アジアでは、現地の言語を使用したカードは販売されておらず、北米で製造されている英語版が一部で展開されていたのみだった。
「ポケモンカードは日本やアメリカで大きな市場を形成しているので、アジアでもちゃんと仕掛ければ成功できる自信がありました。だから、やることを決めた。
現地の企業とやり取りをしてリリースする時期を確定し、どの工場で生産するかまで目途をつけたものの、他の案件で部のリソースはかつかつで、このプロジェクトにアサインできるのは4月入社の新卒社員一人のみ。
ひとまず、タイ語への翻訳業務全般はその新人に任せることにして、商品デザインや製造管理などをどうしようかと考えていたところに、飯塚との出会いがありました。『彼ならやり遂げられそうだ』と思って、納期と工場だけは決まっているので、あとはよろしく、と(笑)」(伊澤氏)
ポケモンカードを現地で展開する、と一口に言っても、想像以上にやることは多い。
タイへの展開を例にすると、まずは翻訳のできるタイの方を探して育成する。それと並行して、製造工場の選定や条件交渉。翻訳することで文字数やデザインの調整も行う必要があるため、デザイナーもタイの方を探して育成することになる。
「さらに、安全基準の確認があったり、販売チャネルとなる現地のパートナー探し、条件交渉、どの流通経路にどんな条件で卸すのか、消費者に向けたプロモーション、イベント……と、盛りだくさんです。
私が入社する前に決まっていたのはローンチタイミングと工場、翻訳者まででしたので、伊澤から『あとはよろしく』と言われたときには、もう腹をくくるしかなかったですね(笑)」(飯塚氏)
飯塚氏が担当したのは、主にデザイン、制作、製造、輸出。ただし、これまでこのような業務の経験はほとんどなく、特に、デザインのディレクションに関しては皆無だった。もちろんデザイナーを探すあてもない。
「現地のセンスを持ち合わせたデザイナーを探す必要があったのですが、当然これまでの知り合いにそんな人はいません。
デザイン会社に委託するのではなく、この仕事を心から面白いと思ってくれるメンバーと、チーム一丸となって作っていきたかったので、フリーランスのデザイナーを探すことにしました」(飯塚氏)
使えるコネクションは何でも使おうとSNSも駆使した。最終的には、SNSで知り合ったタイ在住の方がデザイナーのコミュニティとつないでくれたことをきっかけに、2名のデザイナーが採用できた。
正直なところ、2人とも経験豊富とまでは言えなかったが、一緒に手探りで『ポケモンらしいデザインとは』『アジアで刺さるデザインとは』と話し合い、とにかくたくさん作ったという。
「彼らにとっても、キツイときはたくさんあったと思います。でも、自分の大好きなコンテンツに携わって、それがアジアで初めてローンチする機会に携われるのだというモチベーションが本当に高かった。
最後はホテルに缶詰めになりながらもスケジュールに間に合わせ、クオリティにも自信を持って完成させることができました。今思い返すと、伊澤もなかなか無茶ぶりをしてくれたなと思いますが(笑)」(飯塚氏)
完成したタイ語のポケモンカード。日本語版とはデザインが異なる。
それぞれの言語でカードゲームを展開できていないアジアの国はまだたくさんある。飯塚氏は今、このときの経験を活かし、次の地域での展開に向けて準備をしている。
「毎年ポケモンカードゲームの世界大会が開催され、2018年は50近くの国と地域から参加者が集いました。今後、アジアの選手が自国の言語のカードを握って参加できるようになれば嬉しいですね」(飯塚氏)
タイ語版ポケモンカードのローンチイベントには、たくさんのポケモンファンが集まった。

幅広いコンテンツを武器に、「これから」のエリアで勝負する面白さ

そんな飯塚氏だが、新卒では、化粧品系のベンチャーに2年ほど在籍し、次は外資系コンサル会社に3年半。株式会社ポケモンは3社目だが、実は転職するまで、ポケモン自体にはまったく触れたことがなかったという。
「新卒のときはフラットな組織でバリバリ働きたくて、ベンチャーを希望していたのですが、当時はITベンチャーが大流行していました。私自身はあまりITに興味がなく、『ものづくりをしている』という条件で見つけたのが1社目です。
次に、『そもそもビジネスとはなんなのか』に興味がわき、それを学ぶならコンサルだろうと転職しました。
多くの案件を通じて、上流から下流まで、一通りはビジネスを俯瞰できたので、もう一度ベンチャーに戻ろうと考えていたとき、たまたま見かけたのがNewsPicksの株式会社ポケモンに関する記事でした。最初の印象は『楽しそうだな』の一言に尽きます」(飯塚氏)
「ポケモンだけ」だから面白い。ポケモンにすべてを懸けるふたり
会社について調べたり、『Pokémon GO』をプレイしたりするうちに、魅力的で不思議な会社だと感じるようになった。
アニメやゲームだけでなく、『Pokémon GO』のように最新のテクノロジーを駆使したものから紙を使ったトレーディングカードゲーム、そしてイベントと幅広い事業フィールドを持つにもかかわらず、扱うのはポケモンのみ。
誰もが知るグローバルIPのあらゆる事業を200人そこそこでハンドリングしながら、みんなが楽しそうに仕事をしている。
実際に仕事をしてみて、特にアジア事業部の空気が自分になじむと感じるという。
「コンサルの仕事は、戦略立案にかかわっても、何がどう進んでいるか、仕事の『手触り』のようなものがありません。しかし、カード作りは、進めていくと、目に見える製品になっていく。刺激的でしたね。
デザインも、徐々にブラッシュアップされていって、初めと比べると明らかによくなってくる。アジアは大きな市場で、かつ、ポケモンにはすごい人気があるのに、それに応えきれていないのが現状です。
要は、やりたい仕事はいくらでもあって、今後もたくさんのチャレンジができる。だから今、とてもワクワクしています」(飯塚氏)
これ以外にも、部署としては様々な仕掛けを考えている。
トップの財閥に営業をしてビジネスモデルを一緒に組み立てている担当もいれば、ゲームソフトのマーケティング、直営店舗のポケモンセンターをシンガポールに出店する準備をしているチームもある。タイでのカードゲーム以外にもワクワクするようなプロジェクトがたくさん動いているのだ。
「我々のビジネスにとってアジアがまだ成熟した市場ではないからこそ、飯塚のように、困難なチャレンジに面白みを感じる人との相性はいいですよ。また、現地の人とのやりとりは基本英語になるので、英語が好きな人はなお向いていると思います。
『自分にできるのはここまでだ』と限定するのではなく、答えのない難しい挑戦を楽しめる人と一緒に仕事ができたら嬉しいですね」(伊澤氏)
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 デザイン:砂田優花)