自由に生きるためにデジタル時代の教養が必要だ

2019/2/11
2045年にシンギュラリティと呼ばれる、AIが人間を超える時代が到来すると言われている。そんな時代を迎え、今、デジタルハリウッドが熱い。かつてはクリエイター育成の場としてのみ認知されていたが、デジタル時代におけるスタンダードな学びの場として、デジタルハリウッド大学・大学院を選択する人が増えているのだ。

本格的なデジタル時代の到来以前、1994年に「デジタルハリウッド」を設立した学長・杉山知之氏。杉山氏は何を考え、デジタルハリウッド、そしてデジタルハリウッド大学を開学するに至ったのか。激動の時代にあって、今後どのようなスキルや知見が必要とされるのか。教育のあるべき姿を探る。

「デジハリ」誕生の裏にあった危機感

僕がコンピューターを使い始めたのは、45年前。まだパソコンもない時代、日本大学の建築学科に在籍していた僕は、構造計算のために大学の大型計算機センターでコンピューターに触れました。
年々、計算能力が高くなり、容量は大きくなり、通信スピードが上がっていく。その進化のスピードを間近で見ながら、「21世紀はコンピューターを使ってコミュニケーションを取ること、何かを表現することがもっと当たり前になる。だから飯を食っていくなら、コンピューターを自在に駆使できなきゃだめだ」と考えるようになりました。
「今はハイレベルの文章を書けることがステータスとされているけど、イラストや音楽、動画も同じように評価を受けるようになる」。当時、僕がそんな考えを話しても、理解してくれる人はあまりいませんでしたが(笑)。
日大で助手として働いていた1987年、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディア・ラボに赴任することになりました。英語も全然できないのに、たまたまの幸運で送り出してもらったのですが、そこで危機感を覚えました。
ある日、隣のデスクの院生が、ものすごいスピードでキーボードを打っている。「何をしているの?」と聞くと、彼の研究分野でトップとされるヨーロッパの教授にE-mailを打っていた。
衝撃を受けましたね。20歳そこそこの彼は、飛び級をしてMITの大学院にいたんですが、コンピューターを使うことで、世界最高峰の知性と、直接やり取りができる。最先端の人と直接つながれる人生かそうでないかが、コンピューターを使いこなせるかどうかで決まっている。「なんてずるいんだ」と思いましたよ。
デジタルハリウッドを立ち上げた1994年は、ごく一部の人が携帯電話を持っているくらいで、企業も部署に1個メールアドレスがあれば先進的だと言われるレベル。デジタルコミュニケーションを一刻も早く日本に伝えなければと考えたことが設立の動機です。

大学らしくないのがデジタルハリウッド大学

MITメディア・ラボのような研究所を日本にも作るということでMITに行かせてもらい(そのプロジェクトはバブルとともに崩壊してしまいましたが)、そこで数々の貴重な経験をさせてもらった。
そこでの学びを生かして、デジタルハリウッドの設立から10年後の2004年、デジタルハリウッド大学院を立ち上げ、翌年、デジタルハリウッド大学を開校しました。
デジタルハリウッド大学の教育には「専門教育」「教養教育」「国際教育」という3つの柱があります。
保護者の皆さんは驚かれるのですが、1年生ではいわゆる一般教養の授業はなくて、最初から「専門教育」が始まります。デジタルツールの使い方を学んでもらい、いきなり作品作りに入る。まず「自分にも何かができる」ということを知ってもらうのです。
ただ、みんな、1作目は作れるのですが、次の作品になると、手が止まってしまう。若い人には知識も経験も「積み重ね」がないから、次に何を作ればいいかわからなくなってしまうのです。
そこで、2年生から「教養教育」が始まります。すると、作品と直接関係ない知識や教養であっても、それを知ることで、制作に返ってくるものがあることを実感できます。できるだけ科目数を増やし、興味の入り口をたくさん提供する。「クリエイターの引き出しのために、教養科目があるんだ」という哲学のもと、4年生までが受講可能となっています。
意外かもしれませんが、宗教学の授業なんて大人気ですよ。そもそも、神話って、一番研究されるべき領域ですし、制作のモチーフとしてすごく相性がいい。「大好きだったゲームの固有名詞が、全部ギリシャ神話由来だったって初めて知りました」みたいな声もあります。
講師の方々には「先生の研究分野の中で一番面白いところだけ話してください」とお願いしています。失礼なお願いなのは承知しているのですが、どの学問も、本当に打ち込めば一生を捧げても終わらない。でも、学生に必要なのは興味のきっかけなんです。
「この学問はこんなに面白いんだ」と感じさえすれば、あとは学生がGoogleやYouTubeを使い、勝手に調べて勉強することもできます。英語が聞き取れれば、ハーバードだって、MITだって、無料で授業を配信しているから、さらに知識を深めることができる。
そして3つ目が「国際教育」。映像教材も導入した英語の授業や、留学しやすい制度設計に加え、多数の留学生が在籍していることもデジタルハリウッド大学の強みです。その比率は現在約3割。クラスは日本人も留学生もごちゃまぜなので、クラスの3分の1は留学生です。
これまで累計で39の国と地域から留学生を受け入れてきましたが、一言で留学生といっても、実家が大金持ちの人もいれば、自分自身が頑張って勉強して、ノウハウを国に持ち帰るんだとハングリーな学生もいる。
これまで累計で39の国と地域から留学生を受け入れてきましたが、一言で留学生といっても、実家が大金持ちの人もいれば、自分自身が頑張って勉強して、ノウハウを国に持ち帰るんだとハングリーな学生もいる。
日本人はいろんな人種を受け入れて、一緒に何かをすることに慣れていません。だから、コミュニケーションを取るのに躊躇(ちゅうちょ)してしまう学生もいますが、オープンな学生にとっては、非常に面白い環境です。「東京にいるのに、留学しているみたい」と話す学生もいます。
ごちゃまぜの環境で、地域もバックグラウンドもさまざまな留学生たちとコミュニケーションを取りプロジェクトを進めていくことは、これからの時代を強く生き抜いていくための貴重な経験になっています。

日本人のデジタルに対する姿勢が変わった

ここ数年で、デジタルハリウッドを取り巻く環境が大きく変わってきたのを感じます。
「いい学校に行って、いい会社に入るのが一番の安定」という神話は崩壊しつつあり、一般の保護者の中にも、「これから未来がどうなるのか、どうせわからないのだから、子どもがやりたいことをやらせてあげよう」「やりたいことを精いっぱいやらせたほうが、チャンスがあるのではないか」と考える方が増えているように感じます。
約15年前、デジタルハリウッド大学ができた当初は、「あんなえたいの知れないところに行ってどうする」という高校の先生の反対を押し切り、親の反対を押し切った学生しか入学できなかった(笑)。最近では高校の先生や保護者の方から「この大学がいいんじゃない」と勧められてやってくるケースが増えています。
女性についても、以前は、絵が描けるとか、イラストが大好きというギークな学生(もちろん、いい意味で)がほとんどでしたが、最近は、いわゆる「普通の女子」が増えてきた。InstagramやTikTokを日常的に使いこなしている彼女たちは、「この先、もうちょっと自分で技術を身につければ、既存のアプリを超えて、もっと面白いことができるのでは」と感じている。
そして、落合陽一さんやライゾマティクス、チームラボといったデジタル時代の風雲児的な存在の出現で、「デジタル技術を使い、みんなを楽しませてお金をもらえるなんて最高じゃん」という考え方が当たり前になってきた。
そういう世代にとっては、デジタルハリウッド大学への認識が「変なカタカナ大学」から、「現実的な選択肢」になってきている感覚があります。

デジタルを武器に、自由に生きる人を送り出し続ける

僕たちは94年のデジタルハリウッド設立から、ずっと一貫した裏テーマを持っています。それは「自由に生きる人を作りたい」というものです。
これはつまり言い換えれば、“パンク”の精神と似ている。他人に決められた人生を生きるのではなく、自分の人生を、自分の判断で、自由に操る。そのためには相応の力が必要です。
設立時、私は21世紀の働き方について考えました。結論は、「実力がある人は、会社に所属する必要がないのではないか」。プロジェクトに合わせて、専門技術を持った人を集めたほうがはるかに効率的ですからね。
そして、すでに当時から、そういう働き方が普通だったのがハリウッドの映画界です。高度に専門化されたハリウッドには、たとえば、「ガラスを割らせたら世界一いい音がする」なんて人までいる。
(写真:ponsulak/iStock)
ハリウッドの映画界のような働き方を実現する。デジタルハリウッドという名前自体には、卒業生たちがどのように活躍してほしいかという思いが込められているのです。
そのために、僕たちは25年間、「デジタルコミュニケーションは21世紀の『読み・書き・そろばん』だ」と言い続けてきました。世界一のガラス割り職人とまではいきませんが、これまで多くの卒業生に、使える“武器”を渡すことができたと自負しています。
僕たちの考えが理解されるまでにずいぶん時間がかかりましたが、最近、時代が追いついてきたと感じています。ただ、完全に追いつかれるわけにはいかないので、僕たちはさらに先に行かなければいけない。
パンクというのはマイノリティです。でも、マイノリティだからこそ、マジョリティにはできない発想ができて、世の中を変えるようなインパクトを生み出せる。
マジョリティに埋もれないよう、これからもデジタルハリウッド大学をさらに尖らせていかなければと、日々考えています。
(執筆:唐仁原俊博 編集:海達亮弥 撮影:細倉真弓 デザイン:田中貴美恵)