【メガトレンド】巨大都市への一極集中を、テクノロジーは支えられるのか

2019/1/25
 1966年にアメリカのヒューレット・パッカード社(現・HP Inc./ヒューレット・パッカード・エンタープライズ)が同社初のコンピューターを発売したとき、その価格は22万ドル(約7900万円)だった。
 現在、10万円で買えるコンピューターリソースはネズミの脳程度のものだが、2050年には同じ価格で全人類の脳に匹敵するCPUを購入できるようになる。
 このような加速度的な変化のなかで、テクノロジーの先行きを占うことは難しい。そこで、HPでは予測可能な世界規模の変化を調査・分析し、そこから導き出された“メガトレンド”をもとに、これからの社会やビジネス、個人のライフスタイルを担う新技術や製品の開発を行っている。
 この連載では、これらのメガトレンドが示す社会環境の激変のなかで、どんなパラダイムシフトが起こり、暮らしやビジネスが変わるのかを様々な視点で読み解いていく。

集中と分散、それぞれの課題

── 太田さんは様々な地方創生プロジェクトに関わっていらっしゃいますが、都市への人口集中は、これからも止まらないと思いますか。
 そうですね。大きな流れで見ると、都市化自体はもう止まらないでしょう。経済性や、その原動力となる「イノベーション」というものを考えたときに、人や機能を集積した方が効率はいい。その経済合理性が変わらない限り、人やお金、情報は都市に集まり続けると思います。
 現在の地方で経済を成り立たせるには、税金や補助金を投入するしかありません。それを日本は過去30年にわたって続けてきましたが、行政の補助や税制改革による地方創生はうまくいかなかった。同様のことは、世界中どの国でやってもダメだったというのが今の結論です。
 ただ、都市に人口が集中した場合、財政や雇用など経済面はよいのですが、一方で格差が開いたり、住んでいる人の幸福度が下がったりという別の問題が出てきます。このことを考えるときに、都市集中に対する、地方分散という考えが必要になるのです。
 地方分散は経済合理性に逆行するので、そのシナリオを実現するのはかなりハードルが高い。それでも、社会を維持するためには考えなければならない問題です。
── 経済合理性を追求しながらも、テクノロジーによって都市/地方の格差を減らしたり、幸福度を高めたりすることはできませんか。
 それはできると思います。私は今、安宅和人さん(Yahoo! CSO)たちと一緒に、都市に対する代替案をつくることを目的にした「風の谷」というプロジェクトをやっています。セクターを越えた共創を、地方をフィールドに研究している「コクリ!プロジェクト」というコミュニティから生まれた活動です。
 地方を今の形で維持するには、ベーシックインカム並みの税金を投入しないといけません。ですから、プロジェクトではゼロベース、すなわちインフラがないなかでどうするのか、ということを考えています。
 モビリティや医療をどうするのか。あるいはもっと基礎的な、エネルギーや水をどうするのか。そういう資源やインフラの最適化──例えば、オフグリッド(自給電力)などの領域では、かなりの部分をテクノロジーが解決していくでしょう。
 その最適化を行うためには、今回のテーマでありHPも提唱している「メガトレンド」のような、社会や技術の変化を見通す必要があります。これからの時代に、本当に今のスペックの道路が要るのか。病院や学校の教室には、今の規模が必要か。既存の枠組み自体を問い直すことが、風の谷の活動のひとつです。
 もうひとつは、都市の求心力について考えること。大都市には先ほどお話しした経済合理性以外にも、都市ならではの文化や魅力があります。その求心力とはいったい何かという問いを掲げ、1年ほど活動してきました。
 ゆくゆくは、これらの活動を通して得た知見をオープンにして、いろいろな場所で使えるようにしていきたいと思います。
── 東京は今も人口世界一の都市ですが、これから人口が増え続けるとどうなるでしょうか。
 一番の問題は、高齢化です。2020年代後半になると、地方の高齢化は一段落します。ところが、東京は2025年から2040年まで高齢化まっしぐらで、恐ろしい数の高齢者が出てきます。
 高齢化したメガシティでの社会保障を考えると、本当に悪夢のような状況になると思うんです。先日出席したヘルステックの会合でも、ある医療関係者が「東京の集合住宅は、巨大な棺桶になる」と言っていました。
 これこそテクノロジーで解決しなければならない社会課題ですが、日本では様々な利権やデータ取り扱いについての障壁があり、ヘルスケアのイノベーションを横展開できません。
 それに、私は都市の問題を都市のなかで解決することは難しいと考えています。だからこそ、都市集中に対抗する「分散」という解決策を探っているのです。

組織や生き方を越境する

── メガシティに集中する人口を分散させていくためには、働き方の多様化や流動化もキーになると思います。
 そうですね。人のアイデンティティは、住む場所や働く場所によって規定されます。でも、そのアイデンティティがひとつしかないという時代は終わりつつあると感じています。
 この先、複数の働き口や、複数の居住場所を持つ人が一定数出てくれば、人を含めたリソースを循環させることもあながち不可能ではないでしょう。「都市 or 地方」の二択にしてしまうからこの問題が解けないわけで、リアルもバーチャルも含めて、個人がいくつもの仕事や居場所を持つことができれば、解決の糸口が見えてきます。
 地方への移住ではなく、都市と地方を行き来すること。それを実現するのが、複業や在宅勤務を認める組織の制度であり、リモートワークや情報共有を実現するテクノロジーなのだと思います。
── 太田さんは今、その新しい働き方を実践されています。東京の拠点はこのシェアオフィスで、複数の地方のプロジェクトにも参加されていて。
 そうかもしれません。私なりに葛藤はありましたが、国の仕事を辞めて自分の人生を考えたときに、大企業のような大きな組織ではなく、今のように独立して複数のプロジェクトに参加する道を選びました。それでも7割くらいは東京にいますが、福島県の会津や島根県の隠岐など、イノベーションのタネがありそうな地方を回っています。
 周りを見渡すと、葛藤もありつつ、同じようなチョイスをする方がちらほら目立ってきているのが、我々の世代。もっと若い世代の方には出世しなければならないというプレッシャーもないし、自分自身の目標設定も手堅すぎない。彼らのキャリアや生活の選び方は、本当に自由に見えます。
── 大きな組織ではなく、独立したからこそのメリットは?
 私の場合、新しい変化を起こす人や情報への接点が格段に増えました。民間セクターの人間として国の仕事をしたときも、公共セクター(政府や自治体)やソーシャルセクター(NPOやNGO)とのつながりが広がりましたが、今はもっと自由度が上がっている。セクターを越えて、面白い個人とつながっているという実感があります。
 多少理屈っぽく言うと、今のポジションは、自分を“バウンダリースパナー(多様な価値観を受け入れながら組織や部門を越境する人材)”の位置に置きやすいんです。もちろん、それは大企業に勤める方にも可能ですし、実際にそうやって動き始めている企業人もたくさんいます。
 組織の中か外かにかかわらず、大きな流れとしては、これから確実に「個」の時代が来るでしょう。3DプリンターやAI、IoTなどの技術は急速に「民主化」し、ものをつくるにもそれほど元手がかからず、新しいサービスをローンチするにしても、個人でできることが格段に増えています。企業としても、人材を内部に抱えておく必要があまりなくなっているのではないでしょうか。
 また、昭和の時代は、個と組織が同心円でした。会社というものがあって、その中に社員がいましたが、今はその価値観の中心がずれてしまっています。世界的なトレンドとしても、自分が勤める企業へのエンゲージメントは年々下がっていますから、経営者からするとどういう形で組織と個のミッションを整合させ、それぞれの力を発揮してもらうかということが命題になっています。
 それを変えるために、昨年ブレイクした「ティール組織」のような、個を生かすフラットな組織づくりが注目されている。それは、社長や部長だから偉いとは言えない組織で、常に自身の価値を問われるので、ピラミッドの上にいる人からすると、怖くもあると思います。
 先進的なティール型経営をやっている知人は、毎年入ってくる新入社員から「あなたはなぜ社長なのか」「なぜこの給料をもらえるのか」と聞かれているそうです。自覚的に新しい組織づくりに取り組んでいる彼でさえ、「たまに腹が立つ」と言っていました(笑)。

テクノロジーへの期待を取り戻すために

── フラットな組織や「個」の時代には、ビジネスツールの進化は影響していると思いますか。モバイルワークができる環境が整ったから複業がしやすくなったし、チャットツールなどで並列のコミュニケーションがとれるから、フラットなマネジメントも効率的に行えるようになったと思うのですが。
 テクノロジーの直接的な効用として、個をエンパワーして分散を可能にしている側面は間違いなくあるでしょう。ただ、私はテクノロジーには二面性があると考えていて、デジタルテクノロジーの活用という面では、寡占化が進んでいることにも注目しています。
 たとえば、ITの一番の肝であるデータが寡占されていること。それに、他業種と比べるとテクノロジー企業は労働分配率が低いので、富の寡占化も進んでいます。そういうことが一気に表面化し、失望する人や、もっと極端に反感や不信を表明する人が増えたのが昨年の世界的な傾向だったと思います。
 これを解決する方法を考えるのは、なかなか難しい。データを独占することや、一部の人にインセンティブを払うことが、テクノロジーを進歩させる原動力にもなっているからです。この解を導き出すには、抜本的に仕組みを変えて新しいモデルを生み出す必要があります。
 もっとも、残念ながら日本にはテックラッシュ(テクノロジー企業に対する反発)が起こるレベルまで攻めている企業が少ないのも事実です。新しいことをやるとすぐに叩かれてしまうことも一因ですし、そもそもテクノロジーに対する期待や信頼が低いという理由もあります。
── なぜ、今の日本はテクノロジーへの期待が低いのでしょうか。
 一番の要因は、経営者の世代交代がうまく進んでいないことにある気がしますね。こういうことを言うと、「若ければいいのか」と批判もされますが、私はその問題がかなり大きいと捉えています。
 その点では、大企業を変えるのは困難ですが、中小企業にはイノベーションの可能性があると思います。なぜかというと、経営者の高齢化が進み、いま事業承継をやらないと会社が潰れるようなところがいいテクノロジーを持っていたりするからです。これから数年の間に組織の新陳代謝が進み、アップデートされることで化ける中堅企業は出てくると思います。
── 太田さんが次世代のテックビジネスに期待することは?
 期待するというよりも、私が日本でやりたいと思っているのは、先ほどお話ししたデータの寡占を乗り越えるような新しいモデルを提示することです。
 現在のアメリカでは、寡占モデルができあがってしまっています。それを崩すには、20世紀のオイルメジャーに対してやったような反トラスト法(企業やグループによる独占を規制する法律)みたいなものをつくるしかないでしょう。
 一方、ヨーロッパでは個人の権利を盾にして、データの寡占に抗おうとしています。そのどちらでもなく、もっとビジネスや社会で様々な主体が活用できるようなモデルがあるといいですよね。
 これからの世界の基盤となるデータとアルゴリズムは、社会の共有財産として、コモンズ(共同利用できる形)として管理していくことが求められていくと思います。それが、テクノロジーの負の側面を緩和し、期待や信頼を獲得していくことにもつながるでしょう。
 イメージとしては、アメリカとヨーロッパの中間くらい。経済合理性に則った集中でも、完全な個人主義でもなく、その間をつなぐ新しいコンセプトを打ち立てること。これを日本ができれば、結構これからの世界が変わるんじゃないかなって思うんですよね。
(編集・執筆:宇野浩志 撮影:後藤渉 デザイン:砂田優花)