セールス&マーケティングの連帯感を生む、通称「The Model」の正体

2019/1/25
マーケティングとセールス部門のシームレスな連携体制をどう構築すればいいか……。どんな企業でも一度は壁にぶつかった経験があるだろう。プロダクトやサービスをプロモーションし潜在需要を発掘、「確度」の高い見込み顧客に対し提案活動を行い、受注後サポートする。この一連の流れを効率的に回すのは意外に難しい。
リンクアンドモチベーション、ビズリーチ、そしてSmartHR。この3社は、このマーケティングとセールスの連帯感を作り出し、急成長を遂げた点で共通する。
秘訣は何か。そこには、通称「The Model」と呼ぶマーケティングからセールス、そしてカスタマーサクセスまでのプロセスを有機的に結びつけるメソッドがあった。The Modelとは何か。3社の声と合わせてその全貌を紐解く。
 “The Model”とは何か
The Modelは、マーケティングとセールスの一連のプロセスを細分化し、組織で分担する考え方だ。それぞれのチームがプロセスの一部分のみを担うため、効率が上がり専門性も高まる。いわば、一人でフルマラソンに挑むのではなく、駅伝のように任された区間の環境の特徴をつかみ、スペシャリストとして全力で駆け抜け、タスキをつないで結果を出すようなやり方。図で示せば、下記ようなイメージだ。
潜在顧客の獲得から見込み客の育成、案件管理から継続契約の獲得に至るまでのプロセスを細分化。最終的なゴールを共有しながら、チームはそれぞれに設定されたKPIを目指す。プロセスのブラックボックス化を防ぎ、情報もスキルも個人に依存しないよう、すくい上げる仕組みでもある。
このメソッドを編み出したのは、SaaSの世界的リーダーであるセールスフォース・ドットコム。企業向けの営業支援ツールで頭角を表し、その後業容を拡大。設立後18年で売上高100億ドルに到達した爆速成長企業が、自らのSaaSを販売する際に使っている自社ツールを活用したメソッドを顧客に対して、惜しむことなく紹介しているのだ。
果たして実際に活用している3社は、The Modelの価値をどのように見ているのか。
リンクアンドモチベーションは、「組織改善クラウドサービス」で国内シェアNo.1の「モチベーションクラウド」を開発・販売する。
日本最大級の組織データベースを活用し、組織が抱える課題を洗い出すのはもちろん、具体的な改善を促す機能を搭載。「HRテック」のクラウドで、リリース後2年ほどで一躍トップの規模になった。
同社はもともと人事コンサルティングの会社だったが、新たなビジネスとしてクラウドサービスに進出。その立ち上げを担ったのが、取締役の麻野耕司氏だった。初めてのクラウドビジネスを立ち上げるのに伴い、手本にしたのがセールスフォース・ドットコムだったという。
「自分たちが自信を持っている領域、しかも他に主だったプレイヤーが不在ということもあり、組織改善のクラウドにポジションを定めました。しかし、クラウドサービスのノウハウがあるわけではない。そこで営業支援、顧客管理機能のクラウドでNo.1のセールスフォース・ドットコムを徹底的に研究すれば、同じように組織改善のクラウドでNo.1になれるのではないかと考えました」
「私はそもそもセールスフォース・ドットコム、そして創業者のマーク・ベニオフさんの大ファンで、とにかく「カスタマーサクセス」という言葉を大切にし、全世界で価値観を共有・実現している姿が好きなんです。
「マーク・ベニオフさんは、クラウドサービスに必要なあらゆる戦略のアドバイスをぎっしりと詰め込んだ「クラウド誕生」という書籍を著しています。この本を何度も読み込んで実践しているうちに軌道に乗ったと言っても大げさではないんですよ」
従来の買い切り型ビジネスでは、一度導入してもらえさえすれば大きな売上を得られる収益構造だ。しかしセールスフォース・ドットコムが草分けであるサブスクリプション型ビジネスでは、継続的に利用されることが重要になる。
「カスタマーサクセス」とは、ツールの提供にとどまらず、長期的に顧客の声を拾いながらサービスの改善を続け、顧客の課題を解決していく考え方だ。
「ワンショットの仕事はサポートがおろそかになりやすく、サブスクリプションでカスタマーサクセスを実現することが私たちの目指す方向性だと考えました。顧客が『モチベーションクラウド、いいですよ』と紹介してくれるようなサービスでありたいと」
人材不足時代にも戦力を最大化する「The Model」
サービスの先進性によってサービスは順調に伸びたが、その影で従来の体制では勢いについて行けなくなったこともあった。そのときにThe Modelは効果を発揮したという。
「クラウドサービスは営業や納品の体制をはじめ、多くの点がコンサル事業と異なります。3年の間に700社と取引するまでになりましたが、これは私たちにとって未体験の規模感でした。高品質なサービスを提供するためには、個人ではなく組織で勝負する仕組みが必要だと、The Modelを取り入れることにしました」
以前は1人で行っていたプロセスを10職種で分業。リレーでバトンを渡すように、業務が人から人へ引き継がれていく。
「分業すると、人材の戦力化が早くなります。細分化された1つのプロセスに特化・集中することで習熟のスピードが格段に上がりました。少子高齢化で人材難の時代、限られた人材で戦力を最大化する仕組みだとも言えますね」
The Modelでは複数人が1つのプロセスに関わるため、組織間の連携が必須だ。麻野氏はThe Modelを円滑に活用すべく、工夫を凝らす。
「The Modelを運用する上で重要なのは、美しくバトントスできるようにすること。そのために「クライアント」と「次にバトンを渡すチーム」の2つのユーザーがいるのだという意識を浸透させています。評価制度でも、上司に加えてリレー先からの評価を取り入れるようにしているんです。
モチベーションクラウドが成功した理由は、リンクアンドモチベーションの強みである組織間の連携を生かし、The Modelを最大限活用できたからだと確信しています」
ビズリーチが手がける即戦力人材と企業をつなぐ転職サイト「BIZREACH」は、累計9800社以上の導入実績、143万人以上の会員登録数を誇り、年収600万円以上のビジネスパーソンからNo.1(シード・プランニング調べ。詳細はこちら)の評価を得ている。
さらに、2016 年からはSaaS型の人材活用プラットフォーム「HRMOS(ハーモス)」も展開。人材の採用にとどまらず、育成、配置、評価までを最適化するクラウドサービスとして、今後も機能を拡充していく。
「The Modelの視点はSalesforceの導入に関係なくマネジメント層が持っておくべき」。そう語るのは、取締役の多田洋祐氏だ。
「組織の専門家であれば、チームを分けて、それぞれにKPIを設定して責任を持たせるという発想に自然と行き着くと思います。ビズリーチでもこの考え方をベースにセールスチームを動かしてきました」
2013年、多田氏はセールスチーム全体を統括する立場になった。当時は売上が毎年3倍程度で成長しており、事業は右肩上がり。それでも楽観視できなかった。組織の限界がすぐそこまで迫っていることを察知したからだ。
「ありがたいことにビジネスとしては多くのお問い合わせをいただく状況のなか、人材の育成が急務なのに、追いついていなかった。このままでは早晩、組織が疲弊することが予見されました。だからといって採用を止めることは、未来を止めることだと感じ、組織を拡大させ続けていましたが、手を打たなければならないという危機感があったんです」
この頃に注目したのがThe Modelだった。同じテクノロジー企業の先輩であるセールスフォース・ドットコムは、このうえないお手本になるとみた。
「セールスフォース・ドットコムは自社のテクノロジーサービスを通じて数字で動く組織づくりに成功している、代表的なオペレーショナル・エクセレンス企業です。セールスフォース・ドットコム流のやり方を参考にセールスチームをブラッシュアップすることにしました。
セールス&マーケティングを科学しないセールスチームは、お客様のニーズや自社の課題を分析できていないのに等しいわけで、いずれ限界がくるという危機感もありました」
実はビズリーチでは、以前からSalesforceを導入してはいた。だが、限られたデータを格納する用途でのみ使用しており、セールス&マーケティングを論理的に分析するという理想とは程遠い活用状態だった。Salesforceの活用を通してThe Modelを根付かせることがブレイクスルーになると判断。組織変革に着手した。
ツール導入はコストではなく、投資
「セールスフォース・ドットコムにアドバイスを求めながら、自分たちの形に合うチューニングを施しました。半年ほどでSalesforceを使うことが当たり前の組織になり、当時の事業が軌道に乗りました」
生産性は、目に見えて向上。商談の成約率が2倍になり、売上が大幅に増えた。それだけではない。
「統廃合も含め組織の在り方を見直し、目標をシンプルに変えたことで、売上が前月比で2倍になったのには驚きました。チームが受け持つ範囲が明確になり、各チームの専門性やスキルがより磨かれ、お客様への提供価値を向上させられた結果だと思います。
さらに、着地予測の精度も高まりました。例えば「商談中」ステータスも、本当はもっと細かいフェーズに分けられるはずなのです。その精査が粗いと、月末になって売上予測が大幅にズレてしまう。私の立場からすると、本当にありがたいです」
「分業し役割分担を明確にしたことで個人・チームのレベルが向上したのはもちろんですが、チーム間の連携もスムーズになりました。弊社はプロダクトを自社で内製しているのですが、カスタマーサクセスチームからプロダクトチームへお客様の声を届けて、反映させるスピードや精度も向上しました。こうして、お客様への価値提供を向上させるための、いい循環が生まれるようになったのです」
とはいえ、新しい仕組みを浸透させる壁は高く、慣れ親しんでいるエクセルでの管理を引きずってしまいそうだ。Salesforceを徹底的に使う風土へと変革するには、何がポイントなのか。
「まずは、トップの意思が重要です。その次に運用・定着と続きます。ですが片手間でやるとどうしても二の次三の次になってしまうため、専任者を置くことをお勧めします。ビズリーチでも、専任を置くようになって変わりました。変えるときは少しずつではなく、一気に変えることが重要です。
専任者をコストだと思わないことです。そう思う方はきっとツール自体もコストと見えてしまっていることでしょう。一人あたりの生産性向上を実現するツールや仕組みは、投資であると我々は考えています。結果的にお客様への提供価値が向上し、業績に大きなインパクトをもたらすわけですから、経営目線では明らかにリーズナブルな投資なのです」
ボトルネックのチームを可視化
SmartHRは、社会保険手続きや雇用契約書など労務に関する手続きをオンラインで完結するクラウドサービスを手がける。紙での煩雑な管理をなくし、年末調整もPCやスマートフォンで完了。
従業員情報をオンラインで一元管理できる利便性も兼ね備える。サービスインから3周年を迎え、スタートアップから大手企業まで幅広く登録するまでに成長。クラウド労務管理ソフトにおける導入実績数は国内No.1だ。
サービス開始から間もない頃を、CEOの宮田昇始氏はこう振り返る。
「とにかく良いプロダクトを作ること。そして「紙の書類」「役所に並ぶもの」という従来の労務手続きの常識を変えたことで、早くから多くのスタートアップコンテストやアワードで高い評価をいただき認知が広がりました。
利用開始のハードルの低さも意識しました。簡単な情報登録だけで試用でき、課金手続きもオンラインで完結。シンプルで使いやすいので、ある程度のITリテラシーがあればその日から使い始めることができます
こうした理由から、まずはアーリーダプターであるIT業界を中心に広がっていきました。初期のユーザー獲得では、ほとんど営業の人手をかけていないのです」
最初の1年半で7000社が登録するなど、見事なスタートダッシュを切る。しかし、サービスの成長とともにエクセルベースでの営業管理に限界を感じるようになりSalesforceの導入を決めた。指揮を取ったのは、SmartHR社に参画して間もなかったCOOの倉橋隆文氏だ。
「契約の進捗状況などが、よく見えてない状況でした。そこで、The Modelの思想に変えていったのです。
潜在顧客獲得からオンラインセールス、そしてカスタマーサクセスまでのバランスが取れていないと、全体を見たときに上手くいかない。せっかく潜在顧客を獲得しても、適切に契約やフォローアップにつなげなければお客さまの期待が下がってしまいます。
しかし、それまでの仕組みではどのチームが頑張ればいいのかわからなかった。The Modelによってボトルネックのチームを可視化することができたので、ボトルネックにならないように頑張り、自律駆動で高め合う好循環が生まれました。みずから動く組織、任せる経営へと変わることができたのです」
セールスフォース・ドットコムの知見を頼りに本質に注力
クラウドサービスの先駆者であるセールスフォース・ドットコムの戦略から学ぶことも多いという。
「他のツールと広く深い連携が可能なのが、Salesforceの大きな強みでしょう。事実上、Salesforce一択と言っていいほど優れている。ソフトウェアのビジネスは、他のプレイヤーに追いつかれやすい。しかし、他サービスとの連携が広がっていけば価値が高まり、後続と距離を保てます。SmartHRの戦略を考えるときにも、勉強になりますね」(倉橋氏)
そして、「カスタマーサクセス」を実現するためのセールスフォースからの継続的なサポートに期待を隠さない。SmartHRは順調に拡大しているが、新たなステージで待ち構える課題が見えてきた。
「サービスが成長してくると、お客さまの規模も質も変わってきます。最初は数十人のスタートアップが中心でしたが、今は数万人規模の大企業にもご利用いただいています」(宮田氏)
「スマホを持っていない、メールの使い方を知らないというユーザーへの対応も必要になってきます。企業からの要望も多岐にわたり、機能面での追加も必要になります。お客さまの満足度を上げるため、セールスフォース・ドットコムの助言が大いに参考になると考えています」(倉橋氏)
「SaaSビジネスでは、組織作りや注目すべき数字の選定、重要指標の見方など、どのようにデータを分析すべきか、方法論がすでに確立されているのです。その中でセールスフォース・ドットコムの知見で乗り越えられることがたくさんある。だから、この部分に時間や人を割く必要はなく、プロダクト開発に集中できるんです」(宮田氏)
マーケティングとセールスの組織づくり、そしてその連携体制に苦心し、自社特有の考えで進める企業は多い。だが、3社は、この部分を「先駆者の知恵」を活用することで早々に完成させ、競争力の源泉となるプロダクト・サービス開発に集中できる体制を築いた点で共通していた。成長の裏にあったのは、巨大クラウドカンパニーのツールとメソッドだった。
(取材:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:北山宏一、森カズシゲ、デザイン:砂田優花)