テクノロジー×リアル店舗で追求する究極のカスタマージャーニー

2019/1/28
株式会社パルコが2017年11月にオープンしたショッピングセンター「PARCO_ya上野」。おとなの男女を主なターゲットとした新店舗に、テクノロジーを用いて既存店舗にはない仕組みを初導入した。AIベンチャーの株式会社ABEJAをパートナーにして、入居するほぼ全てのテナントにカメラを設置し、来店者数と顧客の性別・年代を判別できるようにした。
オンラインの施策を強化しながらも、「ショッピング」という体験をリアル店舗でも楽しんでもらおうとデジタル化を図るパルコ。ECにはないリアル店舗の未来をどのように描いているのか。テクノロジー戦略を担う林直孝執行役グループICT戦略室担当に聞いた。
そして今回、パートナーとしてパルコをサポートしたABEJAも小売・流通業向けのデータ活用、AI導入では多数の実績があるものの、ショッピングセンターのプロジェクトは初。両者にとって初めてのプロジェクトにはどんなストーリーがあったのか。それぞれのインタビューで紐解く。

ウェブ発信→EC強化→店舗のデジタル化

──パルコのデジタルトランスフォーメーションは、2013年ころからスタートしたと聞いています。どのような取り組みをされてきたのか、教えてください。
 パルコの事業は、主にショッピングセンター「PARCO」の運営で、全国18店舗を構え、約3000店のテナントにご入居いただいています。
私たちの役割は、お客様にとって魅力的な商品を持つテナントに入っていただき、お買い物を多角的に楽しんでいただくこと。そして、テナントの方々には販売を伸ばしてもらうために、集客はもちろん、効果的な販売手法をアドバイスし、お客様との接点を増やすことです。
パルコ入社後、全国の店舗、本部およびWeb事業を行う関連会社のパルコ・シティ(現・パルコデジタルマーケティング)で要職を歴任。 店舗のICT活用やハウスカードとスマホアプリを連係した個客マーケティングを推進する「WEB/マーケティング部」などを担当。 17年3月から新設された「グループICT戦略室」でパルコグループ各事業のオムニチャネル化、ICTを活用したビジネスマネジメント改革を推進する。
服やアクセサリー、雑貨は、お客様が店舗に足を運んで、見て触って購入したいというニーズが強い分野ですが、それでもデジタルの活用は当然必要です。
ですから、最初の3年間は主に情報発信の強化として、スマホに最適化したサイトへのリニューアル、スタッフブログの開始などを進め、次にオンライン販路の強化として「カエルパルコ(現PARCO ONLINE SOTRE)」、スマホアプリ「POCKET PARCO」のリリースと、オフラインとオンラインによる販売チャネルの多様化に取り組んできました。
そして、2年ほど前からは店舗のデジタル化を強化ポイントに置いています。
──店舗のデジタル化では、どのような課題を感じていたのですか。
ネットの世界では、お客様が何に興味を持っているのか、どんな経路をたどって情報を探しているのか、ツールを使って容易に把握することができます。
しかし、リアル店舗ではそれが容易ではありません。購入したショップはわかるものの、それに至るまでのプロセスがわからないのです。それに加えて、これはネットでも言えることですが、来店していただいたお客様の属性もわかっていなかったことも課題でした。これでは、お客様に最適な商品やライフスタイルを提案できないという危機感が募っていたのです。

「お客様の心を知る」ためのファーストステップ

──そんな危機感を解消するために、どのようなことに取り組んだのですか。
まずはどんなお客様に来店していただいているかが、来店率や購入率を上げるためのベースになりますので、お客様の属性分析に取り組みました。2016年に一部の店舗、一部のイベントスペースなどで試験的にカメラを設置して、お客様の性別、年代を特定するシステムを導入しました。
その際、有用なデータを得られる手応えを感じたので、新店となる「PARCO_ya上野」で、約9割のテナントショップ内にカメラを設置し、ショップごとのお客様属性把握をスタートさせました。お客様の属性把握のために、画像解析ソリューションを施設のショップほぼ全体で導入したショッピングセンターは、国内ではあまり前例がないことだと思います。
具体的には、テナントショップにカメラを設置して、時間帯別の来店者数、その年代、性別を統計情報として把握しました。さらに、別システムで把握しているショップ売り上げ・購買客数のデータとマージすることで来店者のうちの購買客数の比率である買い上げ率の推移も把握することが可能になりました。こうした一連のデータを統計情報として見やすいダッシュボードでショップ単位で一元把握できるようにしました。
「PARCO_ya上野」の外観。おとなの男女をターゲットに置いた戦略店(写真提供:株式会社パルコ)
これによって、各ショップの方々はご来店のタイミング(時間帯)の特徴やその方々の属性を把握したうえで、接客のためのスタッフのシフトや、商品の陳列場所や方法をデータを基に論理的に仮説を立てられるようになったのです。従来は購入者数、購入された商品しかわかりませんでしたから、仮説の精度をかなり上げることができるようになったと思っています。
私たちはこうしたデータを基に、テナントの方々に「こうしたデータが出ているので、こうしたらいかがですか?」といったアドバイスをしています。
私たちもテナントの方々もまだ手探りですが、優れた事例や気づきをシェアして、PARCOに入居していただいている価値をテナントの方々に提供できればと思っています。それが結果的に、来店していただくお客様の満足度を上げることにつながると思っていますから。

テクノロジーパートナーは技術と業務知識とのバランスで選ぶ

──今回のプロジェクトを実現するテクノロジーソリューションとして、ABEJAのAIを活用した店舗解析サービス「ABEJA Insight for Retail」を選びました。以前に試験的に導入していたツールではなく、ABEJAを選んだ理由は何ですか。
AIやIoTといった最先端テクノロジーに対してかなりの知見を持っていたこと。そして、小売・流通業において豊富な実績があり、私たちの業務・業態もご理解いただいていたことです。
テクノロジーソリューション企業には、技術には精通しているものの、業務・業態の理解が足りず、「かゆいところに手が届かない」ケースが意外に多いものです。その点、ABEJAは小売・流通業において多数の実績をお持ちでしたから、安心感がありました。
──実際にプロジェクトがスタートして、どのようにABEJAを評価していますか。
技術力や小売・流通業に対する豊富な知見は期待通り。それ以外に、期待を超えて助かっているのが、導入後の運用課題を強力にサポートしてくれていることです。
試験導入した実績があるとはいえ、私たちにとって事実上初めてのチャレンジ。試行錯誤を繰り返していかなければなりません。
例えば、実際に起こったケースとして、来店者の属性で、データとショップのみなさんの肌感覚がずれていたケース。
ABEJAのご担当者と一緒に分析したところ、ショップスタッフのみなさんの顔を来店者として何度もカウントしていたことが主な原因だったんです。こうした気づけなかったポイントをABEJAは指摘してくれ、その対処策を提示してくれました。
いつかは私たちだけで運用していかなければならないですが、導入したら終わりではなく、初期段階にデータの活用方法のアドバイスや、まだ見えない課題を相談できるパートナーがいることは非常に心強い。
そして、実は「ABEJA Insight for Retail」の導入は、決定から設置までの期間が通常のプロジェクトに比べてかなり短期間だったと思います。
私たちも大変でしたが、それ以上にABEJAの担当者の方々にかなりの苦労をかけたと思います。ですが、ABEJAもショッピングセンターの多数のテナントにおける「ABEJA Insight for Retail」の展開は初めてだったようで、このプレッシャーを楽しんでいるようにさえ感じるほど、意気込んでくれたのはこちらとしても励みになりました。

「リピート分析」という新領域を視野に

──属性分析はファーストステップかと思いますが、店舗のデジタル化に向けての今後の発展計画を教えてください。
経済産業省や総務省が主導するカメラ画像の利活用を推進するための「カメラ画像利活用ガイドブック」が2018年春に改訂され、ユースケースとしてお客様の「リピート分析」が追加されました。
リピート分析では、顔画像から特徴量データを抽出し、特徴量データ同士を照合することで、個人を特定することなく、来店履歴を取得することができます。また、ショッピングセンターにおいては、回遊履歴を把握することも可能になります。
お客様の特定ショップの再来店分析や複数ショップの回遊分析が実施できれば、例えばPARCO内のお客様のニーズの理解が進み、施設トータルとしてお客様にもっとご満足いただけるサービスの提供につなげられると思いますので、リピート分析にはぜひ取り組んでいきたいと思っています。
このテーマについても、ABEJAはガイドブックに準拠しサービスを提供しているソリューション企業として、強力なパートナーになっています。
ECの利便性が増し利用者が増えていますが、リアル店舗はお客様に新たな発見を提供する場、また、買い物を楽しむ場としてはネットにない価値、顧客体験があると思っています。その鍵の一つはやはり接客だと思っています。
テクノロジーは、各テナントの方々が接客という最大の価値に集中できるためのフォローツールだと私は思っていますので、活用範囲を広げていくつもりです。
──パルコのプロジェクトを振り返って、どのような感触を得ていますか。
ABEJAには、小売・流通業向けのデータ解析で多数の実績がありますが、ショッピングセンターに入居する多数のテナントに向けて「ABEJA Insight for Retail」を導入するプロジェクトは、パルコ様が初めてでした。
今回のプロジェクトは、パルコ様と同時に各テナントの方々にも満足していただけるサービスを提供することが最大の焦点でした。
分析したデータを閲覧するダッシュボードのユーザーインターフェイス(UI)は、シンプルでわかりやすいものを心掛け、同時に、データ活用を支援する担当を一部アサインし、データ活用が成功するようサポートさせていただいています。
──パルコは「Amazon Echo」を小売・流通業界で他社に先んじて店舗に導入するなど、テクノロジーに対して積極的です。
私もその認識です。そのような先進テクノロジーに対して積極的にチャレンジされているお客様にお声がけいただき、弊社としても強い意気込みを持って参画させていただきました。
パルコ様も初めての取り組みで、私たちもショッピングセンターでの大規模展開は初めてでした。パルコの林様もおっしゃっていましたが、スケジュール的にもタイトだったこともあり、双方にとって緊張感が高いプロジェクトだったと感じています。
その分、濃密なコミュニケーションを取らせていただき、ある意味、一ベンダーとしてではなく、パートナーとして対応してくださったとも感じています。
──伊藤さんは小売・流通業やAIとは異なる分野からABEJAに入社しています。小売・流通業向けビジネスを手がけている醍醐味をどのように感じていらっしゃいますか。
私は、テクノロジーを活用して、産業に大きな影響を与える事業をつくりたいという思いを、一貫して持っています。一方、ABEJAはAIにおけるプラットフォーム事業と、特定業界に特化したSaaS(Software as a service)事業を展開しており、私の思いと合致する部分が大きいと感じたのが入社の理由でした。
そして、小売・流通業は、ECやCtoCの台頭によって大きな変革を求められている業界です。また、IoTやAIの発展によって、実現可能なことも日進月歩で増えてきています。
このような業界をとりまくマクロ環境が大きく変化している状況において、小売・流通業の中には、変化を前向きに捉え、大胆な発想で過去にはないチャレンジをすることに意欲が高い方も多いように感じています。
一方、小売・流通業の方々が前例のないことを試みるにあたり、テクノロジー面で弊社の知見を期待してくださっている部分も大きいと感じています。未来の店舗はどうあるべきか?といった大きなテーマで、パートナーとしてディスカッションさせていただけるのは、大きな醍醐味になっています。
また、弊社では提案から、機器の設置、ソフトウェア開発、そしてカスタマーサクセス(サポート)を一気通貫で担っています。バリューチェーンの多岐にわたり自社で担っているがゆえに経験できる範囲も非常に広いです。
今は、IoTやAIといったキーワードが注目されていると思いますが、それらを汎用的なサービスに組み込んで提供する際には超えなくてはならない難しさがあると感じています。そして、その難しさは実際に携わってみないとわからないものです。そのような稀有(けう)な経験・知見を積めることは魅力だと思います。
──伊藤さんは、これまでのキャリアの中でスタートアップを経験していますが、その中でABEJAの企業風土をどのように感じていますか。
スタートアップは現場のメンバーに多くの裁量を与え、権限を委譲する傾向が大企業よりも強いと思いますが、ABEJAは、私が経験したスタートアップの中で最もその傾向が強いと思います。前線に立つメンバーを信頼し任せる土壌が整っているのでしょう。
そして、テクノプレナーシップという概念を重視しているのもABEJAの特徴です。
テクノプレナーシップとは、テクノロジーとアントレプレナーを組み合わせた造語で、高い倫理観・リベラルアーツに基づき、技術への深い理解とスキルを持ちながら、事業を創造できるビジネスパーソンになろうという意識が非常に高い人材を表します。
ABEJAには、テクノプレナーシップを育む文化、支援制度や育成プログラムが整備されていますし、起業家精神にあふれたメンバーが多数そろっています。
テクノロジーを使ったビジネスを創造したい、産業構造を大きく変えたいと思っている人にとって、ABEJAは格好の舞台。「テクノロジー×○○」を身につけたい人に、ABEJAは向いています。
幸い、小売・流通業向けサービス「ABEJA Insight for Retail」には多くのご期待を寄せていただいており、事業拡大のチャンスが多数あります。同時に、事業拡大のためにも組織を拡大しなくてはいけないタイミングです。
また、それ以外にも、「ABEJA Insight for Retail」の基盤になっているAIプラットフォーム「ABEJA Platform」では、さまざまな業界向けAIソリューションを提供していますが、このビジネスでも「ゆたかな世界を、実装する」というフィロソフィーに共感し、共に働いていただける方を探しています。
ABEJAは、Google本社と日本企業として初となる資本業務提携を行い、2019年3月4日、5日には、株式会社パルコの林執行役も登壇される、日本最大級のAIカンファレンス「SIX 2019」も開催予定です。一層の事業拡大に向けて、テクノロジーの力で産業構造を変革するコア人材を募集しています。
「イノベーションで世界を変える」。ビジョンに共鳴をいただく方との出会いをお待ちしています。
(編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:森カズシゲ、北山宏一)