「この世界は、私に何をしてほしいのか」。それが問題だ。

2019/1/17
人類の寿命が延びているらしい。近い将来やってくる「人生100年時代」。長い人生を良く生きるためには、どんな戦略が必要なのか。この連載では、「ウェルビーイング(well-being)」を研究し、その普及活動をしている予防医学研究者の石川善樹氏と一緒に、人生100年時代のGood Life戦略を探っていく。
 対談連載の最初のゲストは、糸井重里さんが代表を務める「株式会社ほぼ日」のCFOを昨年11月25日に退任した、篠田真貴子さんです。篠田さんは昨年50歳になり、くしくも石川さんの唱える、「Good Lifeには50歳で違う仕事を始めるとよい」という説を体現しています。
 ほぼ日に入るまでにも何回か転職し、退職した会社の同僚や学生時代の友人とも、つながりを保ち続けている篠田さん。社会的に充実している篠田さんは、ほぼ日の次に何をしようとしているのでしょうか。転機のタイミングで、これから先の長い人生について展望をうかがいました。

使命は果たした。だから、辞めます

石川善樹(以下、石川) Good Life対談、最初のゲストは株式会社ほぼ日のCFOを退任されたばかり(取材当時)の、篠田真貴子さんです。こんな貴重なタイミングでお話しすることができて、うれしいです。
篠田真貴子(以下、篠田) こちらこそ。辞めたてほやほやです(笑)。
1968年生まれ、東京都出身。91年慶応義塾大学経済学部卒、日本長期信用銀行(現新生銀行)に入行。99年ペンシルベニア大学ウォートン校で経営学修士(MBA)、米ジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論の修士学位を取得。98年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社、2002年、ノバルティスファーマに転職。2003年、第1子出産。07年、所属事業部が食品世界最大手のネスレ(スイス)に買収されたことにより、ネスレニュートリションに移籍、第2子出産。08年東京糸井重里事務所に入社、09年取締役最高財務責任者(CFO)に。2018年11月、ほぼ日を退任。
石川 どういう気持ちで退任を決断されたのでしょうか?
篠田 「あ、自分の役目が終わるってこういうことか」と腑に落ちたタイミングがあったんです。
石川 なるほど。取締役を退任する場合、次に行きたい会社があるから辞める、というパターンもあると思うんですよ。そうではなかったんですね。
篠田 はい。最後まで責任を果たすのには力がいるので、次のことを考えるのは辞めたあとにしようと思ったんです。だから次に関しては、笑っちゃうくらいノーアイデアですね。
石川 ほぼ日は、10年勤められたんですよね。辞めてみていかがですか?
篠田 辞めた次の日、朝パソコンを開けて、いつもの調子でメールチェックしようとしたんですよ。私は普段、子どもたちに合わせて早めに寝て、早起きするという生活スタイルなんです。そうすると、夜やり取りされるメールがたまるので、勤めていたときはそれを朝チェックするのが日課で。
 でも、当然ですけど会社のメールはもうないんですよね。「あっ、ないんだった!」と、改めて辞めたことを実感しました。
石川 10年勤めると、知らない間に染み付いている習慣もいろいろありそうですね。
篠田 あと、辞めることを発表したら、みなさん連絡をくださって。だから、仕事していないのに全然家にいられないんですよ。出社しているときと同じか、むしろ勤めてたときよりも忙しい(笑)。そんなに辞めていきなり生活が変わったという感じでもないですね。

「天職」の時代から「転職」の時代へ

石川 今、篠田さんは、ハーフタイムなのかもしれないですね。
篠田 ハーフタイム?
石川 サッカーって、前半と後半の間にハーフタイムという休憩時間があるじゃないですか。僕は、人生にもハーフタイムを設けることが必要なんじゃないかと思っているんですよ。休みなく走り続けるのは、キツくないですか?
篠田 いやあ、キツいですね。今50歳で、人生100年と考えたらちょうど半分。仕事人生が60歳までなら、このまま走りきれるかなと思いますが、ここから20年、もしかしたら30年働くとしたら、小休止は必要です。
 あとは私の場合、これまでの経験の貯蓄だけで、あと20年働ける気がしないんです。なにか、スキルや物の考え方をインストールし直さないと無理だろうなと。50歳は、そういうタイミングなんですね。
石川 60歳以降も働くようになったこの時代、1つの会社で定年まで勤め上げるというのが、実はあんまり得策ではないんじゃないかと思ってるんです。
 僕は最近、幸福度が高い人について調査しています。そうすると、60歳くらいの定年まで勤め上げた人は、意外と幸せじゃないんです。これは男性についての調査結果なのですが、篠田さんみたいに50歳くらいで早期退職をした人のほうがハッピーなんですよ。
 おそらく、定年まで働いた人は、次もそれまでの経験を生かした何かを探そうとするのでしょうね。でも、そんな場所はなかなかなくて。
篠田 そうでしょうね。
石川 一方、50歳くらいで早期退職をした場合は、まだ全然違うことにチャレンジできる。そこでまた一苦労するのですが、新しい仕事や人間関係に適応できると、大きな自信になる。篠田さんがおっしゃるように、70歳、80歳まで働こうとするなら、50歳前後で一度ガラッと環境を変えるのはとてもいいみたいです。
篠田 同じ組織で60歳まで勤め上げると、「◯◯という組織にいる人」ということでアイデンティティが固まってしまうのかもしれませんね。その組織にいることが日常だと、そうでない自分がどういうものか、実感できなくなる。周りからも、定年まで勤めていたらずっと「元◯◯社の人」みたいに見られてしまう。自己像を変えていくのが大変なのかなと思いました。
 私は何回か転職していますが、やっぱりそのたびに「違う組織に入った自分」って、頭ではわかっていても、実感を持てるようになるまで時間がかかると思っていました。
石川 篠田さんは、ほぼ日の前にもいくつかの会社に勤められていますよね。
篠田 そうですね。1991年に新卒で長期信用銀行に入社して、そのあと留学して、マッキンゼー、ノバルティスファーマ、ネスレ、ほぼ日です。
石川 91年はまだ終身雇用が強固な時代ですよね?
篠田 そうです。長銀は98年に経営破綻するんですけど、入った頃は傾くような気配はなく、わりと学生にも人気がある銀行でした。私は、「入った会社の仕事を“天職”と思え」という教えが生きていた、最後の世代かもしれません。
 同期の男性は終身雇用が当然と思って入社している人がほとんどでしたし、女性でも「終身雇用制にコミットできないと思うから」とあえて一般職を選ぶ同期もいたくらいです。
石川 篠田さんは時代の空気に従わず転職を選んだ、と。
篠田 選んだというと前向きな感じですけど、実際はけっこうグダグダで。流れ流れてここまできた感じです。自分で決めたのって、長銀を辞めてビジネススクールに留学したときと、今回辞めたことくらいでしょうか。留学のあとマッキンゼーに入社したのも、流れでしたし。
石川 マッキンゼーのあとは、ノバルティスファーマ。
篠田 それもノバルティスに行きたいから辞めたのではなく、マッキンゼーで「そろそろお引き取りになられては」と肩をたたかれたからなんですよ。で、これまでの経歴を見て採用してくれたのがノバルティスだったんです。その次はネスレですが、それはノバルティスで私のいた事業部が、ネスレに買収されたから移籍しただけ。
石川 おおー、見事に篠田さんの意思はなく、流れにのってますね(笑)。
篠田 でしょう(笑)。ネスレもいい会社でしたが、移籍の直後に2人目を妊娠して産休に入ったんです。それで、外資系大企業のキャリアに行き詰まりを感じていたところほぼ日との出会いがあり、2008年に入社しました。
 どの転職も全然計画的でないし、自分の意志だったかというと、必ずしもそうではないなって。
石川 転がり続ける人生だったと。でも、そういうものですよね。20〜30代で「自分はこの仕事をするんだ!」という意志は、なかなか持てないと思うんですよ。
篠田 持っている人もまれにいますけど、それは標準ではないですよね。私は、自分や周りの人たちを振り返って、干支の12年周期で変わっていくのかなあと最近思ったんです。
それで以前にこんな表を書いてみました。Facebookで投稿したら結構みんなおもしろがってくれて。
篠田 3周目の25歳から36歳は、この世の中で生きるための、ある種スタンダードな行動規範や物事の価値基準を身につける期間。自分のスタイルを模索するのは、そのあとですよね。
石川 おもしろいですね。20歳やそこらの若者が、自分のスタイルなんかわかるわけないと。
篠田 私が「自分はこういうことをすると、人に喜ばれるみたい」といったことがわかってきたのも、37〜48歳の干支4周目だったんです。

SNSが出てきて、「つながり方」が変わった

石川 このシリーズのテーマでもあるのですが、「よい人生=GoodLife」を送るためには、こころ、からだ、つながりの面で、充実していることが重要だと考えているんです。社会的というのは、つながりとも言い換えられるんですが、人とのつながりにおいてなにか習慣化していることはありますか?
篠田 所属している組織に限らず、おもしろい人と会うこと、でしょうか。SNSをみんなが使うようになった時代の「つながり」って、それまでとは変わってきていますよね。本を読んで「この人おもしろい!」と思ったら、SNSで見つけてご連絡差し上げてもそんなに変じゃない。SNSがなければ生まれなかったつながりって、けっこうあるなと思います。
石川 思えば、僕が篠田さんにお会いしたのもそういうご縁だったかもしれないですね。
篠田 確かにそうですね。あとこれは「つながり」でもあり「こころ」の習慣かもしれないですが、なにかトラブルが起きても、人のせいにせず、すべては自分のコントロール下であると思いこむこと、ですかね。
 一見自分に厳しく見えますが、実はそのほうが楽なんですよね。人間関係でなにか嫌なことがあると、全体を高い視点から見る「俯瞰(ふかん)」の視点と、相手から自分を見るという「客観」の2つの視点で考えるんです。そうすると、相手のやったことも理解できる。それをFacebookに書いても大丈夫なぐらいに言語化できるまでになると、その話がちょっとおもしろくなってきます(笑)。
石川 おお、篠田さんのポストはそういう修業のたまものだったんですね!
篠田 まあ、いつもできてるわけではないんですけれど。でも、その境地までいけたときは知的喜びに変換されて、最終的に「本当にあのときはムッとしたけど、おかげでこういう人間理解を得られてよかった」という感謝にまでたどり着くんです。
石川 ちなみに、そのー、もしかしてコーヒーを飲むタイミングなんかはございますか?
篠田 なんでそんな悪い顔して聞くんですか?(笑)
 コーヒー、好きですよ。よく飲んでます。夕飯が終わって、片付けして、一休みしてパソコンを開けるときなんかに飲みますね。脳をもう一度回転させるためにというか。勤めていたときは、出勤前や昼休みに買いにいくこともありました。仕事を頑張りたいときに飲むことが多いです。

「世界は私に何をしてほしいのか?」という問い

石川 今はいろいろな人と会って、次に何をするか探しているというフェーズなんでしょうか。
篠田 そう。次のおもしろい仕事はなんだろう、という純粋な気持ちで探しています。おもしろいというと軽く聞こえるかもしれませんが、私は仕事が好きで、仕事の「おもしろい」の中には責任を果たすことも含まれているんです。だから、ちゃんと探したい。
 あと、「おもしろい」には「自分だから役に立てる」という感覚も含まれているんです。客観的に見ていいお話でも、私が役に立てないならお断りしますし、私にできる仕事だけれど、それは私でなくてもいいという仕事も「ごめんなさい」です。意味がある形で役に立ちたいというのは、私の「おもしろい」のなかに大きな比率で入っています。
石川 そのお話を聞いて、「幸せ」という言葉について、以前考えたことを思い出しました。僕、すぐ語源について調べちゃうんですけど(笑)、「しあわせ」はもともと「為合わせ」なのだそうです。「為」って、「ため」とも読むじゃないですか。
 今は幸せというと、普通は自分の幸せのことですよね。でも昔は、自分が自分が、っていうんじゃなくて、誰かのためになったり、人に合わせて一緒に喜んだりするのが、「しあわせ」だったんじゃないかなと思ったことがあるんですよね。まあ、これ想像なんですけど。
篠田 それ、デイヴィッド・ブルックスの『あなたの人生の意味』という本に書いてあったことに近いかもしれない。その本には、人は「自らの成功の欲求」と、「よりよい人でありたい」という2つの欲求で生きている、と書かれているんです。
 前者の「自らの成功の欲求」を象徴する質問は「私は何をなしたいのか」。そして後者の「よりよい人でありたい」は、慈善活動をするといった意味合いだけではなくて、「私のいるこの世界は、私に何をしてほしいのか」という問いかけなんです。この世における私のミッションってなんなのだろう、ということですね。
 私にとって次の仕事を探す上で、後者の問いが重要なんです。この「篠田真貴子」をどこに置いて動かすと、一番周囲が活気づいておもしろいのか。そういうふうに考えています。
石川 おもしろいですね。篠田さんは、広く世の中を見ていて、その中で自分を「点」として捉えているのかもしれないですね。その点を、広大なマップのどこに位置づけるか。
篠田 点が動くと重心が変わって、周りの動きも変わる。そういう意味では「点」なのかもしれないです。
石川 そうそう、僕は戦略って「重心」のことだと考えているんですよ。どこに重心があるのかを探り当てることが大事なんだなと。
篠田 会社のメンバーが点だとして、その人たちが動くと、その会社の重心は変わっていきますよね。プロジェクト単位でも、言えることだと思うんですけど。私は、仕事の本質は関係性のなかにある、と思ってるんです。
 私と石川さん、私と◯◯さん……それぞれ、組み合わさるとぜんぜん違う仕事のアウトプットになる。お互いに引き出せるものが違うからです。「私」や「会社」が主語じゃなくて、その関係性がメインなんですよね。
石川 では、天職、転職ときて、次は「点職」の時代ですね!
篠田 すごくうまい感じにまとめていただきました(笑)。
(編集:中島洋一 構成:崎谷実穂 撮影:吉田和生 デザイン:國弘朋佳)
【図解】「人生100年時代」のGood Life戦略
予防医学者の石川善樹さんが「人生100年時代のGood Life戦略」についてじっくり語ったこの連載のプロローグとなるインタビューも併せてお楽しみください。