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データドリブンな医療に必要な視点とは。ニューヨークタイムズ・マガジンの記事を抄訳で紹介します。

新しい医療形態を誰もが公平に利用でき、平等に機会を与えられるようにするにはどうすべきか。
遺伝情報などのデータから生じ得る新たな差別の形をどのようにして防ぐのか。
議論を整理しないと難しいですね。

現在のevidence based medicineは統計データからの「より確からしい」医療を提供するためのものです。個別例に最適かどうかはわかりませんが、当てずっぽうで何かを決定するよりは多分にマシです。現状はエビデンスをベースに、生理学・解剖学・生化学・薬理学などの病態生理から考えられる医師の匙加減が重なって医療を提供しています。また、どのように提供するかといった部分はあくまでヒトとヒトとの繋がりですので、artの要素が強くなります。緩和ケアにもEBMはありますが、artの要素が強いのはよくわかるかもしれません。

ここでEBMがよいかNBM(narrative-based)が良いかは論じません。両方ツールでしかないので、うまく使えばよいだけです。
ただ、集団を相手にする医療政策は効率のためevidence重視に、個人を相手にした医療現場は患者本人の思いを聞きnarrative重視になるという傾向はあると思います(というより、そうあるべき?)

社会保障制度がどうあるべきかは難しいところです。基本的には富の再分配ですので、日本のように全員に分配する形もありますし、アメリカメディケアのように高齢者や障害者を保護してそれ以外は民間の医療保険に任せるという形もあります。

なお、遺伝子情報による差別はあってはならないと倫理的に考えますが、現状の見た目や性別による差別も似たところがあります。優生思想的な発想もあるのでしょうけれど、生物学的にも、会社などの組織論的にもdiversityがないとsustainableにはなりえません。それを理解すれば優生思想的なものより多様性に寛容な社会になると期待されます。
ただ、やはり差別的な発想に陥りやすいというジレンマがあるとは考えられますので、その辺りはやはり法律などで規制せざるを得ないと個人的には思います。

等しく救えるのか?という問いにおいては、平等と公正は違うとされてますので、平等ということであれば社会保障はないか、一定水準あれば良いということになります。公正であることは因子が多過ぎて困難ではありますが、できれば多様性にあわせて適切なサービスが提供される未来が望ましいと考えます。

テーマが大きいので雑多な内容になりましたが、データは善でも悪でもありません。結局はどう扱うか、でしょう。
>"健全な社会とはどういうものか"

遺伝子情報を元に処方される薬剤は極めて高額なものが多いです。その負担を本人が背負うのか?or "社会"に背負わせるのか?で米国と日本で対応が異なります。

世界でも稀な高額療養費制度のある日本ほど"社会"に背負わせている国はないでしょう。

しかし、それで日本社会は健全と言えるのか?。割を食って目を覆う科学技術研究費等、少しも健全ではないと思います。
遺伝子を重視することで、後天的に覆せない差別に繋がるのでは?というのが本記事の趣旨です。

しかし、私個人的な意見は「そうはならない」です。

癌になりやすい遺伝子がある人も、必ずしも発癌するわけでないし、逆に健診を受けることで早期発見に繋がります。

遺伝子を調べることで病気になりにくい人は見つかるかもしれませんが、本人の持っている人柄やそれまでの知識、そういったものが後天的なものの方が人生では大切になるからです。

情報は使い方、遺伝子の場合でも同じことだと思います。
「ヘルスケアの成功度を適切に測るには、少数に対する最大限の値ではなく、全ての人の平均値と、資力も特権も最小限しか持たない人々にも与えられる最低限の機会で測る必要がある。これは、単なる公平性の問題ではない。健全な社会とはどういうものか、という問題である。」

アメリカにもまっとうな意見があって良かったです。