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国立大学の運営交付金は約1.1兆円しか投入されず、2004年以降、毎年、削減されています。
http://eic.obunsha.co.jp/resource/viewpoint-pdf/201705.pdf
一方、高齢者の年金医療介護には80兆円が投入され、毎年5000億円づつ増やしてきます。
このあまりに酷いバランスの悪さを指摘すべきだろうと思います。
日本は、明治以来、学問といえば欧米の流行を翻訳して紹介すれば、それで学者面、権威面できていたのですよね。昭和の頃まで、日本で著名学者みたいにいわれていた人たちの仕事というのも、おおむねその範囲です。明治以前は、中国から翻訳、紹介するのが、学者・権威の証しでした。別に日本が特別なのではなく、現在の150カ国以上の途上国のように、世界史上のほとんどの国というのは、ただ知識を輸入するだけの国です。世界的な文明の発信地は、5か所程度です。日本もまた事実として、世界的な影響など与えることはなく、輸入するだけの国でした。
 ただ、日本に特徴があるとすればその閉鎖性です。文明というのは何も特定の民族しか活躍できないわけではなく、アフリカ出身者がヨーロッパに渡ったり、中央アジア出身者が中東に渡ったりして、名立たる大学者になる、ということがありました。日本の場合、そうやってよその文明で訓練して大学者になった、という例もあまりありません。内輪でもてはやし合い、国内のリソースを配分することに専念してきました。
 グローバル化が学問に与える影響というのはやはりあって、よその国の人たちと日常的に一緒に学問をするということが容易になりました。学問の市場の統合が進んでいる、ともいえます。今でも日本では国内市場を閉鎖して身内でリソースを配分することに躍起になっているのが大勢ですが、自動車や半導体でそういうことができないように、学問でも無理になるでしょう。市場が統合される以上は、世界的に評価される内容の研究である必要があるし、英語が基本になることは避けられません。国際的にトップ層に属する研究者たちと日常的に対話して、お互いのやっていることについて日常的に情報交換していなければ、世界的にトップの成果は出せません。明治時代のように、日本人の方だけ向いて日本語だけで書いて、やれ大学者よ、などと持て囃されることはいつまでもはできないでしょう。
中国に来て、一番驚いたことのひとつが、社会全体の雰囲気が明るく、若者たちがポジティブであることです。 日本の教育には素晴らしいところがたくさんあり、例えば、飛び立ちジャパンのような、大規模な留学支援奨学金制度は、中国人学生から見ると、喉から手が出るほど羨ましいです。

日本の今後の教育、それに伴う若者たちへのインスパイヤと進化が、更に楽しみです!
教育が大切なのは異論がありませんが、人生100年と言われる時に、若者とか言っていないで、やる気のある人は年齢関係なくサポートする社会にすべきだと思っています。あと、学校だけが教育じゃないとも思いますよ。なんか考え方が古くて、同意出来ないですねぇ。
新潟大学だと1年次から職業体験的な授業が組み込まれていて、将来のキャリア形成を考えさせようとしている。果たしてそれで良いのかとは思うが。。。

本文中のインターンの方が授業より意味があるとは、よほど価値の低い授業しか提供できていない証拠にしかならないか。

自省することは大切だが、学術的な知識と実践から学ぶ経験値は本来比較されうるものではない。

何を価値として求めているのか若干曖昧なまま議論が進んでいる気がする。
共感しました。私もいつも大学人にどれだけ勉強しているのかを問うようにしています。

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『私が問いたいのは「今の大学人はどれだけ勉強をしているか、教育の勉強をしているか」ということです』
「若者にしか将来はない。教育が日本の未来を創る。」

その通り!
なかなか、大学の先生たちひとりひとりに変われというのも無理があるように思えます。仕組みとして何ができるのかを考えないといけないですね。なかなか、わかりやすい解はすぐに思いつかないですが…
この連載について
2019年の4月30日をもって、平成という一つの時代が終わる。この30年で日本は、どのように変わったのか。 本企画では各ジャンルの有識者が「平成という時代」を自らの仕事、人生とリンクさせながら語るとともに、「平成の次の時代(ポスト平成)」についての思いを語る。