10月にリリースされたユーザベースグループの新サービス、起業家とサポーターがつながるライブアプリ「ami」。平日12時から毎日起業家がライブ配信を行い、これまでに登場した魅力的な起業家は40名以上ライブ書き起こしnoteは100本以上。今回はその起業家の中から株式会社椎茸祭の竹村さんのライブをご紹介します。
――椎茸のスタートアップがある。初めて聞いた時、その意外な組み合わせに一瞬戸惑った。そして、好奇心が沸き上がる。「椎茸」と「スタートアップ」。なぜ椎茸なのか、どんなスタートアップなのか。
そのスタートアップの創業者がamiライブに出演してくれた。「椎茸マニア」として地上波にも出演した彼は、単なる椎茸のマニアにはとどまらない。
今回はそんな彼を深堀りするため、amiライブの内容に追加取材を行った。
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—―初めまして。竹村さん。
竹村 株式会社椎茸祭という、肉や魚を食べられない人にでもうまみを感じてもらうような、精進だしである「oh! dashi」作っている会社を立ち上げた竹村と申します。
oh! dashi
成城大学卒業後、NTTコミュニケーションズ入社。赴任先の仙台で東日本大震災に遭ったことをきっかけに一念発起し、退職。退職後にインドへ渡り、未経験からプログラマーへ挑戦。その1年後に渡越。帰国後にチームラボへ入社し、2017年に椎茸祭設立。
東日本大震災を契機に人生有限を意識。インドへ渡る。
――竹村さんご自身もユニークなご経歴ですが、新卒後にインドへ渡ったのはなぜですか。
新卒で大きい会社に入ったものの、あまり自分がやりたいこともなく、役に立てている感じもしなかったんです。
「会社辞めたいな」と少し思ってはいたけれど、辞める勇気もなく、自分に何かスキルがあるわけでもありませんでした。
撮影場所: co-ba jinnan
人口ピラミッドの圧倒的な美しさ:インド
インドに行こうと決めたのは、BRICsがその頃に流行っていたという背景があります。
BRICsの4か国、ブラジル、ロシア、インド、中国だとインド、中国の人口は圧倒的で、人口ピラミッドを見比べると、インドは中国よりもピラミッドが美しいんですよね。
「インドはヤバいな」と思っていると、『スラムドッグ$ミリオネア』という映画が当時やっていました。それを観て感動したことも理由の1つです。
自分自身の命という最大限のレバレッジをかけて勝負
じつは、いざ住むとなるとちょっと怖くて。覚悟するために遺書を書いて行きました。万が一僕が死んだ時、親が気づけなくて困ると思って。
――そこには、やはり「命を懸けて」という思いもあったんですか。
まさに。当時、「自分には能力がないし、自信がないから自由になれない」という漠然とした不安がありました。言い換えると、「何かがないから自由になれない」という不安です。
当時の自分は、懸けるものを最大限にして、何かに投じたほうが得られるものが大きいんじゃないかという思い込みもあって。そんな能力がない人間にとってフィジカル面で懸けられる最大値はおそらく命。
そこから「これはマジで死ぬリスクがあるところに行かないと駄目だな」という考えもありましたね。
――なるほど。命を懸けて飛び込まれて、得られたものはなんでしょうか。
インドへ行った後、プログラマーになりたいと思い、プネにある会社に入社しました。未経験で全然プログラムも書けないし、英語も話せなくて、いつもニコニコするしかありませんでした。
朝一番に出社してニコニコして、「Hello. Hello」と言うだけでクビにはならず、お給料がもらえた。おそらくですが「感じがいいから」という理由以外にはバリューはなかったように思います。
本当に何もできない状況に身を置いたことで、「ニコニコしていれば大丈夫だな」みたいな気持ちにはなりました。
――このようなインドの体験がなぜ椎茸につながったのでしょうか。
インドは人口の約40%程度がベジタリアンで肉や魚を食べません。インドに住むからには試しにベジタリアンになろうと思い、厳密ではないですが、肉をなくす生活をしてみました。
するとやっぱり肉を食べたくなる。肉がないとうま味がないのですごくお腹が空くんです。
その中で肉の代わりになる、お腹に溜まるものがキノコだったんです。肉を食べてないときって、めちゃくちゃキノコがうまいんですよね。
ベジタリアンの人はキノコをよく食べてて、「キノコすごいいいな」と思いました。
日本のだしは、あごだしやかつお節といった動物性のものが多い一方、植物性の精進だしや椎茸だしはスーパーにないので、「そういうものをつくったらすごい喜ばれるじゃん」と直感的に思いました。
椎茸で日本的に争いをいつの間にかなくしたい
――椎茸からご自身がやられたいと掲げている「争いをなくす」ということにはどう繋がるのでしょうか。
そもそも、怒って戦って何かを得るようなことは、仮想世界でやればいいと思っています。
仲間外れも嫌だし、ケンカやパワハラなどは見ているのも嫌なんですよね。
原体験として細かいものは多くありますが、1つ思い当たる要素をあげると僕は誕生日が8月15日なんです。
誕生日なのに周りの友達はお盆で親戚の家に行っているし、そもそも夏休みで学校もないのでだれも祝ってくれず、『火垂るの墓』がやっているわけです。
なんだか、自分が罪深い人間なんじゃないかという考えが潜在的にありました。
一方インドでは、8月15日は独立記念日でハッピーな日でした。「僕のやるべきことはこれなのかもしれない」と勝手に思ったのかもしれないですね。
そこから、争いも「みんな戦いをやめよう!」と力でグイっとやるのではなく、ふわっと解決したいと思って。
日本的なものなのかもしれませんが、「気づいたら争いがなくなっている」ほうが理想だと思っています。じわじわといきたい。
そもそも怒っているときや興奮している時、呼吸が短く浅くなるんですよね。でも、落ち着いているときは呼吸が長く深い。
「息抜き」という言葉どおり、息を抜かせる行為によって人間はけっこう落ち着くと思います。だから、息を抜く機会をつくることで少しでも攻撃性を減らしたいという思いはありました。
一応科学的な話でいうと、牛やかつお節、椎茸にも入っている「ヒスチジン」というものを摂ると、ラットの排他性が下がるという研究があります。
そういう話を含めると、「うま味で単純に平和になるのかもな」という感覚はありますね。
インドでうま味が重要ということを食文化から感じ、過去から持つ争いが嫌だという考えが、使命的なものに感じ、うま味と争いは僕の中でこのような感じで繋がっています。
個性を認めてくれたのは小学校の校長先生
――なるほど。竹村さんは非常にユニークな発想をお持ちで行動的ですが、昔からだったのでしょうか。
いや、行動できるようになったのはインド行ってからですね。考えは・・・振返ってみると、自信の種は小学生の時についたかもしれません。
昔は、反骨精神が旺盛で学校の先生にかみついていたタイプでした。ただ、別に目立って成績がいいわけでもなく、運動も苦手で地味な人間でした。
そのような中で、小学4年生くらいのときにたまたま他校からやってきた校長先生に「先生たちとディスカッション大会をしよう。」と声をかけられ、そこで大人達と対等に話せたことが自信になりました。今でも当時の校長先生には感謝しています。
大人でも完璧じゃないということに気付いたというか。たくさん知識はあるけれど、考え方は子どもとそんなに変わらないんだなということがわかって、自信がついたところはあるんですよね。
コンテキストで実現する食のアート化の可能性
――過去の自分が無意識に現在の自分へと繋がっているのは興味深いですね。竹村さんは椎茸をきっかけに食自体に興味をもたれて、現在は「食のアート化」について考えていらっしゃるんですよね。どういう形でそのテーマに行きついたんですか。
建物、アート、洋服も、1億円のものがおそらくあるにも拘わらず、1億円の、1つのご飯ってないのでは、ということに気が付いたんです。
もちろん、100円のポテトチップスでもたくさんあれば1億になるんですけど、アート的な文脈で「これしかないのに1億円」という状態です。
飲食物の価値は、数百万円のものがあったとしても、「つくるのに数十年以上かかっている」「ミシュランから選ばれました」「賞を獲りました」など、過去の情報の積み上がりによって高い値段がつく話が多いと感じます。
だけど、僕の認識では、現代アートは未来の価値観で買われる。
たとえば、「この木を買うことによって、世界に対してこんなことをもたらします」というコンテキストがあるから、100億円を投じることに意味がある、みたいな現代アートのありかたが食でも可能だと思うんですよ。
従来、アートになぜ価値があるのかの話に戻ると、アートは役に立たなくて、かつ、交換価値が生まれるから価値が成立していると考えています。
ただ、これからは「交換価値」よりも「投じた」ということのアクションで歴史に名を刻んだことのほうが、価値があるのではないかと思います。
たとえば、マルセル・デュシャンが便器にサインを書いたアートは1億円を超えますよね。
アートの文脈でいうと、便器やデュシャンのサインそのものの価値でもなく、彼がそれまでのアートに対するアンチテーゼとしての意味合いそのものに価値があるように思います。
そして、食がアート化していかない理由は「文脈を持って食べる」ことがないからではという仮説にいきついています。
食の文脈でアートを捉える
――「お腹が空いた」からじゃなくて、自己表現としての食。
食べることによってすごく救われる人がいるとか、生物が救われるとか、CSR的な意味があったとしても「食べる」ということが未来に対する情報と紐づいていないと思ったんです。
それからもう1つ。アンディ・ウォーホルについて話したいのですが、彼が「キャンベルのスープ缶を大量生産するということもアートだ」という考えを成立させたのは、食事によってではなくて絵画によってです。
つまり、キャンベルのスープ缶そのものはアート化されたわけではない。
あのときに僕がキャンベル社の社員だったら、キャンベルのスープ缶で、その後1億円の価値に迫れる何かがつくれたんじゃないかと思っています。
彼は、大量生産品でもアートとして成り立つということで、絵画に落とし込んだわけですよね。
そのときはスープ缶には投資としての交換価値がなかったから、絵画としての価値しか出なかったかもしれないですが、キャンベルのスープ缶が文脈を持っていたら150円である必然性は本当はなかったのではないかと。
同じキャンベルのスープ缶でも、シンボリックなものをその中から1個つくってあげれば、それがアート化されるのではないかと思っています。
「このキャンベルのスープ缶1個だけ1億円です。それを食べれます。」というシチュエーションで、スープ缶に未来に対する価値を提示できれば、成立すると感じています。役立つ物に対しても、アートのコンセプトで1億円にできないのかという考えですね。
――食でアートを表現している人はたくさんいる気がしますが、「アートの文脈で食を捉える」ではなく、「食の文脈でアートを捉える」ということでしょうか。体験自体を流通可能にして、それを体験する人が誰であっても、分離された体験がアートになるということでしょうか。
そうですね。価値をどうつくるかはアート側の文脈で食を考えていますが、食という流通可能かつ役立つ、生活に根ざしたものであっても、アート性はあると思うんです。
僕が言っている「食のアート化」は、現代アート的に概念を消費し、投資することです。その概念というものを乗せることによって、食がアップデートされていく可能性があるなと考えています。
また別の視点で、シェフの人がどんどんアーティストとして出てくる一方、メーカーはアーティストになれていない。
今、流行っている昆虫食も、虫がうまいから食べているのではなくて、基本的にはそれによって未来にとってプラスだと考えるから食べていくわけじゃないですか。
食そのものに情報が乗って、その情報の向き先が未来に向いているというのが、今後の時代の潮流になっていくんじゃないかな。
ーー昆虫食が概念食としてアートの文脈で捉えられるんだったら、まさに椎茸祭のだしを食べるということも、あえてコーヒーを選ばないでこっちを買うとか、概念食になるのではないでしょうか。
そうなんですよね。まだできていないのですが、そっちへ持っていきたいと思っていて。習慣として食べていくものでも、世の中にとってプラスになっていると分かることが大事だと思っています。
何かやらないといけないではなく、習慣に取り入れるだけで世の中の誰かが助かっていることが幸せだなと思うんです。
もっと緩やかな投資をできないのかなというイメージですね。自然な生活のスタイルの選択自体が未来への投資につながっている。1億円の話からはちょっと出ますが、概念食、概念投資というのはそういうイメージでした。
課題解決のための第一歩が今
ーー食とアートは今後の椎茸のコンセプトに繋がっていくのでしょうか。
どちらかというと、椎茸から食というさらに広い視点にうつしたときに、食は未来に繋がっていない気がして、興味をもったかんじですね。
キノコの未来という意味では、キノコは栄養素がほとんどないにも関わらず、人類はリスクをとって敢えて食べているものなんですね。だから、健康という文脈だけでは厳しいので、コンセプトをしっかりつくっていきたいと考えています。
また、現代社会では「さみしさ」のほうが大きい課題だと感じていて、その要因の1つが「温度」や「心拍」にあるのではないかと考えはじめています。
このあたりをうまく融合していきたいですね。
うちの会社は、僕が死んでも続くようにしたいと思っています。株式会社は「僕らのもの」じゃないから続いたほうがいいし、争いごとが少しでもなくなることを達成するまでは生き残ってほしい。
設立から1年たって、仲間も増え海外展開も始まりました。国内以外で展開しないと結局このビジネスは意味がないので、やっと1歩目を踏み出せたかなというところです。

(撮影場所:co-ba jinnan
amiとは?
起業家とサポーターがつながるライブアプリです。起業家の方が起業にいたる原体験や実現したい世界などについてライブ配信を行い、ライブ参加者との直接のやり取りを通して共感が生まれ、起業家と、その挑戦を応援するサポーターのつながりをつくります。amiでは、平日の12時から毎日ライブ配信しています。