コンゴ政府はガートラーの手中に

当初、イスラエルの資産家ダン・ガートラーがローラン・カビラが大統領の側近たちの中で最も親密な関係を築いていたのは、アウグスティン・カトゥンバ・ムワンケだった。カトゥンバには公式な肩書がなかったが、2006年から始まったコンゴの鉱山の復活を監督していた男だ。
ちょうどその頃、ガートラーはカトゥンバと彼の妻ゾゾを、紅海へのヨット旅行に招待し、ユリ・ゲラーのスプーン曲げパフォーマンスでもてなしたという。その旅行話はカトゥンバの自伝に記されているのだが、同書にはほかにもガートラーに対する感謝の弁が述べられている。
たとえば、ガートラーがカビラのために米政府へのロビー活動を行ってくれたこと。さらに、カトゥンバがイスラエルで手術を受けた際に意識不明に陥ったとき、ガートラーが医師を13人も雇って彼の命を救ったという。以来、命の恩人ガートラーと自分は一心同体になった、とカトゥンバは記している。
「ダン、私の友人。私たちはこんなにも違っているように見えるけれど、君は私の双子の弟だ。私は君の兄であることを誇りに思う」。カトゥンバは2012年、飛行機の墜落で亡くなった。
コンゴ政府の決定はたいていの場合、ガートラーの思いどおりになされた。
カビラ政権は2007~2009年に、外国企業3社の採掘権を無効にした。そのうち2社は、ガートラーの助けを得た後に、権利を取り戻すことができた。ガートラーの競合相手が突如、コンゴから国外退去処分を受けたこともあった。

ガートラーへの不思議な金銭の流れ

スイスの資源大手グレンコアのアイバン・グラゼンバーグCEOは、同社のコンゴ鉱山事業の責任者にアリストテリス・ミステイキディスを任命した。だが問題は、気難しいガートラーだった。
ガートラーは契約の詳細について文句を言ったり、ミステイキディスからほしい答えが得られないときは、直接グラゼンバーグに電話をかけてきたりした。
とはいえ、グレンコアとガートラーの関係が深まったのは事実だ。グレンコアはガートラーへの融資を継続し、元金の返還を要求しなかった。また、割引価格でストックオプションを与えた。
グレンコアはさらに、ガートラーのために複雑な契約も結んだ。グレンコアがコンゴの国営企業「Gecamines」に支払う鉱区使用料をガートラーが受け取るという取り決めだ。
タックスヘイブン(租税回避地)に関する機密情報が暴露された「パラダイス文書」によれば、グレンコアはガートラーに対し、鉱区使用料を気前よく前払いしている。
グレンコアがガートラーではなくGecaminesに支払いを行っていれば、鉱区使用料は予定どおりコンゴの国庫に流れていただろう。グレンコアは2016年、ガートラーへの支払いはGecaminesに指示されたもので「合理的な手段」を取ったまでだと説明した。
これより2年前、グラゼンバーグはロンドンを拠点に汚職の監視活動などを行う団体「グローバル・ウィットネス」に対し、ガートラーを「優遇したことは一度もない」と述べている。
2011年までに、グレンコアが販売するコモディティの多くが史上最高値に達していた。それでも同社はただの資源商社で終わるのではなく、世界の鉱山を所有するという事業拡大へ向けて資金を必要としていた。
同年5月、グレンコアはロンドン証券取引所に上場。グラゼンバーグが保有する株16%は93億ドル相当になり、ミステイキディスを含む5人の幹部たちも大金を手に入れた。それはマーケットがピークに達していた絶好の時期に行われた新規株式公開(IPO)だった。今日、グレンコアの株価はIPO時より42%低い値をつけている。
このロンドンでの上場が、結果的に意図せぬ注目を集めてしまったといえるかもしれない。上場したからには、ビジネスの詳細を公開することがグレンコアに求められ、ついには米司法省や英当局の目を引いたのだ。

ヘッジファンドの贈賄罪、突然の暗雲

2016年、コバルトの価格が上昇すると、自動車メーカーがグレンコアに殺到した。メーカー各社は突如、新たなバッテリー技術について理解する必要があると認識したのだ。
グレンコアに対し、供給可能なコバルトをすべて売ってほしいと言ってきた人物もいた。それほどの需要の高まりをみたのは初めてだった。グレンコアは需要に応えるために、コンゴのコバルト鉱区での処理能力を拡大した。
突然、暗雲が立ちこめたのは、その年の10月だった。米当局の捜査を受けていた米ヘッジファンド大手「オクジフ」が、コンゴの政府高官らに賄賂を贈ったことを認めたのだ。イスラエル人実業家を通じて、カビラやカトゥンバを含むコンゴ政府の中枢にいる人物らに計1億ドルを贈賄していた。
この一件を直接知る人物によれば、そのイスラエル人こそ、グレンコアと関係の深いガートラーだった。
ガートラーはこれまで、いかなる不正にも関与していないと容疑を否定し、起訴もされていない。彼の広報担当者は取材に対し、メールで次のように答えた。「ダン・ガートラーに対し、さまざまな嫌疑が不当にかけられている。信頼性のある証拠はひとつも示されていない」
ガートラーがメディアの取材に応じることはほとんどない。だが、2012年のブルームバーグのインタビューでは無実を主張している。いわく、コンゴに多額を投資し、グレンコアなどとの提携によって巨額を儲けた一方、何千もの雇用を創出し、安定した税収の流れも生んだのだという。
ガートラーはまた、自分にはリスクをとる覚悟があるから成功したのだと強調。コンゴでは、ダイヤモンドの独占権がはく奪されたときなど、失敗も何度も経験していると語った。カビラやカトゥンバをはじめコンゴ政府高官たちとの関係はつねにクリーンだと主張した。
コンゴ政府はといえば、ガートラーの容疑を一蹴。カビラの外交顧問は次のように語っている。「私たちが気にかけるような問題ではない。私どもにとって、ガートラー氏はここで合法的に事業をしているビジネスマンだ」
オクジフが贈賄を認めてから数カ月後、グレンコアはガートラーに5億7200万ドルを支払ったほか、彼の債務3億8800万ドルを帳消しにした。また、両者が交わした契約のとおり、グレンコアはガートラーに鉱区使用料を払い続けた。
グレンコアの株主には、こうしたガートラーへの資金の流れに懸念を示す人たちもいた。2018年の年次総会では、あるフランス人株主がグラゼンバーグをはじめとする役員たちに向かい、ガートラーと提携する前にデューデリジェンス(適正評価)は行われたのかと詰め寄った。
トニー・ヘイワード会長は、株主が質問を終える前に「徹底的に調査した」とぶっきらぼうに答え、即座に次の質問者へと移った。ヘイワードは、2010年に石油大手BPがメキシコ湾で原油流出事故を起こした際に同社のCEOを務めていた人物である。

米政府、ガートラーを制裁対象に

2017年12月、グレンコアに追い打ちをかける出来事が起きた。米財務省が、ガートラーは「不透明かつ不正な鉱山や石油の契約」によって富を築いていると発表したのだ。
米財務省は、ガートラーがカビラとの「親交」を利用して「コンゴの採掘権の仲介人になっている」との声明を出した。「多国籍企業に対し、コンゴ政府とビジネスするにはガートラーを間に通すことを要求している」
米財務省によれば、2010~2012年にかけてコンゴ政府の歳入に含まれるはずだった13億6000万ドル以上が、ガートラーに渡っていたという。
こうして米政府はガートラーを制裁対象のリストに加えた。これで、グレンコアはガートラーへの支払いを続ければ、米政府から罰則を科される可能性が出てきた。
グレンコアは慌ててガートラーの会社との契約から手を引こうとしたが、うまくいかなかった。鉱区使用料の支払いが滞ると、ガートラーとGecaminesがそれぞれガートラーをコンゴの裁判所へ提訴。グレンコアのコンゴでの事業を凍結してやると脅した。
ガートラーなしに、グラゼンバーグはコンゴ政権中枢につながるパイプをまったく持っていなかった。
2018年3月、グラゼンバーグが採掘に関する新法についてカビラ大統領との面会を希望し、キンシャサのホテルで24時間待機していたときのこと。グラゼンバーグは、ほかの外国企業の代表6人と一緒に大統領との会談に参加することはできたが、存在感は薄かった。
他の企業のCEOが共同声明を読み上げているなか、グラゼンバーグは黙って立っているだけに終わった。カビラは結局、企業側の要求に対し、少しも譲歩しなかった。

選択を迫られたグラゼンバーグ

2018年6月、グレンコアはガートラーとの法廷闘争を避け、コンゴの鉱山を保持するために、ガートラーに負っていた2018年分の鉱区使用料2900万ドルを支払うことで合意した。
このときグラゼンバーグは、米政府とガートラー、どちらを選ぶかの決断を迫られた。制裁に違反すれば、米当局から罰金を科される可能性がある。一方、ガートラーに従わなければ、コンゴでの収益を一夜にして失いかねない。
グラゼンバーグは結局、前者を選んだ。その決定は米政府による制裁に詳しい人々を驚かせたが、グレンコアは事前にアメリカとスイスの当局と話し合ったと発表した。誰の目から見ても、それは前代未聞の動きだった。
2週間後、米司法省はグレンコアに対し召喚状を発行した。するとグレンコアは対応を監督するため、ヘイワード会長を含む3人から成る委員会を設立。ヘイワードはこう発表した。「わが社は経営倫理とコンプライアンスに真摯に向き合っており、米司法省にも協力する」
イギリスの重大不正捜査局では、捜査員たちが公式捜査の開始を要求し、局長の承認を待っているところだという。3人の情報筋が明かした。
贈収賄疑惑のニュースが報じられると、グレンコアは株主やアナリストからの問い合わせに、巧みに応じたという。グレンコアの広報は自社に過失がある可能性には触れず、それよりも仮にダメージを受けたとしても乗り越えられる範囲内だと示唆。同社は投資家たちにこう言ったという。
アメリカでは贈賄罪の罰金はこれまで最高10億ドルほどであり(グレンコアの2017年の売上高は約2050億ドル)、英当局についてはわが社に対する司法管轄権を有していない──。
だが、英重大不正捜査局の捜査官たちは違う見方をしている。いわく、資金調達は企業にとって不可欠なビジネスの一部であり、グレンコアの英株式市場での上場はイギリスでビジネスをしていることを意味し、ゆえに同国の法律が適用される。

失われたコンゴの人々の莫大な富

捜査の手が迫るなか、グレンコアの株価は2018年、20%下落した。JPモルガン・チェースやゴールドマン・サックスのアナリストたちは2018年下半期、グレンコアの株を「投資推奨リスト」から外した。
ロンドンの「リベルム・キャピタル」のアナリストらは、投資家たちに向けたメモにこう書いた。「グレンコアの過去の取引をめぐる不透明感は今後も根強く残るだろう。同社が株主に対し、自分たちの無実を証明したり将来的にもう問題は起きないと説得したりできる要素はほとんどない」
グレンコアにとって罰金を科されるよりも深刻な危機に見舞われるのは、アメリカまたはイギリスの当局が、グラゼンバーグをはじめ役員の辞任を迫った場合だろう。当局は、企業の幹部が個人的に不正に加担していると判断したとき、そのような要求をすることが少なくない。
現在61歳のグラゼンバーグは株主らに対し、向こう3~5年以内に辞任する準備があると語っているという。もし自らその時を決めるのではなく、検察に引きずり降ろされたとしたら、彼の経歴に大きな汚点が残ることになるだろう。
このスキャンダルによってグレンコアの社名に傷がつくのはほぼ間違いない。だがそれよりも、コンゴは国として、はるかに多くのものを失っている。
捜査当局によって動きが制限されているガートラーだが、いまだプライベードジェットで頻繁にキンシャサへ飛んでいるし、彼とつながっているいくつもの企業はコンゴの鉱山から巨額の利益を得ている。
これはコバルトや銅に限った話ではない。この国で採掘される金、ダイヤモンド、スズ、その他の鉱物がコンゴの人々にもたらすはずだった莫大な富が永遠に失われてしまっているのだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Franz Wild記者、Vernon Silver記者、William Clowes記者、翻訳:中村エマ、写真:©2018 Bloomberg L.P)
©2018 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.