創薬の最先端。AIで新たな医薬品候補を発見し、新薬を生む

2018/12/25
がん治療などの新薬開発で注目されている「抗体医薬品」。市場規模は約10兆円、今後も成長が続くこの領域で、日本のアカデミックベンチャーが抜本的なゲームチェンジを起こそうとしている。AI+バイオ領域の若手トップ研究者が立ち上げたMOLCURE社が見据える、「SFのような世界の実現」とは。
AI+バイオで医薬品分子を設計する
 慶應義塾大学先端生命科学研究所からスピンアウトした6社目のベンチャー企業として、2013年に設立したMOLCURE株式会社。製薬業界という巨大産業分野で、AIとバイオテクノロジーを組み合わせた画期的な創薬手法を広げることに取り組むスタートアップだ。
 研究テーマは「DNA配列を基にした抗体/ペプチド分子デザイン」。具体的には、次世代シーケンサーによるDNA配列解析を行い、独自AIによる機械学習で、創薬に有用な分子の同定を短期間かつ大量に行うことができるシステムを構築するというものだ。
 学術的にも先端を走るチャレンジに、政府機関も目を向けている。
 2015年に国が策定した「ロボット新戦略」を受け、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、人工知能・ロボットの新需要創出にターゲットを絞った研究開発テーマを公募。
 その「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」の平成28年度の新規13テーマのひとつとして、MOLCUREのAIテクノロジーが採択されている(民間では同社とPreferred Networksの2社のみ)。
 創業から約5年の研究開発や大学などの研究機関での導入実績を経て、いよいよ製薬企業向けのプロダクトをリリース。
 同社の抗体医薬品開発プラットフォーム「Abtracer」は、製薬会社の新薬開発サイクルを数倍〜数十倍にスピードアップさせるだけでなく、これまで発見が困難だったタイプの新薬を見いだすことも期待されている技術だ。
 優れた医薬品分子を設計することは、製薬企業にとって最も重要な命題の一つだが、通常、1つの医薬品を市場に出すまでには約10年の歳月と約2000億円の開発費が必要だと言われている。
 「Abtracer」はこれまでの手法では探索が困難な、優れた医薬品分子を短期間に多数設計できるのが特徴だ。
 複数の製薬会社がすでに試験導入を始めており、なかでも日本ケミファは「将来にわたり有望な医薬品候補を生み出し続けるため」に必要不可欠なものと高く評価。MOLCUREへ出資と同時に、業務提携に向けた協議を始めることも明らかにしている。
 ビジネス面の挑戦も画期的だ。将来的にこのプラットフォームを「SaaSモデル」として展開することを想定しているという。
 これほどユニークな事業を展開するMOLCUREとは一体どんな会社か。代表取締役CEOの小川隆氏と、同社に投資するGMO VP取締役パートナーの宮坂友大氏に聞いた。
「生命分子のデザイン」という領域
──はじめに、MOLCUREが手がける「抗体医薬品」について教えてください。
小川 まず、創薬には大きく分けて、長年研究されてきた化学合成技術を用いる「低分子医薬品」と、タンパク質や遺伝子組み換えなどの先端技術を用いる「バイオ(高分子)医薬品」の2通りがあります。
 われわれが手がける「抗体医薬品」は後者です。抗体とは、人の体内の免疫システムにおいて、体内に侵入した細菌やウイルスを標的として捉えるタンパク質の一種のこと。
「抗体医薬品」はこの抗体のメカニズムを利用して、細胞表面の目印となる抗原(標的分子)だけを狙い撃ちできる抗体を開発し、高い治療効果を期待するものです。
 従来の「低分子医薬品」は、標的分子だけに作用させることが難しいため、効果が強力なものほど副作用も強くなってしまいます。抗体医薬品ならば、特定の抗原だけを認識して作用するため、副作用も起きにくい。
 近年はさまざまな病気への応用も行われており、がんやリウマチの治療にも利用されはじめています。今後、抗体医薬品が創薬の主流としてより広く活用されていくことは間違いありません。
──MOLCUREのテクノロジーは、抗体医薬品の開発にどんなインパクトを与えるのでしょうか。
小川 すごく簡単にいうと、これまで抗体医薬品は、実験によって抗体の厳選を繰り返し、有用な抗体を見つけ出すという「実験ドリブン」な手法で創られてきました。
 われわれの技術は、ここにコンピューターとAIの力を融合させて、「データドリブン」に変えてしまおうという試みです。
──具体的には?
小川 そもそも免疫システムには体内の「味方」と「敵」を見分ける機能があります。抗体には特定の物質(抗原)の分子を識別する部位があり、「味方」とは結合せず、「敵」にだけ特異に結合して、敵を排除するという仕組みです。
 がん細胞だけに結合する抗体を設計すれば、がん細胞だけを攻撃できる。つまり、抗体となる分子を自由に組み立てることができれば、多くの病気に対応した抗体医薬品を作ることが可能となるわけです。
 ですが、2018年の現時点では、人類はまだ分子を自由に設計できません。近年では、製薬会社は“進化分子工学”という手法で、ウイルスや大腸菌の力を借りて、そこから有用な抗体を得るという手法を採っています。
 この方法は、“抗体をランダムに大量に作って当たりを探す”というもの。ひたすら手作業による抗体の作製と抗原とのマッチング(スクリーニング)を繰り返す必要があり、数千パターンもの候補のなかから有用な抗体を1つ探り当てるのに、専門家の技をもってして多大なコストと数カ月単位の時間がかかります。
──“匠の技“の世界。
小川 それに対してMOLCUREの「Abtracer」は、抗体の性質と、その抗体の設計図となるDNA配列とを教師データにしたAIの機械学習モデルを作り、それによって膨大な抗体ライブラリから、目標とする抗原に最適な抗体DNAの候補を自動的にスクリーニングすることを可能にします。
「実験ドリブン」の場合、最後に残った抗体に一番価値がありますが、そこまでの過程で、本当に重要な新薬になる可能性を秘めた抗体を見逃してしまっている。
 われわれは「データドリブン」なので、最終結果のみならず、厳選を繰り返すその過程のデータを蓄積し、AIで分析します。それによって実験では拾えてこなかったもの、発見すらできなかった抗体候補をたくさん見つけることができます。
──どれくらいの違いが?
小川 現時点での実証データからは、従来比で20倍以上の新薬候補を見つけることができると分かっています。
 従来だと候補が1種類しか見つからなかったら、製薬会社ではとりあえず1つでプロジェクトを走らせて、駄目だったら打ち切りというケースがよくあります。
 われわれの技術を使えば、20の候補でプロジェクトを走らせられる。結局、最後までプロジェクトを走らせることができる可能性が大幅に上がるわけです。
抗体分子のモデル図。先端の「結合相手を識別する部位」をデザインすることにより、特定の抗原にのみ結合することが可能になる。
 プロジェクトを成功させるための時間とコストを大幅に減らすことができ、世の中に出る新薬の量が5倍、10倍になれば、薬が1本出るまでのサイクルが統計的に非常に短くなる。それは当然、薬価にも反映されるはずです。
 まずはこのサービスを製薬会社に対してSaaSとして提供し、世界的に普及させていきたいと思っています。
高単価Saasモデルで事業を拡大させる
──宮坂さんに伺いますが、MOLCUREへの出資はどのような判断で行われたのでしょうか。
宮坂 ひとつは、ITの力で従来産業をアップデートするというわれわれの投資テーマに合致すること。
 特に、MOLCUREのアプローチが貢献するヘルスケア・バイオ領域は、これからますます高齢化が進み、人口動態が変化していく社会のなかで非常にインパクトがあり、積極的に投資すべき分野だと考えています。
 加えて、革新的な技術力を擁するMOLCUREの強みは、おそらく他社が模倣できないステージに入っていると考え、今回ご一緒させていただくことを決定しました。
──ビジネス面について、1契約あたりの利用形態として高単価なSaaSモデルを想定していると聞きました。現実的でしょうか?
宮坂 市場的には、バイオ医薬品の市場規模は20兆円を超えており、そのなかで抗体医薬品は約10兆円にまで成長しています。これは医薬品の全体の約15%で、今後も大いに伸びると予測されます。
 これだけの規模の業界に対して、従来手法の数倍〜数十倍もの効率化をもたらすイノベーションを提供すれば、必ず大きなシェアが取れる、という判断です。
 その上で、大手製薬会社の研究開発の予算もぐんぐん伸びていて、1社あたり年間で2000億から1兆円というサイズの会社まで出てきている。医薬品の開発がいかに大変かは、世間的にも話題になっています。
 クライアントである製薬会社さんからすれば、例えば20人とかの研究員の方々が、半年かけてやっと1個の新薬候補を見つけているという状況です。人が行う作業なので見つけられる範囲にも限界がある。
 それがMOLCUREのケースでは、2週間から1カ月で、10から20個の候補を見つけ出せる。高単価なSaaSを利用しても、十分ペイすると判断できるビジネスになると見ています。
MOLCUREが開発した創薬スクリーニング自動化マシン「HAIVE」。これによって得られた膨大な実験データをAIで解析することで、極めて効率的なスクリーニングを可能にする。
──一方、MOLCUREさんは今回のラウンドでGMO VPの投資を受けたわけですが、その経緯を教えてください。
小川 現在、国内外で合わせて4社の製薬会社さんにプロダクトを使っていただいています。今、そこからものすごい量の抗体サンプルが送られてきていて、山形県にある僕らのバイオ実験室はキャパシティオーバー状態です。
 まずは実験設備とメンバーを増やしていくこと。世界中の創薬プロジェクトに僕らのAIを入れていくために、営業も増やす必要があります。そこで10社ほどVCさんとお会いして、最終的にGMO VPさんからの出資を受けることにしました。
──GMO VPを選んだ理由は?
小川 今後、さらにお客さんを増やしていく点と、プロダクトを定常的に使っていただくための適切な投資を行うことを考えたときに、GMO VPさんが一番、われわれにとって必要な支援をしていただけるなと。
 投資プロセスのなかでいろいろお話ししていると、GMO VPさんは本来IT系のVCにもかかわらず、バイオ領域の技術についてすごく深い質問をどんどん聞いてくれて。非常に本質を捉えられていると感じました。
 あと、普通VCさんにお話しすると、われわれのビジネスを指摘して「ここ駄目じゃない?」というディスカッションになりがちですが、GMO VPさんは、「逆にこうしたら、もっと早く成長を加速できるんじゃない?」という提案をどんどん頂いて。
 この事業について、自分たちが世界で一番考え抜いているという自負はもちろんあるんですが、GMO VPさんは既にお持ちの経験とノウハウを生かして、どんどん提案をしていただけたことに、これはすごいと衝撃を受けました。
──なるほど。GMO VPとしては、今後どんな支援をしていくのでしょうか。
宮坂 われわれは過去の投資先と、SaaSのビジネスモデルを成長させ、IPOやそれに準ずる事業規模まで導くという過程を、さまざまな事業で何度もご一緒してきています。
 具体的には、会社を伸ばしていく過程で本質的に重要な存在意義やミッション・バリューから、経営陣の目線引き上げ、また事業・組織・資本政策などに生じる課題を先回りして共有したり、課題が生じた際の対応パターンを共有したりしていくことで、MOLCURE社の成長スピードを一段と高めたいと思っています。
 課題に対するHOWの部分はわれわれの支援だけではなく、その道のプロフェッショナルな方をご紹介することも積極的に行っています。
 長年、日本・米国・東南アジア・インドで投資を継続するなかで構築してきたわれわれのネットワークや事業成長の経験も活用し、 “チームGMO VP”としてサポートを行っていきます。
──これまでIT領域を専門としてきて、バイオ領域への初めての投資になります。
宮坂 われわれとしては、MOLCUREの領域はバイオではなく、テックとバイオが重なり合い、新しいイノベーションが起こっている領域だと捉えています。
 ITが浸透していくなかで新しく生まれた領域に、今までインターネットの業界のプレーヤーたちと培ったノウハウをうまく融合させていきたいという感覚です。このような投資は今後も増えてくると思います。
多領域の若手トップ研究者が結集
──小川さんご自身は、もともとはコンピューターが専門だったとか。
小川 先端生命科学研究所の冨田研は、生物と情報、工学を組み合わせた「バイオインフォマティクス」と呼ばれる分野の研究室です。そこで生命の活動をコンピューター上でシミュレーションして再現する研究をしていました。
 冨田研はもともと計算機科学のラボだったんですが、ヒトゲノムが解読されて、大きさが3ギガ文字、すなわち3掛ける10の9乗なので、30億の文字で人の設計図はできているらしいことが分かり、「これはもうコンピューターを使って解析しないと!」といって、いきなりバイオの研究室になったという歴史があります(笑)。
 山形県にある慶應大学の研究施設で遺伝子工学をやることになって、映画に出てくるような研究所でいろいろな菌や生物の遺伝子組み換えを研究させていただきました。そうやって今の、MOLCUREの技術開発の基盤を学んでいったという経緯があります。
──MOLCUREの創業メンバーは、全員がそれぞれ異なる領域で、若手研究者のトップ人材が集まっていると聞きました。
小川 そうですね。共同創業者でCTOの興野悠太郎はすべてを独学で学んだ異才ですが、慶応のIoT研究室で“10年に一人の逸材”と言われていて、当時から「自宅をロボットに改造している男」と、うわさになっていました。
 起業を決意したとき、パートナーには絶対にロボット技術者が必要だと思っていたので、会ってその日のうちに一緒にやることを決めました。
 ほかにも、同じ研究室出身でバイオ分野のエキスパートの玉木聡志CSO(最高科学責任者)、CCO(最高計算責任者)の伊原頌二はクモの糸を人工的に製造するベンチャー「スパイバー」でも研究開発を経験しています。
MOLCURE創業メンバーは、全員が異なる領域の若手トップ研究者。(左から)CTO興野悠太郎氏、CEO小川氏、CSO玉木聡志氏、CCO伊原頌二氏。
 全員が違う領域のスペシャリストですが、同じ方向性を皆が共有しています。弊社の中にある技術は、すべてデータドリブンによる「分子の設計」のためにあります。
 われわれの最終的なビジョンは、「分子をプラモデルのように設計すること」なんです。
 実験とロボットがあって、そこからデータが生産されて、AIが処理する。それによってまったく新しい薬が作れるし、将来的には「ナノマシンを作る人類最初の会社になろう」と本気で思っています。
 「テクノロジーの力で、SFの世界みたいなことを当たり前の世の中にしていかないといけないよね」という方向性をメンバー全員が持っているんです。
──今後、MOLCUREとして描いている未来は。
小川 バイオもロボットもAIも最先端を走っていて、それが融合された圧倒的なテクノロジーを持っているチーム。
 そういうなかに仲間としてジョインしたいと思う人にはぜひ集まっていただきたいし、そういうチームと一緒に新薬を開発したいという会社さんと一緒に、社会を変えていきたいですね。
■慶應義塾大学 先端生命科学研究所 冨田勝所長
人工知能を用いた創薬研究の中でも、抗体やペプチド等の分子構造の設計に応用するMOLCURE社のアプローチは学術界においても最先端の試みであり、革新的な医薬品の開発に大きく貢献できるものとして注目を集めています。慶應義塾大学との共同研究からも、多くの成果が創出できる見込みであり、MOLCURE社の事業拡大に大きく期待しております。
■日本ケミファ株式会社
当社は、まだ十分な治療薬がない病気に苦しむ患者さんのため、画期的新薬の開発を目指していますが、将来にわたり有望な医薬品候補を生み出し続けるためには、技術革新著しいデジタルテクノロジーの取り込みなど、創薬手法そのもののイノベーションが必要不可欠と考えています。MOLCURE社の画期的な技術と当社の創薬研究基盤を融合することにより、革新的な医薬品を創出していくことが可能と考えており、共同での新薬創出プロジェクトに大きく期待しています。
(取材・編集:呉琢磨 構成:青山祐輔 撮影:岡村大輔 デザイン:國弘朋佳)
▼MOLCUREの詳細、製品・採用などに関するお問い合わせはこちらから。
http://molcure.com/jp/