実績ゼロのスタートアップと大手企業が育む「パートナーシップ」とは

2018/12/21
 実績が少ない創業期に、いかにしてクライアントとパートナーシップを結ぶのか。
 これは、BtoBのスタートアップ企業にとって、避けては通れない永遠の課題である。
「ロボットの知能化で、世界を変える」。そんなビジョンを掲げ、作業用ロボットの業界に革命を起こしているテック系スタートアップ企業のMUJIN。現在でこそ注目を浴びる同社だが、その創業期は、必ずしも広く知られているわけではなかった。
 実績も信頼もわずかなMUJINの創業期を支えたのが、大手企業アスクルだ。2014年の出会いの後、2016年のプロジェクトのローンチを経て、両社の間では業務提携が結ばれている。
 そこで、NewsPicks Brand Designでは、『創業期のスタートアップがクライアントとパートナーになる方法』と題し、MUJIN CEOの滝野一征氏と、その創業期から可能性を見出し、業務提携を交わしたアスクルの執行役員・ロジスティクスフェローの池田和幸氏を迎え、トークセッションを開催した。
1984年大阪生まれ。2011年に世界的ロボット工学の権威であるロセン博士とMUJINを創立。MUJINを設立する以前は、米国大学卒業後、ウォーレン・バフェットの会社として有名な、製造業の中でも世界最高の利益水準を誇るイスカル社に勤務し、生産方法を提案する技術営業として多くの賞を獲得するなど、輝かしい実績を残す。日本での厳しい生産現場を渡り歩いたことによって得た幅広い知識や現実的な視点は、特に事業化が難しいといわれるロボットベンチャー業界で大躍進する原動力となった。
2014年1月アスクル株式会社に入社。ロジスティクス、プロキュアメントのBPRに従事。2015年から物流センターの高度自動化に向けたロボティクス技術開発・導入に従事。2018年5月から現職。
慶應義塾大学理工学部を卒業後、外資系金融機関2社で株式運用やプロジェクトマネジメントに従事。特にアナリストとしては製造業を中心に日本株アクティブ運用を大型株・中小型株と幅広く経験。2012年12月にユーザベース入社、チーフアナリストとしてNewsPicksやSPEEDAでの分析やコメント、またサービス・機能の企画開発などを担当。2017年1月から半年間「働く株主®」として企業進化を応援するみさき投資でエンゲージメント投資に従事後、2017年7月にニューズピックスに入社、コミュニティチームに所属。
 モデレーターには、NewsPicks解説員の加藤淳氏が登壇。大企業のビジネスマンと若き起業家たちが集う会場で、創業期のスタートアップが、いかにしてクライアントとパートナーになるかを掘り下げていった。
最前線の投資家や起業家を訪ね、激動のビジネスを掘り下げる連載企画「スタートアップ新時代」。創業期のスタートアップをPowerful Backingするアメリカン・エキスプレスとNewsPicks Brand Designの特別プログラムから記事をお届けします。

100社以上回った末、Google検索でMUJINに出会った

加藤淳 MUJINとアスクルは2014年の出会い以来、信頼関係を育み、現在では業務提携を結ぶに至っています。まず、最初に両社の出会いについて伺えますか。
池田和幸 私からメールでMUJINさんに連絡をしたのが最初ですね。そしたら、すぐにCEOの滝野さんから直接、返信がありました。
滝野一征 アハハ、当時の営業は私だけでしたから。だから、私自身がすぐに返信できたのは、当時、当たり前なんですけどね(笑)。私たちの創業は2011年で、池田さんにご連絡いただいたときはまだ創業3年目だったんです。人数も10人ほどしかいない小さな会社でしたから。
加藤 池田さんはどのように、MUJINさんを知ったんでしょう。
池田 弊社アスクルの主な事業は、法人向けにオフィス/現場用品を販売することです。つまり物流が要なのですが、近年の物流が抱える大きな問題に人手不足があります。eコマースを利用される方が増えて取引量は増えるけれども、物流現場の働き手は、人口減少を背景に作業量に対して増えない。中でも当時、一番人員が割かれていたのはピッキング(倉庫での荷物のピックアップ)の作業でした。
 私は2015年からアスクルで物流を担当しているのですが、以前はITの仕事をしていたので、テック系の知識がありました。そこでテクノロジーを活用してピッキングを自動化できたら、物流現場の人員不足を解消できる。「ティーチレス(作業を覚えさせなくてもよい)のロボットが実現できればいいんじゃないか」と考えました。
 そこで、ロボットメーカーの技術の方に相談にいったのですが、たいてい「そんなことできませんよ」と言われてしまい、最先端の知識を持っていそうな大学の先生に相談にいったら、「それ、私も大学生時代から考え続けているけれども、いまも実現できていないんだよね」と言われてしまって。
加藤 どのくらい回られたんですか?
池田 会社で言うと100社くらいは回ったんじゃないでしょうか……。2か月くらいそういうことが続いて、「これは厳しいな……」と。
加藤 産業用ロボットのティーチレス化というのは、どこでも実現不可能だと思われていたんですね。
池田 そうです。でも、どこかにティーチレスロボットに取り組んでいる人がいるんじゃないかと思って、「産業用ロボット ティーチレス」とGoogle検索してみたら、検索リストの一番上にMUJINさんが出てきたんです。
加藤 なんと、それだけ足を使ったのに、出会いは検索だったんですね!

信頼感が高まった、「現場を見せてください」の一言

加藤 その後、実際に会って、印象はいかがでしたか?
池田 最初の打ち合わせは滝野さんだけだったんですが、次にCTOのロセンさんをはじめとするエンジニアの方が参加することになったんです。この2回目の打ち合わせの際に、早々に「現場を見せてください」と言われたのが非常に印象的でした。
 普通の打ち合わせは「会社でやりましょう」という企業さんが多いのに、「自分たちは何をしたらいいのかを知るために、現場を見せてください」とエンジニアさんから言われるケースは、とても珍しかったです。
 そして、早々に一緒に現場の物流センターに行って、「この課題に対して、いまのMUJINの技術ならこういうことができる」という具体的な議論ができたのは印象的でした。
加藤 なるほど。早々にMUJINの本気具合を感じたんですね。
池田 ええ。弊社は社長も含めてみんなが現場に出る「現場主義」の会社なので、MUJINさんの「机上ではなく、現場を見てものを考えるカルチャー」は、非常にしっくりきました。その時点で「これならうまくやれるかな」と思ったのを、強烈に覚えています。
滝野 対面するお客様から見えている問題と、実際の現場の問題が違うということは結構あるので、現場を見てからじゃないと何をするべきかわからないんです。そこを理解しないまま、お客様に役に立たないものを進めてしまうと、両方にとって不幸ですから。

社長を現場に連れて行った

加藤 その出会いから、翌年には開発が始まるわけですが、名前も現物もないスタートアップとプロジェクトを進めることに対して、上層部を説得するのは大変だったのでは?
池田 その通りです。私だけが「やりましょう」と言っても、会社は動かない。だから、かなり早い段階で、弊社社長の岩田をMUJINさんのオフィスに連れて行きました。社長も滝野さんに惚れ込んでくれて。そこから非常にやりやすくなりました。
滝野 岩田社長はものすごい人格者なんです。私たちの労働環境や作業現場まで、全部見ていただきました。当時は、国道沿いの小さなオフィスでなりふり構わず開発をしていました。
2014年当時のMUJINオフィス
 元コンビニだったんですけど、奥の扉をバーッと開くと、4トントラックが、ガンガン走っている。騒音すごかったです。その目の前が、打ち合わせスペースになっているという(笑)。
 そこでデモをお見せして、「私たちの技術で、いずれこういうことができるはずです」と説明しました。岩田社長も多くは語らないものの、「これ、すぐにやったらいいじゃないか!」と興奮してくださって。
加藤 じゃあ、その後はとんとん拍子に進むんですか?
池田 いえ、決してとんとん拍子ではないです。トップは納得させられたものの、社内の問題もありました。当時はMUJINさんはいまほどメジャーな会社ではなかったので、「MUJIN」とググると滝野さんの会社ではなく、違う会社が検索結果として出てくるため、都度説明が必要でした。
滝野 本当に池田さんも岩田社長も、現物がないのに「いけるはずです」という私たちの言葉を信じてくれて。そこでプロジェクトに投資してくださったのは、本当にすごいことですね。
加藤 なぜ、実績がないのに、巨額のプロジェクトを受注できたんでしょうか。
滝野 いや、現物がない時点で、私たちを信頼してくださったことが、とてもうれしかったですね。本当に、なんでそこまで信頼してもらえたんでしょうか(笑)。
池田 まず、MUJINの「ティーチレスでロボットを動かす」という明確なビジョンが素晴らしいと思いました。
 当時はどこのメーカーさんも「ティーチングを簡単にする」という提案はしてくれましたが、「ティーチレス」を実現するというビジョンはなかった。けれども、物流では形の違ういろんな商品が毎日送られてくるので、仮にティーチングが簡単になっても、商品によってティーチングをやり直していたら、現場では使えません。ティーチングを簡単にするというアプローチは実現できても物流では、意味が無いのです。
 滝野さんたちは2010年の段階で、「本当は物流のロボットはティーチレスじゃないとイノベーションが起きない」ということに気づいていた。目の前の技術の延長線上だけではなく、この先に何が必要か、どういうものが必要かを見据えている人は、本当に少ないと思うんです。そして、仕事をするならこういう人たちと仕事をするべきだと思いました。

使いこなせないパテントを欲しがるべきじゃない

加藤 逆に、滝野さんたちのほうで、大企業とパートナーシップを組む際に、何か懸念されていたことはありますか?
滝野 僕らが大手さんと付き合う際の懸念は3つあるんです。
 1つ目は「価格」です。ひとつの製品に対してかける労力や時間は非常に大きいので、一部だけを見て、あまり安く見られるとしんどいんですね。
 2つ目は、「手続きによるロス」。大手さんは何かを発注する際に、いろんな基準やルールを設けている会社さんが多いです。ひとつの製品に対して、発注書を出せ、仕様書を出せ、マニュアルはあるのか……といろいろ言われる。私たちはすごく優秀な人がいますが、10人中2人くらいが、この手続きのためのプレゼン資料作成に時間を割かざるを得ないと、非常にロスが大きいです。
 3つ目に、一番懸念しているのは、「パテント(知的財産)」です。テック系の企業にとっては、これはすごく大切なことです。パートナー様のお金を使って開発するわけなので、当然先方からは「これは100%委託開発だろう。ということは成果物はうちのものですよね?」と言われることがあるんです。でも、そこで私が「わかりました。会社が存続するかわからないので、パテントはいいですよ」と軽く言っちゃうと、会社が滅びる可能性があるんです。
加藤 アスクルさんの対応はいかがでしたか。
滝野 すごく考慮してくれましたね。まず、お金に関しては、目の前のショートタームの成果物ではなく、ロングタームの計画を聞いてくれました。
 手続きについても、池田さんは現場主義で、しょっちゅうMUJINに来はるんで、私らが毎日徹夜する勢いで働いているのを見てらっしゃるんですね。そこで、「マニュアルとかはこちらで作ります」「仕様書はこっちで書いときます」「テストもこちらの人間にやらせてもらいます」と、すごく気を使ってくださって。あとは、パテントの問題も、「MUJINで全部持っていいです」と言ってくださいました。
加藤 その状況は、普通の企業ではなかなか受け入れられなさそうですね。
滝野 たぶん普通の大企業なら「何考えてんねん!」と突き返されて終わったと思ってましたね。多分、相当池田さんが社内を説得してくださったんだと思いますが……。
池田 実は、知財に関しては、最初は「アスクルで持った方がいいんじゃないか」という人も社内にはいました。ただ、私は「それをうちの会社で持って、どうするんですか? モーションプランニングについて、わかっている人間はうちの会社にはいませんよ。使い道はないですよ」と伝えました。私自身、家にはあまりモノを置かないタイプなんですが、持っていても使えないものを、欲しがるなよと。
加藤 今、会場からも(リアルタイムのWEB受付にて)質問がきてます。「パテントを取らないと、他社さんの倉庫にMUJINの製品が導入されるとき、不安はありませんでしたか?」と。
池田 その点は、おだやかではいられなかったです(笑)。詳細は控えますが、「一定期間は、一部の会社さんとのお仕事はご遠慮いただけますか」とお願いはさせていただきました。
加藤 滝野さんたちとしては、ビジネスチャンスが減ることになりますよね。
滝野 ただ、アスクルさんから指定された会社って、ほんの数社なんです。世の中、会社はいっぱいあるので、その数社ぐらい大勢に影響はありません。この2年間で、何十社もお仕事しましたが、逆にそこで得た知見をアスクルにも活かせるようにと懐の深い考えで、付き合ってくださいました。
 ただ正直、もしもパテントにこだわる会社だったら、私らはアスクルさんの仕事に100%コミットできなかったかもしれません。
加藤 といいますと?
滝野 仮にいい技術があっても、そこでパテントに引っ掛かったら、他で使えません。だから、一番いい技術は入れないと思うんです。他で一度使った技術を再利用という形にする。
 でも、アスクルさんはパテントについてはこちらに任せてくれたので、アスクルさんに100%コミットしよう、アスクルさんに一番いいものを入れようという気持ちになりますよね。そこで結果的にWin-Winになったんだと思います。

スタートアップと組むなら、最低2回は失敗する覚悟が必要

加藤 最後に、企業文化の違う大企業とスタートアップ企業が一緒にプロジェクトを進める際のアドバイスはありますか?
滝野 大企業の方がスタートアップと組みたいと思うときは、「彼らにしかできないことが欲しいから」ですよね。彼らは特にリソースがひっ迫しています。本当にお互いのためを思うなら、大企業はスタートアップから得られるものを最大化するには何をすればいいか、という姿勢があると、スタートアップ側もとても助かると思います。
 つまり、手続きにしても「うちはこれだから、あんたたちもこうして」というルールを、スタートアップに必ずしも押し付けない方がいいと思います。アスクルさんは常にそういう姿勢でいてくれました。
池田 アスクルは、MUJINさんがベンチャーだから、という思いはなくて、同じ志、同じようなカルチャーで一緒に仕事をするパートナーだなという意識しかないです。
滝野 あとは、私も昔サラリーマンだったんでわかるんですが、何かを始めるときは上から必ず「これは定量的に何年後、何パーセント成功するんだ」と言われるんです。でも、何パーセント成功するなんて言えたら、こんな仕事をやってないですよ(笑)。技術のイノベーションを起こしたいなら、必ず2~3回の失敗は覚悟しないといけません。
池田 たしかに、失敗はするんですよね。でも、滝野さんが言うように、そこで辞めると失敗になっちゃうんです。アスクル自体があきらめの悪い会社だというのもありますが、ある程度失敗も覚悟して、その先に進むこと。道が正しければいずれうまくいくはず。もしかしたらどこかで軌道修正は必要かもしれませんが、それはその時にちゃんと決めればいいんじゃないかと思います。
滝野 私らも1、2回は失敗します。でも、さすがに3回目は成功する。そこまで踏ん張って、信頼していただくのが、パートナーシップを築く上で、一番大事なことだと思います。
池田 そういう意味では、本当にうまくいくコツっていうのは、依存関係にならないで、お互い対等に成長していけることを見据えて手を組むっていうのが、うまくいくのに大事なのかなと。だから、我々は当時も今もずっとそういう関係なのかなというふうに考えてます。
(編集:中島洋一 構成:藤村はるな 撮影:小林由喜伸 デザイン:九喜洋介)