ティモシー・スプリンガーは、創業まもないスタートアップ1社に500万ドルを投資し、思いがけず大きな利益を手にした。それは、投資に明るい彼の実績のひとつにすぎない。

内科学教授で中国の奇石のコレクター

モデルナ(Moderna)が、バイオテクノロジー業界史に残る大規模な新規株式公開(IPO)に踏み切る直前の日曜日、創業まもない時期から同社を支援してきた投資家のひとり、ティモシー・スプリンガーは石について講義を行っていた。
70歳になるスプリンガーは、ハーバード・メディカルスクールの内科学教授であり、スカラーズ・ロックと呼ばれる中国の奇石のコレクターでもある。
モデルナが待望の株式市場デビューに向けた準備を進める一方で、気取らず控えめな雰囲気のスプリンガーは、立体芸術を展示するボストン・スカルプターズ・ギャラリーで、何百年も前から詩人や芸術家にインスピレーションを与えてきた、優れた造形美を持つ石について話をしていた。
スカラーズ・ロックの世界的第一人者のひとりで、スプリンガーが師事するケミン・フー(胡克敏:Kemin Hu)は「(スプリンガーの)石に対する関心の持ちようは、彼の仕事に対する姿勢と同じだ」と話す。「何かを心から好きになったら、それについて行動を起こしたいと考える。科学にはそうした姿勢が必要だ」
スプリンガーは、個別化癌ワクチンの開発に取り組むモデルナの第4位の大株主だ。これまでに500万ドルを投資し、現在は1730万株を保有している。
新規株式公開(IPO)時の1株23ドルで計算すると、その価値はおよそ4億ドル。取引初日にモデルナ株が20%近く下落したあとでも、スプリンガーの持ち分は3億2000万ドルの価値があった。

初めてのベンチャー投資で1億ドル

スプリンガーが思いがけず利益を手にした企業は、モデルナが初めてではない。
初めてベンチャー投資した製薬会社ルーコサイト(LeukoSite)が1999年にミレニアム・ファーマスーティカルズ(Millennium Pharmaceuticals)に買収された際に1億ドルを手にし、スプリンガーはアメリカで最も裕福な学者の仲間入りを果たした。それ以降、バイオテクノロジー関連の若い企業を次々と支援している。
資産が増えているにもかかわらず、スプリンガーは相変わらず、学者然としている。ジーンズ姿で自転車に乗って通勤し、他の学者と交流を楽しむ。主につきあいがあるのはフリースを着た科学者たちで、フェラガモの靴を履いた銀行家ではない。
スプリンガーはインタビューで「私のライフスタイルは学者のものだ」と述べた。「カップラーメンばかり食べているわけではないが、友人はみな学者なので、派手でなくてもいい」
彼の数少ない贅沢のひとつが、ボストンの高級住宅地チェストナット・ヒルにあるモダニズム建築風の自宅だ。スプリンガーは、豊かな実りをもたらしてくれる家庭菜園に仕事以外のエネルギーを注ぎ込んでいる。
「別荘は持っていない」とスプリンガー。「夏に別荘に行っていたら、野菜の収穫ができないからね」

医学系スタートアップを支援する

スプリンガーがモデルナに投資をすることになったのは偶然だった。2010年にハーバード大学の同僚デリック・ロッシがスプリンガーに対して、ベンチャー投資家の関心をひくにはどうしたらいいかと相談を持ちかけたのだ。
ロッシは、伝令RNAを使って幹細胞を変化させ、病気の治療に役立てたいと考えていたが、資金調達に苦労していた。そして、スプリンガーがルーコサイトに投資をして成功したことを思い出したのだ。
「(ロッシたちは)数人のベンチャー投資家に投資話を持ちかけたが、誰も興味を示さなかったらしい」とスプリンガーは話す。「そこで彼は、同じ学部の同僚である私を頼ってきた。彼のアイデアが気に入ったので、私は投資することにした。そして、よかったらほかの人にも紹介するよと言ったんだ」
紹介した人のなかには、マサチューセッツ工科大学の著名な化学工学教授ロバート・ランガーや、生命科学企業の育成と立ち上げを行うマサチューセッツ州ケンブリッジのベンチャーキャピタル、フラッグシップ・パイオニアリング(Flagship Pioneering)も含まれていた。そうしてモデルナは誕生した。
スプリンガーは、モデルナに投資したのをきっかけに、医学系スタートアップを支援する投資家として名前が知られるようになった。
自己資金をバイオテクノロジー企業エディタス・メディシン(Editas Medicine)やセレクタ・バイオサイエンシズ(Selecta Biosciences)に出資してきたほか、モーフィック・セラピューティクス(Morphic Therapeutics)に関しては創設にも携わっている。
スプリンガーの投資企業に、スカラー・ロック・ホールディング(Scholar Rock Holding)がある。社名は、自らが情熱を注ぐスカラー・ロックにちなんだ。同社は2018年5月、バイオテクノロジー企業のIPOが急増するなかで上場。以降、株価は90%以上も上昇した。
スプリンガーは、2008年12月から2018年11月までの自身の内部収益率を、およそ57%と見積もっている。支援先企業では、取締役や科学諮問委員会のメンバーを務めることが多い。

「効果的な抗体の発見」にNPO創設

スプリンガーは投資について「何かを成し遂げる方法だ。学術界には、何かの賞を受賞したり、論文を多く引用されなど、達成できる一定の基準がある。投資の世界にも、とても明確な基準がある」と述べた。「お金儲けは、多くの人が望むものだが、簡単にできることではない」
累積する利益のおかげで、より大きなゴールを目指すことが可能となったスプリンガーは、自己資金2500万ドルを投じて、NPO組織インスティチュート・フォー・プロテイン・イノベーション(Institute for Protein Innovation)を立ち上げた。目指すのは、より効果的な抗体の発見だ。
この分野におけるこれまでの研究をもとに、ブロックバスター医薬品(年間売上高が10億ドルを超える医薬品)が誕生している。そのひとつが、バイオ医薬品企業アッヴィ(AbbVie)の抗体製剤ヒュミラ(Humira:一般名:アダリムマブ)で、2016年と2017年に最も売れた医薬品となった。
スプリンガーによれば、同インスティチュートの発見の一部は、無料で提供されるという。
既知の抗体を集めたオープンソースライブラリを開発し、そこにタンパク質のレシピ本のようなものを構築して、研究者が基礎科学に取り組めるようにすることが、インスティチュートの使命のひとつだ。短期的な目標を重視する製薬会社は、基礎科学の研究にお金を出さない。
「自分には十二分にお金があり、当分のあいだは暮らしていけるだろう」とスプリンガー。「これ以上はいらないと思う」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Rebecca Spalding記者、翻訳:遠藤康子/ガリレオ、写真:©2018 Bloomberg L.P)
©2018 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.