「CX戦略」だけが生む、お金では買えない企業アセットとは

2018/12/20
企業が顧客のニーズを理解し、あらゆる顧客接点における体験を向上させていくCX(カスタマー・エクスペリエンス、顧客体験)の重要性が注目されている。CXを研ぎ澄ませていくことがなぜ事業の成長につながるのか。いち早くCX戦略を磨き抜いてきた企業のトップランナー2人が、その本質を明らかにする。
顧客体験の鍵となる「現場」はどこか
──無印良品とLDH Japanは、どちらもCX(顧客体験)戦略を磨き抜いているブランドですが、お二人にとってのCXの原点を教えてください。
川名 無印良品は1980年のスタート以来、大量生産・大量廃棄のアンチテーゼとして、シンプルでエコなライフスタイルを提案してきました。
 そうした価値観が豊かさにつながるという視点を発信し、それに共感してくれるファンの方々と共に歩んできたブランドです。
 今ではオンラインショップをはじめ、CXのベースとなる顧客接点はたくさんありますが、僕らにとってはやはり「店舗」が一番重要です。
 青山の1号店から始まり、実店舗で提供してきた体験が、まさに無印良品のCXの原点だと思ってます。
──無印良品は商品も店舗も、シンプルで落ち着いたムードです。
川名 ナチュラルな空間でPOPはほとんどなく、タグに最小限の紹介文だけ。ゆるやかな音楽の中で、商品を手にとって吟味していただける顧客体験を大切にしてきました。
92年良品計画入社。企画室にて宣伝販促業務を担当。04年より現在のWEB事業部に所属。ECサイト「無印良品ネットストア」を担当後、コミュニティサイト「くらしの良品研究所」、モバイルアプリ「MUJI passport」を手がけるなど、無印良品のデジタルマーケティング全体を統括。
 僕らが大切にしているのは、お客様を「煽らない」こと。僕自身は長くデジタルマーケティングを担当してきましたが、デジタルにおいても価格のアップダウンや、移り変わるトレンドを強調するといった「購買の煽り」はしません。
 なぜかというと、「煽られて買わされた体験」を顧客にしてほしくないから。その代わりに一人ひとりが商品を吟味して、納得して買って頂くという体験を提供したいからです。
長瀬 ひさしぶりに無印良品に行きたくなりましたね。僕もさまざまな業種でマーケティングに携わってきましたが、実はCXについて深く考え始めたのは、つい最近なんです。
 きっかけはFacebookとInstagramで働いたこと。それ以前、メーカーに勤めていた頃は、商流として卸問屋や小売店が間にはさまっていて、顧客とのあいだに距離がありました。今思えば、すごく遠かった。
 Facebookに移って気がついたのは、ユーザーとの距離感がゼロなんですよ。ものすごく近い。なぜかというと、目の前のスマホが「現場」だから。
 SNSの価値は、プラットフォーム上で提供する体験がすべて。何か機能をアップデートしたりすると、その反響がリアルタイムで即データとして見えるんです。
Instagram日本事業代表責任者や日本ロレアルデジタル戦略統括責任者/CDOを経て、2018年よりLDH Japanにて執行役員CDOに就任。それ以前にも、KDDI、J.ウォルター・トンプソン、ユニリーバ、ニュースキンと様々な業態/業種/地域で、マーケティング戦略を主軸としたブランドの戦略構築を数多く手がける。
 ユーザーの声を観測して、何らかの不具合やバグがでたら即座にエンジニアが拾って、その都度改善するサイクルを回すことをずっとやっていました。
 こうなると、従来のマーケティングのあり方に疑問を感じるようになって。
川名 わかります。お客様が目の前の現場にいるんだから、聞いて改善するほうが早いんですよね。
長瀬 そうなんです。マーケティングは必要です。ただ、従来のそれが、実際の顧客体験を直接良くしていたかと問われると、かけ離れた面もあることは否めない。
 以前、女性向け商品を扱っていて痛感したのですが、現実にはお客様はマーケティングの理論通りには動いてくれないことも多いですから。
 たとえば、小売店の店舗内の空調設定が低くて、ちょっと肌寒かった。それだけで購買につながらない、なんてことはざらにあるんですよ。でも、そういうことも含めて顧客体験なんです。
 そうなると、全体を一意として俯瞰的に分析するこれまでのマーケティングよりも、「購買の現場で何が起こっているのか」を、顧客の実際の行動を見て分析していくほうが重要だという風に、考えが変わっていきましたね。
 現場でデータを拾って、改善につなげる。このサイクルを回すに尽きるな、と。
出所:「CX戦略」(田中達雄/野村総合研究所)をもとにNewsPicksが制作
川名 そうですね。ここ最近になって、オフライン/オンラインを問わずあらゆる顧客接点のデータが取れるようになって来たことで、状況が変わってきたと思います。
CXは金で買えない資産(アセット)をつくる
──あらためてお聞きしますが、企業がCXを向上させることの本質的な価値とは何でしょうか?
川名 企業がお客様との「関係性」をつくれることですね。そもそも商売は、お客様との関係性がなければ成り立ちません。
 とくに無印良品の商品は、スペックを売りにしているわけじゃない。僕らが提案する価値観やライフスタイルを好きでいてもらわなければ、ブランドが成り立たないんです。
 そう考えると、お客様との関係性構築に不可欠なCXを向上させるのは必然ですよね。
長瀬 同感です。CXを高めれば、ファンがブランドの味方になってくれる。
 先日、ドルチェ&ガッバーナの動画が炎上して話題になりましたが、あれは中国にドルガバの味方がいなかったのが一つの原因ですよ。
 高級ブランド特有のステータスで商品をほしがる人は大勢いたけど、ブランドの価値観に共感して、応援してくれるファンとの関係を作ってこなかった。だから大事件になったわけです。
2018年11月、ドルチェ&ガッバーナのSNSアカウントで公開された上海でのショーのプロモーション動画が、中国に対して差別的な表現だとされ騒動になった。中国全土から批判が殺到し、ショーは中止。商品の不買運動にまで発展したことを受け、炎上の発端となったデザイナーが謝罪動画を公開した。(画像はYouTubeより)
 本来、企業にとって自社のブランドにどんなファンがついているかは、極めて重要な要素です。その資産(アセット)形成に欠かせないのがCXなんですよ。
 CXを研ぎ澄ませてこそ、ファンとの関係性が密接になり、ブランドバリューを上げられる。この視点が重要です。
川名 そのためには、実際に商品を買ってくださるお客様の“個人”を見ないとダメですね。ブランドの世界観や価値に共鳴してくれている個人にフォーカスしなければ、深い関係性は作れません。
長瀬 よく「ブランディング戦略に失敗した」と言うけれど、顧客を大事にしなかっただけの話。簡単にいえば、「ブランド価値」はお金では買えないわけです。
 ブランドを理解する顧客をさらに満足させられれば、必然的にビジネスは成長するし、ブランド価値は上がっていきます。
接客のリアルをデータ化し、分析する
──自ブランドのCXをさらに高めるために、今お二人が取り組んでいることは?
川名   今、注力しているのは、お客様一人ひとりにパーソナライズされた体験をどうやって深めていくか、ですね。
 現在、無印良品の「MUJI passport」というアプリには、多くのお客様に会員登録して頂いています。
 一方で、僕らの顧客接点は店舗が中心。ネットストアの売上は増えていますが、店舗で買われるお客様が圧倒的に多い。
 お客様の多くは店舗に来る前にアプリやウェブで商品を調べてから来店されます。ある意味、オンラインで「接客済み」なんです。
 このオンラインとオフライン、双方の顧客接点をつなぐために、僕らのなかでキーワードとして出ているのが「顧客カルテ」です。
──あのお医者さんが使う。
川名 そうです。お客様一人ひとりの購買行動を記録した「顧客カルテ」を作って、すべての顧客接点で共有したいと思っています。
 例えば全国どこのお店に行っても前回のインテリア相談の続きができたり、購買履歴を踏まえた新しい提案ができる。そういう世界観を作りたいんです。
 ネットストアやSNS、店舗を行き来するのはお客様にとってもはやあたりまえの行動ですから、企業側がその複雑な購買行動に追いつかなくちゃいけない。
──LDH Japanではどうですか?
長瀬 最近思っているのは、どんどん顧客接点が増えているなかで、レジの近くの場所が顧客体験のカギを握っている、ということです。
 お金を支払ってモノを受け取るという「対価の交換」の現場で、お客様の期待値は一番高まっている。そこでどんな体験を提供するかはCXに直結します。
 結局は「購買の現場」の質を上げるということに尽きるわけで、「お金がチャリンとするところにフォーカスするしかない」というのが僕の持論です。
出所:「CX戦略」(田中達雄/野村総合研究所)をもとにNewsPicksが制作
川名 モノを売ろうと思うと、どうしても“商品”にフォーカスしがちですが、購買に至るまでには商品以外の要因がたくさんありますからね。
長瀬 そうなんです。モノを売るビジネスでも、人の心の動きを無視することはできません。どんな環境でどのルートを通り、どの商品を手に取ったり戻したりしながら、最終的にレジにいらしたか。
 そういう接客のリアル、感情やリアクションの変化は、オフライン/オンラインを問わず、購買が発生する現場でしかわからないデータなんですよね。
 実はこうしたデータは、顧客接点の現場の優秀なスタッフの頭の中には、昔から経験則としてあるものです。しかし、デジタルマーケティングが発展するなかで、こうした“現場の感覚”は可視化できなかったため、十分に活かされてこなかった。
川名 デジタルデータをたくさん集めることで、見えているつもりになっていたんですよね。見えてるのはほんの一部だけなんですけど。
長瀬 接客や購買の現場に関するデータはこれまで蓄積されていませんでしたからね。わかることはそれほど多くなかった。そういう意味では、顧客を知るには、実店舗のスタッフがつけている日誌のほうが役に立つんじゃないかと思いますよ。
川名 そうかもしれません。僕らも店舗からの業務などの改善提案の声は大切にしています。提案の“行間”を読むと、書いてある内容以上にいろんなことが見えてくるんですよね。
長瀬 いまはテクノロジーでサポートできるわけだから、わざわざ日誌にしなくても、接客時の会話の音声や表情を記録しておいて、AIで分析すればいいかもしれない。
 とあるお客様は、この店員と会話した後はよく商品を購入してくれるなとか。雑談で笑った後だといろいろ買ってくれるとか(笑)。
 最終的に、それらのパーソナライズされたデータを「顧客カルテ」にまで反映できれば、CX戦略の肝になりそうですね。
 今まで蓄積されてなかった現場の顧客情報が重要性を増していくと思います。
川名 今後はより現場に権限委譲すべきでしょうね。マーケターは顧客体験の現場で役立つ情報を整理して、その最前線に「武器」を送る役割になっていくというか。
 主役はあくまでも、リアルの顧客接点にいる現場の人たちです。これまではマーケターの施策に合わせて現場が動きましたが、それとは逆になるイメージですね。
相手を知り、つねに期待値を超える
──CX向上のために重視すべきことは?
長瀬 顧客を知ろうとすること。誰だって好きになってほしい相手のことは、よく調べて、喜んでもらえるように行動しますよね。必死に、でも嫌われないように慎重に。
「CX戦略」も同じです。顧客データを分析し、そこから読み取れる期待値をマネージし、期待値に合わせてコミュニケーションをとる。それが正解だと思います。
川名 まさにそう。結婚したい相手との関係をどう構築していくかに近いですね。なぜあなたが好きなのか、どうして結婚したいのかという「WHY」を語るのも大事です。
 無印良品なら、なぜこういう商品を提案するのか、ということですね。「WHY」なしにスペックや安さだけを訴えても、ほかにスペックのいいもの、安いものが出たら簡単にフラれてしまう。
 自分の価値観をしっかり理解してもらってはじめて、息の長い関係性を築く第一歩になります。
長瀬 そのためにも、顧客が求めている期待値を見極めるためのデータがほしいですね。どんなときも期待値を超える顧客体験を提供できれば、顧客と企業の関係はより強固になる。
──それほど重要なCXを企業内で浸透させるには?
長瀬 「この成分が入っているから効きますよ」というマスマーケティングでは、もうお客様は買ってくれないですよね。テレビや雑誌に影響力のあった時代はそれで効率が良かったけど。
 今はこれだけ顧客データが取れて、お客様が何を求めているかわかりつつある時代ですから、CX戦略の重要性はいずれみんな理解するはずです。案外年配の方が理解しやすいかもしれないですね。昔の商売のやり方に立ち戻るわけですから。
 結局、お客様を知ってる人が一番強い。あとは膨大な顧客データから逆算して、商品やサービス、現場を考えていけるかどうかです。
──CX戦略のなかでマーケターはどんな役割を果たすべきでしょうか?
川名 先ほど出た、顧客接点の現場に「武器」を送る役割に加え、もっとお客様に直接関わる取り組みにシフトすべきでしょうね。
 あるいは、マーケティングの領域を超えていく動き、たとえば商品やサービスづくりに関わるのもありだと思います。
 自分が何を求めているか、どんな体験ができたらうれしいか。自分に問いかけたり、もっと現場で人と会ったりしてつかむ時代なのかもしれません。
長瀬 今は一人でも数千人でも、パーソナルなデータを取得しようと思えばできる時代。お客様個人を知り真剣に向き合うという、商売の原点に立ち返るタイミングだと思います。
(取材・編集:呉琢磨 構成:横山瑠美 撮影:atsuko tanaka デザイン:砂田優花)