【田所雅之】新規事業で90%失敗しないサイエンス思考とは

2018/12/24
テクノロジーの急進によって、これまで見たこともない速度で変わっていく人の働き方。この時代、新しい価値を持ったビジネスを生み出すにはどうすればいいのか。

「起業を科学的に分析する」という独自の視点で新たな価値を追求する“価値創造人”、田所雅之氏。スタートアップや新規事業創出においてValue Creationを体現する田所氏に、ビジネスパーソンが取り入れるべき思考法やスキルについて聞いた。
※関係者と協議のうえ一部の文言と図版を8月28日に修正または削除いたしました。
「起業を科学する」とはどういうことか
結論から言うと、起業は科学ではない。成功するかどうかは“アート”だと思っています。
去年まで、シリコンバレーのベンチャーキャピタルのパートナーとして、日本、アメリカ、東南アジア、ヨーロッパ、中国のスタートアップの評価を行い、アドバイザーやメンターとしても多数のスタートアップをサポートさせていただいてきました。
その半数以上の中に、ちょっと知っていれば防げるようなミスがあるのです。そのミスはある程度形式知化されてはいたものの、まとまりに欠けていた。これが『起業の科学』を書いた理由です。
大学卒業後、外資系のコンサルティングファームにて経営戦略コンサルティングなどに従事した後、日本と米国シリコンバレーで合計5社を起業。国内外のスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、2017年、ウェブマーケティング会社 ベーシックのCSOに就任。同年、スタートアップ支援会社・ユニコーンファームを設立。膨大なスライド集をもとにした著書『起業の科学 スタートアップサイエンス』(日経BP社)はビジネス書部門のベストセラーに。
起業を成功させるために起業家が行わなければならない意思決定や行動のオプションは、100個~200個もあります。僕が言いたいのは、まずはその100個を5個にすること。95個は無駄なのです。
この100個から5個への絞り込みは、ロジカルに行うことが可能です。そして、残った5個から1個を選ぶのは感性の問題。アートだと思います。
僕は本の中で「プロダクト・マーケット・フィット」のことを書きました。マーケットにフィットするプロダクトを作ろうということです。
ただ、起業家にありがちなのは、人が欲しがるものを作るのではなくて自分が作りたいものを作ること。しかし、これでは「プロダクト・ミー・フィット」になってしまいます。
そして大企業にありがちなのは、会社が作れるものを作る「プロダクト・カンパニー・フィット」です。その方が楽だし、コンセンサスも取りやすい。ただ、それではうまくいかないでしょう。
もっと言うと、本来スタートアップでやるべきものは、プロダクト・マーケット・フィットというよりも「プロダクト・フューチャーマーケット・フィット」と呼ぶのがふさわしい。
まだ見ぬ5~10年後の世界にいかにしてフィットさせていくかが大事だということです。
そして新規事業でよくある間違いが、立ち上げた時点のユーザーに最適化してしまうことです。これでは市場が創造できません。
この先、5Gの実用化や自動運転がレベル4以上になるなど、いろいろなパラダイムシフトが起こるでしょう。すると市場は混乱します。スタートアップが照準を合わせるべきなのは、今の世界ではなく、5Gや自動運転車が浸透した世界です。
それがどんな世界になるかは、断片的にしかわかりません。わからない部分は仮説によって紡ぐ必要があります。仮説からそれたら修正していくということを繰り返して、5歩先を見ながら、0.5歩先、1歩先を進んでいくのがよいでしょう。
インサイトを見つけ、仮説を立てるスキルが90%の失敗を減らす
仮説を立てるために大事なのが「インサイト」です。
ヘンリー・フォードの有名な逸話で、馬に乗っている人に何が欲しいかを聞いたら「速い馬が欲しい」と言われた、というものがあります。
額面通り取ったら、速い馬を養成する話になりますが、そこで大事なのはユーザーのニーズの抽象化です。「速く移動したい」という潜在的なニーズをベースにして、彼はT型フォードを作りました。
ユーザーは潜在的ニーズを自分で顕在化することができません。そこで作り手は、ユーザーのインサイトを発見し、ユーザー像を浮かび上がらせることが必要になります。
失敗を回避するためには、基本的に顧客の課題に立脚することが重要です。
顧客の声を聞くのはしんどい。欲しいものがわかっていない顧客の声を聞くというのはさらにしんどいです。
ここで大事になるのがインタビュースキルだったり、インサイトを見つけ、仮説を立てるスキルです。それだけで90%の失敗を減らせるのです。
作ったものがまぐれで売れたとします。しかし、次にまた売れるものを出そうといっても無理な話です。野球に例えると、当てずっぽうにバットを振ったら、たまたま当たって前に飛んだようなもの。
仮説を立てたり、顧客に立脚するというのは、自分自身が型を理解した上でバットを正しく振っている状態。であれば、今回の仮説はこのセグメントが甘かったので、次回は深堀りしようと内省もできるわけです。
これがチームに浸透していくことによって「再現性」が生まれます。
そのために経営者は、自分自身が一番厳しい目を持ったユーザーでなければいけません。そしてリソースをかけずに再現のスピードをあげていくのです。
「不」の感情から仮説を立て、エントリー市場を選ぶ
大事なのは、自分たちの最初のターゲットとなるユーザーを明らかにすることです。
たとえば60歳のおじさんと20歳の女子に同じプロダクトを出してしまったら、そもそも出会い方も違うし、期待の持ち方も全部違う。
また、インスタを見るときとツイッターを見るときのメンタルモデルって違いますよね。人間には見るものによって無意識的にそれぞれの状況にふさわしいキャラクターに憑依される性質がある。
2000年代以降は、そのメンタルモデルにおける期待値に対して、一貫性をもって応えていかないとユーザーが使ってくれません。
90年代までは買い切りモデルでしたが、今はサブスクリプション型となっています。求められるのは、どんなユーザー体験(UX)が得られるかということ。そして、その期待値を少し超えること。
ユーザーはそもそも何を期待しているか。そしてどういった不安や不満、不便といった「不」の感情があるか。
ペルソナを設定して、こういったことを明らかにしていくのが「仮説」です。
日本ではベンチャーという言葉があって、ベンチャーというスモールビジネスと、スタートアップが混同されています。スモールビジネスはすでに顕在化されたニーズを対象としますが、スタートアップは文字通りスタートして「アップ」しなくてはなりません。
まさにそこから市場を創造していくということです。市場を育てるという観点ではなくて、市場をクリエイトするという観点です。
自分が市場を作って、それで自分の事業が伸びつつも、市場全体も伸びていくような状態がいいのかなと思います。
新規事業、特に大企業でよくある間違いは、プロダクト・フューチャーマーケット・フィットを目指さないといけないにもかかわらず、最初からP/L(損益計算書)を書こうとしてしまうことです。
特に意思決定者が、起案者に対してP/Lを書かせようとしますが、それでは芽をつぶすことになってしまいます。まだ存在しない市場をこれから創造しようという段階ではP/Lは書けません。
しかし、市場全体を俯瞰(ふかん)することはできます。大事なのは、まずどこを攻めるかというエントリー市場を選ぶことです。いきなり全方位的にやろうとすると、どこかで先行しているプレーヤーとの競争が生じてしまいます。
スタートアップや新規事業の大原則は競争しないこと。圧倒的なリソースがあるなら、消耗戦を仕掛けるというやり方もありますが、ここではその話はしません。そういう場合はすでにニーズも顕在化しているでしょうから、仮説を立てる必要もないでしょう。
スタートアップの場合、小さな市場でもいいので独占する。まだ存在しないけれど、実はポテンシャルが高いのに気づかれていないスモールマス(Small Mass)を狙っていくといいでしょう。そこで市場が創造できれば、大きく成長する見込みがあります。
人、モノ、金がない時に一番武器になるものとは?
エントリー市場を選ぶ際には、目を閉じてダーツを投げるのではなくて、「Go to market」という手法を使って、STP分析よりさらに深く、狙う市場の全体像の仮説を立てていきます。
ここで大事なのはP/Lには出てこないような価値です。
インタンジブル・アセット(企業価値を左右し、企業の強さの源泉となる目に見えない資産のこと)などといいますが、最初からP/Lは書かなくてよいのです。ただし、P/Lの根拠になるようなキードライバーを構築する必要があります。
たとえば、なぜAmazonは1兆ドル規模になったか。上場して最初の5年は営業利益マイナスだったにもかかわらず、です。
そのキードライバーとなっているのがAmazonのレビュー。その数は膨大で、そのレビューに対するレビューすらある。今やAmazonレビューが物を買うときの指標、といっても過言ではありません。
誰しも、生活の中でふとしたときに沸き起こる「不」の感情があります。普段の行いを注意深く客観的に見て、そもそもなぜこれをやるのかと問いかける視点が大事です。
自分自身がある程度共感できないことだと、僕は事業として成り立たないと思うのです。特にスタートアップにおいては、まったくの赤の他人の課題で誰も知らないようなことを、世の中に対して「こういうことをやります」と言っても続きません。 
人、モノ、金といったリソースがない中で、何が一番武器になるかというと、ストーリーテラーになることだと思っています。
ここで言うストーリーはカンパニーストーリーではなく、全部ユーザーストーリーです。もしくはフューチャー・ユーザー・ストーリーと言ってもいい。
何より大事なのは、「不」を解決できないユーザーのストーリーテラーになりきることだと思います。そもそも、なぜ新規事業やスタートアップに人が集まるかというと、起業家自身がストーリーテラーだからです。
こんな世界を作りたいと言い続けられるからこそ、周りに優秀な人が集まってくるのです。
起業家にとって必要なものは、「覚悟」だと思います。自信があるかどうかではなくて、その領域において自分自身がオーソリティになるという「覚悟」です。
共闘する仲間を本気で見つけるには
会社の立ち上げで大事なことは、2つあります。ひとつは事業の「仮説を検証する」こと。もうひとつが、共闘する「仲間を本気で見つける」ことです。つまり、結婚する前にデートすることだと思っています。共同創業するとか株を割る行為はこれとは違って、結婚と同じです。
最近僕は「スタートアップ・ゴレンジャー論」を提唱しています。
赤レンジャー(Visionary)は文字通り、スティーブ・ジョブズや孫さんのようにビジョンのある人です。青レンジャー(Hacker)はリアリスト。ソフトバンクの北尾さん、Googleのエリック・シュミットのような人です。
今後、大事になるのは、ザッカーバーグのように顧客をつかむのがうまい黄レンジャー(Hustler)でしょう。ジョナサン・アイブみたいにコミュニケーションができてUXを作れる桃レンジャー(Hipster)も大事です。
緑レンジャー(Strategist)も地味ですが、FacebookのCOO、シェリル・サンドバーグのように大事な参謀です。2人とか3人でもいいのですが、スタートアップに際してゴレンジャーを作るかどうかです。
ありがちなのは、赤レンジャー同士、青レンジャー同士で集まってしまうこと。これはあまりよくない。
チームにおける大事なプロセスは、ロジカルシンキングとクリティカルシンキングだと思っているので、お互いが似た者同士だと、抜け漏れが出たりして事業自体が甘くなってしまうのです。
ビジョンは一緒でありつつ、うまく役割分担し、お互いを批判して、いい意味での緊張感を保つ。そんなチームこそが、成長への戦いに臨めるというわけです。
生活者に対する一貫したUX思考を持て
自分が普段使っているパソコンにはバッテリー問題で悩まされています。その点、「レッツノート」は頑丈さとバッテリー駆動時間が突き抜けている。ホイールパッドもいいですね。パワポ資料やウィンドウズのプロダクトを使うときは、こっちの方がいい。
それと、僕はこのタイピングの感覚が好きです。跳ね返ってくる感触は昔から変わっていない。それと、開けた瞬間に起動するのがうれしい。
ボンネットのデザインは一見武骨に見えますが、シャドーストライプの効果もあって、実際触ってみるとスマートで洗練された印象。ビジネスで使うパソコンとしてのUX的価値は相当高いものがあると思いました。
日本の一時期を風靡したプロダクトを持つ企業がいかにスタートアップをしていくべきか、という問いがあるとすると、その解決策はUX思考にあるでしょう。
僕は既存の企業の中にこそ、スタートアップの芽が数多くあると思っています。たとえば組織が縦割りに分断されたことで、プロダクト間でUXが統一されていない。生活者に対する一貫したUXを提供していくことが大事でしょうね。
(執筆:柴山幸夫 編集:奈良岡崇子 撮影:大畑陽子 デザイン:星野美緒)