急成長ベンチャーの資金調達から学ぶファイナンス戦略のリアル

2018/12/14
 日本で、そして世界で、起業を取り巻く環境が変化している。かつてスタートアップにとって高かった資金調達のハードルは下がり、今までは考えられなかった新しい起業スタイルや成功事例も見られるようになってきた。
 しかし、その一方で理想と現実のギャップがあるのもファイナンスの常である。調達する金額の規模やタイミング、投資家との関係構築など複雑な要素が絡むファイナンスに、当事者たちはどのように向き合っているのか──
 アメリカン・エキスプレスのスタートアップ応援プログラム「スタートアップ新時代」の取り組みとして、ファイナンスの力を成功に変えたベンチャー企業2社と、スタートアップを支援するVCに、それぞれの立場からファイナンスの“リアル”を聞いた。

「初期の資金調達には、すごくこだわるべき」

2012年の創業以来、クラウドサービスによりイノベーションを起こしている「freee」。創業以来、計8回にわたる資金調達により得た161億円を今日の事業成長につなげてきた。同社CFOの東後澄人氏が語ったのは、“理想ドリブン”のファイナンス戦略について。freeeが掲げるミッション「スモールビジネスを、世界の主役に。」を達成するために描いた戦略は、どのようなものだったのだろうか。
──freeeの創業当初の資金調達は、どのようなものだったのでしょうか。
東後澄人 創業した2012年に「DCM」というシリコンバレーに拠点を置くVCから5000万円を調達したのが最初です。当時の日本ではクラウド会計やSaaSという概念自体が理解どころか認知も乏しかったので、まずは認知が先行していたアメリカのVCから資金調達する選択肢をしました。
東後澄人 freee株式会社 取締役 CFO:兵庫県出身。東京大学工学部卒。2005年にマッキンゼー・アンド・カンパニー に入社し、IT・テクノロジー・製造業界を中心とした多数のプロジェクトを担当。2010年から、Google にて日本の中小企業向けマーケティング、および Googleマップのパートナーシップ・ビジネス開発に従事。2013年に、全自動のクラウド会計ソフト freee (フリー) を開発・運営するfreee 株式会社に参画し、COOとして急速な事業拡大を牽引。2018年6月よりCFOに。
──事業の成長性をきちんと理解してもらえる投資家が、当時は海外の投資家だったということですね。
 はい。私たちの目指すビジョンについて、投資家から共感を得ることは非常に大切だと考えていました。目指す世界観を投資家と共有できていないと、関係を続けるのが難しくなってしまいます。
 そういった意味でも、シードやシリーズAのような初期の資金調達は、すごくこだわるべきだと思います。その後に続く資金調達でも、初期の資金調達の際に得た評価がリファレンスになりますから。
──投資家との関係構築において、気をつけていることはありますか?
 これは私たちクラウドサービス特有のポリシーかもしれませんが、投資家との情報共有を効率的にして生産性を上げたいという思いから、よくある定型フォーマットの報告書や報告会などは基本的に設けていません。
 ただ、必要なデータはいつでもアクセスできるようにしており、隠し事はしないというスタンスですね。こうした我々の考えや手法をご理解いただけるのか、という点も創業初期は重要視していました。
──なるほど。最初の5000万円の資金調達に続くシリーズAとして、総額2.7億円の資金調達をされていますが、こちらはどうでしたか。
 この時は思っていたとおりの資金を調達できたと思っています。シリーズAがうまくいったことで会計freeeのサービスリリース後のプロモーションをすることができましたし、一定の認知を得られたことで、その後に続く資金調達にもつながりました。ここから一気にビジネスを伸ばせたことを考えると、シリーズAまでがうまくいっていたからこそ今の成功があると言えますね。
 ただ、今から振り返ると、もっと多く資金調達しておけば良かったという気持ちもあります。私たちのサービスは、どれだけの資金があるかによって成長スピードが決まりますし、とくに初期の加速はすごく大事です。もっと多くの資金を調達していれば、採用も増やせていたでしょうし、攻めのマーケティングや、もう一歩先のプロダクト開発もできていたかもしれません。ただこれは結果論ですし、当時からそこまでの可能性を想像できたかというと、それは難しかったでしょうね。
──資金調達の規模は、どのように決められているのでしょうか。
 私たちのファイナンス戦略の根本には「理想ドリブン」という考え方があります。これは、今あるリソースやスキルといった制約条件から考えるのではなく、理想から考えて、そこに向けて近づける方法を考えるものです。
 ファイナンスは、会社の可能性を決めるという意味で非常に重要であり、とくにスタートアップは資金によって採れる戦略が大きく変わってしまう。この意味で、私は理想から考えて、妥協なくトライし続けることが重要と考えています。
 もちろん、後から振り返って「こうしておけば良かった」ということは出てくるものですが、これまでも毎回その時点で思い描ける限りの最大限のビジョンを想定して、目標とする調達金額を決めてきました。
──これまでfreeeで調達してきた資金は主に何に利用したのでしょうか。
 創業時から今まで、常に最優先にしているのはプロダクト開発ですね。プロダクトがfreeeの根幹ですから、弱めることなく資本投下しています。今も社員の約3分の1が開発チームです。
 それ以外ですと、シリーズAあたりではマーケティングにもとても力を入れていました。Web広告などを打って、一気に認知を拡大していた時期です。シリーズB頃からそれに加えてセールスにも資金を投下し、営業組織をつくりはじめました。これは、さらなる成長のためには、マーケティングだけでは足りず、営業による強いドライブ力が必要と考えてのことです。
 最近はマーケティングやセールスについては効率が良くなったので、プロダクト開発にかける割合が増えてきましたね。直近のシリーズEの資金調達も、大半は開発コストに回しています。
──これまでの資金調達を振り返って、うまく運べた要因はなんでしょうか。
 実は資金調達に関して、大きな後悔はないんです。その要因は、「ギリギリになって資金調達する」という場面がなかったことにあるのではないか、と思っています。
 必要なタイミングでビジネスのアクセルを踏むには、そのときにお金がないといけない。資金調達をするには、どんなにスムーズにいっても3ヵ月、額が大きければ、半年以上かかると思います。freeeの場合、「ここで攻めるには資金が足りなくなるな」という見極めを、早めにしてきたから、ファイナンスに関してうまく運べたと思います。
 そうすれば、資金調達ができれば予定どおり加速できますし、万が一資金が調達できなかったとしても、ブレーキを踏める、つまり、マーケティングや営業への資本投下を緩めて、利益を取りに行くという舵を切れるだけの余裕が生まれると思います。

「投資家と対等な立場で人間関係を作っていきたい」

誰でも簡単にイベント管理やチケット販売をできるようにした「Peatix」。オンラインチケットプラットフォームとして誰もが知る同社のCEOである原田卓氏にファイナンスについての考えをメールで回答していただいた。原田氏は、投資家との関係について、過去の失敗経験も踏まえ、「対等の立場で人間関係を作りたい」と答える。絶えず壁にぶつかる起業家にとって投資家は、資金面にとどまらない良きパートナーとなり得る。そうした関係を築くためには起業家と投資家が、それぞれの立場を理解する必要があるようだ。
──創業当初の初めての資金調達は、何から行いましたか?
原田卓 創業者の貯金、親族、友人、そしてエンジェル投資家からの資金調達から始め、その後の事業が立ち上がっていく段階で国内外のVCから転換社債という形で資金調達を重ねました。
原田 卓 Peatix Inc. CEO / Peatix Japan株式会社 取締役:1973年生まれ。米イェール大卒。1997年ソニー・ミュージック入社、海外契約業務に従事。2001年アマゾンジャパン入社、エンタテインメント部門統括。2005年アップル入社、iTunes Music Store立ち上げおよびマーケティングに従事。 2006年アマゾンジャパン再入社、マーケティングおよびモバイル統括。2008年YOOXジャパン代表取締役就任。2009年Orinoco株式会社を設立し、代表取締役に就任。2011年12月より現職。
──創業時、どのようなファイナンス戦略を描かれていたのでしょうか。
 創業当時から海外展開への想いが強かったため、海外投資家からの調達を必須と考えていました。ただ当時、米国のVCは日本法人への投資をほとんど行っていません。そのため、三角合併を通して米国法人を親会社に立て、そこに国内外の株主を迎え入れるという形を取りました。
 この他に留意していたのは、「必要以上に資金調達をしない」ということです。創業メンバーがAmazon出身で、そのDNAに染まっていたということもあり、低コスト体質を実現したかったからです。
──理想のファイナンス戦略に対し、現実はどのようなものでしたか?
 小まめに調達をしてきたお陰で、無駄金は使わずにコストを抑えることができています。時間をじっくりとかけて足腰の強い事業を作れているという感覚がありますね。ただ、事業計画の読みが甘かったために、予想以上に事業作りが進まなかったり、考えていたより早く次期調達をせざるを得なくなったりといった場面もありました(笑)。
 初めての起業でしたから不勉強な点が多く、起業家側と投資家側のせめぎ合いや、ガバナンスが投資権利を通してどのように施されるか等、実際の経験を通して学ぶことも少なくありませんでした。
──ファイナンス戦略において失敗経験があれば教えてください。
 実際の出来事の詳細は控えますが、「投資家側の立場や心理をもっと理解していれば良かった」と後から反省をした場面が幾度となくありました。起業家と投資家はお互いに大きなリスクを背負い、人生をかけてぶつかり合います。ですから、我々も常に投資家側が置かれている状況を理解して、お互いに最良の道を探り合っていくような信頼関係を築くことが大事だと強く感じます。
──創業初期に調達した資金は、どういった分野に投入されたのでしょうか。
 調達した資金はほぼすべて開発、オペレーション、コミュニティマネジメントに従事する人へ投入してきました。
 海外の類似事業の歴史を見ていて、効果的なペイドマーケティングチャネルが多くないことは既に把握していましたし、Amazonでの経験から「口コミこそ最大のマーケティング」という信念を持っていたからです。
 もう一つ重要なのが“低価格戦略”です。私たちの事業の場合はチケット販売手数料にあたり、今後は更に手数料を下げる戦略を打ち出したいと考えています。持続的な低価格戦略を実現できるコスト体質や売り上げチャネルを作り上げるところがチャレンジになりますね。
──VCなどの出資者に対し、資金以外に期待する支援はありますか?
 英語で言うと「patience & empathy(根気と共感)」です。我々が手がけている事業領域は、潜在規模は大きいものの、事業作りの面ではどうしても時間がかかる領域です。事業を作るプロセスでは必ず壁にぶつかったり、成長が鈍化する時期があったり、思わぬ困難が発生することも少なくない。
 そのような場面では起業家は強い焦りと孤独感を感じていますから、VCの皆様に相談相手になって欲しいし、寄り添っていただきたいものです。幸いなことに弊社の株主の皆様はそのような時にいつも良き味方になってくれるので、大変助かっています。
 私は、資金調達が終わってからも、とにかく自信を持って対等の立場でいようと心がけていますし、じっくりと人間関係を作っていきたいと考えています。そのためには、長期的なビジョンや野望をしっかりと伝えて理解していただくことが大切です。
──これから成長を目指すスタートアップの起業家に、資金調達の戦略においてアドバイスをするなら、なにを伝えますか。
 主にシリコンバレーや中国などから華々しい調達のニュースが流れてきますが、「それぞれのスタートアップにそれぞれの道がある」ということを忘れないでいただきたいです。トレンドに流されず、長期的な視点に立って身の丈にあった調達をしていくことが大切なのではないでしょうか。

「VCからの調達は大業を成し遂げるための『手段』」

日本国内のシードステージへの投資を行っている「500 Startups Japan」は、スタートアップへの資金供給に加え、シリコンバレーのベストプラクティスに基づく支援をしている。同社でマネージングパートナーを務める澤山陽平氏に、起業家を支援する立場としての考えを尋ね、メールで回答をいただいた。
──創業当初のスタートアップは、資金調達とどう向き合えば良いでしょうか。
澤山陽平 資金調達とは、自分たちの資本だけでは到底できない大業を成し遂げるために外部から資金を集める活動です。これはハーバードのHoward Stevenson教授が、起業家精神の定義として掲げる「コントロール可能な資源を超越して、機会を追求すること」に通じます。
澤山陽平 500 Startups Japan マネージングパートナー:東京大学大学院 工学系研究科 原子力国際専攻修了。修士(工学) 。JP モルガンの投資銀行部門でTMT セクターの資金調達やM&Aアドバイザリー業務に携わった後、野村證券にて IT セクターの未上場企業の調査/評価/支援業務に従事。 2015年、$35M規模のファンドである500 Startups Japanのマネージングパートナーに就任。主な投資先は、SmartHR、インフォステラ、カケハシ等。
 つまり、資金調達をする際には、まず目指すべきゴールを考え、それに向けて最速最短でたどり着くための事業計画を描く。そしてそれを支えるために必要な資金をどうにかして調達する、というのが正しい順番と言えるでしょう。
 資金調達の手段は複数ありますが、私たちのようなVCからの調達を考えるのであれば、そのビジネスが本当にVC Fundable Businessなのかどうかしっかりと考える必要があります。VCのビジネスモデルとは、たとえば投資したうちの95%が失敗するが、残った5%が100倍になることでファンド全体として5倍のリターンを実現する、といったものです。
 逆に言えば5〜7年で100倍の価値になるポテンシャルのない企業にはVCとしては投資できません。このポテンシャルを明確に答えられないのであれば、そもそも自己資金でやるべき事業なのかもしれません。あるいは、まずは創業融資やエンジェル投資である程度まで仮説検証を進めるというのも選択肢となるでしょう。
──スタートアップの資金調達において注意すべき点はありますか?
 まず考えるべきは、「適切な投資家と話せているのか」という点です。これは自分が投資家に何を求めているかをよく考えた上で、多くの人と実際に会って判断していくしかありません。ただ、強いて言うなら“リファレンス”をしっかり取るべきでしょう。
 その投資家から投資を受けている起業家を紹介してもらっても良いですし、Facebookなどで直接コンタクトしてみたり、共通の友人に紹介してもらったりして、投資後にどんなコミュニケーションを行っているのか、どんなサポートを受けているのかを確かめると良いと思います。
──ファイナンス戦略を考え、実行するためには精通する人材が必要と考えられますが、社内にいない場合どのように戦略を構築するのが良いのでしょうか。
 どのくらい資金調達が重要なビジネスなのかにもよりますが、まずは社長がしっかり勉強して資金調達に臨むべきであり、CFOなど誰かに任せるタイミングはシードかシリーズAを終えた頃からで十分でしょう。
 特に初期のスタートアップにとって、資金調達の際に放出する株式は、その時点では他の何よりも重要かつ価値の高いものです。そんな重大な意思決定や交渉を、会社の方向性を決める社長が行わず、誰かにまるっと任せてしまうのは不適切かもしれません。
 ただ、すでに入っているVCと相談して戦略を構築するのは良いと思います。また、以前ある人から聞いておもしろいと思ったのは、「少し先のステージをメインとするVCに相談に乗ってもらう」というものでした。しばらくは直接の交渉相手になるわけではないのでニュートラルに相談しやすいうえ、将来そのVCから資金調達するまでに必要な道筋がクリアになります。
──これから成長を目指すスタートアップの起業家に、資金調達の戦略においてアドバイスをするなら、なにを伝えますか。
 資金調達は採用活動と似ています。投資家からはお金だけでなく、人脈やノウハウ、情報やレピューテーションなど様々なものを得ることができますが、それが今の自分たちに合っているのかをじっくりと考えるべきです。
 その上で自分たちがその投資家と一緒に働きたいと思うのか、そしてその投資家が自分たちの成功のためにどのくらい真剣に頑張ってくれそうなのかを見極める必要があるでしょう。短期的な条件にこだわりすぎるのではなく、同じ船に乗る仲間として長期的に付き合える人を探すべきだと思います。
(聞き手・編集:中島洋一 構成:小林義崇 デザイン:九喜洋介)