皆川賢太郎のスキー改革。「競技とマーケティングは表裏一体」

2018/12/12
2018年は日大アメフト部問題や日本ボクシング協会の山根明会長の騒動など、スポーツ界の古いあり方が露呈した1年だった。
その一方、補助金頼みの旧来的体質から脱却し、自ら稼いで成長しようという団体もある。その一つが公益社団法人全日本スキー連盟(SAJ)だ。
1998年に1800万人だったスキー・スノーボード人口は、2016年には580万人に減少。それでも「SAJ100プロジェクト」を掲げ、2017年の会員数8万人強、収入11億円から、会員数100万人(外国人も含む)、収入100億円を目指すという。
果たして本当に達成可能なのか。現役時代にアルペンスキーで1998年長野大会からオリンピックに4回連続出場、実業家としても活躍し、現在はSAJのマーケティング担当と競技本部長を兼任する皆川賢太郎氏に戦略を聞いた。

アルペンW杯を招致して黒字化

――皆川さんは「現役時代に体制や支援に不具合を感じて連盟とよくぶつかっていた」そうですが、現在、内部からどう変えようとしているのですか。
皆川 僕はソニーに支援していただいて、小学生からずっとやってきました。海外のコーチをつけていただいて、海外で試合を繰り返して、後に日本代表に入りました。
すると自分が受けていたサポート体制と、日本最高峰のチームの日本代表との差がすごくあったんですね。日本のスキー連盟が世界一を目指すようなグループ体になろうとしたとき、本当にこれでいいんだろうか、と。
アルペンスキーってマイナースポーツだと思っている方が日本には非常に多いけど、海外ではまったく逆で、圧倒的な花形なんですね。一方、日本は体育から発展しているスポーツ支援なので、海外でサポートを受けている側としては結構大きな違いを感じました。
スキーは団体種目ではないので、個の力でやれる部分と、本来はそれを束ね、増幅させたようなグループ体になるべき部分があります。それが連盟だと思っていたんですけど、現役のときはそういう状況ではなかったので、3回くらい代表を辞退しました。
自分が感じた不具合みたいなことって、きっと今の選手も同じだと思います。協会にはもっと選手たちを売り出してほしいし、強化支援をしてほしいし、環境整備してほしいと思っていると思う。自分が中に入って、できることからやっていこうというのが現段階です。
――2015年に常務理事に就任してマーケティングを担当し、2017年に競技本部長になりました。スキー連盟にはどういう変化が生まれていますか?
2015年に北野(貴裕/北野建設社長)さんが会長として入ってきてくれたことによって、業界の常識ではなくて、民間的感覚やスピード感など社会の常識としてのグループ体に変わったんですね。役割分担、目的に対しての人選に変わっていき、当時30代の自分が抜擢(ばってき)されました。今までのしきたりでは、そうしたことはなかったと思います。
僕の最初の取り組みは、2016年にアルペンスキーのワールドカップを苗場に誘致することでした。日本ではジャンプやモーグルのW杯を結構やっているけど、アルペンのW杯は海外レギュレーションの縛りがすごく強い。お金も3億円以上かかりますし、ホスピタリティもきちっと用意しないといけないので、割とハードルが高い案件なんです。
それをまず実績としてやらせていただいて、結果として黒字に転換できて、それが一つのきっかけとなってマーケティングを担わせていただくようになりました。
SAJは80%のお金を競技予算に使っています。それを最大化するためには、マーケティングはすごく大事だと思っています。僕はどちらかというとマーケティングをやっていたんですけど、「本来、競技とマーケティングは表裏一体で、一緒にやるべきだよね」っていうところから、昨年から競技本部長としても始まったっていうところですね。

収入11億円から100億円へ

――「SAJ 100プロジェクト」では会員数8万人、収入11億円から、会員100万人、収入100億円を目指すとしています。いつくらいまでの目標ですか。
100億円というのは、当初、2030年に札幌オリンピックを招致したいというのがありました。これはあくまで目標数字で、実体的数字は4年後の2022年に20億円にしたいのが一つの目標です。
なぜ20億円の目標を立てているかというと、今、強化資金を8億円使っているんですけど、選手たちの希望を聞くとマックスで13億円くらいなんですね。20億円を収入として得られるようになると、必然的に選手全員が求める最大値をサポートできる。その目標値として20億円を掲げています。
その背景には、「(ウインター産業)全体のマーケットからすると20億円はやっぱり安いよね」っていう根拠があって。そうすると会員100万人で、100億円を稼いでいくことを目標値に置きながら、短期、中期、長期でやっていきたいと思っています。
――スキー・スノーボード人口が90年代後半の約1800万人から現在3分の1くらいまで減ったのは、例えば都心の人が行かなくなったのか、長野や北海道など雪になじみ深い人たちが離れたのか、どの辺が減ったのですか。
仮数字はたくさん持っていますが、オフィシャルの数字としては出ていません。僕が思うには、都心の数字はそう変わってないと思っていて。
スキー事業も含めてですけど、結局お金のかかるレジャースポーツなので、GDPに結構関係していて。震災のときも含めてGDPは下がったり、日経平均自体が3分の1くらいになったりしたので、それに比例していると思いますね。
でも僕が思うには、1992年には最大で1860万人がスキーやスノーボードをやっていて、現状3分の1になっている。つまり、6割くらい休眠層だろうという見立てが僕らの中にあります。
休眠層の方にもう一度山に帰ってきていただくのは、すごく大事だと思っています。そういう数字からすると、そう難しいことではないのではというのが考え方としてありますね。

スキー連盟の独自財源

――目標の会員100万人には「外国人も含む」とされています。現状、外国人の会員はいるんですか。
いや、いないです。SAJは100年に近い団体なので、その中で培ってきたアカデミックなプログラムなどを輸出したいと思っています。そういうものを輸出することで、海外の方にも(スキーを)習っていただきたいというか、人に目的を与えるという意味合いで、国内も国外も視野に入れています。
――スキー検定という制度は日本独特で、日本のスポーツ競技が収益を作る手段として画期的ですよね。
そういうポテンシャルはどの競技にもあると思います。
僕らは優位性があるというか、自分自身がSAJに携わりたいと思ったのは、単純に競技団体としてオリンピックを目指すこと。これは頂点の話なので大事なんですけど、一方でレジャーとしての肥大性がそもそもあります。
(スキーヤー・スノーボーダーの)全員はオリンピックを目指さないけど、当然ながらレジャーを安全に楽しみたいということと、もう一方で漢字検定などにちょっと近いんですけど、目的に対してうまくなりたいということに対する付与をしていってあげたい。SAJは習い事文化と、本当にトップ・オブ・トップのことが密接している団体だと思っています。そこを新たに作るというより、すでに存在しているものなので、再ブランド化したいと思っています。
――SAJにはスキー検定など独自の収益源があるからこそ、平成29年度の経常収益は11億8169万330円のうち、補助金は4億4476万9644円でした。独立的ですね。
ここはあくまで僕の主観ですけど、独立自尊していきたい。もちろん補助金で投資すべき部分や、サポートしていただける部分は大事ですけど、一方で、独自財源を持って自分たちがやるべき投資をしていく。
それって強化だけの投資ではなくて、ユーザーのために投資をしていくことにも関係してきます。そこは国のお金を借りるというより、我々など雪に関係している人たちが雪で滑る人たちに与えたいというところなので、自分たちがお金を作るべきだと思っているのが根本的考え方なんですね。
そうなってくると、付帯産業と密接している業界でもあるし、まだまだポテンシャルとしてあるかなと思っています。
――そういうポテンシャルを生かすためには人材が必要だから、現在、副業・兼業限定の戦略プロデューサーを公募しているのですか。
まさにSAJとしてはボードメンバーをそろえていきながら、役割分担したいと思っています。僕は現状としてマーケティングもやっていますけど、あくまでも競技スポーツをどうやって繁栄させていくかがミッションだと思っています。北野さんは会長としては全体の統制と、その中で他団体との連携みたいなものをやっていただいています。
ただ、今後向かうであろう、自分たちのミッションに対する時間をまだ割けていないのが正直なところで。「人の脳みそを借りたい」っていうのは非常に変な言い方ですけど、優秀な方たちと、我々の持っている知恵を一緒に合わせた上で戦略プランを考えていきたいと思っています。
我々の知見はあくまで業界にいる人間の想像でしかないという部分もあるので、それを戦略的に、また数値化していただきたいというか、可視化していただきたいというところが一番望むところですね。
*明日掲載の後編「第2のニセコは生まれるか。皆川賢太郎のスキー産業拡大戦略」に続きます。
(撮影:是枝右恭)