現金払いを断わる小売店はますます増えている。ただし、こうした流れには賛否両論がある。キャッシュレス化に踏み切る前には十分に検討すべきだ。
会計処理のスピード化で売上アップ
2016年冬のこと。ニューヨーク市内で複数の店舗を展開するファストカジュアルレストラン「マルベリー・アンド・ヴァイン」の創業者でもある最高経営責任者(CEO)ミシェル・ゴーティエは、自宅近くの飲食店で現金払いを断わられて、驚愕した。
ゴーティエが立ち寄ったのは、数多くのレストランを経営するデイヴィッド・チャンが立ち上げた有名チキンサンドイッチ専門店「フク(Fuku)」。その店では、少し前から「キャッシュレス」決済しか受け付けなくなっていたのだ。
「はじめは、そんなおかしな話は聞いたことがないと思った」とゴーティエは振り返る。「でも、デイヴィッド・チャンが得策だと思うなら、きっといいことなのだろうと思い直した」
時は流れて2018年。いまでは、ゴーティエCEOが経営するレストラン3店でも、現金払いは断わっている。レジで紙幣を渡そうとすると、店員はいくつかの案内表示を見るよう促す。そこには「支払いはクレジットカード、デビッドカード、モバイル決済のみ」と書かれている。
2016年に決済方法をキャッシュレスに限定して以来、売上は急増し、2017年単独でも800万ドル(約9億円)を上回ったとゴーティエは言う。「これを上回るベストな決断はいままでひとつもない」と語る同氏は、キャッシュレス決済にしたことで、会計処理がスピードアップするなどの利点が得られたと語った。
キャッシュレス社会への移行を支持する人々は、クレジットカードやデビットカードを使用すれば、より安全に取引できる(つまり、強盗がお金を物理的に盗めなくなる)と力説する。
同時に、会計処理が早く済めば、レジ待ちの列が消え、売上アップにつながる可能性がある。マルベリー・アンド・ヴァインが実際にそうだった。
米国、現金払いは決済全体の32%
もちろん、キャッシュレス化に踏み切っているのはゴーティエとチャンだけではない。連邦準備銀行が公表した最新データによると、2015年のアメリカでは現金払いは決済全体のわずか32%だ。その割合はいまも減り続けている。
ハンバーガーで有名なファストカジュアルレストラン「シェイク・シャック」の創業者ダニー・マイヤーは2018年6月に自身のブログで、CEOを務めるユニオン・スクエア・ホスピタリティ・グループがニューヨーク市内にあるいくつかの飲食店で現金払いに応じない決断を下したことについて擁護した。
「民間企業は現金払いに応じる義務があると定める連邦法をわれわれは知らない。カード払いやモバイル決済が普及しつつあるなか、多くのビジネスは現金の取り扱いを完全に排除するようになっている」
とはいえ、キャッシュレス決済には考慮すべき欠点がある。カード決済を受け付ければ、それに伴って店側には手数料が生じる。そしてその分は販売商品の価格に上乗せされるのが普通だ。そうなれば、消費者が多く支払うことになると小売業専門アナリストたちは指摘する。
加えて、ユニオン・スクエア・ホスピタリティ・グループは消費者権利団体からの反発にあっている。現金払いを拒否すれば、事実上、低所得者を市場から締め出すことになると、消費者権利団は主張する。
導入前に考慮すべき4つのポイント
では、キャッシュレス化に踏み切る前に考慮すべき点を4つ挙げよう。
1. カード払いのほうが安全性に優れている
マイヤーのブログによれば、キャッシュレス決済導入の主な決め手は、安全面に関係しているようだ。
「店内に多額の現金を保管することは、きわめて現実的なリスクを生じさせる。こうしたリスクを軽減できるので、店は従業員や客にとってより安全な場所となる」と、ブログには書かれている。
たしかに、飲食代金をカードやモバイルで払ってもらえば、現金が盗まれる恐れはなくなるだろう。しかし一方で、仮想取引は多くの新しいセキュリティ問題も招く。
さらに、ワシントンD.C.に本拠を置く業界団体「米国小売協会」(NRF)で政府業務を担当するバイスプレジデントのJ・クレイグ・シャーマンは、物理的に安全だというのは大げさではないかと話す。
シャーマンはInc.に対して「(現金使用をめぐる)不安として安全面を取り上げるのはオーバーだ」と語り、こう述べた。「小売店の大半は、武装した強盗に襲われることなどめったになく、大部分は現金を安全に管理している。ごく普通のデパートは強盗に遭ったりしない」
2. キャッシュレス化すると手数料がかかる
わずかな予算で切り盛りするビジネスは、カード払いに伴って手数料が発生することに注目すべきだ。しかも、かなり高額になる場合が多い。
米国小売協会のデータによると、手数料として取引額の3~4%も取られることもあり、合計すると年間で約700億ドル(約7兆8800億円)にのぼる。
「小売店は、客が現金で払おうがカードで払おうが、この手数料分を商品価格に上乗せせざるを得ない」とシャーマンは話す。「クレジットカード払いでない客であっても、余分にお金を払うことになる。小売店の多くが現金払いや小切手払いをしきりに勧めてくるのはこうした理由もある」
3. 支払い処理の効率性がアップする
とはいえ、多くの起業家にとっては、まさに「時は金なり」だ。
デジタルプラットフォームの利用増加傾向について、スウェーデンを中心に研究を行っているストックホルム商科大学のポスドク研究者、クレア・イングラム・ボグシュは次のように話す。
「デジタルシステムは、ビジネスにとって安上がりになる可能性はある。よく考えて開発されており、かなりフリクションレスであるため、支払い処理が短時間で済むからだ」
ボグシュは、Apple Payなどのモバイル決済システムは、小規模な小売店にとっては特に有益であると指摘する。
「起業家の立場からすると、モバイル決済システムのおかげで参入障壁は低くなる」とボグシュは言う。「現金管理システムを丸ごと構築する代わりに、市販の決済デバイスを使えばいい。そうすれば、取引のデジタル記録が手に入る。そういった意味で、とても安価だ」
4. 銀行口座がない人を締め出す可能性がある
キャッシュレス化に伴う最も差し迫った問題はおそらく、社会的なものだ。
連邦預金保険公社(FDIC)のデータによると 2015年現在、アメリカ全人口のおよそ7%、約900万世帯が「アンバンクト(unbanked)」、つまり銀行口座や借り入れを利用できない。さらに19%は「アンダーバンクト(underbanked)」、つまり銀行サービスを十分に受けられず、それ以外の金融サービスを利用している。
ビジネスが現金決済に応じなければ、アンバンクトあるいはアンダーバンクトの見込み客は締め出されかねないとして、懸念する声があがっている。
「市民の自由という観点からすると、現金の排除はきわめて問題だ」と話すのは、サンフランシスコに本拠を置き、デジタル社会における市民権を守る擁護団体「電子フロンティア財団」の活動ディレクター、レイニー・ライトマンだ。
「(キャッシュレス決済は)ホームレスを含む、アンバンクトやアンダーバンクトの状態にあるさまざまな人々を排除する」と語るライトマンは、それほど困窮していない人々にも同様の影響が及ぶと指摘する。たとえばDV被害者は、住所などを第三者に教えることに抵抗を抱く可能性がある。
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ただ、「決済方法はキャッシュレスのみ」と謳う小売店の多くも、いざとなれば現金払いに応じるだろうという指摘もある。
「紙幣に書かれているように、ドルは法定通貨だ」と米国小売協会のシャーマンは言う。「現金を手にしている人を拒否するのはとても難しいのではないかと私は思う」
マルベリー・アンド・ヴァインを経営するゴーティエは、アンダーバンクトの人々を巡る問題へのコメントは控えた。
とはいえ、ニューヨークのトライベッカ地区にあるゴーティエの店をあるレポーターが訪れたところ、クレジットカードを家に忘れてきたと告げても食事ができたという話もある。
キャッシュレス決済しか応じないレストランであっても、但し書きはありそうだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Zoë Henry/Staff writer, Inc.、翻訳:遠藤康子/ガリレオ、写真:Cecilie_Arcurs/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with PayPal.