AIは衰退期を迎えたか?「ディープラーニングだけではAIに未来はない」

2019/1/30
2018年6月に閣議決定した「未来投資戦略2018」において、Society 5.0の実現に向けた「ロボット技術」の開発・活用の重要性が語られた。2020年にはロボットの国際大会「World Robot Summit(ワールドロボットサミット・WRS)」を愛知・福島で開催することも決定。それに先立ち、プレ大会として「WRS 東京大会」が開催された。これからの社会が目指す、産業とロボットの新しい接点とは──。
 ギル・プラット氏は、「トヨタリサーチインスティテュート(TRI)」のCEOだ。2016年、トヨタ自動車がAIの研究・開発拠点であるTRIを設立したことは大きな話題になった。
 だが、それ以上にDARPA(国防高等研究計画局)出身で、AIの世界的権威であるギル・プラット氏を招聘(しょうへい)したことは耳目を驚かせた。
 ギル・プラット氏は、2018年10月に行われたWRSの実行委員会諮問会議委員でもある。WRSの会場では、『Robotics for Happiness―未来を創るロボット×AI』をテーマに基調講演を行った。
 今回はその講演から、AI・ロボットの未来についての見解を抜粋、意訳した。
Deep Learningは「目の獲得」に匹敵
 人工知能研究の第一人者が見据えるAI・ロボットの未来はどういったものだろうか。
 ギル・プラット氏の講演は、聴衆へのある問いかけから始まった。それは、「AIは衰退期を迎えているのか」というものだ。
マサチューセッツ工科大学で電気工学・コンピューターサイエンス博士号を取得。同校で教授、副学長を務めた後、米国国防総省国防高等研究計画局に転じ、国防科学戦術技術室ロボット工学および神経形態学的システムプログラム・マネジャーに就任。2015年、トヨタ自動車株式会社エグゼクティブテクニカルアドバイザーを経て、2017年から現職。2018年からトヨタ自動車株式会社フェロー。
「つい数カ月前、AIは衰退期に入っている、という記事をネットや新聞で見かけました。なかには、この衰退期によってAIは暗黒時代を迎える、といった内容もありました。果たして、これはイエスでしょうか、ノーでしょうか」
 プラット氏は、「ムーアの法則」のグラフをモニターに映し出し、話を続ける。
「半導体はムーアの法則に基づいて進化してきましたが、今、その成長に限界説が取り沙汰されています。半導体に限界があるのなら、AIにも限界があるのではないか。そういった疑問が生まれるのは当然でしょう」とプラット氏。
ムーアの法則とは半導体の進化を予測する法則で、「半導体の集積率は18カ月で2倍になる」というもの。
 次にモニターに映し出されたのは、30億年にわたる生命の進化過程だ。
「技術の進化と生命の進化を比較してみましょう。生命の進化は、細菌、植物、魚類、爬虫(はちゅう)類、鳥類、そして最終的には哺乳類へと続いています。
 このチャートを見ると、生命の進化のスピードは一貫していないことがわかるでしょう。その点で、ムーアの法則とは異なります。例えば、細菌の進化は非常にスピードが遅い。
 しかし、植物や魚類、鳥類の進化は(ムーアの法則のような)指数関数的な速いスピードでした」
 この指数関数的な進化が起きた時期が、5億5000万年前のカンブリア期。いわゆる「カンブリア爆発」だ。
「カンブリア爆発の理由にはさまざまな学説がありますが、最もよく言われている理論は、視覚の獲得です。
 明るい暗いだけでなく、絵柄や図を判断できる目が備わったことで、危機を回避したり、お互いを認識したりできるようになって、コミュニティが誕生しました。
 では、テクノロジーで視覚に相当するものはなんでしょう。私は、ディープラーニング、だと考えています」
 確かに、ディープラーニングによってAIが格段の進化を遂げたことに異を唱える人はいないだろう。
 しかし、プラット氏は「ディープラーニングだけでは、皆が心配するとおり、AIの衰退期が来てしまう」と指摘する。
 すでに、ディープラーニングの限界が見え始めており、全てをこの技術だけで補うことはできないというのだ。
「生命の進化の歴史において、カンブリア爆発で起きたような指数関数的な進化は、一度だけではありません。爬虫類期、哺乳類期でも自然界の爆発による指数関数的な進化は発生しました。
 そして人類、ホモサピエンスは、自然界における爆発の代わりに、技術を発明することで指数関数的な進化を果たしました。
 我々、ホモサピエンスの誕生は10万年前にさかのぼります。大きな進化があったのは7万年前。言語の獲得という革命があり、意思疎通ができるようになったからです。
 一つの脳から別の脳に情報を伝える。これは大きな進化で、新たな爆発のきっかけになりました。ここから農業が、科学が生まれ、そして、産業革命へとつながったと言えます」
 生物が指数関数的に進化する爆発には、目の獲得があった。そして、人の進化では言語が大きな役割を果たした。
 では、AI・ロボティクスでは、ディープラーニングに続く進化を促す要因とはなんだろうか。プラット氏によると、その答えは「クラウドロボティクス」だという。
ロボットとAIは爆発的進化を遂げる
 「クラウドロボティクス」という言葉を提唱したのは、前TRIのCTOを努め、現在、東京に本拠地を置くTRI-ADのCEOを務めるジェームス・カフナー氏だ。
 この言葉の意味は多岐にわたるが、簡単に言えば、複数のロボットが取り込んだ情報を共有したり、得られたデータをAIが分析して機能性や利便性を向上させたりするといったところだ。
 プラット氏は、「ロボティクスを進化させる難しさは、ハードウェアではなくソフトウェアにある」と語る。その上で「十分なソフトウェアを多くのロボットに搭載することができるテクノロジーが、クラウドロボティクス」と続けた。
「ロボットがクラウド上でお互いに情報をやり取りする。このことにより、7万年前に人類に起きた革命がロボットでも再現され、人類の進化以上に大きな進化を遂げると考えています。
 なぜ、ロボットの進化の方が大きいのでしょうか。私たちは、言葉や文字でコミュニケーションを取りますが、そのスピードは非常にゆっくりとしたものです。1秒あたり10ビット程度でしょう。
 言語の獲得自体は素晴らしい進化でしたが、情報をやり取りするスピードという観点では、糸電話のようなゆっくりとした形だったわけです。
 一方、通信速度が速い5Gが普及すれば、ロボットの通信速度は1秒あたり1ギガビット超と言われています。
 ロボットがクラウド上で非常に速いスピードのコミュニケーションを取ることになります。この一点でも、人類による言葉の発明よりも更に大きな革命になると思っています」
 さらにプラット氏は、一度にできる会話の数について聴衆に問いかけた。
「皆さんは、同時に何人の言葉を聞き取ることができますか。私は子どもが4人いますが、一斉に話しかけられることがよくあります。そのとき、内容を判別できるのは2人までです。同時に何人もの人とコミュニケーションは取れません。
 しかし、ロボットは同時並行でいくつもの会話が可能です。同時に1000の会話をすることも可能でしょう。
 ロボットが別のロボットにつながり、そこからまた別のロボットがつながっているメッシュ構造では、多数のロボットに対して同時にさまざまな情報を発信することができます。クラウドロボティクスは、将来的にこういったことを実現してくれるはずです」
人の頭脳とロボットのAIがつながる
 ここで、モニターに2つの動画が流された。プラット氏いわく「クラウドロボティクスの第一歩」だという。
 ひとつめは、人がジョイスティックでロボットを操作する動画だ。これは、人とロボットがコミュニケーションを取る実験。人からはロボットが見えず、ロボットが映し出す画面を元に操作する。
 ロボットには「ガーディアン機能」と呼ばれる安全運転を支援する機能が搭載されている。「クラウドロボティクス」でいえば、人の頭脳とロボットのAIがつながるということだ。
 「ロボットは、このまま進んだら壁にぶつかりそうだ、と判断した場合、人にメッセージを送ります。握っているジョイスティックを危険がある方向に倒そうとすると、圧力がかかるのです。
 非常にシンプルな仕組みですが、人とロボットがコミュニケーションを取りながら作業をすれば、よりうまくタスクを実行できるという簡単な実験です。ロボットと人間の共生は、さらに研究を進めていかなければならない分野でしょう」
人が伝えた情報をロボット同士が共有
 ふたつ目の動画では、ロボットがベッドのシーツを直す様子が映し出されていた。このロボットは、トヨタのHSR(Human Support Robot)、障がい者や高齢者などの家庭内での自立生活をアシストする生活支援ロボットだ。
「重要なのは、ベッドのシーツを整えるHSRの機構や仕組みではありません。注目してほしいのは、HSRがシーツの直し方をどのようにして学ぶかです」とプラット氏は語る。
「HSRはまず言葉によって人間から50回のレッスンを受けます。この指示だけで、90%の完成度でシーツを整えることができるようになります。
 さらに、シーツをしっかりと整えられたときの情報をほかのHSRに伝えることで、別のHSRはさらに精度が高いベッドメイキングが可能になります。
 これからは、人がロボットに教えるのではなく、ロボット同士が学びあうことでしょう」
 プラット氏は最後に、改めて問いかけた。「果たしてAIの衰退期は来ているのでしょうか」。そして、力強く「答えはノーです」と続け、次のような言葉で基調講演を締めくくった。
「AIの衰退期を心配する必要はありません。秋や初冬が訪れることがあっても、雪が降るほどの衰退期にはならないと思っています。そして、クラウドロボティクスが次の進化につながると確信しています。
 1つのロボットがまず人から学ぶ。そして、別のロボットに伝える。これにより、ディープラーニングと同じような大きな進化が生まれ、テクノロジーは発展するはずです」
(取材・構成:笹林司 撮影:岡村大輔 デザイン:九喜洋介 編集:呉琢磨)