【実践】スキマ時間に学べる、ネット講座「MOOC」完全活用法

2018/12/7
今、アメリカで、新しい「大人の学び」が広がっている──。
MBAのように1年や2年の長い時間をかけるのではなく、特定の専門分野を、インターネットで集中的に学ぶオンライン講座「MOOC(ムーク=Massive Open Online Course)」だ。働きながらスキマ時間を使い、新たな知識やスキルが、はたまた学位を得られるため、その広がりは爆発的だ。
このアメリカの最前線の動きを解説してくれるのは、ハーバード・ビジネススクール(HBS)でMBAを取得後、グーグル本社で働き、シリコンバレーで起業した石角友愛・パロアルトインサイトCEOだ。
石角氏自身、HBSで学んだ知識のアップデートのため、さまざまなMOOCを受講、今もなお学び続けている。そんな石角氏に、アメリカで今流行っているMOOCと、お勧めの講座を教えてもらった。
石角友愛(いしずみ・ともえ)パロアルトインサイトCEO。16歳で、東京・お茶の水女子大学附属高校を中退し単身渡米。アメリカの大学を卒業後、ハーバード・ビジネススクール(HBS)、グーグル本社勤務を経て、2017年、シリコンバレーで、AIベンチャーのパロアルトインサイトを起業。著書に、『いまこそ知りたいAIビジネス』『才能の見つけ方 天才の育て方』など (撮影:小田駿一)
3ヶ月で取る「ナノディグリー」
大学院に行って修士号を取るのではなく、いわゆる「ナノディグリー(Nanodegree=微小学位)」を取るという選択肢が広がっています。
たとえば、「ユーダシティ(Udacity)」という、MOOCをインターネットで提供するプラットフォームがよく使われています。
ユーダシティは、グーグルで自動運転プロジェクトを立ち上げ、スタンフォード大学で専任教授を務めるセバスチャン・スランらが立ち上げたMOOCのプラットフォームです。
AI(人工知能)、ブロックチェーン開発、ディープラーニング(深層学習)、デジタルマーケティング、自動運転車エンジニア、自然言語処理、ロボティクス・ソフトウェア・エンジニアなど、さまざまなコースを設けています。
出所:NewsPicks編集部作成
──短期間でしっかりインターネットで学ぶ動きが出ているのですね。
最新のテクノロジーを、インターネットではなく、リアルな場で集中的に学ぶ動きもあります。
特に、「ガルバナイズ」という、3~4ヶ月の集中特訓講座が有名です。コロラド州のデンバーに本社を置く教育機関が提供しています。
サンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨーク、デンバー、オースティン(テキサス州)など9つのキャンパスを全米に展開しています。
私もガルバナイズのキャンパスに行ったことがありますが、まるで「WeWork」のコワーキングスペースのような近代的な空間の教室でした。
この講座を受ける人は、フルタイムの仕事を辞めて、そこで勉強し、例えばデータサイエンティストなど、今、引き合いが殺到している仕事のスキルを手に入れて、実際にその仕事に転職する流れです。
すでに2000人以上の人が卒業しています。
ガルバナイズのホームページ(https://www.galvanize.com
データサイエンティストやデータアナリストという仕事は、企業で即戦力としてのスキルを求められる分野なので、講座内容は本当にすごく実践的です。
たとえは、「アマゾンのAlexaのスキル開発の仕方」なども提供してくれます。
──卒業生は、実務経験がなくても、新しい仕事に就くことが出来るのですか?
実際、私がCEOを務めるパロアルトインサイト(大手企業向けにAI適性診断や機械学習の導入支援などを手掛ける)でも、ガルバナイズの講座を受けた卒業生を採用しています。
ガルバナイズの受講料は200万円(1万8000ドル)ぐらいと、高額ですが、卒業生の約80%が就職して、データサイエンティストやデータアナリストとして活躍しています。
そうした仕事に就ければ、初年度から7万ドル(約800万円)から10万ドル(約1130万円)程度の年収を得られるため、学費はある程度早くに回収できます。
だから、今アメリカでは、貯金したお金をそこに投資して、データサイエンティストとしてのキャリアを歩むというコースが、流行っています。
一方で、ガルバナイズの卒業生を採用する企業側にもメリットがあります。
IBMやアクセンチュアのような大企業は、大量のデータサイエンティストが必要なため、一挙に採用できるからです。そのため、両社はガルバナイズにサテライトオフィスのような機関を作り、在学生を青田刈りしています。
このように、企業も学生も学校も「ウィン=ウィン=ウィン」のビジネスモデルが今、できあがっていて、面白い取り組みだと思います。
ガルバナイズでは、アマゾンのAlexaのスキル開発の仕方も提供する(写真:ロイター/アフロ)
「コーセラ」なら修士号を取れる
──インタネットで学べるMOOCとしては、「コーセラ(Coursera)」も有名ですね。
「コーセラ」には、アメリカの各大学やビジネススクールが提供する講座も多々あり、中には、修士号を取れるコースもあります。
例えば、ジョージア工科大学は、コーセラで、コンピュータサイエンスの修士号コースを提供しています(費用は約7000ドル)。
同大学は、他にも、ユーザー体験(UX)デザインやロボティクスなど、週に1~2時間で5週間、週に5~7時間で7週間など様々なコースを有料、無料で提供しています。
アリゾナ州立大学も、1年半~3年まで様々なペースでできるコンピュータサイエンスの修士号コースを、コーセラで提供しています(費用は約1万5000ドル)。
MOOCは、リアルなMBAに代わるものではありませんし、全く違うものだと思いますが、こうして実際にオンラインで修士号を取れるコースも出てきています。
出所:NewsPicks編集部作成
「最新」を学べる良さ
──QSというMBAランキングを作っている機関が、MOOCのランキングも出しています。このランキングをみてどう思いますか。
今の仕事ではなく、別の仕事に転職したい人が、このリストにある講座を受ければ、その職種で使うスキルを身につけ、その分野で極めたいという情熱があることを証明する1つの方法になると思います。
すでにMBAを取得した人たちも、履歴書をブラッシュアップするために、コーセラなどで修了したコースを履歴書に書くことがよくあります。
応募したい職種に直結しているコースを数ヶ月で学び、履歴書に載せ、アピールするという使い方です。
また、就活中の人も、「MOOCでスキルアップ」→「履歴書で最新スキルアピール」→「希望の仕事を手に入れる」という非常に効率的な時間の使い方をしている人もいます。
ちなみに、私がCEOを務めるパロアルトインサイトのデータサイエンティストの一人は、私が受けていたMOOCで同じ授業を取っていた仲間です。オフ会で知り合って、採用に至りました。
アップルでは社員に補助
──リアルな講義ではなく、MOOCのいいところは、何でしょうか。
特に、データサイエンスやロボティクスなどの最新テクノロジーを学ぶには、MOOCが向いていると思います。
こうした学びは、わざわざ教室に集まらなくても、オンラインで勉強し、実際に自分のパソコン上でコーディング(仕様書通りにプログラミング言語に置き換えること)するなど、課題に挑み、オンライン上で成果物を提出し、フィードバックを聞くという流れで十分に学ぶことができます。
もっとも、私自身、MOOCでイノベーションやデザイン・シンキングについて学んでみて感じたのは、その内容は大学でのリアルな講義となんら変わりはないということです。逆に、MOOCに向かない教科はあるのかなというくらいです。
それに、MOOCの場合、リアルな大学と比べて、教材というコンテンツを開発するのにかかる時間が短いので、それだけ最先端のものを、早くに学ぶことが出来るというメリットがあります。
──企業にとって、MOOCなどの学びが広がることで、社員の育成にどのような影響があるのでしょうか。
例えば、アップルでは、社員がMOOCで学ぶことを推奨していて、授業料を補助してくれます。
ただし、修了書と引き換えに、授業料が支払われることが条件のため、受講者も真剣です。
私がCEOを務めるパロアルトインサイトでも、授業料を払って、常にエンジニアがMOOCで新しい技術を学ぶことを奨励しています。
我が社のメンバーはユーダシティでロボティクスのクラスを受講したりしていますが、その学びをチームにシェアし、「この技術は実際のこのプロジェクトに使えるよね」といった話をよくしています。
こうした学びの共有や実務への応用は、会社に良い影響をもたらしますから、当然、MOOCで社員が学ぶことは、大歓迎です。
アップルは社員にMOOCを推奨する(アップル本社、写真:アップル提供)
石角さんの勉強法はハーバードMOOC
──石角さん自身は、MOOCを使い、何をどのように勉強しているのですか。
私はコーセラでも、母校のハーバード・ビジネススクール(HBS)が立ち上げた「HBX」というMOOCでも勉強しています。
ちなみに、HBXで取った講義は、イノベーションを学ぶクラスでした。
イノベーション理論の第一人者、HBSのクレイトン・クリステンセン教授による「破壊的イノベーション」の理論が学べるコースです。
6週間で1500ドル以上はかかりましたが、講座を終えた時には、ハーバードから、クリステンセン教授のサイン付きで修了書が送られてきて、嬉しくなりましたね。
クリステンセン教授の破壊的イノベーションが学べるコースのウェブサイト(https://hbx.hbs.edu/courses/disruptive-strategy/
私が、この講座を学んだ目的は2つありました。
1つは、HBSで学んだことを学び直したいという思いです。もう1つは、私はクライアントに対して助言をしている立場から、常に最新の知識を保つ必要があります。そのため、新しい理論や知識をしっかりインプットしておきたいという思いがありました。
通常、仕事とは、アウトプット重視に偏りがちです。でも、どこかで知識をインプットする機会を作らないことには、そのアウトプットも続きません。
HBXのイノベーションのクラスは、6週間のコースだったのですが、移動中と寝る前の時間を学びに充てたので、その6週間は、まるで自分にムチを打つような感覚でした。
さらに、ペーパーも書かなくてはいけませんでしたし、学校側から勝手に選ばれた同級生にオンライン上でインタビューするという課題もありました。
私の場合、その相手はドイツに住む人でした。そして、宿題として、その人にインタビューした内容を書くのです。
ちなみに、私はグーグル本社に務めていた時から、MOOCを使い、スタンフォード大学の機械学習のコースを受講していました。
グーグルで、17時ぐらいに仕事を終え、18時に娘を保育園に迎えにいくまでの30~40分はオフィスで誰もいないスペースで、学んでいました。
こんなふうに無理にでもスキマ時間を捻出して、その期間内に終える学びはやはり必要だと思うのです。
「無料でいつでも好きな時にやってください」では、誰もやりませんからね。
オススメは?コツは?
──ズバリおすすめの講座は何ですか?
HBXは、ハーバードの教授が実際に講師をしているため、質が高いコースが多いです。
特に、「イノベーションのジレンマ」の著者としても著名なクリステンセン教授の授業は、本当に勉強になりました。
あとは、「ユーダシティ(Udacity)」で提供されている、ビジネスパーソン向けのデータサイエンスの基礎コース「Become a Data Analyst」もオススメです。
ユーダシティのデータサイエンスの基礎コース(https://www.udacity.com/course/data-analyst-nanodegree--nd002
──選び方にコツはありますか。
なるべく英語のコンテンツの方が良いと思います。最初に、言語で自分を縛らないほうがいいと思います。
最近のMOOCは、人気の講演企画「TED(テッド)」のように、簡単に日本語の字幕が出せるコースも結構出ています。
ですから、日本語にこだわらずに英語でコンテンツを選ぶ。また、実績のある大学が提供しているMOOCは、品質がいいと思います。
──無料のコースについては?
MOOCで学ぶ上で、身につきやすいのは、お金を払って受けるということだと思います。
無料のコースは、結局続けられずに、途中で辞めてしまいます。
例えば、1500ドルのコースを受講した場合、その料金は決して安くないため、課金したら、元を取ろうと思います。
有料講座はその質もそうですが、お金を払うことで、自分が「やり切ろう」と思ういい仕掛けにもなります。
──日本でも、仕事と学びを循環させる「リカレント教育」の必要性が問われていますが、石角さんは、まさにその実践者ですね。
私は、MOOCのほかに、情報収集ができそうなカンファレンスには、積極的に顔を出していますし、ニュースを読んだり、本もたくさん読むようにしていますね。
まさに、仕事でのアウトプットと、学びのインプットをリカレント(循環)させることが、自分を成長させると実感しています。
(聞き手:佐藤留美、構成:谷口 健、リサーチ:井上大智、撮影:小田駿一、デザイン:九喜洋介)