ユーザー2400万人、年間取引60億件

M-Pesaがここまで成功するとは、誰も本気で思っていなかった。2007年3月にこのモバイルマネーサービスを開始したケニアの通信事業者、Safaricom(サファリコム)自身ですら、予想もしていなかったのだ。
M携帯電話のSMSを利用してユーザー同士が少額を送金しあえるシンプルなツールとして、M-Pesaは登場した。初年度ユーザー登録者数は100万人。これは想定されていた35万人を大きく上回る数だ。
M-Pesa(「Pesa」はスワヒリ語で「金」を意味する)が画期的だったのは、通信サービス機能と、銀行やクレジットカード会社、マイクロファイナンス機関などが提供するサービスとが結びついたところにあった。
正規の銀行窓口や金融インフラから遠く離れたところに暮らしていて、銀行口座を持たないために物理的・金融的なセキュリティの問題に日々直面していた人たちにとっては、革新的な決済サービスとなった。
サービス開始から10年。M-Pesaはケニア国内のテックコミュニティの誇り、そして要となっている。登録ユーザー数約2400万人、エージェントと呼ばれる窓口は約16万カ所、年間取引数60億件以上であるM-Pesaは、ケニア経済にとって欠かせないものになっている。
ケニアでは送金やその受け取りのほか、家計費の支払い、給与や年金の支給、少額マイクロローンの貸付などにも使われる最も一般的なサービスだ。また、貧困の減少、貯蓄文化の促進、家計の難局を予測するのに役立つといった面でも賞賛を受けている。

PayPalやGoogle Playとも提携

だが現在、そうしたM-Pesaの一強状態が試されている。モバイル金融サービス各社が、ケニアだけなくアフリカ全土に普及を広げているからだ。
ケニアのエクティ銀行など大規模な顧客基盤を持つ銀行が、インドのBharti Airtel(バーティ・エアテル)といった通信事業者と組んで、モバイルバンキングの顧客をターゲットとしたサービスを始めている。
また、フィンテックのスタートアップPesaPalも、より小規模で非公式なビジネスに役立つシステムを構築することで、M-Pesaとの差を縮めてきている。
しかも、ピアツーピア決済の分野では市場に浸透しているM-Pesaだが、小売決済ではまだ現金を破ることができていない。その間に、クレジットカードやデビットカードが急成長を見せている。
こうした問題に対処するためSafaricomは、M-Pesaが決済サービスにおける定番として他のサービスより有利になるようなエコシステムを開発しようとしている。こうした独占的なインフラを構築する目的は、日々の生活で一貫した体験をしてもらい、M-Pesaを顧客にとって不可欠なものにするところにある。
Safaricomは数年前からM-PesaのAPIを公開し、主要な金融取引サービスとの統合をよりスムーズに実現できるようにしている。
また、配車サービスの「Little」、eコマースプラットフォームの「Masoko」、音楽ストリーミングサービスの「Songa」、家庭用インターネットプランなども開始し、それらすべてのサービスをM-Pesaのモバイルウォレットと統合している。
さらに登録ユーザーたちは、M-Pesaを使って貯金をしたり、電車の切符を購入したり、クレジットを使って電力を購入したりもできるようになっている。
2017年には、Safaricomが立ち上げたイノベーションラボ「Alpha」が、M-Pesaをメッセージングサービスに統合したWeChatのようなアプリ「Bonga」を発表した。
さらに2018年、M-Pesaのネットワークを広げようと、世界的決済サービスのウエストユニオンやPayPal、さらにはデジタル配信サービスのGoogle Playとも契約を結んでいる。

ネットワーク拡大には刷新が必要

活用範囲を広げようとするM-Pesaのこうした取り組みは、あらゆるタッチポイントで自社のサービスを定着させようと奮闘するアメリカのテック企業各社を思い出させる。
ケニアのテクノロジーアナリスト、モーゼス・ケミバロは、Safaricomが従来型の通信事業を脱却するためには、M-Pesaに「何層もの価値」を加えることが重要だと述べる。「そうやって価値を積み重ねた競合を引きずり下ろすのは、きわめて難しくなる」
だが、M-Pesaと連動している試験的新サービスが、すべて成功しているわけではない。
同社は2017年、顧客が支払いを行う際に必要なステップを減らそうとして「M-Pesa 1-Tap」というサービスを開始した。しかし、ユーザーからは重大な問題が報告されており、これまでのところその性能は期待を裏切るものになっている。
それでもSafaricomは、M-Pesaがケニア国内でできていないことであっても、国外であればうまくいく可能性があることを理解している。
Safaricomはすでに、エチオピアでのサービス立ち上げを検討している。エチオピアにいる1億人以上の人口が、同社のネットワークを大幅に拡大すると考えてのことだ。
エチオピアではこれまで、モバイルマネーサービスの立ち上げを抑えつけてきた従来の貸し手や規制当局という壁があったが、こうした壁を乗り越えられると期待しての動きだ。
M-Pesaの見事な盛り上がりにもかかわらず、Safaricomの最高経営責任者であるボブ・コリーモア自身はかつて、このテクノロジーを評して「使い勝手が悪い」と言っている。
前出のケミバロによれば、音声通話やSMSといった古くからのサービスの伸びが悪くなったり縮小したりしているなか、M-Pesa全体を刷新しないと後がないということは、Safaricomの経営陣も認識しているという。
「それまでの常識というのは、思いもよらぬ時に覆されるものだ。画期的なものは、最初に登場した時には玩具のように見える」と、ケミバロは言う。「そこでまともに取り合わなかった場合、後で何か手を打とうとしても、もう手遅れになってしまうのだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Abdi Latif Dahir記者、翻訳:半井明里/ガリレオ、写真:Philip Mostert/Vodafone Group)
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