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「考える力」という得体の知れないものの尺度を測ろうと、大人たちが躍起になっている印象です。

そもそも、考える為には「ある程度、物事を知っている、理解している」という状態から始まるわけです。しかし、教育はいつも二元論で語られて、反詰め込み教育を模索して「考える力」という言葉を持ち出しているような気がします。

参考になる考え方というのは他者から受け取るとしても、考えるという作業は自分独りでやることです。その繰り返しによって、頭が磨かれていくはず。考えない人は一生考えない。思慮が浅い人もいれば深い人もいる。さらにはそもそも思慮のない人もいる。

義務教育は、「考えるために必要な土台となる知識と理解」を与えてくれれば良い。センター試験のような選択式問題で、考えて出した結論を表現することはできません。下手にセンター試験などをいじる必要などなかったのです。

考える力を身につけさせたかったら、日常生活から考えることを強要して行かねばなりませんよ。大人になれば解のない現象ばかりが目の前に立ちはだかります。そこを突破するために働くのが、考える力だと思います。センター試験ごときで、あらかじめ用意された解をみつけるために働かせるのは、考える力とはいいません。

なぜならば、知っていれば解けるのですから。逆に、知っていれば解けるということは最強なんです。大学受験まではそれで良い。
「考える力」は、まずは、「疑問」に思うことですよね。
特に、「自分が当たり前だと思うこと」あるいは「他人が当たり前だと言っていること」、「社会の前提」(例えば青信号は進んで良いなど)に対して、本当にそれで良いのか、なぜそうなのか、その問いを立てて、自分なりに調べて、仲間を見つけて、協力して答えよう、さらに良い答えにしようとする一連の行為のことでしょう。

少なくとも「教育」の過程において触れて欲しいのはそのような態度ですね。
考える力はニアイコールで書く力ではないかと思います。AI時代を生き抜く為には、技術者でも技術者でなくても、書く力がもっと大事になると私は最近考えています。AIでニュースを中立報道する様になりましたが、ゼロから書くわけではない。自分がどう考えるかをアウトプットにする力が今後もっと重要になると思います。プログラミングだってコンピューターに命令を書いているように見えるけど、チームワークなので本当は他のエンジニアの為に書く作業でもあるのです。考える力を育むというと抽象的ですが、書く力なら教え方のフレームワーク化が出来そうですね。
わたしが考える、人の成長は「対話」と「内省」がベースにありこれを繰り返すことで、より良質な意思決定ができ、自身で意思決定したから当事者意識が生まれて経験に繋がる。
と言い続けてるので、以下の本文のコメントは納得感あります。

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大学入試改革をはじめとした高大接続改革で「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性・多様性・協働性)」
考える力など新しい能力については、その定義が難しく、ひいては評価も難しいことが常に課題です。
この授業やカリキュラムで身につけてもらいたい考える力は何なのか?それをテスト含めどんな方法で評価し、フィードバックするのかを各現場の先生が意識しないとふわっとした学びになってしまうと思います。
そういう意味では教師の専門性は変化してきていて、かつ高度化してきていると思います。
研究テーマを決めるときや論文を書くときなど
「どうしましょう」
ではなく
「自分はこうしたいと思います。どう思いますか?」
というふうに持ってきなさいと指導しています。

また、研究の方向性で意見が食い違うときも
「先生が言ったから正しい、と素直に受け入れるのではない。先生わかってないな。自分はこう思うんです。と論破してほしい。」
とも伝えています。

抽象的ですが、これが私の思う考える力かな。
考える力がなぜ必要かというと、昔は大自然の中、今は社会の中で、生き残る必要があるからです。瞬間的な判断が生死を分けることもあります。また長期的な戦略も必要です。それを教育に落とし込む際に、サバイバルという原点を忘れると、何をやっているのか分からなくなってしまいます。あと、感情や直観は、瞬時の判断に役立ちますから、論理以外の感じる力も必要ですよね。
AIと比較されていますが、AIって所詮は統計学ですからね。「これまではこんな傾向だったから、それに倣うとこんな答えです」と言うのがAI。それと比較すると分かりやすくて、統計的演算の為の基礎データを揃えられない新しい判断が「考える」です。

よく、AI搭載のロボットと人間の戦争が映画で描かれますが、必勝法は、正攻法を使わないことなんです。

Pickerの皆さんが「考えること」の持論を書いていて、とても興味深いです。便乗して書くと、「センスの良い新結合」が私の「考える」ですね。何かを知りたいときに、その答えをシンプルに知りたければググればわかる。ただ、それだと個性が無いので、別の答えと掛け合わせてシンプルな答えをより良い答えに変える。どんなものでも掛け合わせることができるわけでは無いので、ここで経験則という「センス」が光る訳で、AIには出来ない人間味溢れる答えになるのです。
「考える力」を一義的に定める必要はない。

問題発見力や課題設定力なども広義の考える力になるでしょう。こうやって、みんなが考える力について探求することも、まさに考える力。

共通テストで課題となるのは、考える力を評価するために、定量化すること、つまり採点しなければならないことです。

正解があり、採点できるという、学校側にとって都合がいいシステムになっていることが問題。

考える力や創造性などは、定量的評価より定性的評価の方が適している。しかし、定性的なことを複数の人が評価しようとすると、個々人のバイアスがかかってしまう。

このあたりは、コンテクストなどの評価にAIを活用できる可能性があります。想定外に関しても、ディープラーニングによりAIも対処できるようになるでしょう。
面白かった!
事実・事例ベースの帰納法、ルール・セオリーベースの演繹法に加えて「仮説的推論(アブダクション)」かぁ。

確かに、若い人は経験が少ないので事例が少ないし、ルール・セオリーも年配に分がありそうに感じてしまう。

しかし、過去の事例やルールが通用しなかったり変わり続ける現代では帰納も演繹も最適解にたどり着かないこともあるし、最適解が存在しないこともある。仮説ベースで軽やかにトライし、状況に応じて考えや行動を変えていく方が確率高そう。
株式会社ベネッセコーポレーション(Benesse Corporation)は、通信教育、出版などの事業を行なう、岡山県岡山市に本社を置く日本の企業。ベネッセと略称される。 ウィキペディア
時価総額
2,572 億円

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