未来のマネーは誰の手に。有力スタートアップ10社

2018/12/6
アメリカ・ラスベガスで10月21日から4日間にわたり開催されたフィンテックカンファレンス「Money20/20 2018」。数百社の参加ベンチャーの中から、未来のお金をつくるフィンテックベンチャーの可能性を探る。
近未来のフィンテックや決済サービスにフォーカスした世界最大のカンファレンス「Money20/20 2018」。そのテーマは「未来のマネー」だ。前編ではアメリカ金融界の現状をお伝えしたが、まさにそこから近未来の金融を新たにつくりだすプレーヤーとなるのが、有力フィンテックベンチャーだ。「Money20/20 2018」参加企業の中から10社をピックアップして紹介する。
揺らぐアメリカ金融界と台頭するフィンテックスタートアップ
アプリの使いやすさに定評/Robinhood(ロビンフッド)
2013年創業、53億ドル超調達。モバイルに特化した証券会社。600万人ユーザー。
株の取引手数料は全て無料。一般の株に加え、2018年2月には仮想通貨の取り扱いも開始して一気に100万人の新規ユーザーを獲得した。株の初心者だけでなく、マージン取引、時間外取引などパワーユーザーにも対応。
通常専門機関に委託する株取引の清算・決済機能についても、2年かけてゼロから構築したシステムが最近完成、低コスト体質をさらに強化している。アプリの使いやすさにも定評があり、金融系アプリとして初めてApp StoreとGoogle Play両方で優秀賞を受賞。IPO準備中とのうわさ。
ターゲットはミレニアル世代/Varo Money(バロマネー)
2015年創業、1億2000万ドル超調達。モバイルに特化した銀行。
20〜30代のミレニアルをターゲットとした銀行で、口座維持費もオーバードラフト料もない。さらに、モバイル銀行としては全米初の銀行免許も2018年8月に仮認可済み。許認可が必要な銀行業務に関して、現在はバンコープ銀行と協業しているが、本認可が済んだら全て自社で行えるようになる。実は、バンコープはプリペイドデビットカード発行が主業務のため、使い勝手が少し悪い。
共同創業者は、ビザ・ヨーロッパの取締役、アメックス英国のCEOなどを歴任したエグゼクティブ。オンライン専門銀行の競合には、2016年創業で2700万ドル調達したゼロ、2013年創業でバロ同様1億ドル以上を調達したチャイム、2009年創業で1500万ドル調達したのちスペインのBBVA銀行に買収されたシンプル、驚くなかれ自動車会社のGMが1919年に自動車ローンのために創設したアリー・ファイナンシャルの子会社、アリー銀行などがある。
金利ゼロで給与を前借り/Earnin(アーニン)
2012年創業、3900万ドル調達。給料前借り用モバイルアプリ。5万社と提携。
アメリカの多くの州(※1)には、次の給料日までの間、少額のローン(※2)を貸し出す「ペイデイ・ローン」というビジネスがある。年利にすると数百%という高利にもかかわらず(※3)、利用者は1200万人(※4)。これもアメリカの「合法ウシジマくんビジネス」のひとつであるが、その代替となるサービスのひとつがアーニンだ。
時給で働く人が、銀行口座と働いている会社をアプリに入力すると、既に働いた時間分の給料を500ドルを上限に借りられる。例えば、給料日は2週間後だが、今日8時間働いたという場合、8時間分の給料が前借りできる。借りられるのは、税金など天引きされる分は除いた、本当の手取り分だけ。
そして、なんと、金利はゼロである。「どうやって儲けるのか」というと、「利用者が自発的に支払うチップ」が利益の源泉。アメリカ人のDNAにはレストランでの18〜20%のチップが組み込まれている。100ドル借りて2〜3ドルチップを払うのには、それほど抵抗がない人が多い。しかし、金利で考えると、100ドルを2週間借りて2ドルのチップを払ったら2%、複利だったら年利70%近い。なんというビジネスモデルだろう。
時給で働く従業員が多いスターバックス、ウォルマート、ピザハットなどと提携。労務管理システムと直結して自動化、ユーザー総計で毎週500万時間の労働時間になるという。
アプリで債権回収/Scratch Services(スクラッチ・サービシス)
2015年創業、1700万ドル調達。モバイルに特化した債権回収事業。ユーザーは数百万人。
要は「取り立て屋」である。アメリカの取り立ては電話と郵送がメインで、いずれも人海戦術で非効率な運営がされているので、そこをモバイルアプリで自動化。複数の貸し手から重複したローンを抱える人も多いので、それを統合して表示する。
債務者それぞれに、パーソナライズされた支払金額やスケジュールを作成。いつまでにいくら必要か、もらった給料はどれくらい使えるのか、などを管理する機能により、債務者の返済能力そのものを向上させ、回収率をあげると会社側は言っている。
ピンタレスト出身、社員もピンタレスト・アマゾンなどから集め、使いやすいアプリ開発にいそしんでいる。
中小企業貸し付けで急成長/Kabbage(キャベッジ)
2009年創業、16億ドル調達(借り入れ含む)。中小企業向け融資事業。2017年末時点までの貸出総額40億ドル以上。
その名もキャベツ。年間5万ドル以上の収入がある会社に、25万ドルを上限として融資を行う。オンラインで融資申し込みをすると、最短で6分で融資決定。オーナーの個人保証も必要ない。その秘密はユーザーのデータと直結していること。銀行口座や会計ソフト、さらにはツイッターのフォロワー数、顧客からのレビューなどSNSからもデータを直接吸い上げ、独自のアルゴリズムで自動的に貸出額を決定する。
データのつながる先はどんどん拡大しており、小規模の店舗などがクレジットカードでの支払いを受けられるスクエアや、アメリカの宅配事業者UPSも対象となっている。
個人に近い形のオンラインショップなども対象となり、「日々の売り上げ」「配送の回数」など、ありとあらゆるデータを取り込んで最適な融資額を自動的に算出する。日本からはソフトバンクやリクルートも投資している。
きめ細かな設定で幅広く展開/Marqeta(マルケータ)
2010年創業、1億3000万ドル以上調達。クレジットカード発行・運用のバックエンド機能提供サービス。
うたい文句は、「ソフトウェアエンジニアにフォーカス」。ユーザーとなる企業のソフトウェアエンジニアを自社システムに組み込み、きめ細かな設定ができる機能をAPI(※5)を経由で公開している。
競合となりえるビザとも提携し、ビザがこれまで取り込めなかった小口の加盟店取り込みをマルケータが行うことですみ分けができると、2社は発表している。例えば、リテール業者が社員にカードを発行して仕入先に直接支払うのを可能にしたり、オンデマンドで買い物を代行する事業者が配達員に特定の店舗だけで使えるカードを発行したりする。
また、企業が社員に用途や上限額を細やかに設定したコーポレートカードを発行し、リアルタイムで利用状況を監視する、など幅広い。購買時にその商品限定のローンを設定し分割払いを可能にするといった、昔でいう月賦型の販売を、物理的なカードではないバーチャルカードで提供することもできる。ヨーロッパでの事業展開も発表済みで、近く日本にも進出予定。
銀行業務の自動化で100行以上が利用/Synapse(シナプス)
2014年創業、1700万ドル調達。銀行業務を自動化しAPIで提供。100行以上の銀行で利用されている。
書類確認、必要書類提出など銀行のバックオフィス業務を自動化。どちらもAPIで提供することで、自社のシステム開発能力が低い中小銀行でもオンラインバンキングを導入できるようにした。
従来、顧客あたり毎月30〜50ドルかかっていた維持コストを、シナプスは自動化により数ドルにまで引き下げることに成功。さらに、本人確認や出入金といった顧客インターフェイス側機能の自動化にもメニューを広げている。
ユーザーの中には2兆5000億ドルの資産を管理するフィデリティのような大手行も。証券、投信、プライベートバンキングなど多様な事業を持つフィデリティにとっては、煩雑なコンシューマー向け業務をアウトソースするメリットがある。現金だけでなく仮想通貨口座機能も提供しているので、アブラ、クラーケン、ザポなどの仮想通貨ウォレット事業者や、取引所事業者もシナプスのユーザーとなっている。
ミレニアル世代の社会貢献意識に着目/Swell Investing(スウェル・インベスティング)
2015年創業、3000万ドル調達。社会的意義のある企業への投資ができる資産運用事業。顧客数1万人。
年商94億ドルの大手保険会社、パシフィックライフがIDEOを起用して新事業を創造したのがスウェル。IDEOが提唱する「デザイン思考」「プロトタイピング」「Power of 10(※6)」など、最近はやりのバズワードを満載したプロセスで素早く事業化に成功。業界内でも熱い注目を浴びている。
20〜30代のミレニアル世代には「社会的に意義があることに貢献したい」というニーズが高い。そこに着目して、「再生可能燃料」「グリーンテック」「病気撲滅」「クリーンウォーター」「リサイクル」「健康的生活」など、目的別に投資先の会社をポートフォリオ化して投資できるようにした。さらに、より広範な対象に投資したい人向けに、国連が提唱する持続可能な開発目標に即した企業を幅広い領域から選択した「インパクト 400」もある。
アフリカ・アジアで少額融資/Tala(タラ)
2011年創業、5000万ドル調達。途上国の起業家を対象にマイクロファイナンスを提供。130万ユーザー。
アフリカやアジアの銀行口座を持たない人々に、少額融資を提供。30日ローンが基本で、毎回、11〜15%の手数料を取る。複利計算で年利数百%となるので一見、暴利にも見える。しかし、借りている人たちは他に事業資金を借りる手段がなく、この資金で小さくとも儲かる事業を短期間に立ち上げることができるという、ウィンウィンの関係だ。
ローン申込者の85%に対して、10分以内に融資を決定。その根拠は「スマホの番号」だ。これをもとに、申請者の携帯料金支払い履歴、移動履歴、通話履歴等のデータを収集、独自のアルゴリズムで融資を行う。
事業開始時は全くデータがなかったので、とりあえず少額の貸し出しをして、「貸し倒れリスク」を自ら体当たりで算出。そこから事業を拡大していった。現在ケニア、フィリピン、タンザニア、メキシコでサービスを提供。2018年4月時点で130万人に3億ドルを融資した実績がある。
厳選した案件を扱う仮想通貨ベンチャー/Coinlist(コインリスト)
2017年創業、920万ドル調達。適格投資家(エンジェル)向け仮想通貨ICOプラットフォーム。これまでに総計4億ドル以上がコインリスト上のICOで調達されている。
最後は変わり種で、仮想通貨関連ベンチャー。昨年来、何かと話題を呼んだ仮想通貨だが、そのICO(イニシャル・コイン・オファリング)を扱うのがコインリストである。ICOというと、怪しい人が怪しい会社を作り、怪しいマーケティングで巨額の資金を調達して、そのままいなくなる、というイメージがある。実はそのイメージはかなり正しかったりするのだが、コインリストは「まっとうな案件」しか扱わないことで実績を築いてきた。
同社CEOは「2500件の持ち込み案件があった中から、厳選した5件のICOのみを取り扱った」と語っている。米国証券取引委員会が規定する投資家の適格資格審査、ICOを行う母体ベンチャーの情報開示、ICO時の購入取引の処理などが事業内容だ。2018年の年初から10カ月ほどで、ICO市場は94%ダウン(※7)している。しかし、「持ち込み案件は減ったが、優良案件は増えている」(同社)と冷静だ。テクノロジー業界は、景気の悪い時こそ仕込み時ではある。
ソフトウェア開発こそ生き残りの条件
以上、データ、API、自動化、といった単語が何度も出てきたが、金融界がいかにソフトウェア化しているかご理解いただけただろうか。
マーク・アンドリーセンが「ソフトウェアが世界を食いつくす」という有名な寄稿をウォールストリート・ジャーナルにしたのが2011年。GEの前社長ジェフ・イメルトが「全ての会社はソフトウェア会社になる」とインタビューで語ったのが2015年。
 2018年の今、ゴールドマン・サックスの従業員の3分の1、実に9000人がソフトウェアエンジニア(※8)の時代になった。社内でソフトウェア開発ができない会社のビジネスは、今後、スピードの差こそあれ下降線をたどると思われて久しい。あなたの会社はいかがだろうか。
渡辺千賀(わたなべ・ちか)
経営コンサルタント。シリコンバレーで日米事業開発のコンサルティングに長年従事。テクノロジー領域での最先端のイノベーションにフォーカスし、投資と共同事業開発を組み合わせた日米企業アライアンスに強みを持つ。 大学卒業後、三菱商事の営業部門に女性初の総合職として入社、IT 関係のハード・ソフト米国ベンチャーへの投資や投資先の日本での事業開発に携わるなどしたのち、マッキンゼー社でマネジメントコンサルティングに従事、大手電機メーカーのインターネット戦略などを手がけた。現MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏のもと、アーリーステージベンチャーの投資・育成に従事した経験もある。2000年に渡米しBlueshift Global Partnersを創業。スタンフォード大学MBA、東京大学工学部都市工学科卒 
(編集:久川桃子 デザイン:斉藤我空)
(※1)Legal Status of Payday Loans by State
(※2)スーパー高利貸しPayday Loanの存在価値
(※3)How Payday Loans Work
(※4)A look at the telling statistics of payday loans
(※5)Application Programming Interface。APIを使うと、簡単に異なるソフトウェアの間でデータや機能を共有できる。
(※6)まず最初10人にファンになってもらい、その10人それぞれがさらに10人に広めることで、10の累乗のスケールでユーザー層が広がるという考え方。
(※7)Down 94% Since Winter, What Has Happened to ICOs? - Ep.91
(※8)As Goldman Embraces Automation, Even the Masters of the Universe Are Threatened