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勝谷氏とは考え方は違ったけど、とても人柄がよく人懐っこい方で何度もご一緒していただいた。勝谷氏が撮ってくれた妻との写真がとても良い写真でずっと家に飾っているし、妻が亡くなった時に何度も使わせてもらった。勝谷氏の温かい人柄が伝わる写真だと感じていた。こんなに早くに亡くなるとは残念だ。
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今年2月に行われた「獺祭の会」でとてもお元気で、いつもの溌剌とした素晴らしいスピーチを伺ったばかりだったのに...
心からのご冥福をお祈り致します。
最近はあまりNPに書かないが今日だけは別。書かずにいられない。

20年ほど前。当時流行り始めた「ネトウヨ」界でわたしが「殿下」と呼ばれていたことを知るひとは少なくなった。当時その呼称をネットで広めたのが勝谷さんだった。同学年で同じ関西出身ということもあって勝谷さんとはそれ以来の友人だった。

ひとづてに「回復途上だ」とも「あまり具合が良くない」とも聞いていた。共通の友人から彼の突然の訃報を聞いて愕然となった。勝谷さんとの20年の思い出が蘇ってきた。仲間とともに勝谷さんの取材旅行に同行したこともあった。彼の自慢の軽井沢の別荘で大騒ぎしたこともあった。勝谷さんの紹介で当時「月刊Will」編集長だった花田紀凱さんの知遇を得て同誌上に二回ほどルポを書いたこともあった。取材の仕方を教えてくれて推敲までしてくれた。「殿下の文章には独特の迫力があるねえ」と褒めてくれた。勝谷さんが主宰してNYTに北朝鮮拉致被害者の救出を訴える全面広告を出したことがあった。その英訳という大役を任せてくれたのも勝谷さんだった。

よく酒を飲むひとだった。よく本を読むひとでもあった。移動中はいつも飲むか本を読んでいた。付き合ってみると繊細でサービス精神の溢れるひとだった。ボンボンらしく他人を疑わぬ純情なひとでもあった。政治に絡む箴言は辛口だったが日本酒の紀行文は行間から酒の薫りが漂ってくる優しくも馥郁とした文章を書いた。露悪的なところがあってTVなどで見かける過激な右翼的発言は「職業右翼」としてのサービス精神のなせる技。「田嶋牛」と揶揄していた田嶋陽子さんのことを「かわいげもあるねん」と言っていた。10年前の正月に神戸でわたしの妹と三人で会って食事をしたときに酔っぱらって人妻の妹をナンパしようとした。悪いおっちゃんだった。

あまり公にはしてなかったが離婚した奥様との間のお嬢さんのことを酔って語る勝谷さんの寂しそうな眼差しをわたしは忘れられない。きっと心残りだったろう。兵庫県知事選に出馬したことが勝谷さんの死期を早めたことは疑いない。他人を疑わぬ純粋な勝谷さんを唆した取り巻き連中をわたしは心から憎む。

わたしのことを名前ではただの一度も呼ぶことなくずっと「殿下」と呼び続けていた。元気になった彼と思う存分右翼ネタに花を咲かせたかった。少し甲高く「殿下ぁ~」と呼ぶ声が蘇る。すごく悲しいです。
8月には腹痛を訴えて緊急入院していた勝谷さん。劇症肝炎の療養を行なっていたそうです。
10月には退院されたことを自身が発信しているコラムで伝えていました。
http://bit.ly/2BC24se

心よりご冥福をお祈り致します。
本当に言葉もありません。

編集者として、一緒にイラクで襲われたり、竹島への上陸を企んだり、言葉通り生死をともにした仲でした。

父親同士が友人だったというところからはじまった、いわば幼馴染でもありました。

入院ときいて見舞いに行こうか悩んだのですが、もう少し復活をされてからのほうが本人も喜ぶのではと遠慮していました。

やすらかにおやすみください。

こころよりご冥福をお祈り申し上げます。
以前、TNC(テレビ西日本)のトーク番組で武雄市図書館を巡り論戦したことがあるが、相手の立場にきちんと立った上で異論を展開されていたのが印象的。

楽屋で「私の人生ギリギリなんですよ、こういう生き方しかできない。」とも仰っていました。ご冥福をお祈りします。
不肖宮嶋シリーズの南極編は名作だと思います。クレイジージャーニーに呼ぶには宮嶋茂樹さんは大御所すぎるけど高野秀行さんや角幡唯介さん服部文祥さんが好きな人なら気に入ると思う。戦争カメラマンのテイストが強まった辺りからは宮嶋さんご自身が書かれてるようだけど南極の頃は勝谷さんが脚色していたようでありはちゃめちゃで好きでした。日常の中に非日常のひと時をありがとうございました。
驚きました。
元気なおっちゃんで好きでしたけどね。。

お酒はほどほどに。

ご冥福をお祈りいたします。
テレビ等を通してとにかくパワフルな姿しか記憶にない方でしたね。もう過去形で語らずを得ないのが寂しいです。ご冥福を心よりお祈りいたします。
なんと。発言の内容はともかくとして、歯切れの良いコメントはとてもおもしろかったです。特にTBSラジオでのコラムの花道、そこまでいって委員会ではなくてはならないコメンテーターと思っていました。ご冥福をお祈りします。