10兆円ファンドに潜んでいた、サウジマネーの「大誤算」

2018/11/19
ソフトバンクグループの孫正義社長が、これから300年間にわたって生き残る企業群をつくるため、世界中のトップベンチャーを買い集めている。
その中心的な役割を担っているのが、サウジアラビアの政府系ファンドなどから出資を受けて運営している「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」(通称:10兆円ファンド )だ。
ライドシェアのUber(ウーバー)や滴滴出行(ディディ)、シェアオフィスのWeWork(ウィワーク)、中国最大のオンラインメディアを運営するByteDance(バイトダンス)、半導体メーカーのNVIDIA (エヌヴィディア)──。
2016年に発表された前代未聞の巨大ファンドは、ベンチャー企業の「聖地」であるシリコンバレーにもその名を轟かせており、すでに67社のテクノロジー企業に出資を決めた。そして大きな利益を生み始めているのだ。
「もしかしたら、日本経済が体験したことがない営業利益を出せるかもしれない」
(写真:Tomohiro Ohsumi via Getty Images)
2018年11月5日に開かれた、ソフトバンクグループの2019年3月期の第二四半期決算発表。孫社長はステージ上に登場すると、得意のトークを繰り出した。
プレゼンテーションに映し出された営業利益のグラフは、まるでロケットを発射したかのように右肩上がりで伸びている。なにしろこの半年間で1兆4207億円の営業利益を生み出して、昨年1年間の成績を抜き去っているのだ。
そのエンジン役になっているのが、孫社長がみずからの時間の97%を注ぎ込んでいるという、絶好調のビジョンファンドに他ならない。
その言葉を信じるのであれば、2019年度はこのビジョンファンドによる含み益などによって、数兆円を営業利益をあげることになる。
しかしこの日、孫社長の表情はどこかこわばっていた。なぜならビジョンファンドの「根本」が、サウジアラビア政府や政府高官による国際的なスキャンダルによって、大きく崩れそうになっているからだ。
(写真: Anadolu Agency via Getty Images)

孫正義にとっての「悪夢」

決算会見に先立つこと約1ヶ月、サウジアラビア出身の反体制派ジャーナリストであるジャマル・カショギ氏が10月2日、トルコの首都イスタンブールにあるサウジアラビア総領事館に入ったまま姿を消した。
そしてカショギ氏は、この総領事館の中でバラバラに切断されて暗殺されていたことが発覚。その殺害に関与したサウジ政府高官などが次々に暴かれて、サウジアラビアは国際的な批判を浴びている。
これはソフトバンクと孫社長にとっては悪夢のような出来事に違いない。サウジアラビアはビジョンファンドに450億ドル(約5兆円)を拠出している、最大の出資者だからだ。
さらに孫社長が若きビジョナリーだと称賛してきたのが、現在のサルマン国王の後継者である、弱冠33歳のムハンマド・ビン・サルマン皇太子だ。
(写真:Bloomberg via Getty Images)
この若きリーダーこそが、サウジを石油依存型の経済から、テクノロジーや投資による新しい経済へと導くビジョンファンドのパートナーだと発信してきたのだ。
ところがムハンマド皇太子こそがカショギ氏殺害事件の黒幕ではないかと、その関与が疑われている。決定的な証拠は公になっていないが、米国の情報機関はほぼ断定したという報道も流れている。
ビジョンファンドは未来のビジョンを掲げながらも、ムハンマド皇太子は疑惑の渦中にあり、そこには非人道的なサウジアラビア政府の「ブラッディ・マネー(血塗られた金)」が流れているではないか──。
もし世界からそのように受け止められたら、ビジョンファンドが世界のトップベンチャーに出資するための信用と、そして大義名分を失うリスクがある。
ましてや孫社長が公言していた、ビジョンファンドの「第2弾」「第3弾」を作るという野心的な計画も、幻になってしまうかもしれない。

秘密のベールの「舞台裏」

 NewsPicks編集部は、さまざまな意味で世界から注目を集めているビジョンファンドについて、7回にわたってレポートする。
初回では、ビジョンファンドの10兆円の資金をバックにして、孫社長と共に世界中のユニコーン企業を発掘している「ハンター役」への独占インタビューをお届けする。
これまでメディアにほとんど登場することがなかった人物に、ビジョンファンドの投資の仕組みから哲学まで語ってもらった。
また日本人があまり理解していない、ビジョンファンドの仕組みや利益の分配方法、そして67社にも及ぶ出資先のユニコーン企業については、分かりやすいインフォグラフィクスを使って解説する。
これまでビジョンファンドを言葉だけで理解していたビジネスマンも、このインフォグラフィクスを読むことで、世界のテクノロジー投資の最前線で起きていることをよく理解できるはずだ。
またぜひご一読いただきたいのが、中東の専門家であり、兼ねてからサウジアラビアの動向について注目していた池内恵・東京大学先端科学技術研究センター教授のインタビューだ。
ソフトバンクと孫正義は、サウジアラビアのムハンマド皇太子の「実態」をどれほど理解していたのか。そこで見落としたものはなかったのか。スペシャリストが、ビジョンファンドの成り行きも含めて鋭い視点を与えてくれる。
さらにNewsPicks編集部は、ビジョンファンドが1000億円を投資した、未来のガラスを製造しているVIEW社に直撃インタビュー。シリコンバレーで進んでいる、ガラス革命の実情をレポートする。
これは巨額の資金を受け取ったベンチャー企業が、どのようにそれを成長シナリオに生かすのかという貴重なスタディにもなるはずだ。
ベンチャー投資の「聖地」であるシリコンバレーからは、ベンチャーキャピタルのWiL(ウィル)共同創業者である伊佐山元氏が、ビジョンファンドの10兆円の資金の「破壊力」について解説をしてくれる。
NewsPicksはシリコンバレーの最新事情をお伝えするために、WiLと共に動画番組「シリコンバレー・アップデート」をスタートさせる予定であり、より深くシリコンバレーを理解できるコンテンツになっている。
第6回は10兆円ファンドの担当者から、いきなり孫正義と面談するために、日本に飛んでくれと言われた起業家のストーリーだ。
もしあなたがベンチャー企業の経営者であったら、突然の巨額出資にイエスと言うのか、それともノーと言うのか。リアリティある現場からのレポートをお届けする。
特集の締めとなるのは、サウジアラビアのリスクが顕在化する前に、孫社長とムハンマド皇太子がイベントで交わした「未来対談」をコンテンツにしたものだ。
わずか1年前、彼らはどのような会話をしていたのか。どのようなプロジェクトやビジョンを語っていたのか。ビジョンファンドの成り立ちを理解する上でも、貴重な資料になっている。
(取材:後藤直義、デザイン:國弘朋佳)