自動運転が実現すると、モビリティ空間の価値は激変する

2018/11/26
今、自動車産業は「CASE」(Connected/Autonomous/Shared/Electric)と呼ばれる4つのトレンドによって、根本から変革されようとしている。そのなかで事業を拡大しているのがパナソニックの車載事業を担うオートモーティブ&インダストリアルシステムズ社(AIS社)だ。これからEV(電気自動車)へのシフトが進み完全自動運転が実現すると、これまでパナソニックがさまざまな事業領域で培ってきた、よりよいくらしに貢献する技術が、モビリティの概念を変える可能性がある。
その未来像を、パナソニック AIS社 副社長の永易正吏氏と、三菱総合研究所 営業本部 自動車担当副本部長、杉浦孝明氏に語ってもらった。

“くらし”を運ぶ次世代モビリティ

── パナソニックでは車載事業を通して、どんなことを実現しようとしているのでしょうか。
永易 大きなコンセプトからお話しすると、我々はモビリティを、住まいと同じように快適な「移動空間」に変えようとしています。この構想が本当の意味で実現するのは、完全な自動運転によって、人が運転から解放された時です。
 自動運転技術が進歩し、EVが普及すると、クルマの中での時間をさまざまなことに使えます。
 たとえば、クルマが家族で団欒するリビングになったり、一人で音楽を聴くリラックス空間になったり、あるいは集中して仕事をする書斎になったり。次世代のモビリティは単なる移動のためのものではなく、オンデマンドなサービスによって変化する生活空間の一部になっていくはずです。
1984年、松下電器産業入社。北米インダストリー、パナソニック インダストリー中国を経て2013年にパナソニック機構部品事業部 事業部長へ。2014年よりオートモーティブ&インダストリアルシステムズ社副社長およびオートモーティブ営業本部本部長。
── 先日開催されたパナソニック創業100周年記念「CROSS-VALUE INNOVATION FORUM 2018」でも「次世代モビリティ空間」のコンセプトが展示されていましたね。
永易 コネクティッドカーのベースとなる通信技術、車内のディスプレイやタッチパネル、空調や音響、センシングなど、それぞれの技術はパナソニックがすでに持っているものです。それを発展させて組み合わせると、展示したようなコンセプトのモビリティ空間ができあがります。
杉浦 技術的には、すぐにでも実現しそうなものが多かったですね。クルマの中が生活空間になるというコンセプトと、外の空間を移動するというクルマ本来の機能がかけ合わさることで、これまでにない体験が可能になると思いました。
 たとえば車内の4Kディスプレイで美しい富士山の景色を眺めたり、ARやVRを使って噴火の歴史や成り立ちを学んだりすることはモビリティの新しい価値です。でも、やはり実際の富士山を訪れて、現地の空気を体感できるのがクルマならではの良さだと思うんです。
 バーチャルとリアルの2つのをかけ算することで、これまでにないユーザーの体験と感動が生まれ、新しい価値を生むと感じました。
1995年、三菱総合研究所入社。現在、営業本部 自動車担当副本部長。主に自動運転、先進安全技術、カーライフスタイルなどのコンサルティングが専門。著書・監修書に『道路交通政策とITS』(大成出版社)、『頭のいい人が変えた10の世界』(講談社)などがある。
── 移動と住空間をかけ合わせることで、どんな可能性が広がるでしょうか。
永易 たとえば、クルマを「家の一部」として考えることができます。パナソニックの家を買ったら、モビリティが「移動機能を持つ部屋」として組み込まれているような設計もありうるのではないでしょうか。
 普段食事をしたり、くつろいだりしている空間が、そのまま目的地に移動するようなイメージですね。
杉浦 それはすばらしい。家族で団欒しながら移動して、ビーチで星空を眺めるグランピング(宿泊施設を利用した、テント設営の手間のかからないキャンプ)のような体験が簡単にできるようになります。
 あるいは部屋で釣り竿の手入れをしていて、「天気がいいから海まで行こうか」となるかもしれない。フットワークが軽くなりそうです。
永易 ただ、そこに至るまでにはまだ時間がかかります。当社もリサーチを進めていますが、2030年の時点でも、世界で販売される1億台規模の新車のうち、レベル4(高度自動運転)以上の自動運転カーの割合は7~8%程度という数字も出ています。
 おそらく、最初は自家用車ではなく、シェアカーやBtoBが中心。企業や公共団体などが保有して、街中で移動サービスを提供するような形で普及が進むと思います。

人は「移動時間」から解放される

── ビジネスや公共サービスとしては、どんなモビリティが考えられますか。
永易 パナソニック創業100周年記念「CROSS-VALUE INNOVATION FORUM 2018」の総合展示会では、自動運転レベル4以上に対応するシェアライド型のeモビリティ「SPACe_C(スペースシー)」をお披露目しました。運転席がないため車室の空間を最大限に活用でき、大画面のディスプレイを備えているのが特徴です。
 子どもが幼稚園に通いながら英語を学んだり、お父さんが通勤中に資産運用の相談をしたり、病院が遠くて通いにくい高齢者が、買い物がてら車内で医師の問診を受けたりといったさまざまな用途を想定しています。
パナソニックが発表した完全自動運転EVのコンセプトモデル「SPACe_C(スペースシー)」。時速40km以下の低速運転を想定。車内には運転席やハンドルがなく、壁面には大型ディスプレイを備える。(写真提供:パナソニック)
 目的はモビリティとくらしをつなげ、移動負担ゼロの社会をつくることです。これまでは移動のための時間が必要でしたが、SPACe_Cが実用化されれば移動中にも日常生活が続きます。くらしのなかから、「移動時間」がなくなるのです。
── SPACe_Cは、街のなかを行き来するのでしょうか。
永易 そうですね。まず想定しているのは、過疎地や高齢者世帯が多く住む地域。公共交通やガソリンスタンドの減少で交通弱者が増えている地方です。クリアしないといけない規制や技術的な課題もありますが、これは社会課題として取り組むべきだと考えています。
 パナソニックは、全国津々浦々に約1万6500の販売店を展開しています。特に地方では、お年寄りのお宅にあがって電球の取り替えを行ったり、家電を届けるついでに買い物を頼まれたりと、地域の生活に寄り添ったコミュニケーションを取っています。
 ここを拠点に、モビリティサービスを手掛けることも考えられるでしょう。
杉浦 地方の高齢者には、生活の困りごとを相談する相手としてパナソニックの店を頼りにしている方も多いですよね。交通弱者のためのニーズは間違いなくあると思います。
 とはいえ、難しいのは、人口の少ない過疎地域でそれを事業として成立させることができるかどうか。近年、地方のバス会社はほとんどが赤字ですし、公共交通としてeモビリティを走らせるにしても、継続的に採算を取るのが難しい。
 ですから、単に過疎地に住む方々の足として提供するというよりは、まずは地方の利便性を高め、産業を起こし、都会から人を呼び込むためのトリガーとして考える必要があると思います。
 都市部の人が地方に住むことを躊躇するのは、仕事や医療、教育などの環境によるところが大きい。それらを突き詰めると、交通の便が大きな要因になっていますから。
── どのような活用方法が、地方の活性化につながるでしょうか?
杉浦 わかりやすいのは観光地での利用です。たとえば沖縄だって、美ら海水族館のようなメジャーなスポットでさえ意外とアクセスが悪いし、くまなく巡ろうと思ったら団体旅行のバスかレンタカーくらいしか足がない。それって、特に外国人にはハードルが高いですよね。
 一方で、ハワイの旅行ツアーを申し込むと、現地の無料バスがセットで付いてきたりする。だから日本人が安心して行けるんです。まずは地方の観光地を特区にしてモビリティの有用性を試すのは、日本の地方の課題に取り組むうえでも意義のあることだと思います
永易 そうですね。パナソニックでは2017年10月から福井県などで自動運転車両走行の実証実験を行っています。また、神奈川県の藤沢市や横浜市の綱島でスマートタウンプロジェクトにも取り組んでいますので、ゆくゆくは住宅街での実証実験も考えられるでしょう。
 自動運転を実用化に近づけるためには、データが欠かせません。どれだけ走らせてデータをためられるかによって精度が変わりますから、これは最優先で取り組むべきだと考えています。
 技術的には実用化が見えています。あとは制度をクリアして、長期ビジョンで投資をしていけるかどうか。要は、覚悟の問題なのだと思います。

生活者の目線で、交通をアップデートする

── 次世代キャビンや小型EV以外に、AIS社として今後注力していく分野は何でしょうか?
永易 一つ目は、BtoB向けのサービス事業です。たとえば、これまで北米のギガファクトリー(※テスラと協業する米ネバダ州の電池工場)や中国の大連工場で、車載用リチウムイオン電池を大量に生産してきました。これからは、電池を生産するだけでなく、その活用までも視野に入れ、パートナー企業との協業でバッテリーシェアリングビジネスをインドネシアで始めようとしています。
 また、中国でも物流系のサービス事業者と組んだ新たな取り組みを進めています。
 EVは長距離を走り稼働率が上がるほど、ガソリン車よりもコストが安くなるんです。パナソニックは、EV用蓄電池の生産能力にかけては世界一になりました。今度はそれをどう「使い倒すか」を考え、エネルギーコストを下げていきたい。
 もう一つは、自動運転に対応するインフラストラクチャーの整備です。これからのモビリティ社会に求められるインフラは、道路だけではありません。EVのための充電スポットも重要ですし、ITS(高度道路交通システム)を実現するためのセンサーやバス停などの設備も要ります。
 こうしたインフラの構築は、自社だけで取り組むには限界があります。それに、マーケットは国内に限らず世界に広がっていますから、国や地域ごとにさまざまなパートナーと協業しながらパナソニックの強みを生かしていきたいです。
── そのインフラが整備された時、次世代モビリティは我々のくらしをどう変えると思いますか。
杉浦 やはり、もっとも大きな変化は移動時間と生活時間が重なること。これは本質的な変化で、生活時間の再配分が起こります。さらに言えば、それによって現在は都市部に集中している人や産業も偏りが減少し、空間の再配分も起こるのではないでしょうか。
 新たな時代のモビリティを創るうえで、自動車メーカーにはないパナソニックさんならではの価値は、“生活者の目線”だと思います。テレビやオーディオ、白物家電など、人々のくらしを豊かにすることに取り組んできたからこその発想が、クルマという概念を刷新してくれることを期待しています。
永易 ありがとうございます。100年後、クルマはこれまでとはまったく違うものになっているでしょうが、人がくらしのなかで使うものであることは変わりません。
 単なる移動手段としてではなく、より良いくらしのための新しい体験を生み出すものとして、モビリティのアップデートに取り組んでいきたいと思います。
(取材・執筆:榎並紀行、編集:宇野浩志、撮影:林和也、デザイン:國弘朋佳、タイトルイラスト:小笠原徹)