急成長ベンチャーの失敗から学ぶ人事戦略の鉄則

2018/11/19
 事業の根幹を成すリソースとして、「人、モノ、金」のうち、最も重要で、最も扱いが難しいのが、「人」である。
 特にスタートアップにおいては、市場における立ち位置や、志向するポジション、あるいは創業期から事業拡大期への移行に伴って人事施策は姿形を変えていく。明確な正解はないなかで、起業家たちはどのように人事施策を実行し、また、どのような失敗をし、どんな学びを得てきたのか。
 最前線の投資家や起業家を訪ね、激動のビジネスの内実を聞く、アメリカン・エキスプレスのスタートアップ応援プログラム「スタートアップ新時代」の取り組みとして、3人の起業家に話を聞いた。
「人事戦略の失敗をすべて経験しました」
「デザインの力を証明する」をミッションに掲げ、UI・UXデザインの国内リーディングカンパニーとして、創業から5年で100人規模まで拡大した「Goodpatch」。しかし、代表の土屋尚史氏に話を聞くと、あらゆる失敗を一通りしてきたと語る。デザイン駆動の時代が来るという、時流を先読みして急拡大した組織の裏で、人事戦略の苦労が見えてきた。
──Goodpatchは創業当時、どのような人事戦略がありましたでしょうか。
土屋尚史 正直、「人事戦略」と言えるような、高い理想はありませんでした。起業して4年目ぐらいで、社員の規模が50人になったんですが、それまでは管理部門自体がなかったですから。その頃まで、自分が50人分の給与を自分で振り込んでいました(笑)。
株式会社グッドパッチ 代表取締役社長 / CEO 土屋尚史(つちや・なおふみ) Webディレクターとして働いた後、2011年にサンフランシスコに渡る。btrax Inc.でスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。UIデザインを強みにしたプロダクト開発でスタートアップから大手企業まで数々の企業を支援。自社で開発しているプロトタイピングツール「Prott」はグッドデザイン賞を受賞。海外拠点として、ベルリン、ミュンヘン、パリにオフィスを展開。2017年には経済産業省第4次産業革命クリエイティブ研究会の委員を務める、2018年にデザイナーのキャリア支援サービス「ReDesigner」を発表し、デザイナーの価値向上を目指す。
──それは大変ですね。とはいえ、事業自体は急成長していたということですね。
 はい。とにかくUI/UX駆動のアプリにニーズがありました。きっかけは起業して最初の年に手がけたGunosyです。Gunosyが日の目を浴びたことで、そのデザインを手がけたうちに案件が殺到しました。それをなんとか受け切ろうとデザイナーの採用活動を必死に行いました。
 プレーヤーを採用し続けた結果、マネジメントレイヤーがおらず、育成する余裕もなかった。一般論としてデザイナーのマネジャーはいまだに少なくて、実際に50人集まった時点で、将来的にマネジメントをやりたい人はゼロでした。
──マネジメントがとにかく足りない。
 自分で言うのもなんですが、僕は結構「情に厚いタイプ」で、社員のことを一人ひとりしっかり見ているという自負もあったんです。
 でも50人にもなると限界でした。僕自身、元々Webディレクターだったので、「良いものをつくる」ということに関心はありましたが、企業内の組織がどのようにあるべきか、知識も理解も乏しかったんです。
 僕と社員の結節点になる人が誰もいなかったので、途中から僕の言っていることが正しく社員に伝わらないという状況に陥って、社内にストレスがたまり始めているのを感じるようになりました。
──その状態から、どうマネジメントしたのですか。
 スキルがあって、ある程度結果を出している社員に、どうにかマネジメントを引き受けてもらいました。加えて、のちのち役員にと考えていた入社1年未満の社員たちを一気に取締役や執行役員にしました。結果として、組織の形はできた。それが2015年なので、創業4年が経った頃ですね。
──それでやっと安定したと。
 いえ。ここから、少しずつ安定していくかな、と思ったら、大間違いでしたね(笑)。
 まず一番最初に崩れたのは、マネジャーの層でした。頼まれたからマネジメントをやっていたけれど、彼らはマネジメントのモチベーションがなかった。プレーヤーでいたかったわけで。
 なおかつ、役員陣も入社1年未満で、まだ信頼関係が構築できていなかった。本来であれば、マネジャーが結節点となって経営サイドの意向を咀嚼(そしゃく)して社員に伝えるわけですが、それが機能しなかったために分断が生まれてしまいました。
 その結果、組織はまた再編し、現在は執行役員は1人、取締役は2人にスリム化しました。
──急拡大する際に、採用スピードを緩めて体制づくりに励むという選択肢はなかったでしょうか。
 あったと思いますし、当時もずいぶん悩みました。でもそうすると、ビジネス面での拡大が確実に遅れたはずです。生え抜きの人材を育てるのが一番いいんですが、それには時間がかかります。ですので、時には「経験を買う」ということが必要になってくる。
──多くの失敗を経験された人材登用において、Goodpatchの強みを挙げるとすれば何でしょうか。
 管理部門不在、マネジメント不足、役員採用の失敗など、人事戦略のアンチパターンを一つひとつ経験したことで、僕ら自身が強くなれたなとは思います。今だから言えることですが、失敗しないと学べないことは多かったです。大事なのは回復不能なまでの「致命傷を負わない」ということでしょうか(笑)。
──教訓はありますか。
「肩書を先に要求してくる人には、気をつけた方が良い」ということですかね。振り返ってみると、ですが、そういう人は、ことごとくうまくいきませんでした。権限があるから人は動くわけではない。成果を出す人は、おのずと浮き上がってくるんですよ。
──なるほど。
 もう一つは、自社の情報発信をサボらなかったということです。僕自身が当時の状況をオープンにツイッターや、ブログに書いていました。また、社内のそういった混乱も包み隠さず面接をする人に話していました。混乱状態だけど、ぜひ助けてほしいと。
 情報を発信して、人材へのタッチポイントを地道に作り続けることで、辞める人がいても、新しい人にも出会える。スタートアップの難しいところは、一度資金調達すると、1年から1年半後の次のラウンドに向けて、プロダクトを作り込んでいくので、その間、対外的な情報発信を怠っちゃうケースがよくあること。それでは人も集まるはずがないんです。
「どれだけ優秀な人を採用しても、成果が出ない場合がある」
オンラインストアサービスの「STORES.jp」とB2B向け決済サービスの「Coiney」を提供する「hey」。『「楽しみ」のための経済へ。』というビジョンを掲げ、取締役がみなアロハを着るというユニークなブランディングを行う同社は、今年、スタートアップ同士の経営統合によって新生した。代表の佐藤裕介氏に人事戦略について尋ね、メールで回答を頂いた。
──創業当初、どのような人材戦略を思い描いていましたか。
佐藤裕介 主に3点あります。
・チームをつくることのできる人材から採用する(上から採用の徹底)
・友人、知人などリファレンスをとることのできる人から採用する
・採用市場におけるユニークなポジションを確立する
ヘイ株式会社 代表取締役 佐藤裕介(さとう・ゆうすけ) 2008年、Googleに入社し、広告製品を担当。2010年末、COOとしてフリークアウトの創業に参画。また、株式会社イグニスにも取締役として参画し、2014年6月にはフリークアウト、イグニス共にマザーズ上場。2017年1月、フリークアウト・ホールディングス共同代表に就任。エンジェル投資家としても活動。2018年、ヘイ株式会社 代表取締役就任。
──理想通りにうまくいきましたでしょうか。
 現実には経営陣に近いエグゼクティブポジションが、必要性は高いにもかかわらず、長期間ブランクでした。このポジションは候補者のタイミングにもよるので、こちらでコントロールできない場合も多く、コントロールがしづらいです。
 さらに、人材採用責任者の配置が遅れたために、経営チームに負荷がかかってしまいました。
──人材採用において難しい点は、何だと思われますか?
(入社希望者が)組織に対して求めることと、それを達成するにあたって組織の側としてサポートできることを明確化していなければ、どれだけ優れた方を採用しても成果が出せません。
 そのため、ハイパフォーマーをあてもなく採用するのは控える必要があると思います。特にエグゼクティブの採用は「どこかで活躍してくれるかも」という具体性のない期待をベースに採用をしがちです。
──組織の拡大フェーズにおいては、採用活動をどのように変化させてきましたか。
 毎年組織規模を倍増させていく、というレベルでいうと、成功している例そのものが少ないと思います。事業の成長自体は市場ポテンシャルと市場でのポジションにかなり依存するので、採用の失敗が事業の成長に反映されていないケースも見受けられます。
 組織における従業員満足度が下がる、という観点では、大量採用と満足度を同時に実現しながら、長期持続したケースはないのではないでしょうか。
 私たちが気をつけていることは、採用数を増やしたあとは、一定期間採用をフリーズして、その間、内部施策をしっかり実行する、という点です。
 採用した人材のフォローに関しては、オン・ボーディングと入社後のヒアリングで人的資源へのアクセス効率を向上させることと、入社前の期待とギャップを探ることに努めています。
──現在、採用において大事にしていることを教えてください。
以下の6つです。
1. 期待を明確にすること
2. 期待に応えられるスキルをもつ方を採用すること
3. 期待に応えるために必要なものを明確にしてもらうこと
4. 期待に応えるために必要なものをチームとして用意できること
5. フェアな経済条件を提示すること
6. hey のファンを採用すること
「希望年収を聞くのはやめました」
最後にクラウド人事労務ソフトを提供する「SmartHR」のケースを見ていく。代表取締役の宮田昇始氏に話を聞くと、これまでの2社のケースと根本的な課題は共有しつつ、エンジニア採用における「壁」をうまく乗り越え、また会社の情報をオープンにしたことで生み出された採用の効果が垣間見えた。
──創業当初は、どのような人事戦略を思い描いていましたか?
宮田昇始 特に戦略というものはなかったですね。実際のところ、スタートアップはお金も信用もないので、単純に人が採れない。ですから、初期は私の直接的な知人、友人の採用からスタートしました。いわゆる、リファラル採用です。
 それだと頭打ちになると思って、先輩経営者や人事をやっている知人に相談した時に、「ミッションやバリューを作らないと人は寄ってこないよ」と共通して言われました。そこで、まだ2人しかいないタイミングからミッションやバリューを決め、コーポレートサイトに掲載しました。多くの初期メンバーが、それを見て応募してくれたので、作って良かったなと思います。
 できることはいろいろ試してきましたが、今一番割合が多いのが、リファラル採用です。比率としては社員の3割以上が社員の知人・友人から採用に至っています。
SmartHR代表取締役CEO 宮田昇始(みやた・しょうじ) 2013年に株式会社KUFU(現SmartHR)を創業。2015年11月に自身の闘病経験をもとにしたクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を公開。利用企業は1万社を超える。IVS、TechCrunch Tokyo、B Dash Campなど様々なスタートアップイベントで優勝。経済産業省が推進するユニコーン企業の創出を目指した「J-Startup」にも採択される。
──御社の場合、創業2年は「SmartHR」のプロダクトがなかったと思います。そんな中で、どう声をかけていったのでしょうか。
 SmartHRを公開するまではほぼ採用はしていません。創業メンバーだけで開発をしていました。SmartHRの公開日が近づくなかで、徐々に声をかけはじめました。
 リファラル採用は、要するに“誰とやりたいか”です。また、IT業界のエンジニアやディレクターの多くは、自分たち独自のプロダクトをつくってどこまで行けるか試したいというモチベーションがある人が多いんです。ですので、「そろそろやらないか」と。どう声をかけるかより、そういうタイミングの人とマッチするかだと思います。
──企業規模の拡大に伴って面接のプロセスに変化はありますか?
 かなり変わりました。職種ごとでも違っていて、常にPDCAを回しています。ただ初期の頃に採用担当が、面接の評価指標を6項目ほど作成してくれたんですが、それは今も機能しています。
──一番機能しているチェック項目はなんですか。
 転職の目的と、弊社が提供できるものがフィットしているか、というのはチェックしています。これがズレていると良い転職にならないと思っているからです。
 なんで今の会社を辞めるのか、どういう基準で次の職場を選んでいるか、他にどういう会社を見ているか……。これらは重点的に聞くようしています。
──変化する中で、やめたことはありますか。
 面接で「会社の価値観にマッチするエピソードを教えてください」という質問はやめました。聞いても、みんな「それっぽいこと」を言えてしまうので、意味がないなと。
 逆に、価値観を評価制度にひもづけて、給与に反映させるようにしました。それを面接時に伝えて、セルフチェックしてください、と。入社後に価値観を体現できれば給与が上がりやすいですが、そうでなければSmartHRはおすすめしないですよ、と。
 あとは、昨年から希望年収を聞くのをやめました。以前は、これまでの年収と希望年収を聞いていたんです。ただ、オファー金額がそれに引きずられてしまうんですよね。そうすると、実際に働いてみて、スキルがマッチしなかったとき、組織の中で「あの人、自分よりできないのに給料もらってる」といった現象が生じてしまうと思いました。
 結果として内定承諾率は8割から7割に1割ほど下がりましたが、思ったより下がらなかったうえ、弊害も起きていないので組織として良いと思っています。
──失敗はありますか。
 強いて言えば、採用担当を採るのが遅かったことでしょうか。プロダクト・マーケット・フィット(市場にプロダクトの需要があると分かること)が見えたタイミングで採用すべきでした。経営メンバーが業務と並行して採用業務も行っていたんですが、採用に至るまでは候補者の方との連絡が膨大な量になるので、事業スピードが遅くなりました。
 そういった作業をさばける人を早めに採るべきでした。忙しい時期に、経営メンバーが採用業務を担当すると、応募がきてもタイムリーに対応できなくて、流れてしまうこともあります。そういう取りこぼしをなくすためにも、採用担当は重要なポジションだと思っています。
──これから起業する人に対し、人材採用において大切なポイントを伝えるとしたらどんなアドバイスがありますか。
 まず、果敢なリファラル採用をお勧めします。初めは外部からの採用はできないから、とにかく周囲の優秀な人にアタックするということですね。優秀な人って「そもそも来てくれないだろう」と声をかける前に諦めて、選択肢から除外しがちなんですが、目的とタイミングが合えば意外と来てくれるので、まずは声をかけてみることが大事です。
 それから、プロダクト・マーケット・フィットが確認できるまでは、人を採らないことも大事です。私の場合は最初の2年で12回ピボットをしました。それまでは共同創業者と2人だけだったので、ずっと課題の検証をし続けられました。
 プロダクトがハマらないうちに、人を採用すると、事業を転換するときに辞める人もいると思いますし、人を雇いすぎてバーンレート(資本燃焼率)が上がると、検証できる回数が減り、キャッシュアウトして、会社が死ぬこともある。
 あとは情報をオープンにすることですね。採用においては、隠して得をすることはほとんどありません。面接の資料も外に出してますし、平均年収や、年収推移のモデル、ストックオプションのシミュレーションを踏まえたら、今入社するとこれぐらいもらえます、といった情報です。
 事業方針や面接資料も公開していますが、公開後、面接の応募数がおよそ3倍に増えたんです。会社ってそういうことは隠したがるんですけど、出した方が応募も増えるし、期待値コントロールも事前にできるし、面接時の会社紹介の手間も省けるし、メリットしかないと思っています。
(聞き手・編集:中島洋一 構成:吉田直人 デザイン:砂田優花)