ジョンズ・ホプキンズ大学の研究

何か新しいことを身につけようとしているときには、練習が必要だ。たとえば、新製品のセールスデモを完璧にやりたいといった場合でもそうだが、何かの熟練した技を身につけたいときに、物を言うのは練習の量だ。
だが、それ以上に重要なのは「練習の方法」だ。
たいていの人は、同じ動作をただ繰り返す。ピアノで同じ音階を何度も弾くときのように。あるいは、同じ単語帳を何度も読み返すときのように。あるいは、マスターできることを期待して、同じ課題を何度も繰り返すときのように。
しかし、そんなことをしてもスキルが速く身につくことはない。そればかりか、実際には上達の足かせになってしまう場合もある。
ジョンズ・ホプキンズ大学医学部が2016年1月に発表した研究によれば、「マスターしたい課題に変化を少し加えて練習するほうが、まったく同じことを立て続けに何度も繰り返す場合とくらべて、より多くのことがより速く身につくことがわかった」という。
それはなぜなのか。

「再固定化」を促すことがカギ

その最大の要因と考えられるのが、新しい知識によって既存の記憶が想起・修正されるプロセス「再固定化(reconsolidation)」だ。
わかりやすい例で考えてみよう。バスケットボールのフリースローの練習をしている。条件は固定されている。
バスケットのリム(リング)は、フロアから10フィート(約305cm)上の位置にある。フリースローラインは、バスケットから15フィート(約457cm)離れたところにある。これらの条件は不変だ。
であれば、理論上は同じ位置から何度も繰り返しシュートすることで、正しいモーションが筋肉の記憶に刻み込まれ、正確さと一貫性が向上するはずだ。
もちろん、そうなる場合もある。しかしこの研究によれば、あとに続く練習で条件に微調整を加えたほうがより速く、もっと上達するのだという。あるときは数インチ近くに立つ、あるときは立ち位置を片側に数インチずらす、あるときは少し重い(あるいは軽い)ボールを使う……といった具合に。
つまり、練習のたびに条件を少し変えるのだ。こうすることによって再固定化が促され、ずっと速くスキルを身につけられるようになるという。

練習方法に小さな変化を加える

ただし、「少し」の範囲を超えて条件に調整を加えるのはよくない。変えすぎてしまうと、「再固定化された記憶」ではなく、「新しい記憶」がつくられてしまうからだ。
「変えすぎると、われわれが再固定化のプロセスで観察したメリットは得られなくなってしまう」と研究チームは述べている。「練習と練習の間の変化は、わずかな範囲にとどめておく必要がある」
練習と練習の間隔についても、適度にあける必要がある。
研究チームの指示により、参加者たちは6時間の間隔をあけて練習を行った。この研究を行った神経科学者らが過去に行った研究から、新しい記憶の再固定化にはそれだけの時間がかかることがわかっているからだ。
微調整した練習をすぐに行うと、いま身につけたことを「内在化」するための十分な時間が得られなくなってしまう。
これらの記憶に「古い記憶」になる機会が与えられないため、古い記憶を修正し、それによってスキルを高めることができなくなってしまうのだ。

新しいスキルを身につける方法

というわけで、新しいスキルの習得を劇的に速めたければ、次のことを試してみよう。
スキルアップのコツは、練習に小さくスマートな変化を加え、その結果を評価し、うまくいかないものは捨て、うまくいくものにはさらに磨きをかけることだ。「すでにうまくできること」を修正し、それに磨きをかければ、さらにうまくできるようになる。
たとえば、あなたが何かのスキルを高めたいと思っているとしよう。話をわかりやすくするため、今度行うプレゼンのやり方をマスターしたいと仮定する。
1. 基本スキルをリハーサルする
プレゼン本番と同じ条件で、何回か通し稽古をしてみる。当然のことながら、練習のおかげで、1度目よりも2度目のほうが出来はよくなっているはずだ。しかし、3度目の通し稽古を行う代わりに必要なことがある。次のステップを見てみよう。
2. 待つ
6時間以上の間隔をあけ、記憶を再固定化させる(翌日まで待ってから練習を再開することになるかもしれないが、それはそれでかまわない)。
3. 練習を再開する
練習を再開するにあたっては、次のいずれかの方法を試してみよう。
・少しスピードを上げる。いつもより少し(ほんの少しだけ)速くしゃべる。スライドも少し速く処理する。スピードアップするということは、それだけミスも増えるということだ。だが、それでかまわない。その過程で、新しい知識によって古い知識が修正され、上達のための基礎が築かれる。
・少しスピードを落とす。しゃべり方やスライドをスピードダウンする(合わせて、間を置いて効果を高めるなど、普通のスピードでは目立たない新しいテクニックを試してみてもいい)。
・プレゼンを小分けにする。たいていのタスクは、個別のステップから構成されているが、これはプレゼンにも当てはまる。あなたが行うプレゼンの1セクションを選んで分解し、それをマスターする。その後、全体を元どおりに組み立てなおす。
・別のプロジェクターやリモコンを使ってみる。あるいは、ヘッドセットマイクの代わりにピンマイクを使ってみる。条件を少し変えることにより、既存の記憶の修正が促されるだけでなく、予想外の事態への対応力も高まるだろう。
4. 次の練習では、また別の条件に少し変化を加える
このプロセスは、ほとんど何にでも適用範囲を広げられることを覚えておこう。運動技能の向上に有効であることがわかっているこのプロセスは、ほぼどんなスキルについても応用することが可能だ。
上達することを期待して、同じことを何度も繰り返すのはやめよう。そうしたやり方でも上達は可能だが、あとに続く練習に少しの変化を加え、新たにつくられた記憶を再固定化するための時間を自分に与える場合にくらべると、スピードの点で大きく劣る。
すでに習得しているスキルを修正し、それに磨きをかけ続ければ、そのスキルをさらに高めることができる。しかも、ずっと速く。これが、専門技術を身につけるための、いちばんの近道なのだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Jeff Haden、翻訳:阪本博希/ガリレオ、写真:RakicN/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.