人間との共生に必要な「常識を理解できるAI」はいつ登場するのか

2018/11/6

常識の欠如が招いた過去の失敗

DARPA(米国防総省高等研究計画局)が、AIに「常識」を学習させるためのチャレンジ(競技会)を開催する。DARPAは近年でも、自動走行車やロボットでチャレンジを開催してきたが、今度はそれを「AIに常識度を競わせる」という面白い対象に向けた。
「常識」とは、DARPAのリリースによると次のように説明されている。「ほとんど全ての人によって共有される気づき、理解し、判断する基本的な能力で、議論することなくほぼ全ての人に無理なく期待できるもの」
現在話題になっているAIは、正確には「狭いAI」と呼ばれていて、頭が良さそうに見えるもののごく限られたことしかできない事実はよく知られている。
すさまじい数の医療ドキュメントに目を通して、もっともその人に合った治療法を提案したり、多数の風景を学習して目の前の景色の中に何があるかを見分けたりする。機械にそんなことができるとは天才的だと感激するのだが、そんな天才的なAIも、他のことをやらせようとすると、からきしダメだ。
碁の世界チャンピオンを打ち負かしたAIに、木製の台を挟んで2人の人が向かい合っている風景を見せても、それが碁の試合だとはわからないかもしれないのだ。
そんな狭いAIに対して、まるで人間のように考え判断できるAIは「広いAI」とか「汎用人工知能(AGI)」と呼ばれる。広いAIが出現するのはいつなのかと議論が絶えないのだが、その狭いAIと広いAIの間に「常識を理解できるAI」があるというのが、DARPAのチャレンジの基本にある。
というのも、これまでのAI研究は常識が欠如していたためにつまずいたという過去があるからだ。常識をAIにどう理解させるのかの枠組みや方法論がなく、コンピューターに理解可能な常識をほぼ手作りのような方法で構築しようとして失敗した。
コンピューターが学習できるさまざまな方法が出てきた今、再度常識に挑戦しようというわけだ。

「息子は父親よりも年が若い」

さて常識といえば、日常生活でわれわれもその表現をよく使う。例えば「文化や育った環境によって常識は異なる」とかである。
「あの人、本当に常識を知らない!」とか「それは、ひどい常識外れだよね」などという文句はよく耳にするが、このAIでいう常識とはそうした高度な常識ではなく、もっと根本的な常識のことだ。
例えば、DARPAはチャレンジで次のような質問をAIに投げかけるという。
「2つの鉢に完全に同じ植物と土が入っていて、学生が同じ量の水をやります。そして、1つを窓際に、もう1つを暗闇に置きます。窓際に置いた植物が生成するのは、次のどれでしょう。(1)酸素(2)二酸化炭素(3)水」
植物は光合成で酸素を発生させるという知識をAIに教えておけば、すぐわかるだろうと思うかもしれないが、ポイントはそこにはない。例えば「窓際に置いた」という言葉から、そこでは自然光が当たるのだということがわかるかどうかだ。この常識がわからなければ、この問いには正しく答えられないのだ。
ほかにも、AIについてはきりがないほどの常識欠如の説明例がある。「ある男がワシントンにいるならば、その男の左足もワシントンにある」とか「息子は父親よりも年が若く、人生を通してずっと年下である」といったことだ。
これは新種のジョーク集か、あるいは聞いただけで「当たり前だろ!」と腹を立てたりしそうな内容だが、AIにとってはすぐには理解できない真剣な課題なのだ。

自動走行車や医療に「常識」は必須

自動走行車や医療で利用されるように、AIがますます人間の生命を左右するようになってくると、AIに常識が備わっているのかどうかは重要な点になる。DARPAによると、AIが常識を備えれば、人間との共生を推し進めるものになる。
考えてみれば、われわれ人間は日々、無数の常識をつなぎ合わせて世界をナビゲートしている。それに歩調を合わせてくれるようなAIでなければ、われわれの生活を邪魔するだけになるかもしれない。
チャレンジでは、2つのアプローチを対象にする。
ひとつは、ちょうど子どもが基本ブロックを直感的に組み立てながら発達していくように、経験から学び、発達心理学で定義されるコアとなる認知領域をまねするようなコンピューターモデルの構築を競うもの。
もうひとつは、常識に関する事象について、自然言語や画像ベースによる質問に平均的なアメリカの成人レベルで答えられるような「常識の知識レポジトリ」を構築するという挑戦だ。
レポジトリ構築のためには、マニュアルのプログラミングや機械学習に加えて、クラウドソース手法で多くの人々のインプットも用いるような方法が期待されている。
現在、われわれが「会話のようなもの」を行っているアレクサやグーグルやシリは、まだ知識を詰め込んだだけの頭でっかちの相手でしかない。AIに常識が備わると、もっと面白く頼りになる話し相手になるかもしれない。その日はいつ頃来るのだろうか。楽しみなことである。
*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子)