スポーツから学べる「まずやってみる」ことの大切さを伝えたい

2018/11/5
2018年の全米オープンテニスで女子シングルスを制す歴史的快挙を果たし、テニス界に旋風を巻き起こしている大坂なおみ。彼女の存在を通してテニスに興味を持った人も多いのではないだろうか。

「テニス界はバブル期を迎えている」と語るのが、NewsPicksのプロピッカーであり、ジュニア時代の錦織圭の指導を担当した中村豊氏だ。実は中村氏は、かつて所属していた世界最高峰のテニスアカデミーである「IMGアカデミー」に最近復帰したばかりだという。

中村氏の一時帰国にあわせて、強豪選手を生み出し続けるIMGアカデミーの魅力、大坂なおみや錦織圭といったトッププレイヤーに必要な要素などについて聞いた。
学費は約900万円。世界最高峰「IMGアカデミー」に復帰した理由
錦織はジョコビッチに勝てるか
──現在の錦織圭についてはどう見ていますか。
中村 錦織圭の去年のこの時期のランキングは22位でした。(レースがスタートする)今年1月も22位からスタートしました。
そんな中、今年は全米オープンでベスト4に入るなど継続的に結果を出し、年間ランキングも9位にまで食い込みました。
また、怪我のため欠場するデルポトロの繰り上げという形にはなりますが、年間成績上位8人によるATPツアー・ファイナルの出場も勝ち取りました。
手首の怪我からの復帰の年に、想像を絶する本人の不安や葛藤の中でこのチャンスを掴んだことは本当に素晴らしいことだと思っています。
彼は今年の12月で29歳になるので、選手の年齢としてはピークに入る時期です。
錦織圭は「大きな大会で優勝したい」と明言していますし、ある意味、年齢に対して危機感もあるのではないでしょうか。
──錦織圭はいいテニスをしながらも、今回の全米もウィンブルドンもジョコビッチに負けてしまいました。本人もジョコビッチに苦手意識があるのかもしれないですが、中村さんはどう見ていますか。
ジョコビッチとの相性はあると思います。錦織は攻撃的な選手な一方、ジョコビッチはディフェンスが完璧な選手です。
特にグランドスラムのような5セットマッチでは、錦織が攻撃し続けるための体力と気力を持続させなくてはいけません。
とはいえ、守備が完璧な選手を崩すのは、なかなか難しい。でも、チャンスは大いにあると思います。
グランドスラム優勝するために彼ができることは、ジョコビッチと対戦できるくらいまで、毎回勝ち続けていくことにつきます。
プロスポーツの世界は「諦めたらそこで終わり」という世界です。もちろん、彼もそれは自覚していると思います。
怪我でふがいない時期もあったと思いますが、今またこうやってカムバックしてきていますよね。
錦織選手の今後には引き続き期待しています。
中村豊(なかむら・ゆたか)
アスリート育成、総合的な指導をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。 現在は米国のフロリダ州に位置するIMGアカデミーに拠点を置き、テニスから他のアスリートの育成に関わっている。海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。錦織圭選手を支援した盛田ファンドのアドバイザー・顧問を務め、将来有望な同ファンドのジュニア育成にも関わっている。 過去には女子テニスWTAのマリア・シャラポワ選手(2011〜2018年)、LPGAゴルファーからサッカー選手の指導育成に携わっていた。 
強豪選手が揃っている
──ジョコビッチも2016年のフレンチオープンを制し、生涯グランドスラムを達成した後にスランプに陥りましたが、優勝した今年のウィンブルドンからは調子を取り戻してきました。テニス界にとっても、錦織にとっても、倒すべき強い相手が戻ってきたのは良いこととも言えるのでしょうか。
そうですね。テニス界が「バブル」と言えるのは、賞金だけではなく、フェデラーやナダル、セリーナやシャラポワなど、トップの選手がプレーしていることの意味も大きい。
2,3年前まではセレーナが怪我をしていたり、シャラポワがいなかったり、フェデラー、ナダルのトップが出たり入ったりしていました。
でも今は、全員がグランドスラムに出れていますから、とても面白い環境だと思います。
──テニス界が注目されている中で、中村さんが特に注目している人はいますか。
今盛田ファンドでテニスをしている、14歳、15歳、16歳の生徒ですね。今までの歴史を見ても、盛田ファンドに関わった生徒たちは、ほぼ日本を代表する選手になっています。錦織圭、西岡良仁、内山靖崇。女子では、奈良くるみがそうですよね。
今と、僕が子供のころテニスをやっていた時と何が違うかっていうと、僕の時代には錦織圭という存在がいませんでした。
そのときは松岡修造さんのウィンブルドンベスト8、世界ランキング46位が最高記録でした。つまり「100位を破ればすごい」という世界でした。
でも錦織圭が出てきたことで、一気にその既成概念は覆されました。
いまでは西岡良仁、ダニエル太郎といった、錦織圭の次の選手も出てきています。男子テニスで世界ランキング100位に入る選手が今は4人もいるというのは、テニス強豪国の中でも稀です。
盛田ファンドの生徒たちは、世界のトップを目指したいと思って日々トレーニングしていますし、日本のテニスの地位はかなり高くなっているので、そこに感化された次の世代はもっと出てくると思います。
日本人だからこその戦い方
──日本人選手の体格は、10年前、20年前とでそんなに変わらないと思うのですが、それでも勝つために、どのようなアプローチをして育てていくのでしょうか。
日本人が世界で通用するには、フォアハンド、バックハンド、サービス、リターン、ネットプレー、また攻撃、守備と全部できないといけません。
技術的なもの、戦術的なもの、フィジカル的なものまで全て押さえておく必要があります。
ナダルのようにスペインの選手は、けっこう大柄な人が多いですよね。
そういった選手はベースラインの後ろに下がって、体力で全部やってのけちゃうようなプレーをしたりします。
でもあれは、体格的に日本人にはできないテニスです。
だから日本人に必要なのは、錦織圭がまさに今示しているように、前に出たり後ろに下がったり、相手を崩したり驚かせたり、高低差を使ったり緩急をつけたりすること。
(写真:istock.com)
テニスを熟知した戦術、そこをバックアップできるフィジカル的な能力を備えることだと思います。
同じことの繰り返しではなくて、いろいろなパターンを柔らかく、強く、表現力豊かにできる人間の育成を目指していけば、日本人にも絶対にチャンスはあると思います。
あとは、競争の激しいところに身を置いて生活することですね。
簡単に言えば、身長190cmの大柄な人と一緒に走ったときにも、負けないようにすることです。
頭で理解するだけでなく、実際にそういう環境に身を置いて、やってみることです。
僕は本来持っている才能や、柔らかい動き、力強い動きは、眠っていると思います。
どこかを刺激することで、オフだったそれらの能力はオンになります。
気持ち的な部分もあるし、体の使い方でもあると思います。
オフをオンにするために、トップを目指す人は競争が激しいところに身を置くべきです。
──一人ひとり刺激のポイントが違うと思うのですが、どのようにアプローチをすると良いのでしょうか。
僕は言葉よりも、一緒にやらせるようにしています。走らせたり、競争させると、アスリートは体で感じるものなんです。
そして「あと一歩」という最後の階段を登れなかったときに、僕がちょっとだけアドバイスをします。
競った試合の最後は自分もきついし、相手も絶対きついわけです。
「そんなときに自分の最後の武器は何なのか」という話です。
その時、例えば「1メートル跳べるのか」って言ったら日本人は跳べないわけですよね。
でも「(体格的に恵まれた)あいつらは跳べるだろうって。じゃあ君は何で補うのか」という話です。
「自分自身の体格を受け入れ納得し、踏ん張ること。そこがお前の武器だろう」と伝えます。
そういった覚悟があれば勝てるんです。
こういったアプローチで響いてくれる人には響くし、響かなかったら、また違う形でアプローチをしていきます。
個人競技と団体競技のミックス
──日本人にも、野球の大谷翔平のような、フィジカルエリートがいると思います。彼らは生まれ持ったものが大きいと思いますが、そういった、先天的な運動能力がある子供にテニスにきてもらうためには何が必要なのでしょうか。
やっぱり世界で活躍する選手が増えることだと思います。
錦織圭もそうですが、今回の大坂なおみの影響力は大きいと思います。
全米で優勝してからの報道量はすごかったですよね。ここまで報道がされれば、それはテニスの面白さや名声につながります。
例えば、女子バレーには身長170cmや180cmで、能力のある選手がいっぱいいますよね。動けるし、跳べる。
そういう選手がテニス界にどんどん興味を示して入ってきてくれると、テニス界も変わっていくと思います。
──運動能力がある女子はバレーに行って、男子は野球やサッカーにいく流れがあると思うのですが、彼らがテニスに来たら、テニス界ではどんどんいい循環が生まれそうですね。
実は僕は、ジュニアのうちは一つのスポーツに絞るのではなく、両立させることが一番いいと思っています。
これは「マルチ・スポーツ」という考え方ですが、僕がIMGで積極的に取り組んでいることの一つでもあります。
バレーをやりながらテニスやサッカーをやる。日本だとそういう環境はなかなか難しいと思いますが、小さい頃はいろんな競技をできるような環境を整備するのが良いと思います。
中学に入ったら2つの部活をやるくらいでいいんです。
自分が輝ける場を見極めるのは、15歳前後くらいだと思います。
見極める際、そのスポーツが好きなのかどうか、勝てるかどうか、という2つの考え方はあります。
テニスには、自分が強いから、競争が好きだからテニスをやっているという子が多い。
僕はそういう意味では、個人競技と団体競技のミックスが良いと思います。テニスだったら自分中心で世界が動いてしまうので、自意識が過剰になりがちです。
そこに、チームスポーツでのスピリットを植え付けられるといいですね。
また、いろんな競技をやることで、体に与える刺激はすごくあります。
テニスでずっとやってきた子は、例えばサービスが上手だけれどボールを全然蹴れない子が多い。
他の競技を用いることで、人間の体はどんどん進化できるので、まずは広く浅く始めるでもいいと思います。
週2日はテニス部に所属して、週3日はバレー部に所属するとかもいいですね。
子供たちにスポーツを選ばせることはもちろんですが、大会に出る出ないも含めて、子供たちの将来のために、部活のシステムや先生は柔軟に対応することが大事だと思います。
──運動神経を発達させるためには、早いほうが良いのでしょうか。
早ければ早いほどいいと思います。やっぱり経験しないと、動き方は分からないですから。
アスリートで一番困るのが、頭でっかちになることです。理論が先行してしまうと、一番大切なところで体が動かなくなります。
そこが、プロのアスリートと一般人との一番の違いです。アスリートは感覚派でいい。やってみる中での感覚、自分の理論っていうのを磨いていけばいいんです。
──「まずやってみる」という姿勢はビジネスにも当てはまりますね。子供の頃からどんどんスポーツに親しんでいけば、そういう姿勢が身についていく気がします。
そうですね。「まずやってみる」ことの大切さは、今まで以上に発信していきたいと思っています。
今後は、IMGという場からNewsPicksの読者に向けて、世界最先端のスポーツの環境や、そのビジネス展開について色々伝えていければと考えています。
面白い展開が待っていると思いますよ。
(聞き手:上田裕、構成:水玉綾、撮影:鈴木大喜)