学費は約900万円。世界最高峰「IMGアカデミー」に復帰した理由

2018/11/4
2018年の全米オープンテニスで女子シングルスを制す歴史的快挙を果たし、テニス界に旋風を巻き起こしている大坂なおみ。彼女の存在を通してテニスに興味を持った人も多いのではないだろうか。
「テニス界はバブル期を迎えている」と語るのが、NewsPicksのプロピッカーであり、ジュニア時代の錦織圭の指導を担当した中村豊氏だ。
実は中村氏は、かつて所属していた世界最高峰のテニスアカデミーである「IMGアカデミー」に最近復帰したばかりだという。
中村氏の一時帰国にあわせて、強豪選手を生み出し続けるIMGアカデミーの魅力、大坂なおみや錦織圭といったトッププレイヤーに必要な要素などについて聞いた。

IMGアカデミーの魅力

──この度、8年前まで所属していたIMGアカデミーに復帰したとお伺いしました。なぜいま復帰されたのでしょうか。
中村 IMGアカデミーの今後に可能性を感じたからです。
例えば、IMGのテニスコートはここ2、3年で10面ほど増設をし、トレーニングのジムも新しくしています。
かつては扱うスポーツはテニスだけでしたが、いまではアメフトや陸上など、どんどん増えてきています。
IMGはもともと、1987年にIMGグループがニック・ボロテリーのテニスアカデミーを買収したところから始まっています。
それまで米国の普通の学校では、バスケやアメフト、野球の選手を育てる環境はある程度整っていたのですが、テニスは違いました。
そういった学校には経験を積んだテニスの良い指導者がいなかったのですが、そこに目をつけたのがIMGでした。
プロ育成施設があることは、他のマネジメント会社とは違うセールスポイントになっています。
中村豊(なかむら・ゆたか)
アスリート育成、総合的な指導をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。 現在は米国のフロリダ州に位置するIMGアカデミーに拠点を置き、テニスから他のアスリートの育成に関わっている。海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。錦織圭選手を支援した盛田ファンドのアドバイザー・顧問を務め、将来有望な同ファンドのジュニア育成にも関わっている。 過去には女子テニスWTAのマリア・シャラポワ選手(2011〜2018年)、LPGAゴルファーからサッカー選手の指導育成に携わっていた。 
──最近テニスアカデミーは、世界的にも盛んになっているみたいですね。
そうですね。スペインにあるラファエル・ナダルのアカデミーや、フランスにあるセレナ・ウィリアムズのコーチであるムラトグルーのアカデミーが有名です。
また、全米テニス協会(USTA)は、フロリダ州オーランドの広大なエリアに多数のテニスコートを作りました。
これはテニス界にとって「選手の選択肢が増える」という意味ですごく良いことだと思っています。
ただ、先程も話しましたが、IMGアカデミーは、他のアカデミーと違って、テニス以外の競技があります。
今では、陸上トラックができましたし、IMGはどのアカデミーよりも「トータルアスリート」を育成することに本気になっています。
IMGにはサッカーやバスケなど、いろんな運動能力をもった選手、指導者、関係者が集まっています。
ボールを投げたり、キャッチしたり、蹴ったり、ほかのスポーツを用いることで、運動能力を刺激するクロストレーニングもしています。
だからこそ、IMGはアスリートとして視野が最高に広がる環境だと思います。これは他のアカデミーと大きな違いです。

学費は約900万円

──中村さんは「フィジカルコンディショニングの統括」という役割だと伺っていますが、具体的に何をされるのですか。
実はIMGアカデミーでは、プロを目指す人だけでなく、スポーツを楽しみたい一般の人も多く所属しています。つまり、受け皿がとにかく幅広い。
週2、3回テニスをする初心者から、大学に行ってスカラシップ(奨学金)の獲得を目指している人もいます。
IMGはビジネス展開を考えて、ピラミッド上の最もパイの数が多い層(=一般の愛好家)にもアプローチしています。僕は今、そうした初心者からプロまで、IMGの全ての生徒のトレーニングを管理しています。
──IMGアカデミーが中村さんに期待していることは何なのでしょう。
僕は約7年間シャラポワと一緒にやってきて、トップ選手の貪欲さや勝ちにこだわるハングリーさを見ています。
(写真提供:中村豊)
また、そこに関わっていたコーチや、サポートチームのスタッフから、プロの組織のあり方を学びました。
世界トップクラスの選手の育成経験をもつスタッフがいれば、選手の受け入れ体制を強化できますし、若いスタッフの育成にも繋がります。
強化された選手が、高いパフォーマンスを出して勝利すれば、またお金が生まれ、お互いウィンウィンの形にもなります。
IMGはそういう流れを作りたかったのでしょうし、僕もテニスアカデミーに、きちんと還元したいと思います。
生徒は年間約900万円の学費を支払って通ってくれているので、幅広い層に満足してもらえるトレーニング環境の提供や、次の世代の看板となるプロ選手の育成に力を入れていきたいです。
※編集部注:この高額の学費や留学費を支援するために生まれた制度が、ソニー元副社長で日本テニス協会名誉会長の盛田正明氏が私財を投じて創設した、有望ジュニア選手への留学制度「盛田ファンド」だ。ジュニア時代の錦織圭も「盛田ファンド」の支援を受けてIMGアカデミーに留学している。
──大坂なおみが全米優勝したことで、サーシャ・バインコーチなど、サポートチームの存在も取り上げられました。技術的にもフィジカル的にも、サポートチームは重要な存在だと思いますが、中村さんはどう見ていますか。
テニスはある意味バブル期で、賞金が毎年約8パーセントも上がっています。今回の大坂なおみ選手の優勝賞金は380万ドル(約4億1800万円)。10年前と比べたらほぼ倍以上です。
それだけのお金がいまテニス業界では動いています。
これは何を意味しているかというと、選手がより稼げるようになったため、強くなりたい選手は、プロのトレーナーや栄養士、マネージャーなど、自分をサポートしてくれる人間をどんどん雇うようになっています。
昔だったらトップの選手しか、そのようなチームは築けませんでしたが、今は裾野が広くなっています。

大坂なおみのポテンシャル

──大坂なおみ選手の優勝は日本でフィーバーを巻き起こしました。中村さんは、大坂選手の全米優勝をどう見られていますか。
全米優勝したことは本当にすごいことです。ただ何よりインパクトがあったことは「(長年女王として君臨してきた)セリーナを決勝で倒したこと」です。
2004年にシャラポワがウィンブルドンで優勝したときも「あのセリーナを決勝で倒して優勝した」という意味がものすごく大きかった。セリーナの存在は誰でも知っていますからね。
(Photo by Tim Clayton/Corbis via Getty Images)
今回の全米では、大坂選手が持っているポテンシャルが遺憾なく発揮されたと思います。
もともと、テニス界ではみんなが彼女の持っている能力のすごさを認めていました。
ただ、性格的にムラやちょっと不安定な部分が多かったので「調子が悪いときには1回戦、2回戦で負けてしまう選手」という評価でした。
グランドスラムで優勝するためには、2週間良いコンディショニングで戦わなくてはいけません。
その中でどうしてもアップダウンは出てくるものですが、大舞台で優勝を重ねるトップの選手は、調子が良くないときでも、自分なりに立て直して勝ち切ることが出来ます。
大坂選手もトップの選手の戦い方が出来たのだと思っています。
また、ちょっと話は変わるかもしれませんが、僕が今回面白いと思ったのは、伊達公子さんが解説者として大会中ずっと現地にいたことです。
日本人の中で一番女子テニスの世界で実績があるのは伊達さんですが、大坂選手も現地でそのような日本人が近くにいることを少なからず意識していたと思います。
伊達さんはまさに日本人として女子テニスの世界を切り開いてきたパイオニアですが、その精神が大坂選手に受け継がれてきた側面もあると思いました。
──大坂選手は20歳で優勝して、セリーナのように、何年もグランドスラムで勝つ選手になることが期待されていると思うのですが、そこはいかがでしょうか。
可能性はあると思います。でも、本当にグランドスラムで優勝するには、ものすごいエネルギーが必要です。
これからさらに勝ち続けるには、いままで以上の能力と努力が求められます。
全米で優勝したことで、国内外から報道陣が駆けつけて、彼女の生活はガラッと変わったでしょうが、これからどうなっていくか楽しみですね。
ただ、可能性は大いにあると思います。
※続きは明日掲載します。
スポーツから学べる「まずやってみる」ことの大切さを伝えたい
(聞き手:上田裕、構成:水玉綾、撮影:鈴木大喜、デザイン:星野美緒)