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細断後の作品が「愛はごみ箱の中に(Love is in the Bin)」と改称。本当に唯一無二になって、さらに価値が出てしまった。これこそ想定外。バンクシーも苦笑いしてるな。いやぁ、オークションは知的富裕層のギャンブル。面白い
図らずも美術館からバズへの価値移転を表現してしまったデュシャン2.0感漂う流れ。

落札した人には是非ともバラバラになった一切れ一切れをドラゴンボールみたいに世界中に隠して欲しい。
デュシャンが泉を発表して、現代アートの出発点と言われるようになったのが、1917年。

バンクシーが愛はゴミ箱の中にを発表したのが、そのほぼ100年後の2018年。
これでも買う落札者は、本件に対するバンクシーの皮肉なメッセージを理解してない感じ。立場が逆でバンクシーが落札者だったら、「落札した時と作品が変わったのだから値段を下げろ」や、もっとビリビリに破いて「これでもっと価値が上がるかな」なんていう皮肉で既存のアート業界をdisり返していたと思う。そしてそれができる落札者は単なる需給ビジネスと化しつつある競売式の海外オークションには来ないだろう、というのもバンクシーは見抜いていたのだろう。笑
現代美術になると、どこに価値があるのかは、はっきりしない。極端な話、ゴミの山でも、トイレの便器でも、高価な評価を生み出してしまう。その点では、単なる作品よりも、シュレッダーで裁断された作品の方が、評価が高くなるのは予想されるだろう。
この競売は、まったくの偶然とは言えないように思われる。どの範囲の人までがこの「ショー」にかかわっていたのだろうか。そのことを考え始めると、競売というシステムも、うさん臭く感じてしまう。それを示すことがバンクシーの意図なのだろうか。
細断後の作品が「愛はごみ箱の中に(Love is in the Bin)」に改称。価値は倍の200万ユーロへw アートは難しいw >サザビーズは落札者のコメントとして、「先週に落札が決まり、作品が細断された時、初めはショックを受けたが、美術史のかけらが自分のものになることに、少しずつ気付き始めた」との言葉を紹介している
バンクシー氏が今、このような事態になって、どのようにおもっているのかはわかりませんが、先日、現代アーティストの方に今回の件について、お話を伺うことができました。
その方は今回の件について、

「逆説的なジレンマを感じる」と。

記事の中でも、識者が見解を示していますが、私がお話を伺った方も同じことをおっしゃっていました。

結果的に世間で話題となり、この作品だけでなく、バンクシー氏自体の市場価値が高まる方向になったのではないか、と。

→しかし、バンクシー氏は、そもそも資本主義社会を批判したい思考の持ち主。

今回のことで、さらなる金銭価値を生み出してしまうと、
バンクシー氏のマインドそのものと逆のことが起きてしまうのではないか。
バンクシー氏の今回の行動は、たしかにユニークではあったけれど、詰めが甘かったのではないか、とお話されていました。


現に落札者も、細断された作品に希少価値を感じ始めているわけで。

バンクシー氏は、Instagramでピカソの言葉を使って、
「破壊は創造だ」というようなコメントを残していますが…

果たして、バンクシー氏。
次はどのような行動を我々に魅せてくださるのでしょうか…。
動画とソーシャルメディアの時代で伝わりやすいストーリーという無形価値が昔より乗っかりやすくなった。
そのストーリーも含めて、作品の時代になったてことなんだろうなぁ。
支払いも使おうとするとシュレッダーされる札束だったりして。
これ、原型が綺麗に保存されたままで良い感じに裁断が途中で止まってるので鑑賞価値が残っちゃったんじゃないでしょうか。オフィス用のシュレッダーみたいに完全にバラバラになってたら価値ゼロだったかもしれません(紙片を袋詰めにして「バンクシーの絵だったもの」というアートにされてしまう可能性もありますが..)なんで途中で止めちゃったのかバンクシーに聞いてみたい。※どこかに書いてあったらご指摘ください