英語難民を救え。「ビジネスで使える英語」の正体とは

2018/10/16
ビジネスのグローバル化が進む今、巷には焦るビジネスパーソンを受け入れる英会話教室が溢れている。しかし、「どこに行っても続かない」「通い続けてもなかなか実力がつかない」と嘆く声も多く、思い通りの結果を得られた人は少ないようだ。
そんな「英語難民」たちが最後に駆け込むスクールとして知られるのが「トライズ」だ。トライズは、1年間・1000時間の英語学習によって「実務で使える」英語をマスターするコーチングプログラムを実践している。他の英会話教室や英語学習法と何が違うのか。なぜ1年間なのか。その最強のメソッドを紐解いていく。

必要なもの以外は「捨てる」英語学習を

みなさんは、孫正義氏が英語で話す姿を見たことがあるだろうか。見たことがない人は、ぜひ動画を探してみてほしい。そして、評価してほしい。彼は、英語が「上手い」だろうか。
「孫さんは、単語も文法も難しいものは一切使わず、発音も典型的なジャパニーズイングリッシュ。『ネイティブ並み』とはお世辞にも言えませんが、それでもビジネスの世界では問題なくやっていける。言い換えれば、ビジネスパーソンが身につけるべきなのは、孫さんのような“使える”“伝わる”英語なのです」
そう話すのは、コーチング英会話スクール「トライズ」を運営する、株式会社トライオンの代表取締役・三木雄信氏だ。三木氏はソフトバンク社長室長として、孫正義氏の右腕を務めた経歴を持つ。
「ソフトバンクに入社する際、孫さんに『英語はできる?』と聞かれ、『日常会話程度は』と答えたのですが、実は聞き取りさえままならないレベルでした。だから、海外出張に同行しても、何を言われているのかわからず、発言することもできない(苦笑)。
さすがにこのままではまずいと英語の勉強を始めました」
しかし、仕事で大きな案件を複数抱えながら英語を身につけるのは、並大抵のことではない。そこで三木氏は、「流暢に話すことを目的にしない」と決めた。
同僚を見ていて、流暢な英語でなくても意思疎通ができることはわかった。間近で聞いていた孫氏の英語にも励まされたという。
「『語学の枠を超えて、文化もマスターしないとグローバル人材にはなれない』という意見もあります。たしかにそれが理想ですが、実務で明日からでも英語が必要なとき、文化の勉強から始めていてはとても間に合いません。
当時の私に必要だったのは、相手と交渉するための英語でした。だから、スピーキングとヒアリングを徹底的に鍛えて、リーディング、ライティング、単語の暗記は最初からスパッと切り捨てることにしたのです」(三木氏)

なぜ「1年間で1000時間」を目標にするのか

結果、三木氏自身が英語で満足いく交渉ができるようになったのは、勉強を始めて1年ほどたった頃だという。
その経験から三木氏は、トライズでも「ゴール設定」の重要性を説く。
ビジネスプロジェクトであれば、「ゴール設定」をするのは当たり前のことだ。しかし、日本人の英語学習ではゴール設定が曖昧、もしくは現実的でないケースが多く、それが英語を身につける際の障害になっていると感じたからだ。
「意思疎通のために最低限必要な英語は、中学の授業でほとんどがカバーされています。つまり、普通に大学まで英語を学んだ日本人なら、英語の『知識』に関してはメタボ状態で、それ以上詰め込む必要はまったくない。
本当に必要なのは、その人が『必要としているアウトプット』の見極めと練習なのです」(三木氏)
たとえばトライズには歯科医師も英語を学びにやってくる。一言で歯科医師といっても、海外から入ってくる新しい技術に対応したい人もいれば、学会で英語で発表したい人、海外からの旅行者の診察ができるようになりたい人もいる。
それぞれで、必要とされるレベルも違えば、覚えるべき単語も、言い回しも違ってくる。だからこそ、その人の状況に即した学習を行うことで、最短距離で「必要な実務レベルの英語能力」というゴールを目指すのだ。
ただし、明確なゴールを設定し、学ぶ範囲を絞ったとしても、実用レベルに達するまでには1000時間の学習が必要だという。
「アメリカには、国務省やCIAなど公的機関の人々が外国語を学ぶための『Foreign Service Institute(FSI)』という外国語教育機関があります。そのFSIの研究で、標準的なアメリカ人が日本語を習得するためには、2200時間かかることがわかっている。このことから、日本人が英語を習得するのも約2200時間かかると考えられる。
日本の学校教育では、約1200時間の英語学習が行われているから、足りないのはあと1000時間。私自身の経験からも、受講生のデータからも、これを短縮することは不可能です」(三木氏)
Foreign Service Institute(FSI)調べ
多くの人のように週1回、40分の英会話レッスンを受け続けても、年35時間程度にしかならない。「通い続けても効果が実感できない」のは、当たり前のことだったのだ。
そこでトライズは、この1000時間を1年で達成することを掲げ、1日約3時間の学習を習慣づけるサポートを行う。週末にまとめて20時間勉強した人より、毎日3時間継続して勉強した人のほうが学習の効率がいいことも、過去のデータから見て明らかだからだ。
「ただし、忙しいビジネスパーソンに『3時間机に向かえ』という非現実的なことは言いません。首都圏の平均的な通勤時間が59分、関西圏では52分。その時間を英語学習に充てることで、まずは1日2時間を確保します。
それに加えて、レッスンと、移動時間でスピーキングやシャドーイング(聞いた英語を即座に口に出すこと)などを行えば、1日平均3時間・年間1000時間の達成です」(三木氏)
日曜日は英語学習を休みにした場合のスケジュール例。オンラインレッスンは、ネイティブ講師によるプライベートレッスン。グループレッスンでは、各教室でグループディスカッション形式のレッスンが行われる。

英語学習の“死の谷”はシェアして乗り越える

1年間という期間限定とはいえ、毎日3時間の学習を支えるトライズの仕組みとはどういうものなのか。
実業家の丸山栄樹氏は、実際にトライズを1年間受講した。事業の海外展開をきっかけに、英語ともう一度向き合う必要に迫られたからだ。
「会社にはネイティブの人間もいる。通訳を使うという手もある。しかし、現地で本物の人間関係を作るためには、やはり自分でコミュニケーションを取るしかないという結論になったんです」(丸山氏)
しかし丸山氏の気持ちは暗かった。速習教材を購入したり、ネイティブ講師を「売り」にした英会話教室に通ったりと、一通りの英語学習を試したものの、すべて挫折してきた過去がある。
何かいい方法はないかとたまたま手に取ったのが、三木氏が書いた英語学習の本『海外経験ゼロでも仕事が忙しくても「英語は1年」でマスターできる』。その理論に納得して、トライズの受講を決めた。
「まず、学習をサポートしてくれるコンサルタント陣に魅力を感じました」と丸山氏。
実はトライズのコンサルタントはネイティブや帰国子女ではない。日本の英語教育を受け、その後、努力して英語を身につけた日本人ばかりなのだ。
「ネイティブ講師にはオンライン・プライベートレッスンを担当してもらいますが、彼らには英語学習で挫折した経験がない。挫折しそうなとき、つまずきそうなとき、受講生に寄り添ったアドバイスができるのは、非ネイティブにしかない強みです」(三木氏)
トライズを始めた当初は丸山氏も、「こんな語彙力で講師に笑われないだろうか」「こんな発音でいいのかな」と気にしていたという。しかし、2カ月ほどたつと、そんな心配は消えていた。英語に対して、無用なコンプレックスを抱いていたことに気づいたのだ。
「多くの日本人は、完璧に英語を話せる人か、まったく話せない人としか触れ合う機会がない。でも世界で活躍するビジネスパーソンは、そんなに両極端ではありません。だから恥じることはない。それを伝えるのも、コンサルタントの重要な役割ですね」(三木氏)
しかし、ほかの受講生と同様、丸山氏も4カ月目と9カ月目に伸び悩みを経験する。
毎日3時間の学習を続けていると、3カ月ほどで、音声の認識能力が上昇する。すると、意味を理解することに全神経が傾き、自分が話すために使う脳の余力がなくなり、その時期にスピーキングのスコアが落ちるのだ。
同じように、話すための神経回路が脳内でできあがりつつあり、構文を考えることに全神経を使ってしまうのが9カ月目だ。
三木氏が「死の谷」と呼ぶこの伸び悩みを、丸山氏はコンサルタントに素直にぶつけた。
「『死の谷』について納得できたので、『成長痛のひとつだ』と捉えて、モチベーションが下がることはありませんでした。
コンサルタントには、教室に行かない日も毎日メールを送っていました。朝送れば、その日のうちに返信があり、それを読んで、また頑張る。まるで交換日記のようでしたね(笑)」(丸山氏)
もうひとつ、丸山氏が「助けられた」と語るのは、週1回のグループディスカッションや、卒業生も参加するパーティなど、ほかの受講生と触れ合う機会が多かったことだ。
「シャドーイングに使えるこんなフリーソフトがあるよ」とちょっとしたノウハウを共有できることもありがたかったが、「今、こんな部分で伸び悩んでいる」と相談すると「私も同じだった」と、それを乗り越えたときの話をしてもらえた。
「今思えば、以前の私は『英語』という絶壁を目の前にして足がすくんでいたのでしょう。でも、同じように苦しんでいる人、そしてそれを乗り越えた人と話すなかで、『このまま続けていけば大丈夫だ』と自信を持つことができました」(丸山氏)
丸山氏は見事、1年で英語を自分のものにした。ちょうど卒業の時期には、バングラデシュで現地のITエンジニアを英語で面接した。今では、電話や交渉事もすべて自分で行う。英語はもう、怖いものではない。
「かつてないほどに世界中で英語が使われている現在、ビジネスで英語が使えると、まったく違ったゴールを描くことができます。
私は20年前、必要に駆られて身につけた英語で人生が変わりました。私のように、あるいは丸山さんのように、流暢ではない英語でも物怖じせず戦えるような人をひとりでも増やしていきたいですね」(三木氏)
(取材・文:大高志帆 撮影:片桐圭 デザイン:砂田優花)