アルファベットも新規顧客

自分の投資で最大のミスは、オンライン決済サービス「Stripe」の案件を見送ったことだ──。
シリコンバレーの著名なベンチャーキャピタリストでリンクトインの共同創業者のリード・ホフマンは、折に触れそう語っている。Stripeという機会を逃したことが悔やまれてならない理由は、年を追うごとに明確になっている。
Stripeのパトリック・コリソン共同創業者兼CEOによると、同社は先ごろクローズした資金調達ラウンドで2億4500万ドルを集め、企業価値は90億ドルから200億ドルに跳ね上がった。
さらに、9月末に同社のサイトに掲載された新規顧客のなかには、グーグルの持ち株会社アルファベットやライドシェア大手のウーバー・テクノロジーズの名前もある。

資金調達が「控えめ」な理由

近年のIT業界の資金調達バブルを考えれば、2億4500万ドルは控えめな金額だ。
しかし企業価値20億ドルという数字は、民泊仲介最大手のAirbnbやデータマイニング業界で注目のパランティア・テクノロジーズ、ウーバーなど、未上場のスタートアップのなかでも一握りのエリート集団に数えられる。
今回のラウンドで初めて参加したアメリカの著名ヘッジファンドのタイガー・グローバル・マネジメントやロシア系ファンドのDSTグローバルなどStripeの投資家は、オンライン決済という競争がきわめて厳しく利益率の低い分野で、同社の大きな可能性に賭けている。
「数十億ドルの資金を調達する必要がなかったという事実は、彼らのビジネスの質を物語っている」と、タイガー・グローバル・マネジメントのパートナー、リー・フィクセルは言う。
今回の資金調達をもっと広く知らしめていれば、もっと多くの資金が集まり、企業価値もさらに上がっていた可能性はかなり高い。
「ほとんど誰にも話を持ちかけなかった」と、コリソンは言う。「私たちは幸運にも早くから利益を上げることができ、資金を集めなければならない状況に立たされたことはない。むしろ1年、2年先を見据え、現在のペースで行くか、もっと大きなことをするかを考えている」

ネット通販の8割を支える

Stripeの誕生は2010年。共同創業者のパトリックとジョン・コリソン兄弟はアイルランド出身で、アメリカの大学に進んだ後、ソフトウエア業界に挑戦するためシリコンバレーに来た。
彼らはいくつかの実験的事業を経て、スタートアップがオンライン決済システムを簡単に導入できる方法を考案した。銀行取引の書類と手続きの泥沼にはまることなく、サイトやアプリに簡単なコードを組み込むだけで、Stripeが構築した決済システムを利用できる。
若い企業や、インスタカート(食料雑貨品の買い物代行・即日配達サービス)、リフト(ライドシェア)、ドアダッシュ(フードデリバリー)などIT業界注目の有力スタートアップが次々にStripeを導入。これらの企業が大量の取引を処理するたびに、Stripeに少額の手数料が入る。
各社のサービスの舞台裏にいるため、Stripeの名前はあまり知られていない。しかしオンラインで買い物をする人々は、気がつかないうちにStripeのサービスを驚くほど頻繁に利用している。
昨年オンラインで買い物をしたアメリカの成人の約84%が、Stripeを介して支払いをしたのだ。グーグルやウーバー、さらには音楽ストリーミング配信サービス大手のスポティファイが新たな顧客となったおかげで、その数字は今後も増えるだろう。

秘密主義への批判も

パトリックとジョンはそれぞれ30歳と28歳。世界でもとりわけ若いビリオネアだ。ただし、業界内には、彼らの成功は過剰に宣伝されていて裏づけがないという指摘もある。
Stripeに対する最大の批判はトランザクション数を公表してないことで、事業全体の規模を判断できない。これはアディアンや、現在はペイパル傘下のブレインツリーなど、競合相手となったインターネット企業の大成功の波に乗り遅れた一因でもある。
しかし、Stripeはこの1年でアマゾンをはじめ超大手企業と契約したほか、ウーバーなどアディアンの超大口顧客を奪っており、一連の批判も勢いが鈍っている。
アディアンは今年6月、拠点を置くオランダでユーロネクスト・アムステルダム(アムステルダム証券取引所)に上場した。株価は急上昇し、現在の時価総額は180億ドルを超える。
同社が2018年上半期に処理したトランザクションは820億ドル相当で、収益は1億8400万ドル、純利益は570億ドルにのぼる。これらの数字をStripeは開示していない。
「私がStripeに投資していたら、もっと情報が必要だし(開示を)求めるだろう」と、D.A.ダビッドソンのリサーチ部門を統括するギル・ルリアは言う。
「とはいえ、彼らの顧客リストや業界に及ぼしている影響を見れば、それなりに信用できる。アディアンとペイパルより急速に成長していると言ってもかまわないだろう」

9月にはPOS端末を開発

パトリック・コリソンは、Stripeの事業は競合相手より多様で、より広大な目標を掲げていると主張する。
9月に発表したPOS(販売時点情報管理)端末は、モバイル決済大手スクエアの端末と似た機能を持ち、消費者との対人決済に対応する。たとえばフェリー会社は、チケットのオンライン販売も船着場での販売も、すべての決済をStripeの1つのシステムで処理できる。
「会計処理やあらゆることが簡単になる」と、コリソンは言う。オンラインと実店舗の双方でメガネを販売しているニューヨークの人気ブランド、ワービー・パーカーは数カ月前からStripeのPOSシステムを試験導入している。
Stripeは不正検知技術や代理請求システム、スタートアップ設立時の法的手続きを指南するサービス「Atlas」の改良にも努めている。基本的な決済処理にとどまらず、さまざまな製品やサービスを顧客に提供していく計画だ。

国境をまたぐ決済システム

国際市場にも力を入れている。今回の資金調達ラウンドは、国外事業の拡大を強化するためでもある。
すでに、中国のライドシェア最大手の滴滴出行(ディディチューシン)や、東南アジアのライドシェア最大手でシンガポールを拠点とするグラブと契約。「やりやすい国には進出している。今後は(規制などが)より厳しい市場にも挑戦していく」と、コリソンは言う。
創業間もない企業が事業を確立しやすくなるサービスを提供し、その企業が国際的に展開した際は、複数の国や通貨でカネを動かしやすいサービスを提供する。それがStripeの青写真だ。
とはいえ、現在の政治状況を考えると、国境をまたいで決済システムを簡潔化するという目標が難しくなっていることは、コリソンも認めている。
「ドナルド・トランプ米政権は、キューバの市場を開放する政策をひっくり返した。私たちもキューバでのビジネスを楽しみにしていたが、残念ながら実現していない」
さらに、ヨーロッパの規制強化と中国の閉鎖的なインターネットが、オンラインコマースを分断している。
「国境は関係なくなるというのが、インターネットの可能性だった。しかし、ここ2年ほどは、その兆しが後退している。全体的な傾向として、グローバルなビジネスは難しくなりつつある。しかし、グローバルな決済システムを実現させることの重要性を、私はこれまでどおり──ある意味で、これまで以上に強く──確信している」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Ashlee Vance記者、翻訳:矢羽野薫、写真:triloks/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.