京都大学の中村特別研究員と東京大学の金子教授は、16世紀から19世紀における西洋音楽の様式の変化が、進化のプロセスで説明できることを明らかにした。この研究で採ったアプローチは、言語やファッション、科学の進歩など他の文化的現象の理解にも役立つ可能性がある。
言語、ファッション、科学の進歩にも
音楽学者たちは長年にわたり、音楽の様式が時とともにどう変化するのかを研究してきた。新たな様式が音楽の伝統から生まれ、時には2つ以上の様式の組み合わせから生じることは分かっている。
音楽の様式が変化していく様子は、進化のプロセスを連想させる。
強力なプロセスである進化が、生物学的な状況に影響を与えるのと同一の、よく知られた伝播の法則に基づいて、音楽の状況を形成してきたということはあり得るのだろうか。それとも、音楽の進化は作曲家たちの独特な行動の結果に過ぎず、より一般的な特性には従わないのだろうか。
京都大学の中村栄太特別研究員と東京大学の金子邦彦教授による研究のおかげで、1つの答えが得られている。西洋のクラシック音楽の大規模な研究をした結果、数々の進化の法則が働いていることが初めて明らかになったという。
この研究結果は、言語、ファッション、科学の進歩など他の文化的現象の理解にも影響を与える可能性がある。
まずは背景を少し説明しよう。
進化とは、個体の集団に適用されるアルゴリズム的なプロセスである。進化が起こるには、集団内のそれぞれの個体に、何らかの形で差異がある必要がある。たとえば、外見や行動の違いだ。
さらに、これらの個体は、新しい世代の個体に特定の形質(特徴)を引き継がせる(継承させる)能力を持っている必要がある。
そして、集団の存在している環境は、特定の形質を持つ個体を選択して生き永らえさせる一方で、別の形質を持つ個体を淘汰するものでなければならない。最後に、これらの段階を何度も繰り返す反復の過程が必要だ。
このプロセスにおける細部の違いは、進化の起こり方の軽微な違いにつながる。ある形質(たとえば、抗生物質耐性)が良い結果をもたらす場合、その形質は、まさに統計的なパターン通りに集団内に急速に広まり得る。
近年では、大規模な遺伝情報データベースの登場に伴い、統計学者たちがこうしたパターンを研究し始めており、パターンを規定する進化の数学的法則を見い出しつつある。
作曲家76人による9996曲を調査
ここで生じる興味深い質問の1つは、同じアプローチを音楽にも使えるかということだ。
中村研究員と金子教授は、1500年から1900年の間に活動した76人の作曲家による9996曲の音楽を調べ、その答えを探し出すことにした。それぞれの曲をMIDI(楽器デジタルインターフェイス)形式にしたファイルを用いて、曲を構成する音の高低と間隔の順序立った一連の並びを調査した。
文化的現象を研究する上での1つの課題は、追跡が可能な、継承の基本単位を見つけることだ。生物学ではその単位は遺伝子であり、遺伝子が集団内に広まる様子は簡単に追跡できるようになった。
しかし、音楽において、同じような役割を持つ単位を定義するのはずっと難しい。
そこで2人は、三全音と呼ばれる不協和(響きの悪い)音程の出現など、音楽における稀な事象を特定して継承の単位として使った。続いて、これらの単位がどれだけ頻繁に起こり、数世紀を経る中でどれほど広まったのかを調べた。
音程が3全音離れた2つの音を同時に出す三全音は、一般に、響きの悪い不快な音程と考えられている。16世紀に作曲された曲には稀にしか登場しないが、時代を経るにつれて一般的になっていった。
音楽学者はずっと、新しい曲が人気を集めるには、新奇性がありながら、既存の音楽の伝統とも結びついていなければならないという仮説を立ててきた。つまり、ある曲が人気を博するには、新しい、あるいは稀な音楽的事象が、典型的な事象と一緒に含まれていなければならないということだ。
こうした新しい曲が人気を集めると、稀な音楽的事象は広まっていく。三全音にもまさにこの通りのことが起こっていた。「1500年から1900年までの間に、三全音の現れる頻度(確率)の平均と標準偏差は増加の一途をたどりました」と、2人の研究者は述べている。
「統計的な進化則として定式化」
しかし、ここで重要な疑問が生じる。稀な音楽的事象の広まりが伝播の一般的なメカニズムによるものなのか、個々の作曲家の独特な行動による結果なのかということだ。
それを調べるために、中村研究員と金子教授は、これら2つの状況を見分けられる進化の数学的モデルを作成した。そして、三全音の使用頻度が増加してきた様子が、伝播の原則となる「ベータ分布」と呼ばれる統計的法則に正確に従うことを発見した。
音楽の進化のしかたを理解する上で重要な影響を与える興味深い研究と言えるだろう。
中村研究員と金子教授は、この研究結果は、文化的進化が文化様式の伝播と選択の一般的なメカニズムを通じて起こることを示すものだと語る。
「音楽文化におけるいくつかの動向は、個々の作曲家の状況によって起こるというよりは、むしろ、統計的な進化則として定式化できると結論づけられます」。
同じアプローチは、他の文化的現象の進化を探り出すのにも使える可能性がある。「新奇性と典型性の間のバランスは、他の文化様式においても重要です。今回のモデルは、音楽データのみならず、他の文化的データの分析にも役立つはずです」
さまざまな研究チームがすでに、言語、他の音楽のジャンル、さらには科学的な話題における進化の力学に注目している。今回明らかになった文化的進化の形式が、科学や工学にどのような影響を与えてきたのか、今後の研究に向けてのギャップがどこにあるかを知ることができれば興味深い。
(参照:arxiv.org/abs/1809.05832 : Statistical Evolutionary Laws in Music Styles:音楽の様式における統計的な進化則)
原文はこちら(英語)。
(執筆:エマージングテクノロジー フロム アーカイブ/米国版 寄稿者、写真:alexskopje/iStock)
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