中国をハイテク国家に化けさせた、巨人アリババの正体

2018/10/8

落ちこぼれの「起業論」

「私みたいな落ちこぼれは、雇ってくれる企業なんてありません。だから起業するしかなかった」
2018年4月25日、アリババ創業者のジャック・マー(本名:馬雲)が、東京の早稲田大学に姿を現した。そして日本人の若手起業家の質問に答えながら、みずからの経営哲学をユーモアたっぷりに表現した。
「博士号をもっている起業家には、特に注意しましょう(笑)。頭のいい人ほど、人の言うことを聞きませんから、起業家になるのは難しいですよ。答えは本に書いてありますしね」
そう語るジャック自身は、本物の落ちこぼれだった。 
(写真:Wang He / Getty Images)
子どもの頃から、同級生からチビで不細工だといじめられ、ケンカ騒ぎを起こしてばかりの悪童だった。また数学が苦手で、大学受験は2度失敗。まともな就職口は見つからなかった。
得意なのは、地元の観光名所を外国人に無料ガイドして、独学でマスターした英語だけ。
それがインターネットに出会うための遠因となり、また時価総額45兆円の巨大企業をつくる第一歩になろうとは、本人も想像していなかっただろう。
「アリババを創業して19年間、毎日、毎日、いつも『俺は正しいことをしているのだろうか』と、自分に問い続けました。人から好かれようが、嫌われようが、これぞと思ったことにコミットするべきです」
日本の若者らにエールを送ったこの講演時、すでに胸の内は決まっていたのだろうか。
2018年9月10日、中国を空前の起業家大国にした「火付け役」であるジャックは、1年後にアリババから去ることを発表した。それはスター歌手が引退表明をしたかのような、大きな騒ぎになった。
(写真:TPG via Getty Images)

中国14億人を「アップデート」

ジャックが1999年に創業したアリババは、今や世界最大級のインターネット企業のひとつだ。時価総額は 45兆6000億円(約4000億ドル)、従業員6万人超を抱える「巨人」だ。
しかし日本人の多くがいまだに、アリババを「中国版のアマゾン」と思っているのであれば、それは致命的な間違いだ。
アリババによって、中国ではもはや、オンライン販売とオフライン販売の境界線は消えつつある。世界でもっともネット通販が進んだこの国で、アリババはコンビニから生鮮スーパー、百貨店まで続々と買収してデジタル化している。
(写真:VCG via Getty Images)
また中国から、現金を消滅させているのもアリババだ。
傘下のアント・フィナンシャルは、現金不要のモバイル決済「アリペイ」を始めとして、あらゆる金融サービスを束ねる世界最大のフィンテック企業だ。
物流でも、驚異のイノベーションが起きている。24時間、365日、好きな時に出前サービスを 30分以内で届けてくれるウーラマは、アリババが2018年春に買収したばかりの、巨大な「オンデマンド物流」の最大手だ。
ジャック・マーが作ったアリババは、14億人を抱える中国のビジネスインフラそのものを、異常な速さでアップデートし続けている。

「進撃のアリババ」は止まらない

特集の第1話では、創業者のジャック・マーがいかにアリババグループを築いたのか、その波瀾万丈のライフストーリーを紹介する。
数々の名言とともに、イラストレーションを使ったこの物語を読めば、アリババという企業のルーツも深く理解できるはずだ。
第2話では、米国のアマゾンとは全く異なる、独自の進化をしているアリババの「最先端ビジネス」を解剖する。
日本で暮らしているとまったく分からない、アリババの革新的なサービスやビジネスモデルを、分かりやすい図解によって徹底解説する。
第3話は、時価総額15兆円ともいわれる、世界最大のフィンテック企業「アント・フィナンシャル」についての現場リポートだ。
日本ではモバイル決済やキャッシュレスが話題になっているが、一足はやく「現金消滅の次」を知るために、アント・フィナンシャルの最先端の取り組みを徹底取材した。
第4話は、いま中国のスタートアップ業界を騒然とさせている、ある謎のコーヒー起業家について紹介する。そのビジネスモデルも斬新だ。
これまで中国のコーヒー市場を独占的に押さえてきた、世界的なコーヒーチェーンのスターバックスを初めて「苦境」に陥れている、中国発のコーヒーベンチャーの正体を追った。
週末には、日本人が発明した「QRコード」について、その開発者に直撃した独自インタビューも掲載する。
不思議な模様をしたこのQRコードは、どのように生まれ、いつから世界で使われるようになったのか。キャッシュレス社会の「起爆剤」となったこの技術の発明者に、その秘話を聞いた。
さらに見逃せないのが、中国でショッピングを楽しむ人たちの「センス」の変化だ。これまでのブランド主義から一転、新しい美的センスを求めるようになっている。
中国に精通しているジャーナリストの高口康太氏が今回、ミニマルなスタイルを好む、中国の新しい消費トレンドについて最新のリポートを寄稿してくれた。
特集の最後は、アリババの人工知能やクラウドなどのテクノロジー分野を担当する、著名サイエンティストのミン・ワンリ氏へのインタビューを掲載する。
中国を都市まるごと「電脳化」するプロジェクトや、製造業をまるきり新しいものにする「新製造」と呼ばれる挑戦など、アリババの未来戦略を語ってもらった。
この特集を読み終わった時、おそらくあなたの理解するアリババ像というのは、まったく異なるものにアップデートされているに違いない。
(取材・執筆;後藤直義、デザイン:國弘朋佳)