【太田雄貴】補助金体質の日本スポーツが生まれ変わる方法

2018/10/5
「2020年の後、補助金体質の(スポーツ)団体はカットされていくと思う」
8月22日放送の「WEEKLY OCHIAI」で日本フェンシング協会の太田雄貴会長がそう語ったように、2年後に東京五輪を控える日本のスポーツ界は今、大きな岐路に立たされている。
長らく“お上”=日本オリンピック委員会(JOC)からの補助金に頼って運営されてきた各スポーツ協会・連盟だが、そのあり方は限界を迎えている。東京五輪で世間のスポーツへの注目が沸点に達した後、補助金の額は縮小されていくことが予想されるからだ。つまり“自立できない”スポーツ団体、言い換えれば自分で“稼げない”競技は、縮小の一途をたどると考えられる。
そんな中、新たなあり方を模索して注目を集めるのが日本フェンシング協会だ。“長老支配”が当たり前のスポーツ界で、2017年8月、31歳の若さで太田会長が就任。次々と新戦略を打ち出し、同年11月のW杯東京大会では観客数を前年の150人から1600人に増やすなど、すぐに成果を出した。
「スポーツ界のロールモデルになり、横展開したい」
壮大なビジョンを描く太田会長に、旧態依然の日本スポーツ界はどうすれば変わっていけるのかを聞いた。
太田雄貴(おおたゆうき)/日本フェンシング協会会長
1985年生まれ。2008年北京五輪で日本人フェンシング選手として史上初の銀メダルを獲得(フルーレ個人)。2012年ロンドン五輪のフルーレ団体で銀メダル、2015年世界選手権で同個人金メダル。2016年国際フェンシング連盟の理事に就任し、現役引退。2017年8月、日本フェンシング協会会長に

目指すは、行列のできるうどん屋

――太田さんは昨年31歳で日本フェンシング協会の会長に就任しましたが、“長老支配”が当たり前の日本スポーツ界では異例の抜擢(ばってき)です。フェンシング協会に「変わらなければ」という認識があり、そういう決定になったのですか。
太田 まずは一般論の話をしますね。日本スポーツ界で一番大きくもめることの発端って、いわゆる学閥なんです。ずっと同じ学閥のところもありますけれど、どこかでひっくり返る周期は必ずある。フェンシングはちょうどその潮目にあった、という認識で良かったと思っています。
僕、大学の色がまったくないんですよ。同志社にいたときはあまり大学に練習に行っていなくて、自分で練習していたので、逆にあまり大学の支持を得られていないんですけど。
同時に僕はどこの大学でも好きなんですよ。対ヒトなので。結局のところ、僕はいろんなコミュニティに属せているのと、コミュニティの範囲が広いので。
――落合陽一さんやヤフーの小澤隆生さんが日本フェンシング協会のマーケティング委員を務めるなど、太田さんのコミュニティはフェンシング界に還元されていますね。
はい。同時に国際フェンシング連盟の理事もやっているから、あまり小さい視点でものを考えないようにしています。だから、「フェンシングが世界でどう大きくなっていくか」とか、「フェンシングをどうやってアジアに広げていくか」という話をするんですけど、基本的に皆さん、「自分の大学からメダリストを出したい」っていう話になるので、「これはまあ、もめるよね」っていうところだと思うんですね。
僕が日本フェンシング協会の会長になるまで、その辺の人事とかの議論ですごくいがみ合っていて。で、けんか両成敗的な感じで僕に回ってきたっていうところですね。
決して僕から手を挙げたわけではなくて。そもそも僕、協会長になる予定はなくて、さすがにこの年齢だとやばいだろうと思っていたので。
でも、やったらやったでそれなりになんとかなるのかなという気はしていますね。当然まだまだやるべきことはあるんですけど、会長になってからこの1年で、いろんなメディアの人も含めて、試合の結果のみならず評価してもらえています。そういう団体さんは他にあまりないので、その点では引き受けてすごく良かったと思うところですね。僕だけではなく、協会として。
――現在の国内でフェンシングの競技人口は6000人で、5万人への拡大を目指しているそうですね。大きな地図として、フェンシングをどうしていきたいのですか。
戦い方として、僕らはマスをとりにいく気はあまりないんですよ。フェンシングが野球みたいになるっていうのを信じて突っ込むのもありなんですけど、そこが現実的でないのは長年の歴史でも証明できているのと、世界の中で成功例があるかというと、ちょっと厳しいよねと。
でもフェンシングがある一定層まで認識されて、いわゆる親御さんが始めさせたいスポーツの選択肢の10個に入ってくるようにするには、「今のままではダメだよね」っていうところがたくさんあるんですよね。そこをどう変えていけるかが結構重要で。
外食産業にたとえると、野球やサッカーがマクドナルド、ミスタードーナツだとすると、フェンシングはすごい行列のできるうどん屋でいいわけです。数店舗しかないけれど、ランチタイムはずっと並んでいる、みたいな。知る人ぞ知るだけど、固定のファンにはめちゃくちゃ愛されるような協会運営とか、競技になっていくべきだろうと思っています。

10年も会長をやる気はない

――現役の頃、スポンサーから協会にお金を引っ張っているのは太田さんだから、発言も通りやすかったと聞きました。実績や知名度に加え、2008年の全日本大学対抗選手権ではオリンピックのような華やかな舞台を設置しようと提案するなど、行動を積み重ねてきたので周囲からの信頼もあったと想像します。他の競技団体が改革する場合、太田さんのような特殊例がいないとできないのか、そうではないのか。
実際、僕は特殊例だと思うので参考にはならないかもしれないですけど、これは汎用性があることです。今、ビズリーチさんを通じて兼業・副業限定で戦略プロデューサーを公募しています。
スポーツ団体に足りていないものや足りていない理由を聞くと、だいたいコスト面と人材という2つが出てきます。フェンシングの場合、僕がマンパワーでコミットメントしてガッとやっているから大きく変革しているけれど、普通はやらないです。だって変な話、「お金にならないし、やらないよ」ってなるから。「なんでこっちはボランティアで、ここまでやるんだよ」という話になると思います。
だったらある種、プロフェッショナル人材をとればいい。今回、なんでそもそもビズリーチさんと組もうかと思ったかというと、僕は10年も会長をやろうとは思っていないわけです。流動性のない人材や組織は腐ると思っているので。流動性を打ち出していくためにも、僕は見本を見せて2期で辞めていくっていうような形にする。
でも引き継いでいくことや、連携とか連動は絶対に必要なので、どうやってそれを補完していくか。いわゆるカリスマ的な人がいなくなっても組織がちゃんとまっすぐ前を向いていけるようにするには組織として強くならないといけないので、組織作りのスーパーサブを集めているというか。
フィールドでプレーするのは選手です。いかにその周りを優秀なスタッフで固めていくかが、かなり重要になってくるだろうなと思っています。
――ほとんど知られていないと思うので明らかにしておきますが、太田さんは給料が出ないなかで会長職を務めているんですよね。
そうなんですよ。みんな、(スポーツ協会・連盟の)会長は例えば年収数千万円もらっているようなイメージだと思うんですけど。
――ボクシングとか、日本スポーツの悪いイメージを広げてしまいましたね。
でも、山根(明)前会長は(給料を)もらっていないんじゃないかな。あれも(問題の構造は)ボタンの掛け違いだと思うんですよね。
例えば日本フェンシング協会の場合はスポンサーを持ってきて、契約までまとめればフィー(手数料)を20%取っていいんですね。それを代理店さんに払うのでも、持ってきた人に払うのでも同じ話じゃないですか。
マーケティング担当のときはそれまでできたんですけど、会長業になった瞬間、「これは完全に利益相反だよね」ってなる。そうすると例えば(スポンサーから)1億円引っ張ってきても1円もとれないですけど、引っ張ってくるまでの労働コストって半端ないわけですよ。かといって、スポンサーさんとお食事に行くところは全部自腹を切るしかない。
だから僕は考え方を変えて、「これは実地のMBAで、誰もなし得たことのないようなことをやらせてもらっている」と。いわゆるマイナーのアマチュアスポーツ団体が健全化に向けたなかで、自分で学校に通っているような感覚でやらせてもらっているんですね。
そこに自分のメンタルのポジションを変えられると、自分の収入は(会長業務の)残りの限られた時間、30〜40%の中でどれだけのパフォーマンスを出していくか。6割の時間でどれだけ生産性を上げて協会の会長としてのパフォーマンスを出していけるか。その2つをうまく両立できるようになっていくかと考えて、(会長業の)他から収入をとっていく形にしなければと。
変な話、会長職で100円でももらった瞬間に、後ろ指を指す人が出てくるので。そういうことが出てこないように、相当お金回りはきれいですよ。お金回りがきれいじゃなくなりそうなときは、辞めどきですね。だから妻には、「僕が変な動きをしたら、『今すぐ辞めなさい』って肩をたたいて」って話しています。マネジャーにも同じです。
どうしても人間、それくらい強い意志を持っていても、長年そこにいると持っている権力を失いたくないとか、手放したくないと思うようになるので。そうならないように周りに何人か人を付けておいて、っていう形にしていますね。

転落しても、また上がればいい

――太田さんには本義があるから、権力に溺れないような仕組みをうまく作れているのですか。
そうでしょうね。でも権力って一時的にはいいんですけど、長期で見ると結構、後から無理が出てくる気がするんですよね。しっぺ返しが来やすいというか。
会長になって、人事はつらいです。人を入れるのはいいんですけど、辞めてもらうのはすごく大変じゃないですか。人事はホントやりたくない。やりたくないけど、「これも会長業の仕事だ」と思って嫌われる役もしなきゃなって思っています。
スポーツ界って過去にたくさんのレジェンドがいるわけですよ。今まではそのレジェンドが当たり前のようにいろんなポジションに就いているんですよね。彼らってずっとレジェンドで来ているから、そのポジションに必要な能力としては足りてない場合が多いです。だけど自分では足りていると思っているから、肩をたたいても気づけないんですよね。
それこそ今の時代、「パワハラだ」って言った者勝ちなところもあるじゃないですか。そうすると何も言えなくなるし、一体どっちがパワハラなのかがわからないような状況にもなる。「じゃあ正当な人事評価をしよう」と言っても、まあ(スポーツ協会の人事評価基準って)あいまいじゃないですか。
要は仕事だと売り上げとかわかりやすいパフォーマンスを出せるけど、スポーツ界における人事評価って結構出しにくい。それで(評価基準が)選手の結果だけになると、これもパフォーマンスとして測りにくいんですよね。コーチ、監督はめっちゃ(選手の結果に)近いけれど、役員人事に関しては(選手の結果とは)ちょっと距離があるので。そこは頭が痛いですね。
だから僕にもっと好き勝手にやらせてくれればいいなと思いつつも、民主的にちゃんとやっていかないと「権力の集中だ」って言われてしまうので。その辺のバランスが非常に難しいです。
――スポーツビジネスの特殊性として、「ビジネスの論理を知っておくのは大前提で、スポーツの世界の論理も知らないといけない」と言われますね。
小澤(隆生)さんがいい言葉を教えてくれました。彼は野球(楽天)だったので、「野球界はお作法だ」って言うんですよね。お作法をわかっていないとえらい目に遭いますと。これは僕も重々承知していて、「勢いとかイケイケドンドンだけじゃないよ、お作法を理解してないと痛い目に遭うよね」と。
――そこばかりに気を使ってもいけないけど、絶妙なバランスが必要なんですね。
そうなんですよ。だから僕は綱渡りですよね。落ちたら終わりなので。
でもある種、落ちてもいいと思ってやっているから。別に落ちたってまた上がればいいやっていうのと、落ちたってたぶん今、僕以上にうまく回せる人はいないと思うので。だとすると、まあ大丈夫かなと思ってやっていますね。
*明日公開の後編に続きます。
(写真:是枝右恭)
日本フェンシング協会では現在、副業・兼業限定の4業種(経営戦略アナリスト、PRプロデューサー、マーケティング戦略プロデューサー、強化本部ストラテジストを各1名)を募集しています。詳しくは公募ページを参照してください。