小雪が舞う以上の天気は対応不能

雪が降ったら自動運転車は使いモノにならない──。これは、この技術分野で周知の事実だ。路上の予期せぬ出来事を回避して、認知力や判断力が鈍ることのある人間を補う高度なマシン。そんなイメージとは、かなりギャップがある。
自動運転技術を開発するニュートノミー(Nutonomy)が走行試験を行うボストンでは、雪とカモメが2大障害物であることが明らかになってきた。
「雪が積もると路面摩擦が変わるだけでなく、搭載カメラやセンサーの認知能力も変わる」と、世界経済フォーラムとボストンコンサルティンググループ(BCG)の共同研究は指摘する。
港町ボストンでは、カモメを見かけることも多い。だが、ニュートノミーの電気自動車は静かなせいか、路上のカモメも動じる気配はない。エンジニアたちは、減速して近づきカモメに気がついてもらう(そして願わくば飛び立ってもらう)ようソフトウエアを書き換えた。
だが、雪への対処法はまだ編み出せていない。
何年にもわたり、公道や試験場で無数の自動走行車とバンの走行試験が行われてきたが、悪天候への対応には、現時点で最高レベルの自動運転車も苦労している。
自動運転技術を次のレベルまで引き上げるカギは、アルゴリズムや人工知能(AI)の性能ではなく、霧や雨対策かもしれない。

「人間の運転の模倣」からの脱却

やはりボストンで誕生したスタートアップ、ウェーブセンス(WaveSense)は路面ではなく、地表下の状態を読み取るレーダーシステムを構築してきた。
クルマのシャシーの下部に設置されたセンサーは、地下3メートルまでスキャンし、土壌や水分、木の根や岩まで検知する。全車道のスキャニングが済んで、地表下の地層図を作成すれば、車両の位置を数センチ単位の誤差で把握できるようになる。
このレーダー技術は考古学者や測量士がずっと使ってきたもので、決して新しいものではない。ただ、ウェーブセンスは、この技術を使って地上にあるモノの位置を特定するのは同社が初めてだと胸を張る。それも静止物だけでなく、最大で時速105キロで動いているモノの位置も特定できるという。
一般的なセンサーは、交通量や信号や歩行者を検知するが、ウェーブセンサーのシステムは、悪天候でも自動走行車を使えるようにすることを主眼においているという。
「従来の自動走行車は、人間の運転方法を模倣することにばかり力を入れてきた」と、タリク・ボラットCEOは言う。「それとはまったく新しい考え方をするべきだ」

晴天の多い、乾燥した街から導入

ウェーブセンスはシード期の資金調達で、ラプソディー・ベンチャー・パートナーズなどから300万ドルを調達したばかり。自動車メーカー2社(社名は明らかにされていない)から、センサー試験も請け負ったという。
現在のセンシング技術は、GPS、カメラ、レーダー、LIDAR(レーザー光を近くの物体に照射して、その反射時間や距離を測地するセンサー)の組み合わせからなる。
だが悪天候では、この4つのうち2つの技術が使えなくなる。カメラは霧や大雪のとき使い物にならないし、LIDARも悪天候のとき検出性能が落ちる。残りの2つにも問題はある。GPSは情報にムラが生じやすいし、レーダーは素材によっては障害物を識別できない場合がある。
そこでウェーブセンスは、各センサーから最善の情報だけを組み合わせて決定を下すプログラムを構築した。いわゆる「センサーフージョン」と呼ばれる技術だ。
グーグルの関連会社で、この分野の最先端と考えられているウェイモ(Waymo)も、ノイズ情報を無視するソフトウエアを構築したことが大きな飛躍を遂げるカギになったという。
現在ウェイモは、自動走行技術を搭載したミニバンの走行試験を全米25都市の公道で行っている。雪の降るデトロイトや、雨模様のシアトル郊外も含まれる。
だが、会社とは無関係の人を乗せた自動走行タクシーの走行試験をしているのは、晴天が多く乾燥したアリゾナ州フェニックスだけだ(年内の実用化を目指している)。

ヒントは米軍の地雷探知技術

ウェイモのバックにはアルファベット(グーグルの親会社)がいるから、資金的な心配はない。ウェーブセンスは独自の資金調達に励む一方で、これまでの研究開発投資の多くは、米軍からの売り上げでかなり回収できた。
ウェーブセンスはMITのリンカーンラボ(連邦政府が資金を拠出する国家安全保障関連の研究センター)から誕生した会社で、地下レーダー技術は米軍の地雷探知に利用されてきた。
同社のバイロン・スタンレー最高技術責任者(CTO)が、地下レーダーの研究を始めたのは、装甲トラックの自動走行システムを研究していた2009年頃のこと。スタンレーのチームが米陸軍にレーダーの試作機を見せたのは2012年で、その翌年にはこの技術を搭載した9トントラックがアフガニスタンを走り回っていた。
アフガニスタン南部のレギスタン砂漠は広大で、目印となる建物や山はほとんどない。それは、真冬に雪に埋もれた全米の都市の状態とよく似ている。
ウェーブセンスはこの地下レーダーシステムを非軍事用にコンパクト化し、150cm x 60cm x 7.5cmの筐体に収めた。数カ月後にはさらに小型化したシステムも登場する予定だ。十分な需要があれば、価格は1個1000ドル程度に落ち着く見通しだという。
ボストン(緯度は札幌とほぼ同じ)のような街で、1年を通じて使える自動走行車を開発するには、ウェイモのようなトップクラスでもあと2年はかかだろうと、BCGのザビエ・モスケは語る。
「使えないのが1週間に1時間程度なら、ユーザーも理解してくれるだろう。だが、1日に4〜5時間も使えないクルマは、市場には投入できない」

街ごとにカスタマイズが必要に

このため、世界で初めて自動走行車が実用化されるのは、晴れて、乾燥した都市に限定されるだろう。アリゾナで多くのメーカーが走行試験を行っているのはそのためだ。
天候が開発の大きな障害となっているのは、自動走行車だけではない。電気自動車(EV)は、寒冷地では動けなくなる可能性がある。バッテリーから送り出される電子がきちんと働くようにするためには、クルマをある程度温める必要があり、極寒地では走行距離の約30%が減る可能性がある。
シアトルのように雨の多い街では、少なくとも当初運用されるのは、追加的なセンサーと演算能力を強化した特注の自動走行車になるだろうと、調査会社ガートナーのマイク・ラムゼーは語る。「初期段階の技術は、少雨以上の悪天候には一切対応できないだろう」
自動走行技術を使った配達用車両を開発中のニューロ(Nuro)も、フェニックスで走行試験を実施している。だが、7月に砂嵐が起きたときは試験が中止となり、自動走行車の「敵」は雨や雪だけではないと思い知らされた。
それでもウェーブセンスはこの冬、ボストン近郊で走行試験を実施するのを楽しみにしている。大雪もカモメもソフトウエア改良の助けになると、ボラットCEOは笑う。「いずれ、わが社の技術があらゆる自動走行車に搭載されるようになると思う」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Kyle Stock記者、翻訳:藤原朝子、写真:©2018 Bloomberg L.P)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.