中国がAIでアメリカを凌駕する日:強さを支える6つのポイント

2018/9/25

グーグル中国を率いた、ある人物

「中国のAIが間もなくアメリカを凌駕(りょうが)する」という中国AI脅威論は、ここ1年ほどの間アメリカのメディアでさんざん語られてきた。
ビジネスもサービスもクリエイションもAIによって大きく姿を変えてしまうという時に、AIの開発力を手に入れているということは世界の原油を押さえているのと同じような響きがある。
ただ、中国AI脅威論は十分にかまびすしいものの、中国の内側からそれを語ってくれる人がいなかった。本当のところ内情はどうなっているのか、それがわからなかったのだ。
先日開催されたAI会議で、そうした内情を聞くことができた。かつてグーグル中国を率い、現在はシノベーション・ベンチャーズというベンチャーキャピタル会社を運営するリー・カイフー(李開復)氏の講演だ。
同氏は、中国のAIがなぜ力を蓄えてきたのか、なぜ競争力があるのかについて順を追って説明した。そして、アメリカとの闘いがどう展開するのかについては意外な回答を出してくれたので、本コラムで紹介したい。

模倣から独自のイノベーションへ

まず、中国がAIで強くなった理由を6つ挙げた。
1つは、かつてアメリカのまねをして追いかけてきた中国が、今やデジタル製品、インターネットサービスの開発においては中国独自のイノベーションを起こし、アメリカもまねしたくなるような段階に突入していることだ。AIを導入するのに十分な土台ができているわけだ。
2つ目は、中国の開発者たちが『グラデュエーター』のように猛烈に働くことである。シリコンバレーの起業家たちもかなり働くと思うのだが、そんな比ではないらしい。
しかも、アメリカの企業は「ウィン・ウィン」などと言って互いに協力し合ったりするが、中国ではそんなことはやらない。ひたすら競争あるのみで、その競争もかなり熾烈(しれつ)だという。
3つ目は、中国資本のAI投資が拡大していることだ。2017年時点で、世界のAI企業への投資は中国によるものが全体の48%、アメリカは38%。投資によって、その果実を取り込もうとしていることがわかる。
4つ目は、AIがすでに研究段階から広く応用段階に入っていること。これまでは中国にはAI研究者が少ないので、アメリカにどうしても追いつけないとされてきた。だが、今やAI をどんどん実装していく時代だ。器用な開発者たちがたくさんいれば、AIが使えるものになっていく。
5つ目は、人口の多い中国ならばデータには困らない点。データで学習するAIにとっては、まるでサウジアラビアにとっての原油のような恵まれた状況だという。
そして6つ目は、中国政府の鼻息の荒い政策だ。2030年には中国をAIのイノベーション・ハブにすべく、教育から企業への補助、特区の設置まであらゆる手を尽くしている。
リー氏によると、アメリカでは自走トラックのテスト走行に制限をつける動きがあるが、反対に中国ではそのために新しい街と道路まで造ってしまう。姿勢が全く異なるのだという。

競争の舞台は、AI人材争奪と軍事

同氏は『AI Super-Powers』という本を最近上梓(じょうし)し、中国内部で何が起こっているのかを克明に伝えている。同書のサブタイトルは「中国、シリコンバレー、そして新しい世界の秩序」。中国のAIパワーによって、世界が再編されるという予想がそこにある。
そこで、かねて疑問だったのが「中国のAI脅威」が何を意味するかだ。
世界の秩序が入れ替わるということは、中国製のAIがアメリカ製AIと闘って勝利を収め、AIが中国製になってしまうのだろうか。中国のAIが世界を侵食し、どんな製品を使ってもどんなサービスを利用しても、中国が得をするようなことになるのだろうか。
何の根拠もないが、中国AI脅威論の下にはそんな漠然とした不安が渦巻いている。そこでリー氏に直接尋ねてみたところ、意外にも力が抜けるような回答だった。「パラレルワールドになるだけです」というのだ。
同氏によると、アメリカのAIと中国のAIはそれぞれ別のものとして自国およびすでに進出している市場で動き続ける。中国のAI会社は、特にアメリカ市場に進出しようとも考えておらず、製品でもサービスでも面白い展開をしている中国国内で十分にやっていくだけの課題が満載なのだそうだ。
もし、国外に進出するとすれば、東南アジアや中東、アフリカなどの人口構成が似ている市場だという。
中国AIとアメリカAIの果たし合いを予想していたのだが、そんなことは起こらない。そう聞いてホッとしたのだが、実はこれも早とちりであると、同氏と話を続けてわかった。
競争が起こるとすれば、その舞台は2つ。AI人材の奪い合いと軍事だ。市場の取り合いよりも、実はもっと怖い競争なのだ。
*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。
(文・写真:瀧口範子)