【深津貴之✕石川善樹】ビッグデータが神になる衝撃、人類の幸福はアップデートし得るのか

2018/10/1
 人間の本性は「善」なのか「悪」なのか。かつてアダム・スミスは性善説と性悪説をめぐる論争で、「それは状況による」と説いた。
 問題は、善か悪かではなく、人間の本質は環境によって構築されるものだということ。つまり善人も悪人も、そのシステムと環境によって作られるという“第三の視点”からの指摘だった。
 いま中国、東欧、アメリカの一部などを中心に、巨大プラットフォームが提供する情報環境の隆盛は、かつて宗教や国家が築こうとした人々の生活基盤を塗り替えかねない勢いだ。
 果たして、善なるものや、幸福を実現する環境を、ビジネスというプラットフォームで人間がデザインすることは可能なのか。
 壮大なテーマを俎上(そじょう)に載せて、各分野で最前線を行く3人が集まった。
 ひとりはUXデザインの第一人者であり、The Guildの代表、ピースオブケイクのCXOを務める深津貴之氏。そしてNewsPicksでもおなじみ、人類のウェルビーイングを研究する予防医学研究者の石川善樹氏。
 モデレーターには、日中のUXデザイン事情に精通するビービットのエグゼクティブマネージャ/エバンジェリストの宮坂祐氏だ。
 ともすればすべてがビッグデータに捕らえられ、“超・監視社会”になりかねない世界に、私たちはどう向き合っていくべきなのか、豊富な引き出しをもつ3氏のユニークな議論が交わされた。
“おデータ様”が見ている?
石川善樹 いきなりですけど、いま対談しているこのNewsPicksの部屋って、室内なのに鳥や風の声が聞こえてきません? ピヨピヨピヨピヨってほら。
宮坂祐 あ、ほんとですね。
石川 この音って、実際に森で録ってきた音をハイレゾ音源で再現しているんです。R-LIVEという会社の製品なんですが、僕自身もすごい気に入っていて、ちょうどNewsPicksが六本木に移転したということもあり、お祝いにプレゼントさせてもらったんです。
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。専門は予防医学、行動科学、機械創造学など。講演や雑誌、テレビへの出演も多数。著書に、『疲れない脳をつくる生活習慣』(プレジデント社)、『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)などがある。
宮坂 なんかすごい心地いい音ですね。
石川 そうなんですよ。なぜ森は心地いいのかを考えていた時、「音」が決め手の一つなんじゃないかと思いまして。実際に僕のラボにも導入してみたら素晴らしくて、もう森の音なしでは生きられない体になりました(笑)。
宮坂 では、今日は快適に話ができそうですね(笑)。UX(ユーザー・エクスペリエンス)と一言で言っても、そういう環境的なUXからシナリオレベルまでさまざまですが、今日はさらに引いたところで、社会の制度設計みたいな大きなスケールのお話ができたらと思います。
1975年生まれ。一橋大学法学部を卒業後、2002年にビービット入社。コンサルタントとして、メディア、金融、通信、電機メーカー等のウェブ戦略立案・ウェブサイト成果向上プロジェクトを数多く実施。近年はビービットのエバンジェリストとして、CX/UXをテーマに多くのマーケティングイベントに登壇。2016年に金融財政事情研究会から『顧客を観よ~金融デジタルマーケティングの新標準』を刊行。ビジネススクールGLOBISの講師も務める。
 というのも中国では、近年、個人の信用スコアを可視化する「ジーマ信用(芝麻信用)」が全国的に普及しています。
 税金や光熱費、家賃などをしっかり払ったり、よい大学を出ていたりすると、信用スコアが高くなって、就職や賃貸契約がしやすかったり、ショッピングで割引を受けられるようになる。
 逆に不正行為や不作法が発覚してスコアが下がると、いろいろ不便になるため、社会の抑止力になっています。都市部では、中国人のマナーがすこぶるよくなって品行方正な市民が増えて、すっかり社会が様変わりしました。
 言い換えれば、「ジーマ信用」は単にクレジットカードの与信機能のようなものだけでなく、“道徳的な市民が得をするシステム”としてUXがデザインされていると言えます。
 おふたりはこの現象をどのように考えますか。
深津貴之 おもしろいですよね。やはり「ジーマ信用」がこれだけ浸透したのは、中国という特殊なお国柄だからなのかなと。アメリカや日本は民主主義国だし、まだ市民社会が機能しているから、なかなかここまで個人情報を収集して活用することはできない。
大学で都市情報デザインを学んだ後、英国で2年間プロダクトデザインを学ぶ。2005年に帰国し、thaに入社。2013年、THE GUILDを設立。Flash/Interactive関連を扱うブログ「fladdict.net」を運営。現在は、iPhoneアプリを中心にUIデザインやInteractiveデザイン制作に取り組む。2017年からcakesとnoteを運営する、ピースオブケイクのCXOに就任。
宮坂 どのあたりにそう思われますか。
深津 中国共産党の一党独裁もありますが、まず歴史的な文脈が大きいんじゃないかと思っています。社会インフラとしてかなりうまくいっているのを見ると、“監視社会のツール”というより、本質的には、宗教の代わりに近いのかなって。
 要は、当時の指導者が文化大革命をやって中国のいろんな文化をぶっ壊して、知識層もみんな死んじゃいましたよね。改革と開放の混乱の中で「人を出し抜いてでも成功してお金ためるしかないんだ」というドライな価値観がインストールされたと思うんです。あそこで一度、倫理とか儒学とか礼儀作法とか、そういう精神的な基盤がなくなってしまった。
 その欠けた部分にすぽっと納まったのが「ジーマ信用」だったんじゃないかなと。つまり「お天道様が見ている」という感覚で、「ジーマ信用」が“神様”になった。
石川 なるほど!   “おデータ様”という神の誕生ですね(笑)。
宮坂 あはは。おデータ様が見ている。
深津 逆にいうとアリペイの決済システムや「ジーマ信用」がこれだけ普及したからこそ、はじめて信用スコアがデータとしてフル活用できているという側面もありますよね。
石川 トップダウンで国が導入したわけではなく、一般市民が自ら進んで「ジーマ信用」を使っているというのがおもしろい。中には「これって、リバタリアン・パターナリズム だよね」という見方の人もいるでしょうね。
※リバタリアン・パターナリズム:望ましい選択の方向性が明らかな場合、その選択肢を選びやすくする設計を導入しつつ、望まない場合は拒絶する自由を与える考え方
宮坂 そうなんです。そこがポイントで、企業も従業員も顧客も満足度が非常に高いというのが不思議なんですよね。
 たとえば中国では「ディディ」というウーバーのようなタクシー配車サービスが大流行してます。
 ディディはスマホのセンシング機能などを使って、走行データをとっていて、急ブレーキを踏まないとか顧客にとって快適な運転をしていたら点数が上がるように設計されているんです。
 おまけに“笑顔センサー”みたいなものまで付いていて、ドライバーと客の笑顔を撮って、感情や満足度も読み取って評価基準にすることまで考えられているとか。お客様からも感謝されて評価されるし、その相乗効果で給料も上がっていく……。
石川 それってすこし気持ち悪く感じますね。
宮坂 僕もそう思いました。でも、ビービットでインタビューによるディディの定性調査をしたことがあるんです。ディディのドライバーに「ディディで働き始めてどうですか?」と尋ねたら、「ここで働き始めて、奥さんに、“あなたいい人になったね”と言われた」と言うんですね。「自分でもそう思う」と。これには僕も驚いてしまって、あごが外れそうな思いでした。
石川 データに監視されるのは、意外にハッピーなんですね。
宮坂 はい。そういう職場環境で1、2年も勤めていると、だんだんその人自体がやりがいを感じつつ、本当に“いい人”になっていくという。
石川 それはドライバーとしてもうれしいでしょうね、そういう会社で働くことができるというのは。従業員の働きがいを高める方向でデータが生かされてるところが、本質だなという気もします。
深津 すごい話ですよね。心理的なコントロールがデザインされていて、人間が変わっていく仕組みになっているのが。
 たとえば、「この先、3世代くらいかけて、この民族にこういう特性や慣習を植え付けよう」みたいなことまで、遺伝子操作をすることなくできるようになるのかもしれない。ちゃんとできたらすごいと思うし、おもしろくもあるけど、ヤバくもある。
そのアルゴリズムは憲法に近い
宮坂 どういうところが特にヤバいと思いますか。
深津 「ジーマ信用」みたいなシステムが機能すると、市民をあるレベルで管理できる権力が手に入ってしまう。ある意味、“神”ですよね。
 影響力がそれだけあるとなると、ルールをつくった会社側の社会的責務や倫理観がすごく問われるはずです。企業側の都合のいいように人を変えたくなるような誘惑にあらがえるのか。
「たとえば、お辞儀をしたらスコアが上がる」と企業が設計したら、みんながお辞儀をするようになります。これってある意味、文化的な品種改良ともいえる倫理的な問題に発展するかと思います。
宮坂 創造主が正しくあれるのか、と。
石川 まあでも、その信用スコアのアルゴリズムを作るのって、ある意味、憲法をつくることに近いですよね。その社会において何が善であるか悪とするか、市民は何をすべきなのかというルールを定めるのは。
宮坂 国や共同体のコンセプトみたいなことですか。
石川 たとえば、日本国憲法だと三大義務があって、ぼくらは「納税」と「教育」と「勤労」をしなければならないことになっていますよね。特に「勤労」が義務に入っているのって、先進国では日本だけですからね。
 逆に言うとこの義務を果たしていない人間は日本人にあらず、みたいな(笑)。
宮坂 なるほど。そういう意味でいうと憲法というのは、国民が何をすべきなのかを決める究極のアルゴリズムみたいなものですね。
石川 そうなんです。話を戻すとディディでは、ドライバーも顧客も笑顔になると評価が上がるんですよね? その場合は、“笑顔であるべし”という「義務」が入ってるわけです。そう考えると、いくらデータドリブンといえども、どこかで誰かの価値基準や思想が入ってるはずなんですよね。
宮坂 それを一民間企業が行うのは、リスクだと。
深津 たとえば、「ショップ店員があいさつをしたり客に応対する時間を削って、実作業を長くした方が、売り上げが上がる」という調査結果のデータが出たとき、どうするか。
「利益をもっと上げろ」と言う株主側にとっては客を無視して、商品を補充したりする方が、「善行」かもしれないけれど、従業員や顧客からしたら「悪行」ですよね。自社の利益を減らしてまで、食い止める術はあるのか。
「それでも善行をした方が社会も世界も絶対によくなる」と意思決定できる構造もつくらないと。
宮坂 短期的に考えると利益優先になるけど、長期的に考えれば、顧客とサステイナブルな関係を築いた方が有益なはずです。時間軸をどう設定するかはポイントになりそうですね。
石川 でもたとえば、「短期軸で見ても、長期軸で見ても、結婚は1度するより2度した方がより幸せになる」というデータが出るとするじゃないですか。
深津 経済流通が上がるとか。
宮坂 みんなが元気になる、みたいな(笑)。
石川 そうなった時に、2度目の結婚を勧めるかどうかですよね。「バカヤロー、“おデータ様”がそう言ってるんだよ」「2回結婚した方がスコア上がるんだぜ!」みたいな。そういうのがどんどん出てくるはずなんですよ。データだけで調べていくとね。
深津 “おデータ様”を信じれば生涯年収が変わってしまう未来が見えているとき、人はどう意思決定するんでしょうね。自分が行きたい学校に行って、やりたい職業に就くと、年収が2億ぐらい減りますという結果が出たとしたら、どうふるまうのか。
 そして統計上でオプティマイズ(最適化)された“おデータ様派”と“アンチ・おデータ様派”の間に分裂や争いが起きるのか。
宮坂 新しい宗教論争ですね。
石川 たとえば、“おデータ様”が社会の中心になってしまった時、社会の端っこに追い詰められた“反・おデータ様”の人たちが一致団結し、世の中を覆すような革命を起こすかもしれませんね。実際、中国はそんな歴史の繰り返しだったじゃないですか。
深津 宗教の歴史上でも神殺しとかやってるから、「市民生活をデータから取り戻せ」みたいな抗議運動が起こりうるとは思いますよ。
 まあ、おデータ様に反逆するアンチは、統計上不利な行動をするわけで、結局、就職も結婚もできず、子どもも持てず、自然淘汰される可能性はありますけど……。
宮坂 日本で「ジーマ信用」が導入されたらどうなると思いますか?
深津 相性はすごくいいと思う。日本人って、偏差値大好きじゃないですか。あれこそ“おデータ様”の極みですよね(笑)。ただ、設計は多少変えた方がフィットしやすいのかなとは思います。
 日本の場合、終戦によって壊されたものは、どちらかというと地域の共同体や家族みたいな、インフラとしての互助システムや、国がカバーできない部分の社会保障システムだと思う。だからそこを補完するように設計をデザインすれば、定着するんじゃないですか。
石川 “おデータ様文化”が入ってきたら、一見中心になったように見える時期もあるかもしれない。でも、どこまで根付くかはわからないですね。
 河合隼雄さんの『中空構造日本の深層』じゃないですけど、日本って中心がからっぽの文化と言われている。中心とする一神教がなくて、多神教。漢字が入ってきて、それが主な言語になるのかと思ったら、ひらがなやカタカナを作ったりする。儒教もそう。
 だからおデータ様が浸透しても、またそっと脇に置かれるんじゃないですかね。
重要なのはキャッシュとバリューの相反バランス
深津 「ジーマ信用」の設計がうまくできてるなと思うのは、企業利益と顧客利益が背反しないで、ある程度同じ方向を向いてるのが一番の根っこにあることですね。
 たとえば、銀行の投資信託なんかは本当にひどくて、結局のところ、お年寄りからいくら金を巻き上げられるか、手段と目的が逆転してしまっている。何度も不必要に買い替えをさせて、回転数を上げることで、手数料で儲けるビジネスモデルです。だから、銀行が本気で仕事をすればするほど、お年寄りがどんどんお金をボラれていくんですよね。
 プライバシーの話はともかく、お互いの利益が同じ方向を向いているっていうところが、すごくよくできていますよね。
石川 それって「キャッシュを生むところ」と「バリューを生むところ」が一致しているか、という話かもしれませんね。たとえば、楽天の北川拓也さんが言っていてなるほどなと思ったのが、「FacebookやGoogleが何によってキャッシュを生んでいるのか、子どもに尋ねても分からないだろう。しかし、これらの会社のバリューは何かと聞かれれば、子どもたちは“検索”や“つながり”と答えるんじゃないか」と。
 つまり何が言いたいかというと、キャッシュとバリューが離れたビジネスをしていると、深津さんが言うように難しい状況になりやすいんじゃないかなーと。
宮坂 つまり企業は、個人データの収集や管理より、まずは従業員と顧客の双方がハッピーになって、しかも会社も儲かるビジネスモデルを模索するべき、と。
石川 でもくわしくは分かりませんが、きっとディディも最初はそういう発想で始まったんじゃないですかね。だとすると、そこはデータ先行ではなくて、人間、つまり顧客と従業員を中心に据えてバリュー・ジャーニーが設計されたのかなあと。
深津 日本の場合、そこで大局的に考えられる経営者が少なそうなのが課題になるんでしょうね。みんながサラリーマン化していて、今期の売り上げをどうするのか、という短期的な思考でしか考えられなくなって、身動きが取れなくなっちゃっていることが問題だと思います。
宮坂 長期的、大局的に考えられなくなっているというのは、仕組みや環境の問題で、その改善からやれることがあるのかもしれませんね。
 今日のお話をまとめると、経営者の信念や世界観があった上で、オペレーションに落とす時には、企業利益と顧客価値がバランシングをとり、その中で適切にデータが活用される状態を目指すべきということでしょうか。
深津 お金やデータそのものは、究極的には手段レイヤーの話にすぎません。ですので、ここまで巨大な塊となったとき、「それはどう行使されるべきなのか?」という理念のレイヤーが最重要になります。
 この神の座に近いものを手に入れた個人なり企業なり国家なりが、「どのような世界観を望むのか」は、今後さまざまな先端テクノロジーの課題になるかなと思います。
石川 なるほど。まさに次なる“神様”を探す大航海時代が、いま始まっているわけですね。そういう意味で今日の議論を一言で言えば、 次なる神は“おデータ様”なのかという内容でしたね(笑)。
宮坂 深津さん、石川さん、今日は「宗教」「憲法」といったキーワードが飛び交うハイレイヤな話から現実に着地させるためのヒントまで幅広く大変参考になるお話をいただき、ありがとうございました!
(編集:中島洋一 執筆:鈴木沓子 撮影:吉澤健太 デザイン:九喜洋介)
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