上司も予算もない。自由すぎる「ティール組織」がすごい

2018/9/24

企業の組織論をアップデート

「会社がつまらない」「組織の風通しが悪い」「自由闊達な議論がなく、イノベーションを生み出す雰囲気がない」──。
経営者や従業員が抱えるこうした不満は、日本の大企業ほど大きく、場合によっては、組織を深刻なまでに腐らせていることもあるだろう。
しかし、従来型の会社が苦しむこれらの大問題を解決する“切り札”として、新たな組織論に注目が集まっている。
「ティール組織(Teal Organization)」である。
ティール組織では、上下関係を作らず、権限をできるだけ部下に移譲し、最前線の現場がどんどん決断していく。時には、予算や売上目標もなくす。
そんな自由で超フラットな企業が、いま世界中で続々と生まれている。
会社の常識を覆すこうした流れに、「ティール組織」と名付けた人がいる。
コンサル世界大手・米マッキンゼー・アンド・カンパニー出身のフレデリック・ラルー氏(49)である。彼は、著書『ティール組織』(原題:Reinventing Organizations)で、紀元前から人類の組織のあり方をひも解き、それぞれの形に色を当てはめた。
そして、ラルー氏は、いま生まれ始めた次世代型の組織モデルを「ティール(青緑色)」と表現した。
ラルー氏の著書はこれまで、日本語を含め17カ国語に翻訳され、累計35万部を突破するベストセラーとなっている。

オランダの看護師1万人組織

「ティール組織」と呼ばれる次世代の組織モデルは、なぜこれほど注目を集めるのか。
「ティール組織」として有名な会社を見るとその理由が分かる。
例えば、著書『ティール組織』でも大きく紹介されたオランダで在宅ケアサービスを展開するビュートゾルフ(Buurtzorg)である。
ビュートゾルフの設立は2006年。当初は4人で始めた在宅ケアサービスを行う小さな組織だったが、いまでは1万人の看護師を抱え、在宅ケア組織としてオランダ最大手となっている。
現在の利用者は約6万人。さらに、オランダにおいて患者満足度は業界1位、スタッフ満足度は全産業で1位となる快挙も達成している。
ビュートゾルフの組織カラーは青。オランダでは「信頼」を象徴する色だ
ビュートゾルフの取り組みは独創的だ。
在宅ケアを行う看護師はまず、12人以下で1つのチームを作る。そのチームは、担当する地域の患者に対して、事務所の立地、ケアプランの作成、業務管理などすべてチーム単位で行う。
チームにリーダーはいない。専門職である看護師が、患者の状態を理解して、深い信頼関係を作りながら、細やかなケアをしていく。
従来の在宅ケアは、ピラミッド型組織の中で、効率性を重視したケアプランを組織内で作り、末端にいる看護師が、まるで機械の歯車のように「トイレの介助に10分」「着替えに10分」など時間通りにケアをこなしていた。
しかし、これでは患者が本当に必要なサービスを現場で把握しても、提案することもできなかった。
ビュートゾルフの新しい仕組みを支えた重要な要素に、ITを活用した徹底した情報共有がある。「ビュートゾルフ・ウェブ」と呼ばれる社内用交流サイトである。ここで患者情報の管理、勤怠管理などを徹底的に「見える化」している。
「ビュートゾルフ・ウェブ」を通じて、看護師同士の情報共有も行われ、「この場合はどうすれば効果的なケアができるか」などお互いに相談することができる。また、全チームの業績も公開されており、自然な競争意識も芽生える。
ビュートゾルフはいまや、オランダ全国で900チームにまで増え、そのノウハウは欧州各国だけでなく、日本や中国にも“輸出”されている。
オランダ全土に広がったビュートゾルフの事務所

自由すぎるアマゾン子会社

次は、米国企業の事例を見てみよう。1999年に設立されたザッポス(Zappos)である。
靴やアパレルのネット通販(EC)企業として、業績を大きく伸ばした。売上高は、2001年の860万ドル(約9億円)から、2005年には1億8400万ドル(約200億円)、2008年に10億ドル(約1100億円)を達成している。
2009年7月には、EC世界最大手のアマゾンが12億ドル(約1300億円)で買収し、ザッポスはアマゾンの子会社となっている。
2013年に本社をネバダ州ヘンダーソンから同州ラスベガスの中心地に移転。従業員は1500人以上いるが、同社は「ホラクラシー(Holacracy)」と呼ばれる、上司が存在しない組織体制を取っている。
ホラクラシーを正式に取り入れる企業としては世界最大の企業だ。
ザッポス本社の社内(写真:ザッポス提供)
書籍『ティール組織』でホラクラシーは、ティール組織の一つの具体的な手法として位置付けられている。
ザッポスの場合、ピラミッド型の組織は廃止し、代わりに500の「サークル」を作っている。サークルとは、ホラクラシー用語でチームに相当する言葉である。事業の役割ごとに500のチームに分けられている。
カラフルな雰囲気の社内にはソファー、ボールハウス、ギターなどが並んでいる。その自由な雰囲気を広げるために、「ザッポス・ツアー・エクスペリエンス」と銘打った社内見学ツアーも対外的に開催している。
ザッポスの従業員1500人を引っ張るのは、トニー・シェイCEO(44)である。彼自身、生活面でも自由を体現し、本社近くの土地でペットの犬とアルパカと共にキャンピングカーのエアストリームで暮らしている。
トニー・シェイ(Tony Hsieh)1973年、台湾系移民の両親の間に生まれる。ハーバード大学卒業後、オラクルに入社。同社を退社後、LinkExchangeを設立。その後、1998年、LinkExchangeをマイクロソフトに2億6500万ドルで売却。ベンチャー育成組織を設立し、1999年、ザッポスにCEOとして入社。2010年には、著書『ザッポス伝説』(原題:Delivering Happiness)を発表
会社のミッションとして、「WOW!を届ける」を掲げるザッポスには逸話がいくつも残っている。
有名なのは、母親を突然亡くしたある女性顧客の話である。
彼女は、母親にプレゼントをするためにザッポスで靴を買ったが、母が他界したため、ザッポスに返品を申し出た。
電話を受けたコールセンターの社員は、宅配業者を手配すると同時に、後日、花束を無償で届けた。花束には、手書きのメッセージカードも添えた。感激した彼女は、その出来事をブログに書き、それがインターネット中を駆け巡ることになった。
その他にも、最速8時間のスピード配送、長時間の電話対応、マニュアルなしのサービスなど、常識にとらわれない新しい企業組織のあり方がクチコミを生み、業績を底上げしているのである。
ラスベガスの中心部にあるザッポスの本社ビルは、かつてラスベガス市庁舎だった(写真:ザッポス提供)

日本でも新たな発想の企業

日本でも、階層を徹底的になくし、組織の風通しを良くして、「会社がつまらない場所」にならないような取り組みをする会社も出ている。
例えば、星野リゾートの子会社でクラフトビールメーカーのヤッホーブルーイング(長野県北佐久郡軽井沢町)だ。
同社は組織をフラットにすることで、風通しの良い環境を作り出しながら、業績拡大も同時に実現している。
従業員数は2008年に20人だったが、いまでは140人の規模にまで拡大。売上高も利益も伸びていて、現在まで13期連続増収増益を続けている。
社内で「てんちょ(店長)」と呼ばれる井手直行社長に話を聞くと、「小さなユニットごとに経営を任せると、みんなやる気になるんです」と言う(インタビューの詳細は水曜日・午前6時に公開予定)。
その他にも、ネット決済のネットプロテクションズ(東京都中央区)は、役職としてのマネージャーを廃止。求人サイトを運営する東証1部上場のアトラエ(東京都港区)は、従業員38人の肩書をなくした。
不動産ITサービスを提供するダイヤモンドメディア(東京都港区)は、さらに踏み込んだ経営をしている。35人いる従業員の管理をやめ、理念もなくし、リーダーは自然発生に任せている。さらに、給料はチームでの話し合いで決め、社長や役員は毎年選挙で決めている。
その一方で、星野リゾート(長野県北佐久郡軽井沢町)や糸井重里氏が率いるほぼ日(東京都港区)も「ティール組織」に近いと言われる。両社とも肩書は必要最低限とし、意思決定もティール組織の要素の1つである「自主経営(セルフ・マネジメント)」を実践している。
大企業も勉強会を行うなど、関心を示している。リクルートホールディングスやヤフー、NEC、ユニリーバ・ジャパン、霞が関の省庁なども関連の勉強会を行っているという。
9月、ネットプロテクションズ社で行われたティール組織に関するセミナー(撮影:谷口 健)
実際の取り組みも始まっている。
九州電力は、70人の新規事業部を超フラットな組織にして、イノベーションを生もうとしている。人材サービス大手・アデコの日本法人は、従業員に徹底した情報開示を行なうなどの取り組みをしている(詳細は金曜日・午前6時に公開予定)。

日本企業はティールの素地がある

果たして、日本企業はティール組織を取り入れることで、より良い組織に生まれ変われるのだろうか。
三菱総合研究所の奥村隆一主任研究員は、こう解説する。
「日本の大企業の多くは、人に仕事がつく『職能型』または『メンバーシップ型』の企業組織の形を取っています。フラットで役割分担を明確にしない農耕社会の組織がベースにあり、従業員は『私は社員=会社の一員(メンバー)』と考える傾向があります。
こうした『メンバーシップ型』の組織は、欧米企業に多い『ジョブ型組織』と比べて、進化型組織(ティール組織)に近い特徴を持っています。つまり、日本的な企業は欧米の企業よりもティール組織に進化させることができる素地を持っていることになります」
ティール組織とは、組織を変革させる手法ではない。新しいパラダイムを指している。いま、まさに企業組織を進化させる新時代が始まっているのである。
日本語版は2018年1月に発売され、発行部数は5万部に達した(撮影:谷口 健)
(執筆:谷口 健、デザイン:星野美緒)