翻訳機としても機能、高い環境認識能力で音を自動調整する「AI補聴器」

2018/9/18

ユーザーの状況に合わせて調整

AIはどこにいると思われるだろうか。アマゾン・エコーやグーグルホーム、あるいはスマートフォンの中だろうか。あるいはインターネットのクラウドの中だろうか。
もし、AIが自分の耳の裏にいるとしたらどうだろう。AIは相対して会話する相手ではなく、自分が見るものや聴くものと同じ対象を認識して、それに合わせて自分の力をサポートしてくれるとすればどうだろうか。そんな不思議なAIデバイスが登場した。
この不思議なデバイスは、実は補聴器だ。だが、従来の補聴器の範疇をすっかり飛び越えた製品なのである。
開発したのはスターキー・ヒアリング・テクノロジーズという、これまでも数々の製品を開発してきた補聴器専門メーカーだ。同社がこの度発表した「リヴィオAI(Livio AI)」とそれに対応する補聴器は、「そうか、こういう手があったか」と唸るほどの機能性を備えている。
まず補聴器関連の機能から説明すると、感心するのは環境認識能力だ。その場が静かな部屋なのか、騒がしいパーティー会場なのか、コンサート会場なのか、あるいは屋外の森の中なのかといった音の環境を認識し、そのユーザーの聴力にふさわしい調整をしてくれる。
補聴器を付けている人は補聴器が音を拾うために雑音を出してしまうのが辛いという話をよく聞くが、環境とそこでの音、ユーザーの状況に合わせた機能を働かせてくれるというわけだ。両耳に補聴器を装着している場合は、その間のバランスもうまく取ってくれる。

行動を数値化する健康管理機能も

補聴器機能に加えて、我々がウェアラブルと呼んでいる健康管理の機能もある。毎日のステップの数や運動量の測定だ。補聴器もウェアラブルなので、そんなことができるのも当然だと感じられる。
だが、驚くのはもう一歩進んだウェアラブルの機能である。それは「ブレーン・スコア」と呼ばれる脳の活動を測るものだ。
脳の活動は、脳波計測などの方法で調べるのではなく、補聴器を利用している時間、どんな環境で使っているのか、他の人々と関わっている時間はどのくらいかなどによって測っている。
年をとって耳が聞こえにくくなると社会との接触が億劫になり、それが認知症を進めてしまうことは、よく知られている。エクササイズと同様、数値化されることによって自分の行動が客観的に意識できるようになる。それが自分にいいフィードバックを与えてくれるはずだ。
機能はまだある。しかも非常に意外なものだ。なんと翻訳である。補聴器が翻訳機としても働いてくれるのである。
例えば、目の前にフランス人がいるとしよう。翻訳はアプリと連動して使える機能で、補聴器をつけたユーザーが話をすると、それをアプリがフランス語に訳して画面でテキストとして表示する。そのフランス人が返事をすると、今度はユーザーの補聴器を通して、その内容がユーザーの母国語で聞こえてくるのだ。

IoT製品とコネクトするスマート補聴器

最近は、スマートフォンで使える翻訳アプリもあれば翻訳専用のデバイスも出ているが、補聴器がその役割を果たしてくれれば、まるでハンズフリーで外国人と直接やり取りしているような気分にならないだろうか。
補聴器は障害をカバーするためのデバイスだったのだが、こんなことができるのならばものすごく羨ましいデバイスである。
この製品もそうだが、最近のスマート補聴器にはIoT製品とコネクトするものもある。朝、補聴器をつけるだけで電気をつけたりカーテンを開けたりもできるのだ。なるほどと感心するわけで、ここに結構将来の商機も隠れているかもしれない。
スターキー製品については、今後ユーザーが転倒したら家族にアラートを送信したりするような機能の搭載も計画しているようだ。補聴器のような小さなデバイスが、様々な役割を担うようになる。そんなことが可能だったのかと、膝を叩きたくなる。
AI統合によって、補聴器は「隠しておきたい装置」から「かっこいいデバイス」に変身しようとしている。ヘッドホンやイヤホンの代わりに、この新型補聴器をつけたいと思う人々が出てきてもおかしくないほどだ。
*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子、写真:©2018 Starkey)