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リーマン10年を受け、最も受ける照会が「次の芽はどこにあるのか?」です。この点について極力易しく、しかし客観的なデータを元にコラムを書いてみました。ショックは想定していないからこそショックになるのであり、それが分かれば苦労はないわけですが、敢えて今気になる論点を列挙するとしたら、やはり世界で目立ち始めている民間債務の累積でしょう。より正確には「民間債務」・「新興国」・「企業部門」の3つがキーフレーズになると私は考えています。

詳しくは本文を参照にして頂きたいと思いますが、やはり過去10年における新興国の民間債務の積み上がり方は絶対額で見ても、経済規模対比で見ても、尋常ではありません。

もちろん、これが即危機に繋がるという煽りに加担するつもりはありませんが、世界の資本コストであるFF金利上がっている以上、「低金利だから儲かっていた」というプロジェクトは淘汰されるでしょう。来年や再来年は今年よりもさらに新興国で外貨建て借り入れの償還が増えるとのデータも出ています。そのような環境でいつまでパウエル体制のFRBが淡々と利上げ路線を歩めるのか。私は今後半年以内には声明文を改める必要が出てくるように感じていますが、まだ海外経済環境に配慮する気配は殆ど感じられません。基軸通貨国に限っては「金融政策は国内経済目的で」という紳士協定が必ずしも適切ではないと思うのですが・・・果たして。

宜しければご笑覧下さいませ。
俗にリーマンショックと呼ばれる世界金融危機は、幾重にも複雑に保険化されたアメリカの住宅ローンの証券化商品が招いた与信膨張が欧州の金融機関にも伝播した後、フランスの大手銀行による投資信託の解約凍結をきっかけに一気に信用収縮に傾いた未曾有の市場動乱でした。

当時多くの同僚が職を失ったわけですが、この出来事はそれまで栄華を誇っていたウォールストリートのエリート金融マンの世評を地の底に転落させるカタリストにもなりました。
日本でも多くのメディアがこぞって金融商品や金融機関を断罪することに少なからずショックを受けたことを覚えています。

洋の東西を問わず、優秀な若者もこの頃から外資金融を就職希望先から外して、新しい形での社会貢献や自己実現を模索し始めたように思います。
日本の企業債務はそんなに積み上がってませんので、直接日本には該当しませんが、結局危機が起きれば円高に振れて、リーマンの時のように震源地よりも影響を受けそうな気がします。
因みに「リーマンショック」と言ってもアメリカでは通じませんでした。(10年前の事は普通に「フィナンシャル クライシス」と言うみたいです。) ただ、アメリカの同僚はこの「リーマンショック」という呼び方を偉い気に入って、日本人は素晴らしいネーミングセンスをしているねと言ってましたw
本記事と併せて、下記記事も。新興国各国の債務GDP比、そしてそれの企業・家計・政府の比率も出ている(例えばアルゼンチンは政府債務比率が極めて高い)。
https://newspicks.com/news/3313541

下記でAmanoさんが紹介してくれているが、ちょうどレイ・ダリオ氏の過去の債務危機、景気循環について分析した本が出ていて、今は無料でDLできる。
時間をかけて読んでみたいと思っている。
https://newspicks.com/news/3308898
CDO(債務担保証券)に大量の粗悪なサブプライムローンが組み込まれ、またCDOに"混ぜる"ためにさらに粗悪なサブプライムローンが再生産されていったというループ。
一方でAIGを筆頭に、そんなCDOを保証した大量のCDSが売られた。
というのが、10年前の金融危機までの大きな流れだと思います。
"次"が「リーマン級」かどうかは分かりませんが、「リーマン型」ではないんだろうなとは思います。
本邦のバブル崩壊後の金融危機と10年前の金融危機。話はアレですけど、2回の金融危機を現場で経験して、自分なりの"金融観"みたいなものが形成され、今の仕事にも繋がっているのかなぁと思ったりもします。
「リーマン・ショック後の金融市場ひいては世界経済が新興国の成長神話に乗って活況を呈し、それが復調の契機にもなってきたことを思えば、新興国経済の腰折れとその停滞の長期化は考えるだけでも恐ろしい事態である」との末尾の文章・・・ (・。・;ウーン
これを『プラザ合意後の金融市場ひいては日本経済が株価・不動産価格の成長神話に乗って活況を呈し、それが復調の契機にもなってきたことを思えば、株式・不動産価格の腰折れとその停滞の長期化は考えるだけでも恐ろしい事態である』と書き換えれば、プラザ合意による急激な円高ショックを金融緩和で乗り越えて1989年末の日経平均株価の最高値までバブル景気を謳歌し、1990年1月の株価急落をきっかけに危機的状況に至り、その後の長い停滞のきっかけを作った日本経済の状況そのものです。1985年6月から日経平均株価最高値の日まで投資顧問会社の設立に携わり、ジャパンプレミアムで日本企業が外貨資金の調達苦しんだバブル崩壊後の金融市場にも関わった身として、当時をまざまざと思い出しました。
潜在的な成長力を無視して人為的な介入を極端に進めれば、どこかに歪が生じていつしか新たな危機の芽を作り出す。米・日・欧の非伝統的金融緩和の影響でそれが世界的規模で起きているのだとしたら、次の危機のきっかけが何になるにせよ、ちょっと不気味に感じないでもありません。記事とは無関係な思い出に浸りながら、拝読させて頂きました。示唆に富む内容であると感じます。
次の危機は、「ポピュリズムバブル崩壊」か、「民主主義バブル崩壊」、あるいは「デジタル社会化バブル崩壊」じゃないかなー。
ここにあるポイントに加えて、先進国の企業債務については返済原資との関係やジャンク債の市場拡大などに注意を払っていた方が良さそうです。また、家計債務は住宅価格と連動しているので、一部の国では注意が怠れませんね。