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かつてMacはパソコンのBMWといわれました。サーバーはフェラーリですか。なるほど。そのフェラーリサーバーという高級品があったからこそ、起業にいたった。

中途半端に続けられない状況を自ら作り出した。背水の陣ですね。

ユーザーからの声「GREEというサービスを毎日楽しく使っているのですが、田中さんという人が個人で運営していると聞きましたが死んだら困ります、どうにかしてください」が最終的に起業を後押しした。ユーザーの声は企業が大きくなった時でもありがたいですね。方向性を教えてくれる。
GREEができたころは、田中さんとナナロク仲間で、現frignge社長の田中弦さんがCDIに在籍していて、夜中仕事をしていたら「友人がこんな面白いサービス始めたんだけど」といって紹介してもらったのでかなり初期に使い始めました。今となっては当たり前ですが、古い友人とオンラインで繋がる、という体験が新鮮で楽しすぎたので結構使ってました。mixiはfind jobというサービスを展開していましたから既に会社基盤があった、ということですね。本社にこの最初のサーバーが展示されてましたが今もあるのかな?
いやぁ、懐かしい!サービススタートして数か月の2004年4月か5月くらいに友達に紹介してもらって使い始めた。
その前からBlogはやっていたし、大学生だったのでつながる友達は日々会う人ばかりだったので、自分は正直その頃は「すげー」と思わなかった。一方、就職をして、つながりが薄くなり始めているときだったら、また違う感覚だったのだろうなぁと思う。
仕事とGREEの両立ができなくなって会社化というのも、使っている中で記事か何かで流れてきた記憶がある。その頃はよく分からなかったのだが、今からするとユーザー数が大量にいる中でリスクマネーが不十分だったり、それを資金化する方法が少なかった時代だったのだろうか。ただ、当時はやっていたテキストサイト(侍魂とか)は、バナー広告付けて相当儲けていたと思うし、そういった話は来なかったのだろうか?来ていたとすれば、個人としてこういう資金繰りの状況でどうしてやらなかったのかなぁと思う。
週末起業には限界ありますもんね。デカくするためにはやはり専念してコミットせざるを得ない。
学生の頃に読んだ雑誌で、田中さんのインタビューを読んだことを思い出しました。

中身の詳細は忘れてしまいましたが、本記事にもあるように、会社員をやりながら、個人で GREE の開発しているというのを読んで、「こういう働き方できるのいいなー」って感心した記憶があります。

(たぶん Web Designing だと思い、検索してみたらでてきた。これかなぁ。)

Web Designing 2004年7月号

Human Interest
田中良和「人はみんな繋がっている」
Text:山本高樹

https://book.mynavi.jp/wd/2004/07.html
懐かしいなあ
リアルなお話がてんこ盛りで目が覚めました…当時、両方のサービスを使い、mixi に流れた自分のことを思い出し、同じ時に、このような事態が展開されていたのか…と想像し、妙に納得した気持ちになりました。
GREEが実名的なSNSだったころこれでどんどん繋がれるので
ブログもできたし、独立する環境が整ったなということで起業できるようになりました。実際はその後はゲームの方に変わっていき、予定通りではなかったですが、インターネットにより個人の時代が到来することがわかったので、本当に良いきっかけになりました!
世間ではmixi対GREEみたいに言われることも多かったですが、昨日今日できたばかりの3人の会社で、5年やってきた30人の会社と同じことをして、そもそも勝てるわけがないと、創業して初めてリアルに痛感するわけです。
この連載について
各界にパラダイムシフトを起こしてきたイノベーターたちは、どのような生い立ち、人生を送ってきたのか? その深部に迫ることで、イノベーションを起こす源泉をたどる。

業績