販路なし、商品なし。ゼロから始まった超テック系スタートアップMUJINの戦略

2018/9/18
日本で、世界で、起業を取り巻く環境が変化している。技術革新、経済環境、価値観の変化に伴い、おのずと新しい起業スタイルや、今までは考えられなかった成功事例が出てきている。そんな新しい風が吹く中、この国で、この世界で、起業家は何を成し遂げられるのか。

最前線の投資家や起業家を訪ね、激動のビジネスを掘り下げる連載企画「スタートアップ新時代」。創業期のスタートアップをPowerful Backingするアメリカン・エキスプレスとNewsPicks Brand Designの特別プログラムから記事をお届けします。
 1時間の生産ラインの停止が、1億円以上もの損失を生む。そんな重工長大な産業界において、なんの実績もない企業が参入することは至難の業だ。ましてや、たった80人規模で、創業数年の歴史しかないスタートアップ企業であれば、なおさらだ。
 技術こそあれ、製品も販路もなにもない。そんな、ゼロスタートから道なき道を切り開いてきたのが、日本発のテック系スタートアップ企業・MUJINだ。
 テックといっても、IT技術ではない。“ゴリゴリ”の「ロボット技術」である。
 現在、世の中におけるロボットのシェアは、99%が産業用ロボットだと言われている。しかし、産業界でロボットが担う労働力の割合は、いまだ5%前後。残りの95%は人力がやっている状態だという。
 そんななか、MUJINが実現するのは、日本の産業界において、長らく課題とされてきた「ロボットの自動化」。あらゆるロボットを、たったひとつのコントローラーで操作可能にする。そんなSF的ソフトウェアと3D画像認識アルゴリズムを開発し、世界中から注目を浴びている。
 たった2人で始まった小さなロボットソフトウェア(OS)会社は、2011年の創業以来、中国の通販大手「JD.com」の大型倉庫の完全自動化のサポートを始め、数々のプロジェクトを実施。さらには、「ロボットの知能化で世界を変える」という大きなビジョンに共感し、スタンフォードやMITなどから世界中の優秀なエンジニアたちが集まって、東京都墨田区の下町に小さなシリコンバレーを築いている。
 その興隆を物語るかのように、近年多くの受賞が続いた。
2016年
 ロボット大賞 経済産業大臣賞
2017年
 6月 JEITAベンチャー賞Bray Investments
 7月 企業家倶楽部 チャレンジャー賞「ロボット大国ニッポン革命賞」
2018年
 2月 Japan Venture Award2018 中小企業庁長官賞
 7月 Japan US Innovation Award
 9月 日本ロボット学会 ロボット活用社会貢献賞
 9月 ロジスティクス大賞 選考委員会特別賞
 しかし、ロボット産業に革命を起しつつある新たな技術をビジネスサイドに橋渡しし、会社をマネージしてきたMUJINのCEO滝野一征氏はこう語る。
「よい技術、よい製品があれば、誰もが受け入れてくれると思ったら大間違い」
 創業期にあったのは技術だけ。製品も販路もお金もない。そんなないない尽くしの創業期をどのように乗り越えたのかを滝野氏に聞いた。
ゼロから始まった2人きりの会社
──コントローラーひとつで、どんなロボットでも作業を自動化できるという、まるでSFのような技術を開発したMUJIN。もともとはゼロからの起業と聞きますが、滝野さんが最初にやったことはなんだったんでしょうか?
滝野 僕自身は、2009年の国際ロボット展で、うちのCTOのロセンに出会うまでは、ロボットの自動化にくわしくなかったんです。ただ、ロセンが長年ロボットの自動化の研究をしていて、その世界では有名な人物だということは知っていました。
※出杏光魯仙(デアンコウ・ロセン/Rosen Diankov):1983年ブルガリア生まれ。10歳の時に一家でアメリカに移住。高校でコンピューターサイエンスと人工知能について学び、UCバークレイ校を首席で卒業。その後カーネギーメロン大学のロボティクス研究所で「自律マニピュレーションシステムの自動構築」のテーマで26歳で博士号を取得する。卒業後の2011年に日本で「MUJIN」を共同設立する。
 でも、僕が彼から起業に誘われた段階では、アイデアや技術はあっても、まだ製品はなにもなかったんです。そこで、まず僕らがやったのは、「彼の技術をどうやって売ればいいのか」を知るためのリサーチでした。
 まずいろんなロボット産業関係の会社にヒアリングに行ったんですが、当初は、無名で実績もない若者2人が行っても、トップマネージメントに会う事自体が困難で、会えたとしても「ロボットをティーチレス化するなんて君たちには無理だ」と相手にされませんでしたね……。「正直、日本にいてもしかたがないな」と思い、2011年にロセンと2人でアメリカに渡ったんです。
1984年大阪生まれ。2011年に世界的ロボット工学の権威であるロセン博士とMUJINを創立。MUJINを設立する以前は、米国大学卒業後、ウォーレン・バフェットの会社として有名な、製造業の中でも世界最高の利益水準を誇るイスカル社に勤務し、生産方法を提案する技術営業として多くの賞を獲得するなど、輝かしい実績を残す。日本での厳しい生産現場を渡り歩いたことによって得た幅広い知識や現実的な視点は、特に事業化が難しいといわれるロボットベンチャー業界で大躍進する原動力となった。
──なぜ、アメリカに?
 アメリカには日本のロボットメーカーや工場の現地法人がたくさんあるんですよ。でも、日本本社ほど忙しくないから、話も聞いてもらえるんじゃないかと思ったんです(笑)。
 あと、アメリカのほうが、日本より感度が高くて「おもしろい技術があったら乗ってやろう」という積極的な視点を感じたのもあります。そこで、アメリカ中の日系企業を回って、「お宅の会社で困っていることはなんですか」「ロボットの技術について、どんな問題点がありますか」とヒアリングしました。
 そこで、だんだん僕らができることが見えてくる一方で、アメリカ法人から僕らの話を伝え聞いた日本法人の人々から、「話を聞きたい」「デモをやらないか」とお声がかかるようになりました。
──アプローチする場所を変えて、販路が生まれたんですね。
一過性のトレンドより、100年続くインフラを
──ベンチャーキャピタルからの出資はスムーズでしたか?
 いや、全然。時はリーマン・ショック(2008年)の余波があるなかで、景気も悪かったですし。ベンチャーキャピタルを7社は回りましたが、産業ロボットなんてブルーカラーのイメージしかなくて。まったく注目されていなかった。
「御社はホームランカンパニーではない」なんてことを面と向かって言われたこともありました。ベンチャーキャピタルとしては、ゲームやアプリなど短期間で一発当たればドカンと儲かるビジネスが欲しいんですよ。だから、僕らのような重厚長大な産業系のスタートアップは、魅力がないと。
──なるほど。当時はどういうふうに思ってたんですか。
 それは今に見てろと思ってましたよ、気持ちというか根性だけ(笑)。
 ただ、ゲームやアプリはすぐ儲かるけど、あくまでトレンドを生み出すだけで、来年以降も続くとは限らない。僕らは、トレンドやエンタメじゃなく、次の100年の社会を支えるようなインフラを作りたかった。だから、リーマン・ショックのさなかでもユーテックとジャフコに手を挙げてもらえたのは、ありがたかったですね。
──以降、業務を着々と拡大しつつも、創業初期に2度出資を受けたあとは、追加出資を受けていませんね。
 まあ、お陰様でキャピタル側からいろんなお声をいただきます。彼らとしては、うまくいきそうだとわかれば、なるべくお金を使ってもらって、出資を増やして、自分たちのシェアを増やしたい。
 でも僕らも、意味のないことには使いたくない。今もオフィスを増床したりやりくりしていますが、オフィス等、固定費を切り詰めて事業に関する大きい投資以外の無駄な事には金を使わないという文化を定着させる事で、この4年間は出資は受けないでやれています。
──では創業期のMUJINを支えてくれた人と言えばだれが思い浮かびますか。
 そこは本当にいろんな人たちに支えられて感謝していますが、中でもやはりお客さんです。キヤノンさん、アスクルさんなどたくさんのお客さんと、現場と業務提携をしながら、一緒に製品を作らせてもらいました。
価値の啓蒙が足りないとベンチャーは衰退する
──お客さんと言えば、スタートアップは、最初のクライアントをつかむまでが大変だと思いますが、どうやって販路を広げていったんでしょうか?
 これが本当に難しかったです。なにせ、僕らがやっていることは業界初の試みで、前例がなさ過ぎるので、なかなか理解してもらえない。
 ロボットでの自動化はわかりやすいですが、「ロボットの自動化をすることにどれだけ価値があるのか」を周囲にわかってもらうため、とにかくその価値を啓蒙しなきゃならなかったんです。
 多くの人は、優れた製品やサービス、すごい技術があったら、みんなが受け入れると思うでしょうが、これは大間違いですから。
──そうなんですね。
 たとえば、「いまあなたが生活で困っていることはなんですか?」と突然聞かれたら、すぐに答えられます?
──……うーん、すぐには思い浮かばないですね。 
 でしょ? 例えば通勤はどうですか? 一日往復2時間使うという事は、人間活動している時間が18時間だと考えると、人生の1/9を実は電車の中で過ごしているという大問題なのに、通勤に困っているとすぐに答える人は少ない。
 多くの人は、自分の現在直面している課題が生まれた時からある問題だとそれがなくならないものだって思い込んでしまう。つまり問題意識にすらならないんです。
 僕はよくMUJINの製品を売ることを「炊飯器のない時代に、炊飯器を売るようなものだ」と言うんです。炊飯器100万円だというだけだと無料のかまどに比べて、高すぎるので誰も買わないが、それが実は調理時間1日3時間、つまり人生の1/6を100万で買える、取り返せるのが価値だと啓蒙すると景色は変わります。
──なるほど。炊飯器を見たことがない人は、そんなことができるとは思いもしないし、表面的な価格だけにとらわれてしまう。
 これと同じような次元の提案を、産業界という文字通り重厚なしきたりのある業界に、しないといけませんでした。
 この「新しい価値の啓蒙ができるか、できないか」が、テックベンチャーにとっては勝機の分かれ目です。世の中にない新しいものを生み出していても、ここをうまく世間に伝えられないと、会社自体が終わってしまいますね。
──では、滝野さんのように説得力のある営業トークができるかが鍵なんですね。
 いや、経営や営業の人間に大事なのは口先じゃないですよ。僕はたまたましゃべるタイプですが、しゃべらなくても素晴らしいセールスはいっぱいいます。
 僕自身にひとつ強みがあるとすれば、先ほどアメリカから販路を開いたように、提供できるものを欲しい人を見つけるのが、得意なんです。
クライアントとともに「価値」を作っていった
──顧客を開拓して、新しい価値の啓蒙活動ができたから、MUJINは受け入れられたんですね。
 いや、まだこれからです。うちのようなテックベンチャーが難しいのが、完成品がないところです。アプリやゲームの会社なら、簡単に完成品を作れるんでしょうけれども、ロボット技術の場合は、ゼロから作るのがすごく大変です。
 産業ロボットそれぞれに合わせて動きを制御するオペレーションソフトウェアは、作ってみてからが勝負。つまり、最初の製品なんて正直バグは当然あるので、止まることもあるんです。そこは使いながらアップデートをかけていくしかない。
 ところが、先方は1時間機械が止まったら1億円損するような業界で生きてるので、「仮にうちに納品するなら完璧なものにしてくれ」と、間違いなく言われます。
 だから、最初にモノができそうだっていうときに、売り込みに行って、「まだ、製品としては完成度は低くてボロボロかもしれないけれども、あなたの会社が使ってくれることで、次にこんな素晴らしい世界が待っているんですよ……」と啓蒙する。
──それで導入にこぎ着けても、実際のロボットでエラーが起きたら……。
 ロボットが止まって、当然お客さんはカンカンです。でも、そこで逃げずにとことん対処できるかどうかが勝負でした。
 何がダメになったのかをきちんとエンジニアに伝えて、すぐに現場に行かせて直させます。直るまで帰ってくるなと。
 ──え、プログラマーをですか?
 そうです。工場のそばでパソコンを抱えて缶詰め。意外と泥臭いでしょ? でも、技術者たちが現場に行って、汗でドロドロになりながら一生懸命やって、最終的にロボットが動けば、お客さんも納得してもらえるものです。みんなハッピーなんですから。
──さきほどクライアントに支えられたとおっしゃっていましたが、一緒に地道に作り上げていったんですね。
 創業数年で、誰も見たこともないものを作ると言い張る僕たちをよく信じてくれました。当然、僕たちは信じていましたけど、リスクをとって一緒に走ってくれた。
──どのように信頼関係を築かれたのですか。
 僕はとにかくウソをつかないんです。これはできません、これもできません。できませんけど、これはできるので、こういうふうに使ったら、めちゃめちゃ儲かりますよ、みたいな話をする。でも、口先で、ポジティブなふうに聞こえるみたいなレベルのことはやっていない。なんなら都合の悪いことも全部言うんです。とにかくウソはつかない。
 そして現場に超優秀な技術者を連れていって、やってみせる。そういうことがやっぱり信用につながるんです。そこはベンチャーの勢いだけじゃ駄目なところですね。
──価格はどういう方針で決めたのでしょうか。
 値付けは研究開発への投資が大事なテックベンチャーにとっては、とても重要なことだと思ってます。
──どのように考えるのですか?
 やはり原価から計算するのではなく、「お客さんがどれだけ得をするか」を基準にするべきなんです。
 たとえば、機械のアーム自体が1台200万円だとすると、みんな30万とか50万円とかにしたらと言うんです。でも、僕らのシステムを入れて売ると2000万円になります。「マージンを取り過ぎじゃないか」と思われるかもしれませんが、仮に1台2000万円の機械を入れたことで、人件費を年間それ以上節約できれば、決して高い買い物ではないですよね。
 その分の売り上げを研究開発費に回すので、さらに改良された新製品が生まれる。僕らがもっといい技術を提供できれば、お客さんも儲かるわけです。結果的にすごくいいサイクルが作れる。
──開発費があるからこそ、よりよい製品が生まれて、効率化が進み、そこで顧客はさらに利益を得る。良い循環が生まれているんですね。
 もしこれが逆で、安い値段で売ってしまえば、研究開発費が足りずに、商品の精度も下がる。そうやって負のスパイラルに入り、どんどん先細りしてしまいますから。仮に創業時から僕らが商品を50万円で売っていたとしたら、今のMUJINはなかったと思いますよ。
この道40年のベテランに「無理」と言われても
──MUJINは圧倒的に技術が核の会社だと思いますが、スタンフォードやMITといった世界有数の難関大学出身者を始め、世界中の優秀な人材が、MUJINに集まっているそうですね。
 いま、うちの会社は70%がエンジニアで、50%が外国人ですが、会社が欲しいスキルを提示して、条件を満たす人を採用していたら、結果的にそうなりました。
 ただ、何より難しいのが「今後の世界の社会インフラを一緒に作る」というビジョンや覚悟を持った超一流の人を集めることです。スタートアップの創業時なんて、泥臭くて、全然かっこいいものじゃない。だから、優秀な人であっても、ビジョンへの覚悟がある人だけを厳選して集めてます。
──多少の妥協をしても、人員を拡大したくはならなかったですか?
 僕も圧倒的に人材が足りない時に、基準を満たさない人でも、採用するべきだと思った時期がありました。でも、そこはCTOのロセンが譲らなかったですね。
──なぜでしょう。
 技術者の場合は、技量が劣る人が入ると、説明に時間がかかったり、彼らのミスをチェックするほうが時間がかかる。全体の生産性が下がる事がありえる世界なんですね。
 あと、やっぱり、頭が良い人は頭が良い人と仕事をしたがるんです。天才が天才同士で切磋琢磨(せっさたくま)できる。その環境こそが彼らへの代えがたいインセンティブになる。
──なるほど。それをマネージしている、滝野さんもすごいですね。
 いやいや。まあよく言えば、家族みたいな付き合いをしています(笑)。
──最後に、ご自身がもし創業したばかりのベンチャー起業家にアドバイスをするとしたら、何が大切だと伝えると思いますか。
 最終的には「ロジックも大事ですが、根性を持て」ということですね。僕らも創業当初、いろんなロボットメーカーさんに、「できるわけない」「ビジネスというものはそんなに簡単なものじゃない」と言われ続けました。
 考えてみてくださいよ、業界で40年以上やってきたベテランの先輩たちに、自分の出したプランを「これ、絶対にうまくいかないよ」って言われ続けたら、どう思いますか?
──それは心が折れますね。
 ですよね? さすがの僕も折れそうになりましたから(笑)。でも、ロジックだけで考えていたら、今までにないものを作ろうとするスタートアップなんてまず無理なんですよ。
 たとえば、僕らは、最初に掲げていた信念が「完全無人の工場を作る」というもの。最初は誰も信じてなかったですが、結局、いまは中国の大手通販サイトのJD.comの大型倉庫で、無人化についてはほぼ実現しています。現実にできたわけです。
 いまは製造業や物流業におけるピッキング自動化に注力していますが、僕らの商品は、モーターがある機械をすべて制御できるんです。今後は、もっと使いやすくして、幅広い分野でロボットを簡単に使える時代にできると思っています。
 最終的には、世界中のパソコンのなかにWindowsが入っているように、すべてのロボットの中にMUJINのシステムが入っている状態になればと思っています。人には夢物語だと笑われるかもしれませんが、僕らは前を見て進むだけですから。

MUJIN CEOの滝野一征氏とMUJINの創業期を力強くサポートした方をお招きし、スタートアップの生存戦略を語り尽くす特別イベントを開催予定です。

(編集:中島洋一 構成:藤村はるな 撮影:加藤麻希 デザイン:砂田優花)