農業を革新する、7人のアウトサイダーたち

2018/9/10
日本の農業の危機
日本の「食」は、世界でも稀に見る多様さを持つ。
東西南北の食卓を彩る個性豊かな食材。この「食」が今、日本の強力なコンテンツになっていることに異論はないだろう。また、故郷や地元ならではの食に強い思い入れを持っている日本人も少なくないはずだ。
しかし、その日本食を支える「農業」は、待ったなしの危機的状況にある。
農業就業人口は2000年の389万1000人から2017年には181万6000人と半減。
平均年齢も、2000年の61.1歳から、2017年には66.6歳に上昇している。
この数字だけでも十分に危機的な状況だとわかるが、もう少し詳しく見てみよう。
顕著に衰えているのは、合計産出額が日本の農業の約5割を占める米、野菜、果実の農産物だ。1990年の6.9兆円から、2016年には5兆円に落ち込んでいる。
農作物の作付面積や生産量も減少の一途をたどっているが、より深刻なのは耕作放棄地。その面積は42万3000ヘクタール(2015年)にのぼり、1990年からほぼ倍増した。これに、「荒廃農地」と呼ばれる再利用が難しい元農地を含めると、愛媛県の面積に匹敵する55万5000ヘクタールに達する。
疲弊する生産者
ここに挙げた課題は、ほんの一握りに過ぎない。日本食が脚光を浴びるその裏側で、米、野菜、果実という日本食のひとつの屋台骨がグラグラに揺らいでいるのだ。
その大きな要因となっているのが、農協を中心とした既存のシステムだ。
この特集は、農協を批判するものではない。高収量の品種を開発し、それを農家が化学肥料と農薬で大量生産し、農協が回収して市場に安価提供するという仕組みは、戦後から高度成長期にかけての人口増加時代には最適な方法だった。
しかし人口が減少し、食の好みも多様化するなかで、「作れば売れる」時代は終わった。日本では、米も野菜も消費量が減っている。
作ったものが売れなければ、安売りするしかない。あるいは予め余りそうなものは捨てて、価格の下落を防ぐしかない。
そんな状況にありながら、今回の取材中には「ほとんどの農家は農協に卸すしか選択肢がないから、農家が販売している市場価格より明らかに高い肥料や農薬を購入しなくてはならない」という話も聞いた。
このような積み重ねの結果、生産者は疲弊した。
今や農業はきつい、汚い、危険の3Kに稼げない、結婚できない、を加えた「5K」と言われる残念な職業になっている。そのような仕事に就こうとする若者は少ない。
アウトサイダーの視点
今回の特集で取り上げるのは、旧来のシステムの外で農業の変革に挑む7人だ。
生産者もいれば、そうでない人もいるが、共通しているのは常識を覆すようなアイデアで、農業界に新風を吹き込んでいることだ。多くの農業従事者、関係者からすればアウトサイダーとも言える彼らをあえて取り上げるのは、もちろん理由がある。
最大のポイントは、異業種からの参入や海外経験など「外部の視点」を持つ彼らがみな、日本の農業に大きなチャンスとポテンシャルを感じていること。
彼らが思い描く「果実」を手にするための取り組みは、課題だらけの農業界を立て直すヒントになり得るだろう。
なんといっても日本の農業の根幹を揺るがしているのは、農業の就業人口の激減と高齢化だ。この問題に歯止めをかける可能性がある人物が、ふたりいる。
第2回に登場する菊池紳は、金融業界を渡り歩いていたが、ひょんなことから農業に携わるようになり、既存の物流システムが生産者をないがしろにしてきたことに気が付いた。
そこで、農業ベンチャー、プラネット・テーブルを設立し、個性的で美味しい野菜を作っている生産者と、それを求めるレストランをつなぐプラットフォーム「SEND」をリリース。
やる気のある生産者が報われ、なおかつ良い食材を求める店も喜ぶ仕組みが受け、3年でおよそ4800の生産者と東京の約6000のレストランを結ぶサービスに成長した。
「SEND」で売り上げが伸びた農家のなかには、農地を拡大したり、子どもが跡を継ぐことを決めたところもあるという。
【流通革新】アマゾンより早く。生鮮郵便局が農家を救う

2018年7月18日に配信した『「農業のアップデート」が日本の食を進化させる』でも取り上げた「生産性の低さ」という問題。
【新】「農業のアップデート」が日本の食を進化させる

「生産性の低さ」のカイゼンに挑んだのは、第3回に登場する東大卒、外資メーカー出身の佐川友彦。
縁あって栃木の宇都宮市にある阿部梨園に転職した佐川は、農業のプロである生産者が、慣れない経営やマネジメントで疲弊していることに気づいた。
そこで「畑に入らないマネジャー」として事業のスリム化、効率化を推進。500に及ぶカイゼンの結果、直販率99%を達成しただけでなく、オーナーの休日が増えるなど「働き方改革」にもつながった。
佐川流カイゼンは、ほかの生産者も求めていたものだった。ノウハウ公開をテーマにクラウドファンディングしたところ、集まったのは目標金額100万円を大きく上回る446万3000円。この実績をひっさげ、ほかの農家のカイゼンにも乗り出している佐川は、「日本の農業はポテンシャルの山」と話す。
【公開】東大卒「畑に入らない農家」のカイゼン500

旧来のシステムに期待できないとしたら、自ら一歩を踏み出さなければならない。どうやって道を切り拓くのか。第4回は、その参考になる人物がいる広島に行った。
14歳からカナダで生活し、現地の大学、園芸学校を出た後に、父親からハーブ農家「梶谷農園」を受け継いだ梶谷ユズル。帰国したばかりの時、市場で「安定して安くてきれいなものを作ればいい」と言われた梶谷は、すぐさま直販に切り替えた。
しかし、日本に知り合いはいない。そこで自身の語学力と度胸とアイデアで卸先を開拓していった。世界中の名店で食べ歩き、最新のハーブの情報と使われ方を学び、日本で育てて提案するというスタイルで、今や、契約レストランは150軒。梶谷の知識と情報を求めて、欧米のスターシェフや投資家がわざわざ広島まで足を運んでいる。
梶谷は「日本の農家は可能性に気づいてない。もったいない」と残念がる。
【哲学】世界の三ツ星レストランを魅了する「ハーブ農園」

高齢化や離農、後継者不足で、耕作放棄地も右肩上がりで増えている。これも、旧来のシステムがもたらした結果のひとつだろう。
使っていない農地を農家から借り上げて市民農園にしようというビジネスも広がっているが、第6回は、全く違うアプローチで地域経済を循環させている女性起業家が登場する。
発酵技術を中心とした技術開発ベンチャー、ファーメンステーション代表の酒井里奈は、岩手の奥州市にある休耕田で作られた無農薬、無化学肥料の飼料用米を発酵させてエタノールを生成。安心安全の国産エタノールを化粧品の原料などとして売り出した。
さらに地域の養鶏家と提携し、生成過程で出る栄養満点の米のもろみ粕を飼料として提供している。この取り組みに端を発して地元住民が反応した結果、サステイナブルな経済圏が誕生。今や、「SDGs」の実践例として国内外から視察が絶えない。
酒井は「休耕田はいっぱいある。エタノールのニーズもある。この小さなエコシステム、経済圏をたくさん作りたい」と語る。
【日本初】国産エタノールで休耕田が再生している

従来型の農業では先行きが暗いというのは、誰にでもわかるだろう。では、日本の「食」は、農業はどうなるのか。希望は、ある。外部からの知見によって、農業を革新するような取り組みが始まっている。
最終回は、何十年もほとんど変化のない生産方法に、最新の植物科学とテクノロジーを掛け合わせようとしている小池聡だ。
「ビットバレー構想」を提唱したことで知られる元ベンチャーキャピタリストの小池は、49歳で東京大学EMP に入学。そこで生産可能な農作物の3分の1、年間8億人分の食料が病気で失われていること、気候変動などの要因で、全世界の耕作可能地域が減少していること、2050年までに世界の人口が70億人から90億人に増えて、その分の食料が必要なことに危機感を抱いた。
そこで足元の日本に目を転じれば、日本の農業が何十年も「生産者の経験と勘と匠の技」に頼っていた。
ITに精通した小池は、関連するベンチャーを買収するなどして、この非効率で非生産的な領域に最新の植物科学とテクノロジーを導入。データによって農業を「見える化」し、農作業の効率化や先進的な病虫害の予防などで結果を出している。
小池は「農業全体を知的産業化すれば、それを輸出できるようになる」と指摘する。
【未来予測】植物科学×テクノロジーの農業新時代が来る

農業は、気候と病虫害との戦いだ。気候変動の影響も無視できない。
こうした問題を一挙に解決するのが、第5回の植物工場だ。黒字化が難しいと言われているなかで、日量2万1000株のキャベツを生産する日本最大級の植物工場「亀山プラント」を2013年から黒字化させているのが、京都のスプレッド。
野菜流通・生産を手掛けるトレードの子会社である同社は、今秋から日産3万株のレタス栽培を自動化した世界初の植物工場「テクノファームけいはんな」を稼働させる。
亀山プラントと比較して人件費を50%削減するだけでなく、水のリサイクル率は98%。環境にも配慮したこの次世代型の植物工場は、気候変動や病虫害対策だけでなく、農業の就業人口の減少に対するひとつの答えになる。
同社はグローバルでフランチャイズ化を計画しており、代表の稲田信二によると国内外の企業と提携の話が進んでいる。
【直撃】京都のレタス自動化工場が、世界を席巻する日

そして、本日の第1回で取り上げるのは、岡山に住む田中節三、69歳。今、世界が注目するイノベーターだ。
田中は「日本初の国産バナナを作った男」としてたびたびメディアに取り上げられているから、ご存じの方も多いかもしれない。
しかし、本当の偉業はバナナを作ったことではなく、農家でも学者でもない田中が独力でバナナの栽培を成功に導いた「凍結解凍覚醒法」を開発したことだ。
世界の誰も思いつかなかったこの発明によって、気象条件が合わずに日本では栽培不可能とされてきた熱帯の作物が、次々と岡山で実をつけている。
それだけではない。田中は「凍結解凍覚醒法」を応用して、シベリアの永久凍土に作物を植えようとしているのだ。
これだけの情報ではなにがなんだかわからないだろうが、田中の発明は日本、そして世界の食糧事情に影響を与える可能性すらある。
【秘伝】「奇跡の国産バナナ」を生んだ男。永久凍土を農地に
日本の農業に明るい未来はあるか?
そう問われれば、こう答える。
その種は蒔かれている、と。
(執筆・写真:川内イオ、デザイン:國弘朋佳)