コワーキングスペースで働くと生産力が上がる理由とは

2018/9/10
コワーキングスペースやシェアオフィスは、もはやスタートアップやフリーランスワーカーだけのものではない。ビジネスを成功させたいすべてのワーカーが集中できる場所として利用が増えている裏側にはいったいどんな理由があるのか。

産業医として数々の企業のワーカーを診てきた大室正志氏に東急不動産のシェアオフィス「Business-Airport」を実際に体験してもらい、日本企業の働き方改革の現状とメンタルヘルスの関係性、働く環境が生産性に与える影響について話を聞いた。

同じ環境にいることが、人間関係を淀ませる

──大室先生は、産業医として多くの企業で従業員の健康と労働環境を見てきています。なかでもビジネスパーソンにとっては「人間関係の悩み」が大きなものだと思いますが。
大室 確かに人間関係に悩みを抱えるビジネスパーソンは多いですね。産業医になって驚いたのが、大人になってからも「席替えしてください」という人がこんなにいるんだ、ということ(笑)。
 斜め前に嫌いな上司がいるのがイヤだ、複合機の近くの席は人がウロウロするのが気になる、前の席の人のキーボードを叩く音が癪(しゃく)に障る……。あの人の顔が見えない席に替えてください、という人までいます。
 そもそも相手のことが嫌いだから、その人のことが気になってしまい、仕事に集中できないのでしょうね。
 人間関係の距離感は物理的な距離感に大きく影響されます。同じ空間に同じメンバーでずっと一緒にいると、人間関係はどうしても淀んできます。
 もちろん、チームで濃密な時間を過ごすことで、すばらしい結果を生むこともあります。結局は、メリハリのある距離感を保つことが、人間関係のストレスを防いで、仕事の生産性や成果につながるのだと思います。

人間関係より仕事の範囲が明確なジョブ型組織へ

──日本企業の場合、組織の枠にはめこむことが多いだけに、人間関係の悩みが深刻になりやすいところがあります。
 組織には「メンバーシップ型」と「ジョブ型」があります。多くの日本企業は家族的な関係を重視するメンバーシップ型の組織です。同じ釜の飯を食う仲間という感覚で、一緒の場所にいることに価値をおいている。
 「自分の仕事はここからここまで」というジョブディスクリプションが明文化されていないのもメンバーシップ型組織の特徴です。だから上司や同僚が残業していたら、先に定時で帰りづらかったりする。
 終身雇用を保証する代わりに、職種、勤務地、残業などを選べない「3ナイ」は覚悟しなくてはいけません。
 一方で、ジョブ型は、自分の仕事の範囲が明確で、人の仕事に手を出すのはタブーでさえある。外資系の仕事のやり方ですね。
 自分の仕事がはっきりしている分、テクノロジーを活用してリモートで働くというのも簡単に導入しやすい。新しいアプリを入れるようなものです。
 メンバーシップ型の企業が、リモートワークをしようと思うと、OSを入れ替えるくらいハードルが高いのと比べると、対照的ですね。
 今、盛んに言われている働き方改革は、これまでのメンバーシップ型からジョブ型に日本の会社の組織を変えていこうという、国からのメッセージです。
 もちろん、完全な外資系スタイルになる必要はなくて、日本なりの特性を組み込んだジョブ型組織がこれからのメインストリームになっていくでしょうね。

働く場所や働き方を選ぶ時代

──日本企業は、メンバーシップ型からジョブ型へ移行する過渡期にあるということですね。そういう中で、職場に縛られない働き方も進んできています。
 いまだに朝、昼、終業時にチャイムが鳴る会社って、日本にまだ結構あるんですよ。あと、始業時間に必ずみんな顔を揃えているということを重視するところも多い。そこで安心してしまって、昼間どんな仕事をしているということはあまり気にしていない。
 そういう会社にとって、社員が働く場所を自由に選んだり、働き方を選ぶって、変化が大きすぎてどうしても抵抗感が強くなります。
 ガチガチに厳しい校則の学校から、いきなり単位制で私服OKの自由な校風でやってくださいといっても、先生がついていけないのと同じですね(笑)。
 そうはいっても、以前のように会社が社員をコントロールするというやり方は流行らなくなっています。
 働く側にとっても、会社は一生所属する場所ではなくて、長い人生の一定の期間だけ働く場所になりつつある。
 そうなると、働く場所や働き方を選べることが、普通になってくると思います。

働く場所の人口密度が効率に大きく影響

──場所を変えて集中したいとき、ビジネスパーソンが利用する場所として、コワーキングスペースがあります。職場とは違う場所で仕事をすることで、煩わしい人間関係から解放されて、仕事ができることのほかに、メリットとしてあげられることは何でしょうか?
 産業医として、働く環境として重視しているのが、二酸化炭素濃度が低いことです。つまり、適正な人口密度で働けているか、ということ。
 大きなオフィスビルでは二酸化炭素濃度を1,000ppm以下に保つ必要がありますが、測定してみたら1,500ppmとか2,000ppmもあるケースも。
 これでは、頭に酸素が回らなくて効率的になんて働けません。カフェやコワーキングスペース、シェアオフィスだと集中しやすい、というのは、そういう人の多さからくる二酸化炭素濃度が低いというのがありますよね。
 シェアオフィスやコワーキングスペースがカフェに比べていいのは、「歓迎されていない」という負い目を感じずにすむことですね。
 お店サイドにとっては、カフェで長居して仕事をするビジネスパーソンは、招かれざる客。客単価や回転率を考えると当然ですね。
 私なんかは、気が弱いのでそういうお店の視線にすごく敏感になってしまう(笑)。水のおかわりを持ってこられると、帰れというサインかな、とか。
 コワーキングスペースは、そういうカフェ特有の居心地の悪さを気にせずに仕事に集中できる。そういう歓迎感のある中で、仕事を存分にできるというのは、最大のポイントですね。
──企業のサテライトオフィスというだけでなく、スタートアップの拠点としてシェアオフィスを利用するケースも増えています。
 オフィスを借りるより固定費が抑えられる分、スタートアップにとってこそ、使い勝手がいいでしょう。交通の便がよく上質な空間は、ビジネスをする上でも印象がいい。
 ビジネスエアポートのような場所なら、打ち合わせ場所として最適です。しかも、コンシェルジュのいる受付からして歓迎感がある(笑)。

歓迎感のあるシェアオフィス

──実際にビジネスエアポートのシェアワークプレイス(コワーキングスペース)を利用されてみて、どんな感想をお持ちになりましたか。
 私が利用したのは、丸の内にあるビジネスエアポートなんですが、まさに航空会社の空港ラウンジそのものの雰囲気でした。
 少し前に「エアポート投稿おじさん」というのがSNSでバズりましたが(笑)、ビジネスパーソンにとって、空港というのは非日常の象徴。それだけでテンションが上がるんですよ。
 ビジネスエアポートのレセプションでは、CAのようなスタッフがおもてなし感満載で歓迎してくれる。仕事を始めるときに、空港でもてなしを受けているような気分が上がる疑似体験からスタートできる、というのはやる気を高めてくれますよね。
 職場でもない、カフェでもない。自分が仕事をすることを歓迎してくれる特別な空間というのは、それだけで効率を上げてくれるのではないでしょうか。
 丸の内のビジネスエアポートが国内線の空港ラウンジのイメージだとすると、今日の取材場所の六本木は海外の空港ラウンジみたいですね。
 高い天井、スタイリッシュな家具、本棚には知的好奇心を刺激する書籍の数々。どれも上質感があって、仕事をしていて「気持ちがいい」と感じさせてくれそうです。

新しい「サードプレイス」としての場所

 ものを作り出すというクリエイティブな作業は、場所との関係性が強い。だから、昭和時代の文豪たちは、こぞってホテルや旅館に“カンヅメ”になっていました。
 今は、そういうクリエイティビティが、多かれ少なかれどんな仕事にも要求される時代です。だからこそ、誰でも自分で集中できる環境を選べることがより重視されるようになっています。
 それは、シアトルで誕生したスターバックスが本来目指していたような、オフィスでも家庭でもない「サードプレイス」ともいえます。
 実際は、コーヒー一杯で長居ができるような贅沢な空間をつくるというのは、都市部ではなかなか難しいのが現実です。 
 そういう意味では、クリエイティブな何かを生み出す、いつもとは違う場所という新たなサードプレイスとしての役割が、今のコワーキングスペースといえるでしょう。
 もちろん、仕事には、いろいろなバランスが必要。周囲の雑音に邪魔されず集中したいときもあれば、人と一緒にいることで成果を生むこともあります。
 TPOに合わせて場所を使い分けることで、より生産性を上げて、クオリティの高い仕事をすることができるようになると思います。
(執筆:工藤千秋 編集:奈良岡崇子 撮影:北山宏一 デザイン:國弘朋佳)