【小山薫堂】日本の風呂文化「湯道」を極める
NewsPicks編集部
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柔道や剣道はスポーツとしてグローバルに広まりましたが、茶道や華道や書道はローカルで奥ゆかしい印象を与える。「湯道」というのも、もしあったとしたら、ああたしかに日本らしいな、と思えるけど、なんでなんだろう?
茶道であれば待庵の2畳半の極小空間のような小宇宙、華道であれば生け花というはかないものを素材に、自分と向き合い、世界と向き合い、型を踏襲しながら己の美意識を磨いていくプロセス。
道を突き詰めるというのは、文化をつくるということに近いんでしょうね。文化をつくると言うのは、時代や集団の好き嫌いを通して様式を育てること。色々と考えさせられますWEEKLY OCHIAIのお茶の回でも話に挙がっていたけれど、もっと日本文化における「待つ」「ゆっくりする」時間はこれから流行ると思う。徹底的な効率化が進みつつも、《時間をかける》を楽しむ時代が来る。
“待つことが文化の醸成につながるとするなら、「湯が沸くまでの時間を待つ」ことで、僕たちはあらためて日本の風呂文化のぜいたくさ、貴重さを実感できると思うんです。”たどり着いた場所、ゴール地点には何も無かった。
猿も豚もカッパも肩を落として坊主に問う。
私たちの旅は何だったんでしょう?
坊主は今きた道を振り返ってこう言った。
ごらんなさい。私たちが旅してきた轍が残っている。
歩み続けることこそが、道(タオ)なのですよ。
待つこと、待たすこともまた。