2024年パリ五輪で正式種目なるか

ゴーグルやスパイクのことは忘れよう。ジャカルタで8月18日に開幕したアジア最大のスポーツイベント「アジア競技大会」(アジア版オリンピックとも呼ばれている)にはアスリートたちが集まっているが、多くの注目は「マウスと巨大なヘッドフォン」に注がれるだろう。
大会史上初めて、水泳や陸上競技と並んで、コンピューターゲームの試合も公開競技として行われている。サウジアラビアや日本をはじめとする各国の選手たちが、国の威信と勝利を自慢する権利をかけて『リーグ・オブ・レジェンド』や『StarCraft II』など6つのゲームで力を競い合っている。
これに伴い、テンセントやアクティビジョン・ブリザードらのパブリッシャーは、大きなマーケティング効果を得ることになるだろう。
こうした流れは、怒りに満ちた議論を呼んでいる。多くのアスリートやファンたちが、コンピューターゲームはスポーツではない、企業がつくる製品をスキルで消費するだけの競技にメダルを与えるべきではないと主張している。
今大会は、過去最大となるeスポーツのショーケースであり、2024年パリ・オリンピックの種目にeスポーツを採用するかどうかを決めるための初期テストだ。
オーストラリアの金メダリストで、スポーツキャスターのスコット・マッグローリー(48歳)は「オリンピック精神からの逸脱だ」と語る。「世界一優秀な会計士を集めて競技大会を開こうと言っているようなものだ」
批判者たちは、その中心にあるのは拝金主義だと言っている。オリンピック憲章はこれまで、精神あるいは機械が主体となる活動をスポーツとは認めないと謳っていた。チェスやスポーツカーレースがオリンピックの種目に一度も採用されていないのは、そのためだ。

ゲームの選抜プロセスに不信感

しかし、オリンピックを視聴する人は、とくに若い世代の間で減少しつつある。であれば、主催者側は10代の若者やミレニアル世代の注意を引くためにルールを曲げ、1400億ドル規模のビデオゲーム産業を、両手を広げて歓迎するかもしれない。
「彼らはオリンピックの理想を掲げ、さまざまなスローガンも掲げている。だが結局、オリンピックとは巨大な金を生み出すマシンなのだ」と語るのは、スポーツとeスポーツを専門とする弁護士のマシュー・ジェセップだ。
「もし彼らが今後も、これまで通りオリンピックで儲けたいなら、コンテンツを補う必要がある。コンテンツ戦略の観点から言うと、eスポーツは重要なチャンスだ」
歴史的に見ると、オリンピックの主催者は非営利のスポーツ団体と協力して大会を行ってきたし、ゲームメーカーのような営利を目的とする企業との取引は禁じられてきたとジェセップは話す。
しかしながら、ゲーム産業にはいまのところ、そうした役割を果たせる国際的な非営利グループは存在しない。つまり、どのゲームメーカーも利益を得る立場にあるのだ。
バスケットボールやフェンシングとは異なり、ビデオゲームの知的財産は営利を目的とする企業が所有している。たとえばテンセントやエレクトロニック・アーツ(EA)のゲームが選ばれたら、彼らの利益は直接的な影響を受けるのだ。
懐疑派は、ゲームの選抜プロセスには、えこひいきや地位を悪用する機会がはびこっていると指摘する。

eスポーツの予選に27カ国が参加

アジア競技大会の主催者は、どのようにして今回の6タイトルが選ばれたのかをまだ詳しく説明していない。このセレクションを監督したアジア・エレクトロニック・スポーツ連盟(AESF)は5月に発表された声明のなかで、選抜は「厳しい基準」にもとづくものだと述べている。
AESFのケネス・フォック会長は同声明のなかで「ゲームは品位と倫理、フェアプレイの向上というわれわれのビジョンに則したものでなければならない」と述べている。AESFに何度もメールを送り、電話もかけたが、回答は得られなかった。
アジア・オリンピック評議会のシャイフ・アフマド・アル=ファハド・アル=サバーハ会長は、7月に行われたパネルディスカッションのなかで、アジア競技大会でのeスポーツをめぐる議論は厳しいものだったと述べた。
国際オリンピック委員会(IOC)がeスポーツを公開競技として認めることに疑問を呈する一方で、ゲームメーカーは自分たちのビジネスの主導権を維持することに関して一歩も譲らなかったという。
eスポーツの予選には27カ国が参加し、135人のプレイヤーが従来のアスリートとともに大会に参加する選手として選ばれた。今年の勝者にはメダルは与えられないが、2022年の大会からは、勝者に対して金・銀・銅のメダルが贈られる。
ゲームの選抜は、中国のテンセントに大きく肩入れするかたちで行われた。6つのスロットのうちの半分を同社のゲームが占めているのだ。アナリストは、これにより同社は特定ジャンルにおける重要ゲームメーカーとしての地位の確立で優位に立ったと指摘し、売上の増加とオーディエンスの拡大に貢献するはずと分析している。
テンセントのバトルアリーナ・タイトル『リーグ・オブ・レジェンド』は、バルブ・コーポレーションの『Dota 2』の直接的なライバルだが、後者は今大会のタイトルには選ばれなかった。さらに今大会では、人気で勝るEAの『FIFA』は選ばれず、コナミの『ウイニングイレブン』シリーズが選ばれた。

拡大する市場、利益との釣り合い

ゴールドマン・サックス・グループのアナリスト、杉山賢は「eスポーツにおける事実上の標準的なゲームに選ばれることは、パブリッシャーにとって大きなプラスだ」と語る。「これによって、同一ジャンルにおけるトップのタイトルと2位の差が広がるかもしれない」
ミディア・リサーチ(MIDiA Research)の共同設立者であるキャロル・セヴェリンは、このジレンマに対処する方法のひとつは、特定のゲームではなく、ジャンル(ストラテジーやシューティング、バーチャルサッカーなど)を選び、複数のパブリッシャーにそのカテゴリーのスポットをめぐって争わせることだと提案している。
さらに主催者側は、オリンピック独自バージョンのゲームをリリースすることもできる。ロイヤリティは、ゲーム開発業者と主催者のあいだで分配するのだ。
ゴールドマン・サックスの予測では、eスポーツ関連の売上は2022年までに現在の3倍以上にふくれあがり、30億ドルに達するという。また同社によれば、観戦者も2億7600万人に増加する。売上の40パーセントは、放映権の販売によってもたらされるという。
アジア競技大会やオリンピックのような大規模な国際トーナメントは、eスポーツの採用と受容を促進する主要因になるだろうと杉山は話す。だからこそ、視聴者が試合を巨大なコマーシャルのように感じずに楽しめるようにするには、スポーツと利益の釣り合いをとることが重要になる。
「あるゲームがオリンピック種目になるとき、そこに権利の所有者は存在すべきだろうか。それとも、パブリックドメインであるべきだろうか」と杉山は語る。「この問いに答えを出さなければならない」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Yuji Nakamura記者、翻訳:阪本博希/ガリレオ、写真:gorodenkoff/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.